やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はしがき
 2004年,「痴呆」から「認知症」へ呼称が変更され,認知症政策に関する改革は急ピッチで進められてきた.認知症看護認定看護師(当初は認知症高齢者看護認定看護師)の教育は2005年に開始され,2019年2月現在,1,245人の認知症看護認定看護師が,全国で認知症看護に奮闘している.いま,日本は,どの国もこれまで経験したことがない超高齢社会を迎えた.それに伴い認知症の人の数も増加し,2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人は認知症となると推計されている.
 急性期病院においても,他疾患を合併して入院する認知症の人が増加しており,認知症看護は必須となっている.そのようななか,2016年の診療報酬改定では,病棟における認知症対応力とケアの質向上を図ることを目的に「認知症ケア加算」が新設された.今後,ますます病棟の看護師に認知症医療・看護の知識とスキルが求められることになる.
 本書は,認知症の人のケアをするうえで必要な医学的知識を含む総論と意思決定支援,家族支援,多職種連携について述べている.認知症看護認定看護師ならではの専門的な知識と,実践を積み重ねることで持ち得た知識をわかりやすくまとめた.また,臨床でケアに困る場面を想定し,認知症看護認定看護師の実践事例とともに具体的に解説した.とくに大切にしたことは,認知機能低下による生活の困難さ,身体的苦痛や不快感,生活背景や環境など認知症に関連したさまざまな「困りごと」を,私たち支援者側の「困りごと」ではなく,認知症の人の視点でとらえて記述したことである.目の前の認知症の人のケアで困ったとき,本書を参考にしていただけると幸いである.
 私たちは認知症を経験することはできない.だからこそ,謙虚な姿勢で認知症の人のケアを追求し続けていきたい.看護師のやさしい心とあたたかな手で,認知症の人の苦悩が少しでも緩和され,尊厳あるケアが届けられることを心から願う.
 出版にあたりご尽力いただいた皆様に深く感謝申し上げたい.
 2019年2月 編者一同
I 認知症と看護
 1 認知症とは(小川朝生)
  私たちはどうして認知症を診断し,ケアをするのか/認知症とは何か
 2 認知症の原因となる疾患と認知機能障害(小川朝生)
  アルツハイマー型認知症/血管性認知症/レビー小体型認知症/前頭側頭型認知症/認知機能障害を知る
 3 認知症の治療(小川朝生)
  薬物療法 抗認知症薬の種類/中核症状(認知機能障害)に対する非薬物療法
 4 認知症の行動・心理症状(BPSD)(小川朝生)
  BPSDが生じる背景/BPSDへの対応
 5 認知症の人をみるときに注意すること(小川朝生)
  認知症を疑った場合に注意したいこと せん妄の鑑別/認知症が急に悪くなったとみえるときに考えること
 6 認知症の人の生活の不自由さ(島橋 誠)
  認知症の経過/老化と認知症の臨床像/認知症の人の生活支援/認知症の人への看護ケアの発展を
 7 認知症の人の意思表示(島橋 誠)
  倫理的問題の現状と背景/老年看護に携わる看護師の役割/認知症の人の真意と看護職の役割
  アドボカシー/認知症の人の権利擁護/認知症の人の意思決定/認知症の人の意思決定を支援するための方策
 8 認知症の人を看る看護者の姿勢(石川容子)
  自分の心の内にある偏見に気づく/自分の心のありようを見つめてみる/認知症の人の身にはなれないことを前提に考える
  自分の言動が認知症の人の心を傷つけているかもしれないことを知る/認知症の人が体験している不自由さを知ろうとする
  当たり前のことを当たり前に行う
II 認知症の中核症状のために起こる本人の困りごと
 (上野優美)
 1 「本人の困りごと」を理解する
 2 中核症状による生活障害
 3 日常生活行動のなかでの「困りごと」をひも解く
  失禁あるいは排泄行動の失敗がある場合/お風呂に入れない・入らない場合/買い物ができなくなった場合
  「帰りたい」と歩き回る場合/食事を食べない・食べられない場合
 4 中核症状や困りごとは本当にみえないか?
III 認知症の人の情報収集とアセスメント
 (梅原里実)
 1 環境の変化と認知症の人
 2 入院時のアセスメント
  必要な情報/看護のポイント
 3 BPSD発症時のアセスメント
  必要な情報/看護のポイント
 4 退院時のアセスメント
  必要な情報/看護のポイント
IV 認知症の人への看護 実践事例
 事例 1 「帰りたい」というAさん(鳥山美鈴)
 事例 2 安静が保てないBさん(福島恵美子)
 事例 3 食事を食べないCさん(白取絹恵)
 事例 4 食事を食べないDさん(藤原麻由礼)
 事例 5 夜眠れないEさん(中尾有花)
 事例 6 トイレに頻回に行きたいFさん(弘 顕子)
 事例 7 すぐに怒るGさん(清川邦子)
 事例 8 レビー小体型認知症(DLB)のHさん(岡田直美)
 事例 9 前頭側頭型認知症(FTD)のIさん(小原良之)
 事例 10 せん妄(低活動)が合併したJさん(赤井信太郎)
 事例 11 せん妄(過活動)が合併したKさん(福光由希子)
 事例 12 手術を受けるLさん(村田純子)
 事例 13 服薬管理が難しくなったMさん(富樫映一子)
 事例 14 入院時から混乱があるNさん(加藤滋代)
V 家族への支援
 1 知っておきたい家族の苦悩(石川容子)
  気が休まらない/自責・自己嫌悪/「介護がもう限界」と言えないつらさ/認知症によるさまざまな症状への対応
  日常生活の介護による負担/病院や施設での心ない対応
 2 家族支援における看護者の姿勢(石川容子)
  介護者としての家族ではなく,ひとりの人として尊重する/看護者の価値観で理想的な介護を描かない
  他者にはわからないさまざまな事情があることをわかろうとする
 3 自宅で介護する家族支援の実際(石川容子)
  とにかく話を聴く/認知症の人の思いを想像し,代弁してみる/その家族ならではの介護に関心を寄せる
  疲弊している家族へは休息を提案する,入院の決断を促す/将来のことを一緒に考える
 4 医療施設における家族支援(四垂美保)
  患者家族の思いを知る/家族が安心できるよう対応する/家族の立場に立つこと
  家族の要望をできるだけ実践するために,多職種とつなぐ/家族の不安を解消し,患者のための行動につなげる
  わかりやすく伝えるために/速やかに報告し,対応する
 5 家族支援の実際 妻もケア,妻とケア(四垂美保)
  転棟時の初回カンファレンス/Aさんと妻に変化がみられた時期/肺梗塞を発症し,ヘパリン治療を開始した時期
  状態変化を受けたカンファレンス/肺梗塞発症から2週間後,回復に向かった時期/亡くなるまでの時期/妻からの手紙
 6 こんなことを尋ねられたら(四垂美保)
  これから父の認知症はどうなるのでしょうか?
  母は私のことがわからないようです.何もわからなくなって……会いに来ても何だか切なくなります.
  母がこのまま食べられなくなったら,どうしたらよいでしょうか
  何もしないのはかわいそうな気がするので,母に代わり点滴をお願いしましたが,それが無理な延命になって母に苦しい思いをさせているのではないかと心配です.
  (臨死期に)呼吸が苦しそうです.手足が紫になって冷たくなっています.何もしてあげられないんです.
VI 多職種連携
 1 認知症の人の意思を尊重した連携(上野優美)
  連携のための情報収集/認知症の人と医療者間での連携/看護師間での連携/チームのなかでの連携
 2 地域との連携,チームづくり(赤井信太郎)
  病院と地域との連携/チームづくりのプロセス

 索引