やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 せん妄は高齢の入院患者などに多くみられる病態ですが,せん妄症状の判断が難しく,せん妄を発症してからの対応に偏りがちです.これまでの介入研究やガイドラインでは,せん妄リスクを予測し予防ケアを実施すること,標準化された評価ツールを使うこと,複合的な介入を行うこと,多職種チームでかかわることが効果的であるといわれています.一方,そのようなせん妄に関する知識を理解していても,実際の臨床の場で異なる専門職が協働してせん妄対策に取り組むのは容易ではありません.超高齢社会を迎えた現在,医療機関のせん妄対策は不可欠です.本書は,せん妄ケアを何とかしたいと思っている医療者の役に立つ教材をめざして制作したもので,以下の3つの章から構成しています.
 第1章では,医療機関におけるせん妄対策の全体像を示す内容として,チームづくり,システム化,組織基盤づくりについて述べます.組織としてせん妄対策に取り組む際のノウハウとして活用できると思います.
 第2章では,せん妄に関する基本的知識,リスクアセスメントやツールの使用方法,予防ケア,発症時ケアについて述べます.事例を用いたリスク因子のアセスメントに加え,付録のDVD映像をみてツール評価の演習が行えるようになっていることも本書の特徴です.医療スタッフの研修や自己学習にご活用いただける内容を含めました.なお,本DVDはJSPS科研費25463583(研究代表者:長谷川真澄)の助成を受け,看護師を対象とする教育研修に使用する目的で制作したものです.本書執筆以前に制作したDVDのため,一部表現が本書の内容と異なるところがあります.
 第3章では,せん妄ケアチームによる先駆的な取り組みを行っている病院でのチームづくりの実践例,チーム介入の事例,院内デイケアの実践例を紹介します.
 本書の内容は,これまで蓄積されてきた研究知見に基づきますが,組織改革という点においては更に研究を積み重ねていく必要があります.本書に対しても忌憚のないご意見をいただければ幸いです.
 本書の作成に多くの方々のご協力をいただきました.過密スケジュールにもかかわらず,本書のために原稿を書き下ろしてくださいました執筆者の皆様に心より感謝申し上げます.また,DVD制作では,日本語版ニーチャム混乱・錯乱スケールの翻訳者であり,DVDをともに監修した国立看護大学校の綿貫成明教授,せん妄スクリーニング・ツールの開発者である明治薬科大学の町田いづみ教授,株式会社メディカルビジョン水野宏也さんと関係スタッフの皆様に大変お世話になりました.そして,本書の企画から長期間お待たせし,編集と出版に多大なご助力をいただきました医歯薬出版の編集担当者に深く感謝申し上げます.
 最後に,本書が医療機関のせん妄ケアの改善と向上に役立ち,医療を受けられる人々に尊厳と安寧をもたらすことを願います.
 2017年3月
 長谷川真澄・粟生田友子
第1章 医療機関におけるせん妄ケアの課題と対策
 1 せん妄ケアの課題と対策 (長谷川真澄)
  1)医療機関におけるせん妄ケアの課題
   せん妄とは何か
   せん妄が及ぼす影響
  2)医療機関に求められるせん妄対策
   効果的なせん妄対策の要素
   せん妄対策の全体像
   せん妄対策のゴール
 2 組織改善・チームづくり
  1)せん妄対策を推進するチームづくり(粟生田友子)
   せん妄ケアチームの結成のきっかけ
   せん妄ケアチームに必要となるメンバーと役割
   チーム活動の推進
   管理者はどう考えればいいか:チーム活動へのバックアップ
   Column せん妄ケアチーム(Delirium Care Team:DCT)
  2)せん妄ケアチームのシステム化(粟生田友子)
   アセスメントからのケアのシステム化
   コスト算定
  3)せん妄対策に強い組織基盤づくり(粟生田友子)
   ケアの質の維持・向上:アウトカム評価
   せん妄発症ケースの分析:チームカンファレンスの推進
   退院へつなぐ支援
  4)せん妄ケアのアウトカム(長谷川真澄)
   アウトカムデータの蓄積とフィードバック
   せん妄対策による対応力の変化
第2章 せん妄ケアの基本的知識
 1 せん妄の基本的知識
  1)せん妄とは(長谷川真澄)
   せん妄とは
   せん妄の病態
  2)せん妄の症状・発症経過(長谷川真澄)
   せん妄の症状
   せん妄の発症経過
   せん妄の類型
  3)せん妄の発症要因(長谷川真澄)
   準備因子
   直接因子
   促進因子
  4)せん妄のハイリスクケース
   (1)薬剤性せん妄(内川晶裕)
    せん妄を起こしやすい薬剤
   (2)認知症の人のせん妄(木島輝美)
    認知症の人のせん妄発症の実態
    認知症の人のせん妄のリスク因子
   (3)脳卒中患者のせん妄(菅原峰子)
    脳卒中患者のせん妄の実態
    脳卒中患者のせん妄リスク因子
    Column 脳梗塞患者のせん妄状態
   (4)術後せん妄(鳥谷めぐみ)
    術後せん妄の実態
    術後せん妄のリスク因子
   (5)終末期せん妄(小野聡子)
    終末期せん妄の実態
    終末期せん妄のリスク因子
    不可逆性のせん妄の評価と苦痛の緩和
    Column 終末期とは
  5)せん妄の薬物療法(立田知大)
   せん妄の薬物療法の現状
   せん妄治療に使用される薬剤
    抗精神病薬 抗うつ薬/
    ベンゾジアゼピン系,非ベンゾジアゼピン系薬剤 その他
   Column 錐体外路症状
  6)せん妄患者の体験世界(綿貫成明)
   体験には現実を歪んで捉えた本人なりのストーリーがある
   患者は周囲とうまくかかわれず,猜疑心や怒りの感情を抱きやすい
   患者はせん妄体験を情動レベルで記憶している
   せん妄回復後のアフターケアも重要
 2 アセスメントのポイント
  1)アセスメントからケアへの流れ(長谷川真澄)
   入院時
   入院中
   せん妄発症時
  2)リスク因子のアセスメント(長谷川真澄)
   入院時
   予防ケア実施中
   せん妄発症時
  3)せん妄症状のアセスメントツールの活用(綿貫成明)
   一般的なツールの紹介
   ツールの評価方法
   ツール導入のポイント
  4)事例によるせん妄リスクアセスメントの実際(綿貫成明・長谷川真澄)
   入院時のせん妄リスク因子のレビュー
   入院時のベースラインの評価
   手術後のアセスメント
   ツール評価結果のケアへの活用法
 3 予防ケア
  1)予防ケアの原則(長谷川真澄)
   基本的ニーズを充足し全身状態を整えるケア
   快適な日常生活への環境調整と緩和ケア
   家族への説明
  2)予防ケアの実際
   (1)直接因子(長谷川真澄)
    全身管理と異常の早期発見
    日常生活パターンの維持
   (2)環境調整(菅原峰子)
    見当識が維持できる環境にする
    不快な感覚刺激を最小限にする
    環境の変化を最小限にする
   (3)視聴覚機能の低下(粟生田友子)
    感覚刺激の低減を避け,日常的な,適度な刺激に触れられるようにする
    コミュニケーションの困難を生じさせない環境を整える
    正しい理解を促す情報を提供する
    Column 視聴覚機能の変調
   (4)疼痛(菅原峰子)
    疼痛緩和のケアを行う
    心理面をサポートする
    薬物療法をサポートする
   (5)排泄トラブル(菅原峰子)
    排泄トラブルに起因する身体的苦痛の軽減をはかる
    失禁の予防と心理的サポートを行う
   (6)睡眠障害・生活リズムの変調(長谷川真澄)
    生活リズムを整えるケア
    ストレス軽減とリラクセーション
    睡眠導入薬投与時のケア
    Column 高照度光療法
   (7)不安・ストレス(長谷川真澄)
    入院や治療に納得して臨めるよう支援する
    安心・癒しを感じる時間を作る
 4 発症時のケア
  1)発症時のケアの原則(山下いずみ)
   安全を確保する
   せん妄発症時に生じている症状に対応する
   せん妄を重症化させないためのケアを行う
   家族への説明を行う
  2)発症時のケアの実際
   (1)安全を守るケア(粟生田友子)
    不動・可動制限を避け,せん妄の発症と重篤化を防ぐ
    可動制限に伴う精神的苦痛と合併症を避ける
    歩ける体,動ける体を維持する
    Column 身体抑制
    Column 抑制の解除基準
   (2)興奮時の対応(山下いずみ)
    落ち着きがないときの対応
    興奮状態の患者への実践
   (3)幻覚・妄想への対応(山下いずみ)
    幻覚・妄想への対応
    幻覚のある患者への実践
   (4)低活動型せん妄への対応(山下いずみ)
    低活動型せん妄の原因をアセスメントし原因を除去するためのケア
    生活リズムを整えるケア
    現実見当識を高めるかかわりを行う
  3)家族ケア(粟生田友子)
   せん妄状態を向き合う家族の苦悩を緩和する
   家族とともに,患者に現れているせん妄に対応する
   Column 家族の苦しみ
第3章 医療機関におけるせん妄対策の実践
 せん妄のチームケア
  1)チームづくりの実践例(森山祐美)
   チーム立ち上げの経緯
   まとめ
  2)チームでの介入の実践例
   (1)高齢者ケアチーム(GCT)での対応(森山祐美)
    対応事例
    Column 高齢者ケアチーム(GCT)回診
   (2)せん妄予防対策チームと病棟看護師による予防ケア(大久保和実)
    対応事例
    Column せん妄予防対策チームの概要
   (3)院内デイケア(赤井信太郎)
    院内デイケアの目的
    院内デイケアの方法
    ボランティアの活用の目的
    ボランティアの活用の方法

 巻末資料