やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
本書の概要
 保健師は不思議な専門職です.ポピュレーション(Population)を対象として,その状況や変化に応じて変幻自在に活動しており,「何をする人?」と尋ねられたときに,だれもが「なるほど,そうなんだぁ」と納得する説明をすることが難しい職業です.現任の保健師にとっても,明快かつ簡潔に答えることは至難の業でしょう.
 本書は,そのような保健師のワザを,ナラティブ*の力を借りて,みなさまにお伝えしようとするものです.しかも,保健師のワザのなかでも,その真髄,あるいは奥義ともいえる「地域の強みを高める公衆衛生看護技術」にスポットを当てています.加えて,そのワザのトレーニングができるパートを設けました.
執筆の動機
 本書を書く動機はふたつです.ひとつは,保健師のスゴワザを広く世の中の人に知ってもらいたい,もうひとつは,保健師が,自分たちがやっていることってスゴイのね,と自覚して,自らの自信と誇りを高めてほしいという思いです.
 この思いは,わたしたちが「見せる公衆衛生看護技術」をまとめた際,保健師が責任をもって可視化し根拠に基づいて説明すべき技術のひとつとして,「保健師の存在価値を見せる技術」が抽出されたこととつながっています.専門職には「体系的な理論と伝達可能な技術」が必須であることから,保健師が,専門職として自分たちの中核となる理論と技術を明確化するのは当然のミッションであり,とりわけ言語化は,保健師の専門職としての存在価値を拓くために欠かせません.
ワザの明確化&見せる方法
 ではワザは,どのようにして明確にするのでしょうか.本書では,実際に保健師が実践した事実,展開した活動において,保健師が経験を積みながら培ってきたワザを言語化することを大切にしました.既存の理論からワザの大枠を検討することと並行して,活動実績に基づいて推薦された保健師に複数回のインタビューを行い,ワザを抽出して,それぞれのワザの概念を明確にし,整理していきました.そして,いくつかのワザについては,それを修得するシミュレーション学習のプログラムと教材を開発しました.一連の過程は,科学研究費補助金 基盤研究(B)(課題番号:15H05103,研究期間:2015〜2018年度,研究代表者:岡本玲子)の助成を受けて行いました.
 本書で取り上げているエピソードは,そのインタビューで聴き取った事実に基づいています.事実を裏づける記録や報告書などの資料も確認しながら書きました.自治体や保健師の名前,固有名詞は伏せており,地域特性などは特定できないように内容を変えました.プロセスは,読者にわかりやすいように簡素化したり,複数事例の要素を合わせたりした部分はありますが,誇張や嘘はありません.
保健師は専門職としてオリジナルな存在
 保健師は専門職としてオリジナルな存在です.部分ではなく,その総体がオリジナルなのです.その活動には光るワザが満載で,ほかに類をみないワザの宝庫をもつ専門職と言っても過言ではありません.人々のよりよい健康のために,もてるワザを駆使して縦横無尽に活動している姿はまさに圧巻です.本書のナラティブはその真実に迫るものです.
 わたしたちが聴かせていただいたナラティブにおいて,保健師のワザは,例えば「この頃お母さんからの○○の訴えが増えたので(探索して実態を顕在化する技術),改善しようとしていた 事業を○○目的に改変して実施したところ(施策化後に継続的に質改善する技術),参加者主体の活動がはじまり(当事者を活気づける技術),他地区にも広がった(全体への定着を促進する技術)」と,わずかな語りを切り取っても,実に多くのワザが詰まっています.思わず「ブラボー!」と叫びたいほどです.
本書が言語化するワザの特徴
 冒頭でも述べましたが,本書では保健師のワザのなかでもその真髄,奥義といえるものの言語化を試みています.母子・成人・高齢者といった対象の発達段階別,感染症・精神・難病・健康危機といった健康課題別のワザはもちろんありますが,それは本書では取り扱いません.対象や健康課題の種類を縦の列に並べたとすれば,そのどの列にでも,保健師はこれを行う人ぞという横ぐしとなるワザ,分野横断的に行っているワザに着目し,それを表現します.本書では,そのワザこそが「地域の強みを高める公衆衛生看護技術」と考え,その土台となる理論と具体的なワザを見える化します.そしてこれが,保健師の専門性の基盤構築に貢献することを期待しています.
保健師ワザを理解する前提
 このワザを理解するには,保健師が「成り立つ解(成解)」を探り創出し続ける宿命を負った職種だという前提をわかっておく必要があります.変化する社会や人を対象とする公衆衛生看護では,1+1が単純に2でないことや,この事象にはこの方法でといった特効薬はなく(つまり正解がなく),その時,その場,その状況で,その人々においてこの方法が最もふさわしい,という解を模索し続けます.そして,そのプロセスのなかで,人々とともに泣いたり笑ったり,成長を称え合ったりしながら,人々の「生」を衛る施策やシステム,社会資源を創って,それはいつまでも普遍ではないけれども当面成り立つ解,つまり正解ではなく「成解」を導きます.
 そのような保健師には,答えはひとつとは限らないことや,答えがないかもしれないことも受け入れて活動する姿勢が望まれます.「病気→治る」といった一元軸ではなく,状況依存性・予測不能性が高い事象に対して,よりよい方向へと価値多元的にものごとをとらえる思考様式も求められるでしょう.ターゲットも個だけではなく,常に変化する多数と,その関係,その構造と多様なため,包括的にものをみる視点とそれらの関連にも目配りしながら,働きかけの優先度を判断する力量も必要です.
ワザの習得をめざす保健師のみなさんへ
 ではワザは,どのようにして理解し習得するのでしょうか.本書では,そのために,冒頭で述べたナラティブの力を借りて,保健師の高度な技術を,読者が,一連の流れ・全体のまとまりとして具体的にイメージできること,自身の内面に実感を伴って映像化できることを助けようとしています.具体的なストーリーから場面を想起し,実際に自分の活動に適用するイメージを膨らませ,さらに自分の言葉で他者に説明したり,意見交換したりするワークを伴えば,これらのワザを実践に適用していけるようになるでしょう.
 現実には短期間で重要な局面の経験を積むことは困難です.本書で示したシミュレーション学習は,実際の人々やコミュニティを想定したナラティブで,繰り返しトレーニングでき,技術のイメージ化と習得に有用でしょう.本書が保健師課程の学生や現任の保健師のみなさまに用いられ,経験知を積み上げる学習の補助となれば幸いです.
 脚注*
 ナラティブとは,ここでは思いや意味づけを含んだひとまとまりの経験のストーリーとします.
 2020年10月
 著者を代表して 岡本玲子
I部 保健師のワザを知ろう!
 1章 キホンのキ(岡本玲子)
  1 保健師の「公衆衛生看護技術」とは
   1)保健師Public Health Nurseとは
    (1)英国
    (2)米国
    (3)日本
   2)公衆衛生看護技術とは
    (1)看護技術
    (2)公衆衛生看護技術
  2 保健師が高めたい「地域の強み」とは
   1)めざす方向はポジティブヘルス
   2)地域の強み
    (1)先行する住民の状態
    (2)住民の状態
    (3)住民の周辺状況
  3 公衆衛生看護のワザ枠組み
   1)理論Theoryが示す原則Principles
    (1)ヘルスプロモーションの理念と公衆衛生看護の定義
    (2)ヘルスビジティングの原則
    (3)ミネソタモデル
    (4)保健師の技術枠組み
   2)公衆衛生看護技術の枠組み
 2章 地域の強みを高めるワザ概説(岡本玲子)
  規範 社会的公正 The Norms:Social Justice
  探索 Searchingに含まれるワザ
  活気づけ Stimulatingに含まれるワザ
  促進 Facilitatingに含まれるワザ
  協同 Cooperationに含まれるワザ
  継続的質改善 Continuing Quality Improvementに含まれるワザ
  政策・資源開発 Policy/Resource Developmentに含まれるワザ
 3章 地域の強みを高めるワザ本編
  【規範 社会的公正】
   1《信頼とパートナーシップ》(岡本玲子)
   2《平等・公平性》(岡本玲子)
   3《みなの「生」を衛る》(岡本玲子)
  1【探索】Searching 1《実態探索》
   −1〈強み発掘〉(合田加代子)
   −2〈課題把握〉(合田加代子)
   −3〈資源探索〉(合田加代子)
  1【探索】Searching 2《実態顕在化》
   −1〈見える化〉(岡本玲子・時政 舞)
   −2〈実在見せ〉(岡本玲子・時政 舞)
   −3〈要因見せ〉(岡本玲子・田中美帆)
  2【活気づけ】Stimulating 1《当事者意識醸成》
   −1〈ワレラゴト共有〉(岡本玲子)
   −2〈みなで/ともに/楽しく浸透〉(岡本玲子)
  2【活気づけ】Stimulating 2《やる気下支え》
   −1〈発起アシスト〉(蔭山正子)
   −2〈元気バックアップ〉(蔭山正子)
  3【促進】Facilitating 1《総力活用推進》
   −1〈担い手拡充〉(蔭山正子)
   −2〈相互寄与見せ〉(蔭山正子)
  3【促進】Facilitating 2《全体定着推進》
   −1〈地域普及〉(多田碧樹・岡本玲子)
   −2〈主導化応援〉(多田碧樹・岡本玲子)
  4【協同】Cooperation 1《協働操舵》
   −1〈成長系協働〉(規家美咲・岡本玲子)
   −2〈発展系調整〉(規家美咲・岡本玲子)
  4【協同】Cooperation 2《機会/場設定》
   −1〈ポジティブヘルス転換〉(小出恵子)
   −2〈実現固め〉(岡本玲子)
  5【継続的質改善】Continuing Quality Improvement 1《キャパシティ・ビルディング》
   −1〈キーパーソン開化〉(岡本玲子)
   −2〈成解合作〉(岩本里織)
  5【継続的質改善】Continuing Quality Improvement 2《クオリティ・マネジメント》
   −1〈全体質点検〉(岩本里織)
   −2〈ボトムアップ改善〉(岩本里織)
  6【政策・資源開発】Policy/Resource Development 1《資源開発》
   −1〈資源化〉(聲高英代)
   −2〈活用促進〉(聲高英代)
  6【政策・資源開発】Policy/Resource Development 2《施策化・システム化》
   −1〈優先度明示〉(小出恵子)
   −2〈決定・構築・整備〉(小出恵子)
II部 保健師のワザを事例で実感!
 事例1 高度医療の子どもを支える仕組みづくりで地域の強みを高めた公衆衛生看護のワザ(岡本玲子)
  1 保健師の若葉と申します
  2 活動の背景と概要
   1)どのような状況・ニーズがあったの?
   2)どのような地域の強みを高めたの?
   3)どのようなプロセスで実現していったの?
  3 保健師の若葉,語ります
   1)はじめに当事者の声ありき【1〜2年目】
   2)実現可能性を探り・拓く【3〜4年目】
   3)整え,発展し続ける【5〜6年目】
   4)その後の波及
  4 演習問題
 事例2 住所不定者の地域結核療養体制構築により当事者の強みを高めた公衆衛生看護のワザ(塩見美抄)
  1 保健師のハナと申します
  2 活動の背景と概要
   1)どのような状況・ニーズがあったの?
   2)どのような地域の強みを高めたの?
   3)どのようなプロセスで実現していったの?
  3 保健師のハナ,語ります
   1)地域で暮らすという当然の権利を護るための地域DOTS体制の構築【1〜2年目】
   2)住所不定者が服薬の重要性を認識・理解できるための院内DOTS体制構築【3年目】
   3)住所不定の結核患者同士のピアサポートの場の設立【4年目】
   4)地域での結核療養生活を丸ごと支える環境の整備【5年目】
  4 演習問題
 事例3 確かな根拠と住民との協働活動で地域の“主体的”介護予防力を高めた公衆衛生看護のワザ(草野恵美子)
  1 保健師の陽子と申します
  2 活動の背景と概要
   1)どのような状況・ニーズがあったの?
   2)どのような地域の強みを高めたの?
   3)どのようなプロセスで実現していったの?
  3 保健師の陽子,語ります
   1)根拠をもって実態をつかむ【1〜2年目】
   2)地域全体で課題・めざす姿を共有【3〜4年目】
   3)明るくみんなで展開,どんどん広がる「ツルの一声体操」【5〜7年目】
   4)効果の検証【8年目】
   5)その後の波及…「ツルの恩返し作戦」【9〜10年目】
  4 演習問題
III部 シミュレーションでワザトレだ!
 1章 「探索」シミュレーション 仮想地域に出て,衛る「生」を探れ(岡本玲子・合田加代子)
   1)どのような教材なの?
   2)どのように使うの?
 2章 「活気づけ」シミュレーション みて・きいて,実感持ってワザ・ゲット!(岡本玲子・田中美帆)
   1)どのような教材なの?
   2)どのように使うの?
 3章 「促進」シミュレーション ジレンマ体験から原則を共有せよ!(岡本玲子・小出恵子)
   1)どのような教材なの?
   2)どのように使うの?

 コラム
  ポジティブヘルスに着眼することの重要性(岡本玲子)
  選り抜き・発見・スクリーニングで対象把握!(岡本玲子)
  健康格差の背景にある国民意識(岡本玲子)
  衛生とは「生」を衛ること(岡本玲子)
  互いの強みを知って活かし合う!(合田加代子)
  地域資源の探索が地域活動を豊かにする(合田加代子)
  プレゼンテーションのワザ(岡本玲子)
  〈実在見せ〉の具体例(岡本玲子)
  プリシード(岡本玲子)
  ポピュレーションにかかわる保健師だからワレラゴトを推進!(岡本玲子)
  「交流・参加」を伴う「全員主体」のワザ(岡本玲子)
  地域に出向き,地域をとらえ,地域とともに活動する保健師(合田加代子)
  パートナーシップモデル(蔭山正子)
  ストレングス(蔭山正子)
  ヘルパーセラピー原則・愛他主義(蔭山正子)
  ポピュレーションアプローチの効果(岡本玲子)
  理論・エビデンスを活用した公衆衛生看護活動を!(岡本玲子)
  協同 Cooperation(岡本玲子)
  コーチング,ティーチング,カウンセリング(岡本玲子)
  ステイクホルダー(岡本玲子)
  ケアの質(岡本玲子)
  リフレクション(岡本玲子)
  人々の生存権を護る保健師の役割(岩本里織)
  ボトムアップとトップダウン(岩本里織)
  気づきの感度を高めよう!(聲高英代)
  保健師の能力に関する先行研究(小出恵子)
  PDCAサイクルのCheckからActへ(小出恵子)

 II部 保健師のワザを事例で実感! 回答例