やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

「新しい鍼灸診療」の発刊に際して
 東西両医学の連携を基盤とする統合医療,あるいは補完医療・代替医療の確立とその実践は,最近の医学界の大きなトピックスの一つとなっており,その中心的な存在として鍼灸医学の重要性が再確認されてきている.このことは同時に,鍼灸医学や鍼灸医療のさらなる発展と,東洋医学全般に渉る啓蒙活動推進の重要性を示唆していると考えられる.
 本書はこれらの時代的背景を考慮し,新しい鍼灸医療を再構築し,さらには「気の医学」といわれる東洋医学の源流から近代的鍼灸医学への流れを解説し,東洋医学の原論の構築を目指して分担執筆されたと聞いている.
 第1章鍼灸医学の創造的再構築では,東洋医学の歴史と特徴,伝統的鍼灸医学と近代的鍼灸療法の流れおよびその特徴,さらにはわが国の鍼灸医学の現状と課題について解説し,第2章現代の鍼灸医療では,東洋医学的診察法や治療法が鍼灸治療を中心として,詳しくまた平易に解説されている.第3章では,気の医学-気・経絡-と題して気診の特性を中心に多角的な解説が行われ,第4章新しい鍼灸診療では,最近の気を用いた診療の臨床的課題が解説され,さらに,多くの症例報告や研究結果を含めて多彩なデーターが提示され,興味ある内容となっている.
 本書は260頁近くにも及ぶ立派な書物であり,これを読破することは容易ではないかも知れないが,東洋医学や鍼灸医学全般の知識を求め,またこれらの分野における将来の課題を解決しようとする方々には,大変有意義であると考えている.また私自身を含めて,先に述べた統合医療の実践のために東洋医学や鍼灸医学の真髄を学びたいと考える人達にも,最適の解説書として推薦致したい.
 本書は明治鍼灸大学東洋医学基礎教室の諸先生方が中心となり,人体科学会会員の人達や全日本鍼灸学会会員の皆様に呼び掛けてスタートした企画であると聞いている.執筆された皆々様の御努力に心から敬意を表するとともに,素晴しい成書となった本書が,東洋医学や鍼灸医学のさらなる発展に大きく寄与することをお祈りしたい.
 平成17年10月28日
 明治鍼灸大学学長 栗山 欣彌

推薦の序
 私が学会の会長を勤めていたとき,北出利勝教授が私の要請に応えてくださり,人体科学会第13回大会(2003年)を主催されたのであるが,本書はそのときの成果を踏まえて企画されたものである.人体科学会とは,設立以来16年を経た学術団体である.会員は哲学,心理学,生理学,東洋医学,西洋医学,物理学,宗教学,芸術,スポーツ,武道など実にさまざまな分野の専門家とそれらに関心を持つ一般の方々である.
 いったい何をテーマにしているのかと訝しがられることが多いが,学会の主旨は会則に詳しく述べられているので,関心をもたれた方は是非見ていただくとして,一言で要約すれば,最近,本学会で編集した著書『科学とスピリチュアリティの時代』の書名や,その副題に示した「身体,気,スピリチュアリティ」がキーワードであるといっても過言ではない.最近ではこれらの概念は,哲学はもちろんのこと,物理学の研究の対象でもあり,さまざまな学問分野がかかわるべきテーマなのである.
 第13回大会では,本学会の主旨を十分に生かした大会が企画されたのである.当然のことながら,東洋医学の基礎理論や鍼灸医学の実践についての研究が中心であったが,素人の私の目から見ても通常の東洋医学の学会とは異なる内容のものが含まれていた.特に「気」を意識した研究が目を引いたといえる.
 東洋医学では,気が重要な概念であるといわれつつも,多くの東洋医学のテキストではないがしろにされていると思われる.本書は伝統的な東洋医学の概論書であると同時に,後半においては気を中心にした新しい鍼灸医学の試みがなされている.
 最近は東洋医学にもエビデンス・ベイスト(evidence based)ということで,科学の波が押し寄せている.それはそれとして容認すべき考え方ではあるが,すべて西洋医学と同じような科学の土俵に立たねばならないと考えるのは早計であろう.西洋医学は死体から出発した医学であり,身体を物体として扱うので,科学が縦横に活躍できるのに対して,東洋医学は生体から出発した医学であり,身体を物体として扱うことにはなじまないという基本的な相違がある.
 このようなことから,気はとかく誤解を生じやすいが,気は物的でもあり,そうでもないという絶対矛盾的自己同一の概念であることを十分踏まえたうえで,科学の枠だけには当てはまらない気の概念の面白さを生かしてゆくべきであろう.
 以上のような観点からみても,本書は気を強調した挑戦的な東洋医学の著書であるといえよう.編者の北出教授をはじめ著者の方がたの並々ならぬご努力に対して衷心より敬意を表する次第である.
 平成17年11月7日
 早稲田大学名誉教授・人体科学会前会長 春木 豊

まえがき
 本書は鍼灸医学の四診の診察法が詳しく実践的に述べられており,鍼灸を初めて学ぶ人にとって自学自習を必ずサポートするであろう.また,臨床の場で静かに浸透している気を利用した医療を知る書として役立つであろう.気が学問的に,また広く普及することは編者の切願の一端であるが,ここでは気を科学的に解明することをコンセプトとはしていない.悩む患者の健康回復に役立っている事実の提供を主眼においた.初心者にも実地医家にも参考になるよう努めたが,煩雑なところは賢明な読者の解読により氷解されたい.
 「新しい鍼灸診療」を上梓するにあたり,3つの表題を冠して記述する.
初めて鍼灸を学ぶにあたって
 初めて鍼灸を学ぶためには鍼灸医学の概要や特徴,現代の鍼灸診療を知ることが重要なので,その1章のイントロダクションから始める.
 「鍼灸医学の創造的再構築」(第1章)と題して,鍼灸を含む東洋,西洋の哲学または原論というべき根本について渡邉は述べている.プロセスとして医療の歴史と特色について解説している.鍼灸医学にとって学・術・道は必ず鍼灸治療の根底に置くべき課題であろう.自然観・生命観などについての常識を,今一度問い直して,新しい鍼灸医学とはどうあるべきかを学ぶ.全国の専門学校などの授業でここまで詳しく取り上げているところはきわめて少ないと思われるが,該当する科目名を,もし挙げるとするなら「東洋思想」,「東洋哲学」,「東洋医学の歴史と哲学」であり(xii頁の表参照),ここで記述しているのは新しい提言と理解してよい.
 つづいて「現代の鍼灸医療」(第2章)の「伝統的鍼灸医学における診察法の実際」の項で,臨床に役立つ四診(望診・聞診・問診・切診)の診察法を初歩から臨床応用に入れるように詳細に解説している.なぜなら,鍼灸の臨床上,きわめて大切でありながら,初心者にとって習得が大変難しい項目部分であるがゆえに,詳述が望まれるのである.ここを身につけると臨床が楽しくなる.
 ここで,基本的な診察法から所見の判断までを理解することである.舌診では,和辻が研究で撮影した日常臨床でよく見られる舌のカラー写真を掲載する.聞診の中の声診では,最新の研究成果(腎不全患者の透析前後の声の高さ)を登載した.脈診や漢方腹診を含めた腹診,背診(背部の鍼灸的診察),切経(経絡の診察),切穴(経穴の診察)では,初心者でもすぐに実践できるように診察法の手順を詳しく記述した.これらの内容は,国試科目の中の「東洋医学臨床論」(東洋医学的診察法)に一部対応しており,教科書をサポートするよう構成されている.
 つぎに経絡・経穴・反応点の解説が続く.経穴名の由来,経絡と経穴の関係,交会穴,要穴,基準線・基準点に力点をおいており,経絡,経穴の基本的な要点に絞り記憶しやすいようにした.臨床経験を積むに従って「気の医学-気と経絡-」(第3章)のところで鍼灸医学の立場から記述している経絡系統,皮膚と経絡などの項目,および「新しい鍼灸診療」(第4章)の経絡現象,オーリングテスト(BDORT)を用いた経脈・経穴の描画の解説が,経絡・経穴の理解を深めてくれる.
 また,治療上,選穴するには多様な方法が存在するが,重要な経穴の選び方を5項目にわたり解説している.つまり,局所治療に本当に限界はないのかを問いかけ,体壁内臓反射や経筋病の応用の価値,経穴の性質(穴性)などを説明して,さらに従来の経絡・経穴の概念と異なる新しい知見について紹介している.
 以上が主要項目であるが,経絡図,経穴の位置,五兪(行)穴の項目,また,東洋医学の基礎理論を学ぶためには教科書を参照するとよい.すなわち,陰陽,五行論,五臓六腑,臓象学,気・血・津液,臓腑経絡論,病因論,病理・病証,治療法が基本的大項目である.
 第2章の「わが国における鍼灸治療の実際」のところは,今日的な現状をありのままに俯瞰して今後の方向性を示唆している.すなわち経絡治療,近代的鍼灸治療,中医学の鍼灸治療法,および臓腑経絡学説に基づく新しい鍼灸診断・治療法の4つの中項目を含む.経絡治療では脈診から証の判断や再検討すべき諸問題を取り上げ,経絡治療の全体像がわかりやすいように配慮されている.
 近代的鍼灸治療では,腰部脊柱管狭窄症を例に取り上げ,基礎実験から臨床研究までの最新の成果を記載し,治療法のエビデンスの例を紹介した.また,トリガーポイント療法ではその検索法から治療法,臨床効果を掲載し,従来の治療との違いを述べた.
 中医学では,診療全体の流れ,基本的な弁証論治(中医学的診断治療)の要点,用語の意味が説明される.入門者が中医学の弁証論治を学べるように,とかく広がり過ぎる中医学理論の要点を表として集約した.簡潔に選穴例や治療法についてもわかりやすく表にしているが,何が原因で,どの部分がおかされ,どの機能が失調して,どのような所見として現れたのか,それぞれの仕組みを理解しないと,臨床において臨機応変に活用することはできない.この基本的な治療方法にそれぞれの疾病の概念,特徴などをつかんで初めて中医学的治療ができる.
 中医学の学習法は前提となる考え方,つまり哲学を理解したうえで,蔵象学説などの基礎理論を学ぶこと.考え方と生理が明確であれば,病理は比較的理解しやすい.中医学の長所は理論的にしっかりとしており,「医学」としての基盤がある.中医学と日本鍼灸との大きな違いは,中医学は基礎理論に基づいた弁証論治を行う.これに対してわが国は所見(問診,脈診,腹診など)から得られる病証を重視し,経絡・経穴を中心にすえてそれを整えるため,比較的細い鍼で,浅く刺す.さらに多彩な灸法を用いる(中国は灸頭鍼くらいで,あまり灸法を用いない).日本の鍼灸は「術」に優れており,中医学の「学」をうまく利用,吸収すれば,学・術ともに優れた伝統的鍼灸診療になると思われる.
 臓腑経絡学説に基づく新しい鍼灸診断・治療法では,現在の鍼灸診療システムの特徴と課題を紹介し,臓腑経絡学説に基づく鍼灸のための新しい診療方式の特徴や基本的内容を提案した.上記の記述により,鍼灸医療の全体像を把握できるようにした.専門学校教育の3年間に現代的鍼灸,中医学,経絡治療などを学習することは極めて困難であることから,これらに共通するベースを習得するのが目的とされている.現行の鍼灸教育ではその基本を第一にすべきであるので,3・4章の「気の診療」については免許取得後に学ぶスタンスでもよい.
先鋭臨床鍼灸のために
 新しいムーブメントとして,臨床鍼灸にとって注目すべき課題は「気の医学」(第3章)である.新しいテーマとして3者の立場から解釈が吐露されている.
 気,経絡について,鍼灸医学の立場から新しい視角で経絡を機能調節系としてのシステムとして解釈している.気,経絡について,東洋医学,中医学での概説を書いているが,顔,腹,足底,皮膚は臓腑と経絡系統によって深くつながっている.身体の部分の中に縮図があるというホログラム理論に触れている.
 修練を積めば五感を最大限に生かして気を立派に捉えることができる.鍼灸治療は患部や局所の治療だけで終わらないことを篠原は強く主張する.現代医学と東洋医学の観かたには自ずと差異があることを力説し,読者の理解を深めようとする.いずれも机上のことでなく,鍼灸臨床で得られた経験を入れながらの解説なので説得力がある.したがって,多年の臨床家ほど納得できる.
 つぎに「気診」(気による診断)とは,Oda test(小田一創案)で行うものであり,気,経絡を気診により診ることができる.小田伸悟は整形外科医で,東洋医学を学び独自な気診を診療に用いている.気診の立場から難解とされてきた李時珍の「診左手九道図」が,気診によりそのまま捉えることができたという.Oda testの練習の仕方が記載されており,是非,追試したい.習得は本人の熱心さの程度により目標までの距離が短くなる.4章の「鍼灸気診による診療システム」では,この「診左手九道図」について図解されているので理解しやすい.また気診治療により奏功した症例が呈示される.脈診といえば患者の脈を触れて行うのが常識だが,Oda testはそうではなく,六部定位上で触れないで空に浮かせて行う.また,音素診断と組み合わせることもある.どこの研究会でも臨床研究が進められているが,その中に自分を置いて学ぶのも一つである.
 気,経絡に対して3つ目の立場は「湯液・鍼灸作用同一論」で,非常に新しい考えであり,まだ,広く行き渡っていない.この章のなかで,山野は症例を呈示しながら,気と経絡について有川説に則った臨床知見をもとに平易に語られる.本稿では新しい言葉である「印知」,特有の意味をもつ「気滞」,「有川反応点」(従来の反応点の意味と区別),ならびに従来の鍼灸概念と異なる「灸点」,「禁灸点」が出てくる.ここで特異なことは,五感以外の新しい感覚である「印知」による気,経絡の意味するところが語られる.有川説に基づいた臨床応用の症例について詳細な経過を追って解説されており,神経内科専門医として観察された五感の事実と印知による所見,解釈が記述されている.
 第4章では,「原始信号系による診療システム」の項において有川により気滞を消去すれば疾病は治癒の方向に向かうという有川説が解説される.修練して有川反応点の観察能力を高めたうえで,原穴,井穴の近くのプラス反応点に赤ペンで刺激して,磁石を持ち経を追いかけた結果,走行が古典文献の経絡図に類似したルートが描画できた.精力的に検討したデータを加藤はイラストにして掲載した.経絡現象の研究は遠く長濱善夫(1950年)に始まり,中国の循経感伝現象研究に繋がった.大村のBDORTでは各種のプレパラート(組織標本)を掌握して経絡を描画するという方法である.黒川のBDORT研究結果を併せて通読したい.つぎに有川反応点を用いて有効であった腹痛,腰痛,頭痛症例により有川反応点の意義と,その臨床応用について徳留(内科医)の記述からわれわれは学ぶことができる.
 従来にないより良い臨床効果を出すための卒後研修のパイロット役を果たすであろう.まずは実践的能力を高めて4章につなげたい.
新しい気の診療のために
 気を応用した診療のためには第4章のコンテンツを勧める.いままで各地のセミナー規模で研究・検討されてきたと思われるが,本章では,それらを立場の違いがあるものの総花的にここで展開している.
●Bi-Digital O-Ring Test(BDORT)による診療システム
 BDORTの応用は広範囲であり,医師,歯科医師,鍼灸師,獣医師,基礎医学研究者から,国際シンポジウム,国内医学会やセミナーにおいて研究成果が毎年,定期的に報告されている.BDORTにより学際的なアプローチが可能になり,医療者間で学術知見の交換が盛んである.国際雑誌に掲載されることにより世界を舞台としているのがBDORTの特徴であろう.
 本項で岩本(日本BDORT協会認定鍼灸師)は,入門者に理解しやすいようにBDORTの手技方法と鍼灸治療における方法を凝集して解説している.鍼灸におけるBDORTの意義は四診の診断に有用性を発揮することである.証をたてるだけでなく,治療後に再び治療効果を判定し,客観的に評価できるので患者に説明(インフォームドコンセント)できる.
 BDORTによって経絡学説研究の可能性について黒川は述べているが,同法によって古典医書で著されているいくつかの経脈と経穴を皮膚上に描画できることを紹介する.他に経絡現象について多数の文献からコンパクトに纏めて読者の便に供した.
 福岡(日本BDORT協会認定医)は歯科臨床のなかに気の概念を活用している.その結果,痛みのない歯科診療を実現,治癒が格段に早いことを実証している.スタンダードな処置で難治性になった症例に対してBDORTの導入で改善した成果を,学会,雑誌で報告している.まさに気は医療にとって必要不可欠という.BDORTは気の客観化の一手段になるともいう.BDORTと歯科臨床の研究をアクティブに展開されている論述が本稿に溢れる.
 BDORTのテクニックはデモンストレーションを見ればすぐ分かるが,岩本,北出と福岡の3者の角度の違う説明は,かえって初心者には理解しやすくなったと思う.臨床に直結するシステムを学ぶことができよう.
●生体気診による診療システム
 BDORTからヒントをえたといわれる井上末男独自の気診法は,患者の協力を必要としない.医療者自身でできるテクニックである.それをさらに前進させて生体気診という名のもとに本項において解説している.BDORTは気の診断にそのまま用いることができるという持論から,現代医療に抵抗した3症例を鍼と漢方薬により改善させた.気診により洋薬の投与も行われる.気の把握技法を,術者の気診姿勢から始まり,実施要領,判定方法,注意事項,練習法まで懇切丁寧に説かれている.気診の応用編で古江(外科医)は,気,十二経絡,漢方薬,西洋医薬を気診で診断するための独特のダイヤグラム(図表)を使って図説している.ダイヤグラム中の円に向かって患者(被検者)の息を吐くとダイヤグラムに患者の気が移り,それに対して気診を行う.東西医療を統合して気診が利用できるとしている.患者が多愁訴で複数の科を受診している場合,漢方薬のメリットは一つの方剤で効果を発揮する.適応を誤らなければ副作用が大変少ない.
●入江フィンガーテストによる診療システム
 入江正が開発した入江フィンガーテスト(FT)を,16年間,研究を積み重ねた吉本(臨床医)が解説.概説でありながら,その内容は苦労しないで臨床に導入できるように肝腎な項目が無駄なく詳述されている.テスター,センサーなどの手指のイラストが分かりやすい.今まで古典医書に記載があっても,間中喜雄以外は誰も臨床に取り入れなかった経別,経筋,奇経治療を,入江が著書に著したが,本書で随所に実例を挟みながら臨床に役立つよう解説している.初心者に対しては誤治におちいらないための注意点や不問診は絶対にいけないなどの助言を添えている.鍼灸医学を解読,解析する手段にFTは最適という.たとえば1本の経脈でなく,全身の経脈を考えるようにすべきで,治療に際しては「実」した経脈に瀉法だけでなく,補法の治療も行うこともある.効く鍼,効く漢方を求めるならFTの応用であろう.したがって,虚実と補瀉は相対的概念と理解しなければならないと教えている.
 最後に,気の概念を取り入れたこれからの新しい医療として,すなわち鍼灸,漢薬,洋薬の包括的な医療が,今後展開するべき方向性であることを明らかにできたと思う.現時点では,このような気に対する収斂(気の医学)は,時期尚早の危惧を抱かないわけではないが,むしろ現代医学・医療が進歩すればするほど,本書のねらいが明らかになると信じてやまない.
 東西医学の補完と融合をめざして21世紀にふさわしい医療の実現に努めているなかで,鍼灸医療の真価を発揮できることを意図として本書の企画はスタートした.そのことに賛同された,特に3章,4章の筆を執っていただいた臨床・研究の最前線の先生方に深甚なる謝意を表したい.
 刊行に先立ち,春木豊先生,栗山欣彌先生には発刊の趣旨を体して,核心を衝いた序文・推薦文のお言葉をいただいたことに心から感謝申し上げたい.
 これからのあるべき鍼灸診療という頂上をめざしたものの,編者の力不足によりまだまだ未整理であり山腹を彷徨しているかもしれない.その意味からも,本書が同学諸賢のご批判,ご叱声をえて,さらに検討を重ねるべきと思っている.
 このようなユニークな学術書として上梓できたのは,健康・福祉にかかわるさまざまな領域において活気ある出版事業の展開を長年続けている総合的医学書出版社であればこそ達成できたのである.しかも社のチャレンジ・スピリットという経営理念の実現化に熱意をそそがれた結果にほかならない.医歯薬出版(株)編集部・竹内大氏ほか関係者に厚く御礼申し上げる次第である.
 平成17年11月7日
 編者 北出 利勝
第1章 鍼灸医学の創造的再構築(渡邉勝之)
 1.東洋医学原論の構築に向けて
  1)澤瀉久敬と東洋医学原論
  2)広義の医学・医療行為
   (1)医学 (2)医療行為 (3)伝統医学
 2.東洋医学の起源と特徴
  1)日本における医学・医療の歴史
   (1)初期(受容期) (2)後世派期 (3)古方派期 (4)洋方派期 (5)東洋医学復興期
  2)東洋医学の特徴
 3.鍼灸医学の学・術・道
  1)学(哲学・科学・大学)
  2)術(技術・仁術・技能)
  3)道(自然観・生命観・健康観・病気観)
   (1)自然観(生物的自然・物質的自然・根源的自然) (2)自然治癒力 (3)生命観 (4)健康観・病気観
 4.気を認知する(印知:生命感覚,感知:共通感覚)
  1)東洋医学の源流(気の医学・場所の医学)
  2)伝統的鍼灸医学(液体医学)
  3)近代的鍼灸療法(固体医学)
  4)生命感覚における気の印知
 5.日本の鍼灸医学の現状と課題
第2章 現代の鍼灸医療
 I 伝統的鍼灸医学における診察法の実際(和辻 直)
  1.望診
   1)全体望診
    (1)神 (2)色 (3)形 (4)態
   2)顔面診
   3)局所望診
    (1)眼 (2)鼻 (3)口 (4)髪 (5)耳 (6)歯齦
   4)舌診
    (1)舌診の方法 (2)正常の舌所見 (3)舌質 (4)舌苔 (5)舌所見からみた予後判断 (6)舌所見の捨従 (7)舌所見と症候が一致しない場合
   5)爪甲診
    (1)爪の色 (2)爪の形 (3)爪の半月
  2.聞診(関 真亮)
   1)声診の意義
    (1)声の高さ (2)声の大きさ (3)声質 (4)話し方
   2)五音
   3)五声
   4)発語の異状
   5)呼吸の異状
   6)異常音
   7)気味
  3.問診
   1)医療面接と問診
   2)問診の流れ
    (1)初診時の問診例 (2)再診時の問診例
   3)東洋医学の診断に必要な問診項目
    (1)十問歌 (2)寒熱 (3)汗 (4)痛み (5)二便(大便・小便) (6)飲食 (7)胸腹部の問診項目 (8)耳部の問診項目 (9)目部の問診項目 (10)鼻部の問診項目 (11)睡眠 (12)婦人 (13)小児
  4.切診(和辻 直)
   1)脈診
    (1)脈診する部位 (2)寸口診法 (3)脈状診 (4)祖脈(基本の脈状) (5)七表八裏九道 (6)脈状の複合 (7)脈の順逆 (8)脈の捨従 (9)脈状の変化による予後判断 (10)怪脈(死脈) (11)脈差診(比較脈診) (12)六部定位脈診
   2)体表診察
   3)腹診
    (1)平人無病の腹 (2)腹診の方法 (3)腹診の種類 (4)難経系腹診 (5)意斉・夢分流の腹診 (6)漢方腹診 (7)募穴診 (8)臍診
   4)背診
    (1)背診における部位名 (2)背診の方法 (3)背部兪穴 (4)背診における五臓反応 (5)胸椎棘突起の反応と病症 (6)背部反応と病症
   5)切経
    (1)切経の方法 (2)撮診
   6)切穴
    (1)切穴の方法 (2)基本的な穴反応の様式 (3)原穴診
  5.経絡・経穴・反応点(水沼国男)
   1)経絡
   2)十二経脈の流注
   3)奇経八脈の流注
   4)経穴
   5)経穴の名前の由来
   6)経絡と経穴の関係
   7)交会穴
   8)要穴
   9)経絡・経穴の国際標準
   10)取穴の尺度
   11)基準線・基準点
   12)選穴方式のバリエーション(経穴の選び方)(篠原昭二)
    (1)局所的・局部的選穴 (2)内臓体壁反射を介した選穴 (3)経脈流注に基づく選穴 (4)証または穴性を考慮した選穴 (5)肩こりのバリエーション
   13)経絡・経穴に関する新しい知見―発現する経絡・有川反応点―(渡邉勝之)
 II わが国における鍼灸治療の実際
  1.経絡治療(篠原昭二)
   1)経絡治療の成立
   2)脈診による診断
   3)脈診のランク
    (1)脈差診 (2)祖脈診 (3)脈状診 (4)脈位脈状診 (5)経絡治療の証
   4)経絡治療を取り巻く諸問題
  2.近代的鍼灸治療
   1)物理療法的鍼灸療法(井上基浩・矢野 忠)
    (1)現代医学的な病態把握に基づいた鍼灸治療 (2)物理療法の概要 (3)物理療法としての鍼灸治療の実際 (4)腰部脊柱管狭窄症を例にあげて (5)腰部脊柱管狭窄症に対する鍼灸治療のまとめ
   2)トリガーポイント療法(伊藤和憲・北小路博司)
    (1)トリガーポイントの意義 (2)トリガーポイントの探し方 (3)トリガーポイント療法の実際 (4)トリガーポイント鍼療法
  3.中医学における鍼灸治療(斉藤宗則)
   1)鍼灸の治療作用
    (1)疏通経絡 (2)扶正邪 (3)調和陰陽
   2)鍼灸治療の原則
    (1)治神と得気 (2)清熱と温寒 (3)補虚と瀉実 (4)標治と本治 (5)弁病と弁証
   3)鍼灸弁証論治の要点
   4)鍼灸の配穴処方
    (1)選穴原則 (2)配穴方法 (3)鍼灸処方の構成
  4.臓腑経絡学説に基づく新しい鍼灸診断・治療法(篠原昭二)
   1)現状の診断・治療システムの特徴と課題
   2)診療方式の特徴と基本的フレーム
   3)診療方式の種類
   4)臓腑病証,経脈病証,経筋病証,外感病証
   5)証の重層構造
   6)臓腑病証の診断
   7)経脈病証の診断
   8)経筋病証の診断
第3章 気の医学―気・経絡
 はじめに(北出利勝)
 I 鍼灸医学の立場から(篠原昭二)
  1.機能調節系としての経絡システム
   1)ホログラム理論による身体観
   2)顔面と臓腑との関係
   3)腹部と臓腑との関係
   4)経絡系統
   5)皮膚と経絡
   6)奇経八脈
   7)現代医学と東洋医学の視点の違い
   8)運動器系愁訴に特化した「経筋」
   9)経筋治療の有効性
   10)局所だけでなく経筋上に広く出現する反応
   11)反応があればどの経穴も有効か
  2.鍼灸臨床と気
   1)鍼灸医学の立場からみた気
   2)邪気
   3)気を認識することは可能か
   4)経脈と経絡
   5)経絡は存在するか
   6)経穴の意味
   7)灸をしてはいけない場合
 II 気診の立場から(小田伸悟)
  1.整形外科医から東洋医学へ
  2.東洋医学から気診へ
  3.Oda testの基本的事項
   1)胸鎖乳突筋を調べる方法
   2)Oda testの練習方法
   3)筋緊張の条件づけ
   4)音素コード
  4.気診の歴史的位置づけ
  5.本質的な形の認識
 III 湯液・鍼灸作用同一論の立場から(山野 隆)
  1.印知の臨床作用
  2.印知の解釈-自然科学的方法論
  3.印気・気滞
  4.経絡・経穴・有川反応点
  5.湯液・鍼灸作用同一論と臨床応用
   1)経過-処置,五感による所見および印知で捉えた所見
   2)五感による事実と印知による所見および解釈
   3)有川のコメント
   4)印気による医療を新しい学問として捉えることの意義
第4章 新しい鍼灸診療
 はじめに(北出利勝)
 I Bi-Digital O-Ring Test(BDORT)による診療システム(岩本和久)
  1.Bi-Digital O-Ring Testを用いた鍼灸診療
   1)BDORTの手技
    (1)検査指の選択 (2)BDORTを用いた鍼灸治療の方法
   2)代表経穴を用いた当院の経絡・経穴の検出
   3)BDORTを用いた鍼灸治療の症例
  2.Bi-Digital O-Ring Testと経絡現象(北出利勝)
   1)BDORTによる経絡学研究の可能性
    (1)BDORTを用いた経脈・経穴の描画 (2)BDORTの臨床的応用 (3)BDORTの仕組み
   2)経絡現象
    (1)鍼の響き・鍼響と経絡現象 (2)鍼響の速さと持続時間 (3)肺経における経絡現象の結果比較
   3)BDORTからみた経絡現象
    (1)黒川・北出のBDORT研究結果 (2)経絡現象・研究の要約
  3.気の重要性とBi-Digital O-Ring Test(福岡 明)
   1)気の究明は情報科学
   2)BDORTで何がわかるのか
   3)BDORTにて生体情報を知る
    (1)BDORTにおける情報的相互作用 (2)BDORTによるイメージング法と薬剤の適合・適量 (3)歯科治療における鍼灸医学とBDORT (4)免疫,ストレス度のチェックおよび心理状態を把握 (5)BDORTによる気の虚実証
   4)歯科治療を効果的にする気の導入
   5)気の導入効果の客観的臨床的観察
 II 鍼灸気診による診療システム(小田伸悟)
  1.鍼灸気診による診断
   1)六部定位の脈診
   2)診左手九道図
    (1)正経の診断 (2)奇経の診断
  2.鍼灸気診の治療
  3.鍼灸気診の症例
 III 生体気診による診療システム(古江嘉明)
  1.生体気診による統合医療
   1)気を診断する
   2)気の井上式把握技法
    (1)井上式気診法の姿勢 (2)テスターとセンサー (3)気診の実施要領 (4)判定方法 (5)陰:陽の診断 (6)望視法
   3)気診における注意すべき事項
   4)気診の練習法
   5)練習上の注意
  2.気による診断の応用法
   1)薬物の適応診断
   2)鍼灸の気診による診断法
  3.症例
 IV 入江フィンガーテストによる診療システム(吉本英夫)
  1.入江フィンガーテストの実際
   1)テスター-FTは相対性理論-
   2)センサー-目的に応じた使い分け-
  2.鍼灸と湯液が統合された入江FTシステム
   1)FTシステムは臓腑経絡学説
   2)最初にマスターすべき経別脈診
   3)FTシステムを用いた診断と治療-誤治しないために-
   4)FTシステムのメリット
  3.経筋
   1)経筋診断の実際
   2)経筋治療の実際
   3)経筋症治療の実例
  4.奇経
   1)奇経の診断法
   2)奇経の治療法
    (1)シングル治療 (2)ペア治療
   3)奇経治療の実例
  5.虚実と補瀉
  6.イメージ診断
   1)病名診断への応用は慎重に
   2)イメージ診断が許される疾患
   3)経穴部位診断に最適
 V 原始信号系による診療システム
  1.気滞を消去すれば疾病は治癒の方向に向かう(有川貞清)
  2.印知能力が芽生えるまで(加藤 淳)
  3.人間のもつ五感以外の感覚
  4.経絡の図説―現れる経絡―(加藤 淳・飯泉充長・有川貞清)
  5.有川反応点を刺激して有効であった腹痛,腰痛,頭痛の症例(徳留一博)

・索引