やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序文
 2010年に『中医学に基づく 実践 美容鍼灸』を上梓した.以来,すでに9年の歳月が経ち,令和元年に新たな改訂版を上梓することになった.当初,美容鍼灸の萌芽期には,本書も『美容鍼灸』と題したが,エステティックサロンで実施する手技とは異なるため,両者の棲み分けを行うために「鍼灸美容」と「美容鍼灸」の二極化をこころみた.
 日本の鍼灸は中国伝統医療文化を根幹に発展した東洋医学にある.その一つに鍼灸を用いた「美」と「容」の創出がある.したがって,鍼灸は東洋医学の一部であり,その底流には古代中国の哲学思想が滔々と流れている.このことは誰しもが知るところである.
 『黄帝内経』霊枢の始終篇には「知迎知随,気可令和」(迎を知り随を知ることで,気の法則を調えることができる)とある.つまり,自然界と共生するための基礎は,身体のエネルギーである「気」の法則性を知ることにある.それが,身体の体質改善につながり,健康長寿を保てるという.
 新元号が「令和」と名付けられスタートしたいま,再びよみがえる「気可令和」,自然界のエネルギーと人体の共生について再考すべき時であろう.先人の哲学観のなかには鍼灸学でも未だ解ききれない生命観が数多ある.
 本書は,『美容鍼灸』から『鍼灸美容学』と書名を変更し,東洋医学による鍼灸学を主軸とした,鍼灸を用いる「美」の創出書として改めて上梓する.
 おもしろいことに,インターネットで「鍼灸美容」を検索すると,「美容鍼灸」と検索するのとは異なり,「鍼灸美容」でヒットする件数は僅かである.それを利点として,伝統医療文化を基軸とした,よりアカデミックな「美」の創出に関する鍼灸美容学の成立を試みたい.
 もちろん,定量化した力学的な物理療法としての鍼刺激の研究も必要であろう.しかし,超高齢社会の現状を鑑みたとき,家電による刺激法は,鍼灸術の代用品として,より精密化され,今後も開発され続けていくことであろう.通販でも出回っている状態にあることから,鍼と他の施術器具との比較検証も必要であろう.社会に「鍼」の効果と安全性を示し,国民に還元できることは望ましい.よって,「美」の探求を二極化させ,此処の特徴や役割を果たすための「美」の研究を推進することが必要である.
 本書,改訂版では,まず古代典籍による民衆により受け継がれてきた「美」意識を述べ,そこにみえる哲学観の一部を論述した.また,東洋医学を用いた「美」の創出を求めるクライアントと施術者との結びつきについても言及した.
 次に,本治と標治の術式にふれた.気血を顔面局所の皮膚に与える限局的な施術法と,全身状態から体質改善を目的とした「美」の創出や,古代の九鍼に基づいて誕生した刺さない鍼を用いた,新しい術式「審美六鍼」と,その科学的な根拠にもとづいた「審美六鍼」の可能性について明らかにした.また,従来の灸術には存在しなかった,皮膚に瘢痕や火傷をのこさないヨモギ蒸し,あぶり灸法を用いた「湧泉燻蒸法」や「大椎燻蒸法」など,灸術では見られなかった新しい術式を図画で解説を加え,一般の臨床家が容易に試みることができるようにした.
 また,類書として,中国哲学を基盤に上梓した拙著『美容と東洋医学』(静風社,2017年)がある.随所に東洋思想,哲学を基盤にした人間美と健康美の原点について論考を加え,先人が追い求めた「美」について,詳しく論述させていただいた.本書と併用することで,より詳しく「美」の哲学理論を求める先生方の一助となるであろう.
 古代中国の哲学をみると,こころと身体の健康の要諦は自然界のエネルギーにある.本来,人間が保ちつづける「美」の原点には,他者を思い,みなぎる生命力で前進する,たくましく輝き続ける人間の生きかたがあり,そこにこそ「美」が蘇るように感じる.
 令和元年7月
 関西医療大学 王 財源


序文
 近年,健康への関心が高まるとともに,癒し療法や美容への関心は社会的流行となる兆しをみせている.なかでもここ数年間,鍼灸美容は治療院のみではなく,鍼灸教育の世界にまでその裾野を広げてきている.単なるエステと異なり,鍼灸には中医学などを基礎とする東洋医学の理論がその背景にあり,さらに伝統医学を構成する哲学思想が存在していることが,その利点である.
 現代社会では,こういったエステ,アロマ,足裏マッサージなどのリラクゼーションにおいても,その考え方や技術的な特色も心身の健康に重点を置く傾向が強くなりつつある.しかし,一方ではそれらの学問について体系化された書籍はいまだ適当なものがない. そこで本書は,中医学にみられる美容について,中医学理論を用いて詳細に解説し,具体的に実践に結びつけることのできる書として作成した.
 その軸となるのは「こころと肉体と美容との結びつき」「東洋の哲学思想を基とした美容の探求」「健康に裏打ちされた美容」「美容を乱す因子を探る」を根幹とし,「具体的な対策と実践方法」を示す.特に現代人が抱えるこころの問題にも触れた.
 こころの問題はこれからの医療において注目されることは必須である.これらを踏まえて,本書では,病因論に目を凝らし,症状,病気と美容との関わりをも含める.一般的なエステ感覚の美容とは異なり,西洋に対する東洋の美容学として,初学者でも美容学を学べるとともに,さらに東洋医学にまで関心がもてるように執筆した.
 本書は5章からなる.伝統医学の基本概念を主軸にした“美”を基にして,幅広い読者層に活用できるようにした.なお,紙面の都合で,薬膳や漢方薬を用いた芳香療法には触れなかった.耳鍼などは成書が多く出版されているので,本書では特に取り扱っていない.また,内容の至らないところについては今後加筆,訂正を行いたい.
 2010年5月
 関西医療大学 王 財源
第1章 鍼灸美容学の基礎
 内面より美しくするという考え方
 内外合一説
  I.中医美容学の起源と歴史
   1)「美」を考える伝統医学の学と術
   2)装飾美容にはない人間本来の「美」
   3)「美」という文字
   4)眉へのこだわりと美しさの追求
    (1)肌の老化
    (2)体形と体質
   5)古代の美顔膏
    (1)古典にみられる美顔法
    (2)西太后の翠玉
    (3)民間に伝わる美容法
  II.東洋思想と伝統医学
   1)東洋哲学と養生思想
    (1)形・神・気の調和
   2)東洋医学における「美」「哲学」
    (1)「美しさ」の基準を考えてみよう
    (2)蔵府の精気と体形
   3)伝統医学と“気”の思想
    (1)“気”とは
    (2)気の流れと健康
    (3)丹田と気
第2章 病因を探る
 外部環境や心理的要因も美容を乱す誘発材料となるという考え方
 病因学説
  I.病を引き起こす原因
  II.外因/外感:六淫
   1)風:陽性
   2)寒:陰性
   3)湿:陰性
   4)熱:陽性
   5)燥:陽性
   6)火:陽性
  III.内因/内傷:七情
   1)喜:気緩む
   2)怒:気上がる
   3)思:気結す
   4)憂悲:気消える
   5)恐:気下がる
   6)驚:気乱れる
  IV.不内外因:肉体疲労/外傷
   1)飲食
   2)労倦
   3)外傷
第3章 伝統医学に基づく経絡の流注と気血津液
 経絡より蔵府に波及するという考え方
 経絡─蔵府説
  I.からだ全体で診る中医美容学
   1)伝統医学に求められる鍼灸の美容
   2)美容と気血津液
   3)美容に影響を与える因子
    (1)六淫
    (2)紫外線
    (3)精神・情緒・ストレス
   4)十二皮部と美容
    (1)体表は五蔵の鏡
    (2)経絡の流れと中国武術
   5)乱れる気血津液
    (1)人体の源泉──気血,津液,精
    (2)美容の原点──外柔・内剛の調和
    (3)陶弘景の“気”と美容
    (4)『霊枢』にみる気血津液,精の喪失
   6)『霊枢』にみる気血の盛衰と体形・体色
   7)『霊枢』にみる脈中の気血運行の法則(根・溜・注・入の法則)
   8)感情を発露する表情筋
   9)全身の経絡より容貌美をみる
  II.全身の経絡と美容
   1)肺/少血多気の経絡
   2)大腸/多血多気の経絡
   3)脾/少血多気の経絡
   4)胃/多血多気の経絡
   5)心/少血多気の経絡
   6)小腸/多血少気の経絡
   7)腎/少血多気の経絡
   8)膀胱/多血少気の経絡
   9)心包/多血少気の経絡
   10)三焦/少血多気の経絡
   11)胆/少血多気の経絡
   12)肝/多血少気の経絡
第4章 刺鍼(灸)操作法
 具体的な刺入操作の解説
 得気・行気・守気
  I.気血の補瀉法
   1)候気法
   2)催気法
   3)守気法
   4)行気法(運気法,引気法)
  II.施術を行う際の基本原則
   1)輪郭とシワ
   2)刺鍼によるシワ鍼
    (1)シワ鍼のポイント 標治法(対症療法)を中心とした肌質美
    (2)眼瞼周囲のシワ・たるみへの刺鍼
    (3)左側目尻のシワに対する刺入方法
    (4)右側目尻のシワに対する刺入方法
    (5)ほうれい線への刺入方法
    (6)口角部のシワに対する刺入方法
   3)灸法
    (1)湧泉燻蒸法
    (2)大椎燻蒸法
    (3)脈気温陽法
  III.皮膚の構造と働きを知る─表皮の解剖と生理
   1)肌には自律神経の活動を促すセンサーがある
    (1)表皮の構造
    (2)表皮ケラチノサイト(角化細胞)について
   2)肌のキメ
   3)シワの形成
   4)表皮を守るバリア機能
   5)肌を酸化させる活性酸素
   6)中国伝統医療文化にもある表皮の概念
第5章 進化系接触鍼・審美六鍼
 刺さない鍼の誕生
  I.鍼灸美容によみがえった人類の遺産
   1)製鉄加工の発達は医療技術に影響した
   2)現代に蘇る古代九鍼
   3)ランガーラインと審美六鍼
   4)機械ではまねができない古代鍼の効果
   5)肌は気血を映し出す鏡である
  II.現代科学からみた「審美六鍼」の効果
    (1)ストレスが多くの病気の原因なのでストレスからの脱却が大事
    (2)鍼は皮膚に刺入するものとは限らない─接触鍼の存在
     ・員利鍼法 点刮術
     ・てい鍼法 点刮術
     ・てい鍼法 線刮術
     ・ハ鍼法 双手纏推顎法(面刮術)
     ・ハ鍼法 単手纏推顎法(面刮術)
     ・鋒鍼法 面刮術
     ・員鍼法 点線刮術
     ・さん鍼法 面線刮術
第6章 養神と養形の経穴処方
 具体的な配穴法
 養神と養形 心と容姿
  I.養神と養形の処方学
   1)若さと健康を保つ要穴
   2)健康美の法則としての保精,益気,養血
  II.処方学の配穴と治療原則(教材別)
    (1)益気穴
    (2)温陽穴
    (3)養血穴
    (4)滋陰穴
    (5)安神穴
    (6)行気穴
    (7)開鬱穴
    (8)活血穴
    (9)清涼血穴
 
 美容の弁証分類一覧表
 参考文献
 索引