やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 がん(悪性腫瘍)は1981年以降,日本人の死因第1位であり,死を連想させる病気のイメージが根強くあります.しかし,国立がん研究センターがん情報サービスのデータによると,がんと診断された人の5年相対生存率は男女計で62.1%(2006〜2008年)に達しており,がんは,長期生存も期待できる慢性疾患と位置づけられています.人口の高齢化も相まって,いまや日本人の2人に1人はがんになり,がんを体験しながら病気と長く付き合う時代となりました.がんになると病気や治療によってこれまでの生活は変化し,治療を終えた後もさまざまな身体・心理・社会的な課題をかかえることになります.これらの課題に向き合い,どのように乗り越えていくのか.この問いに,がんサバイバー・家族,医療者,そして,社会全体で応えていくことが求められています.
 National Coalition for Cancer Survivorship(NCCS)の中心人物のひとりであるFitzhugh Mullan医師が,自らのがん闘病の体験からがんサバイバーシップの概念を提唱し,その重要性を説いてから30年が経ちました.日本においてもがんサバイバーシップは大きな潮流となって社会全体に影響を与え,とくにこの10年で日本のがんサバイバーシップの動きは大きく変化しました.
 2017年に改定された第3期がん対策推進基本計画は,「がん患者を含めた国民が,がんを知り,がんの克服を目指す」ことをスローガンに,(1)科学的根拠に基づくがん予防・がん検診の充実,(2)患者本位のがん医療の実現,(3)尊厳を持って安心して暮らせる社会の構築という3つの全体目標を掲げました.この方針策定をはじめ,最近のがん政策,医療改革にはがんサバイバーの意見が反映されています.患者会やがんサロンなどではがんサバイバー同士の交流やピアサポートが積極的に行われるようになりました.小中高生へのがん教育や医師を対象とした緩和ケア研修会では,がんサバイバーが外部講師を務めています.また,日本の各地で結成された患者団体は,医療の向上に向けて国や地方自治体へさまざまな働きかけを行っています.まさに,がんサバイバー自らが主導権を握る時代の到来です.今後はがん医療や医学に関する研究を共同で行うことなども構想されており,がんを取り巻く社会において,がんサバイバーとの協働は必須です.
 このような時代の変化にあって,がんサバイバーシップにおける看護の役割とは何かを,私たちは考えていく必要があります.がんの体験は困難や喪失の体験だけではなく,サバイバーが新しい自分の生き方を考える岐路でもあります.本書ががんと向き合うサバイバーや家族の体験を理解し,サバイバーのNew Normalを支えるケアを考える一助となれば幸いです.
 本書は2006年に出版した第1版を大幅に改訂し,ほぼ全面リニューアルいたしました.両書を比較していただくことで,この10年間のがんサバイバーシップの変化を感じていただけるものと思います.最後に,本書の企画から出版までご尽力いただいた医歯薬出版株式会社の編集担当の方々に心より御礼を申し上げます.
 近藤まゆみ,久保五月
BOOK I がんサバイバーシップ
 (久保五月)
   “がんサバイバーシップ”誕生の背景/サバイバー&サバイバーシップの概念
   サバイバーシップの4つの時期と看護/がんサバイバーシップに関する文献レビュー(研究の動向)
  がんの統計/日本におけるがん対策のあゆみ/これからのがん看護――がんサバイバーとともに創るケア
BOOK II がんサバイバーが直面する課題と支援
  1 セルフアドボカシーを高める支援(近藤まゆみ)
   アドボカシーの概念/がんサバイバーシップにおけるセルフアドボカシーの概念
   セルフアドボカシースケール/セルフアドボカシーを高めるスキル/アドボカシーの3つの視点と活動
   その人がもつセルフアドボカシーの力を高めるかかわり
  2 Cancer Survival Toolbox(R) がんを生き抜く道具箱(久保五月)
   Cancer Survival Toolbox(R)とは/がんを生き抜くための基本的スキル
   米国におけるセルフアドボカシースキルプログラムの成果と限界
   わが国の医療文化に合わせたセルフアドボカシースキルプログラムの適用と限界
  3 がんサバイバーシップにおけるヘルスプロモーション(三次真理)
   がんサバイバーのヘルスプロモーション・生活習慣の調整に関する文献レビュー(研究の動向)
   がんサバイバーのヘルスプロモーションとしての生活習慣の調整支援
   わが国におけるがんと生活習慣に関するエビデンスを知る
   [事例]がんサバイバーQさんと看護師の対話による生活習慣の見直し
  4 当事者による支援:ピアサポート(坂元敦子・福井里美)
   ピアサポートの種類と動向/がんサバイバーセルフヘルプグループ/がんサバイバーサポートグループ
  5 就労・経済的な課題への支援(橋本久美子)
   がんサバイバーの就労支援に関する文献レビュー(研究の動向)
   がんサバイバーシップの時期別の特徴と就労支援のポイント
   治療と職業生活の両立に向けたがん拠点病院における介入モデル
   [事例]サポートプログラムに参加した3人のサバイバー
  6 Oncofertility(妊孕性)を求める人への支援(渡邊知映)
   がんと妊孕性に関する基礎知識/診断からサバイバーシップを通した継続的支援
   [事例]ホルモン療法中に,妊娠の希望と治療継続の間で悩んだ若年乳がん女性Uさんへのかかわり
  7 遺伝学的検査を検討する人への支援(青木美紀子)
   遺伝学的検査に関する基礎知識/遺伝性腫瘍に関する血縁者との情報共有に関する文献レビュー
   遺伝学的検査を検討する人への支援
  8 がんリハビリテーションを求める人への支援(諸田直実)
   がんリハビリテーション看護に関する文献レビュー(研究の動向)
   病期にもとづくがんリハビリテーションの支援/がんサバイバーシップにもとづくがんリハビリテーション看護
   [事例]乳がん患者リハビリテーション看護ケアプログラムに参加したVさんの事例
BOOK III がんサバイバーシップにもとづく支援
 (近藤まゆみ)
   がんサバイバーシップケアにおける主要な3つのフェーズ/がんサバイバーの情報探求とその支援
   がんサバイバーの意思決定とその支援/[事例]「違う病院に転院したい」と願うWさんへの情報探求と意思決定支援
BOOK IV がんサバイバーの特徴に応じた支援
 がんの種類からみたサバイバーの体験
  1 胃がん・食道がん体験者(今泉郷子)
   胃がん・食道がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)
   胃がん・食道がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]食に縛られた生き方を解放し,自分の人生を生きる第一歩を踏み出したAさんへのかかわり
  2 乳がん体験者(荒堀有子)
   乳がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/乳がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]受診行動が遅れたが,治療開始後は意思を周囲に伝え,最期まで自分らしく生き抜いたBさんへのかかわり
  3 肺がん体験者(我妻孝則・児玉美由紀・久保五月)
   肺がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/肺がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]終末期に家族・友人との温泉旅行を実現できたCさんへのかかわり
  4 大腸がん体験者(松原康美)
   大腸がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/大腸がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]直腸がんの再発と化学療法の再開を告げられ,衝撃を受けたDさんへのかかわり
  5 頭頸部がん体験者(望月美穂)
   頭頸部がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/頭頸部がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]最期まで毅然として生きたいと願ったEさんへのかかわり
  6 肝臓がん体験者(池田 牧・清水奈緒美)
   肝臓がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/肝臓がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]混沌とした状態から自身の意向を見出していったFさんへのかかわり
  7 膵臓がん体験者(清水奈緒美)
   膵臓がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/膵臓がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]混乱をきたしていたGさんと家族のサバイバーとして生き抜く力を高めるかかわり
  8 婦人科がん体験者(佐藤美紀)
   婦人科がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/婦人科がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]ボディイメージの変化に傷つきながらも,楽しく生きたいと願ったHさんと家族へのかかわり
  9 泌尿器科がん体験者(青蜿G昭)
   泌尿器科がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/泌尿器科がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]再発を繰り返す現状に苦悩をかかえるIさんへのかかわり
  10 血液がん体験者(坪井 香)
   血液がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/血液がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]悪性リンパ腫と診断され,高校生活の再構築を迫られたJさんへのかかわり
 がんの治療からみたサバイバーの体験
  11 手術療法を受ける体験者(三浦里織)
   手術療法を受けるサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/手術療法を受けるサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]手術後の苦痛を感じているKさんへのナラティヴなかかわり
  12 化学療法を受ける体験者(渡邉眞理)
   化学療法を受けるサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/化学療法を受けるサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]再度,化学療法を必要としたLさんの意思決定へのかかわり
  13 放射線療法を受ける体験者(久米恵江)
   放射線療法を受けるサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)
   放射線療法を受けるサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]放射線療法への不安が強く,ドロップアウトしそうになったMさんへのかかわり
 ライフサイクルからみたサバイバーの体験
  14 小児がん経験者(小林京子)
   小児がん経験者に関する文献レビュー(研究の動向)/小児がん経験者と家族の体験と支援
   [事例]思春期の小児脳腫瘍経験者Nくんへの自立に向けた意思決定支援
  15 AYA世代のがんサバイバー(近藤まゆみ・久保五月・田村恵美)
   AYA世代のがんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/AYA世代のがんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]大学1年生の時にがんを発症したOさんの体験
  16 高齢がんサバイバー(三次真理)
   高齢がんサバイバーに関する文献レビュー(研究の動向)/高齢がんサバイバーと家族の体験と支援
   [事例]治療中にせん妄を生じて前に進めなくなったPさんへのかかわり

 索引