やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「いつもとちがう状態にある高齢者をみたとき何をどうすればよいか」とする声が,介護現場からしばしば聞こえてきます.施設看護師,介護スタッフ,訪問看護師たちは,状況判断の重さにとまどっているのです.
 しかし病院に目を移すと,こうしたとまどいの声は,看護師や介護スタッフからほとんど聞こえてきません.その理由を考えてみたことがありますか?
 理由は,いくつかあります.ひとつは病院を受診した時点で,受診が必要との判断がすでに下されているからです.また入院中に状態変化がみられたときは医師が対応するため,その指示を待てばよいといった理由もあるでしょう.
 ともあれ病院にとって,体調に変化をきたした高齢者はめずらしくありません.たとえば食べられなくなったと来院した場合,原因のひとつに薬剤の関与や,感染症があることを,病院スタッフは知っています.介護現場でも知っている人がいるかもしれません.
 けれどももし,介護現場に知っている人がひとりもいなかったらどうでしょう.これまでどおりの薬剤や解熱剤を与えながら,根気よく食事供与を続けるのではないでしょうか.
 それは高齢者にとっても介護現場にとっても,よいこととはいえません.
 善後策を立てようにも基礎知識が足りないとの相談を施設幹部から受けたため,現場判断に必要な医学知識をレクチャーしたことがありました.すると半年もしないうちに現場は変わっていきました.看護師は身体の客観的変化を点でなく線でみられるようになり,介護スタッフたちは身体への興味が湧いたと語るようになりました.病院に搬送したあと長期入院になる例も減るようになりました.
 レクチャーしたいくつかの施設でも,似たような効果が得られつつあります.
 レクチャー内容をテキスト化することで,対応に悩む現場の看護・介護スタッフたちをいくらかでも救えるかもしれない――その結果,生まれたのが本書です.
 ある症状や状態から,疾患(病名)に至るプロセスについて学ぶ学問を,医療の領域では症候学や診断学といいます.とはいえ,この本は診断学の書ではありません.
 介護や在宅の場で必要なのは医師に求められる診断学でなく,判断力です.この状態は経過観察をしていてよいか,病院を受診したほうがよいか,救急車を呼んでまでしても病院受診をするべきかの判断ができればよいのです.
 それには,情報の扱い方,まとめ方,考え方,伝え方も大事になってきます.それらを知ることで“急変した高齢者”への不安が薄らぎ,より好ましい判断ができるようになるでしょう.
 介護と医療が融合するための一資料と理解していただければ幸甚です.
 平成28年 秋 著者
 付 いつもとのちがいに気づく!観察ポイントと対応
第1章 「いつもとちがう」ことへの気づきは,なぜ大切か
 1 施設看護師・訪問看護師および介護職に求められるもの
  異常かどうかの判断をせまられる現場
  施設看護師と訪問看護師と病院看護師,そのちがい
  施設看護師や訪問看護師に求められるのは「見極め力」
  介護職に求められるもの
  対応を左右するのは「環境」
  複数の関係者で共有したい“情報”
 2 「いつもとちがう」ことへの気づきは,なぜ大切か
  「いつもとちがう」は,死の傍らにあることがある
  “いつも”を知り,アクシデントの目を摘み取る
  食べられないなら迷わず病院へ
  それでも食べさせる本当の理由
  施設スタッフや訪問スタッフは医療知識が必要!
  Column 現場で働くスタッフに伝えたいこと
第2章 症状とバイタルサインのみかた
  「いつもとちがう」に出合ったら
  サチュレーションを活用しよう
  バイタルサインの異常と変化をみる
  摂食・排便・睡眠のチェックも忘れない
第3章 いつもとちがう状態と,その対応
 観察者の判断はブレる
 食べない
  事例1
  事例2
   求められる対応
  食べないときの考え方(チェックポイント)
   ・食べない背景に感染症や心不全はないか
   ・“食べさせてなんぼ”は命取り
  事例3
   Q 発熱したときの坐薬を,積極的に用いたほうがよかったのか?
   Q 誤嚥してムセているとき,背中を叩くタッピングをしてよいか?
 発熱した!
  事例4
   求められる対応
  発熱の考え方(チェックポイント)
   ・解熱剤の使用
  Column 悪性症候群とは
  Column 市販の消炎鎮痛剤と坐薬
   Q 何度からが体温上昇?突然の発熱はどんなとき?
   Q 高熱がいきなり出るのは,どういった場合が多いか?
   Q 微熱が続いているときは,どうすればよいか?
   Q 熱があるけれど,原因不明ということもあるのか?
 痛みを訴える
   ・「痛みの7ポイント」を活用する
  事例5
  事例6
  事例7
   求められる対応
  痛みの訴えの考え方(チェックポイント)
   ・胸痛,心筋梗塞など
   ・腹痛の初期は,経過観察が大事
 機嫌が悪い
  事例8
   求められる対応
  せん妄の考え方(チェックポイント)
   ・せん妄は,“何か”によって起きている(原因)
 低血糖
  事例9
  事例10
   ・あくびやイライラ,易怒性に注意
   求められる対応
  低血糖の考え方(チェックポイント)
   ・気づかれないと危険な低血糖
   ・低血糖対応についてのツボ
  Column インスリン分泌を促す薬に注意する
 高血糖
  事例11
   求められる対応
 意識がない(1)
  事例12
  Column 回復する意識消失と,放置にて改善しない意識障害
  事例13
  意識消失(失神)についての考え方(チェックポイント)
   ・多いのは神経介在性失神と起立性低血圧
   ・意識消失にみられる特徴
 意識がない(2)
  事例14
   ・搬送のよりどころになるバイタルサイン
   ・二酸化炭素が高いときの酸素供与
  Column 肺炎が手遅れになる理由
  事例15
   ・意識が途絶えたときの対応
  Column 覚醒と認識
  意識障害についての考え方(チェックポイント)
   ・施設では感染症による意識障害が,在宅では脳血管障害が多い
   ・意識レベルが低下しているとき,血圧は変化していないか?をチェックしよう
   ・意識がない状態を数値化する(JCS)
  事例16
   ・「Δ20ルール」は万能ではない
   求められる対応
   Q 低ナトリウム血症の「症状」は,「意識がなくなること」と理解してよいか?
   Q 腎機能が落ちると老廃物がろ過されず尿毒症になることは知っているが,ナトリウムはどうなるのか?血清ナトリウム値は上がるのか,それとも下がるのか?
   Q 高齢者に低ナトリウム血症が起きやすいのは,腎機能や心機能が落ちているからか?
 脈拍数が多い(頻脈)
  事例17
   ・痛み止めと貧血は縁が深い
  事例18
   ・原因がわからない頻脈は,薬剤が原因かも
   求められる対応
  頻脈の考え方(チェックポイント)
   ・脈を触れる場所
   Q 痛み止めで胃潰瘍になりやすい人は?
   Q 痛み止めを飲むときの留意点は?
   Q ベシケアODやプレタールODのように口の中で溶ける薬剤は,水なしでも飲めるので便利だが,噛み砕いて飲んでもよいか?
   Q 脱水の場合,血圧は上がる?それとも下がる?
   Q 頻脈(脈拍数の増加)や徐脈(脈拍数の低下)を来たしやすい薬剤は?
   Q 抗コリン作用を示す薬剤とは?
 呼吸数が多い
   ・呼吸が促迫しているなら迷わず病院へ
   求められる対応
 呼吸していない?心停止?
  事例19
   ・看取りイコール心肺蘇生しない,の誤り
  心停止?の考え方
   ・救急車要請と心肺蘇生はセット
   ・病院での救急対応(心肺停止)
   ・心肺蘇生には及ばないケース
   ・最期の対応を決めるのはスタッフではない
   ・終末期の定義はさまざま
   求められる対応
   Q 何度か救命措置の講習を受けているので,心肺蘇生の方法はわかる.しかし,どのタイミングで心配蘇生を開始すればいいかがわからない.意識がないことを確認したら,AEDを用意して心肺蘇生をさっそく開始するとの認識でよいか?
第4章 看取り対応の実際
 病院や自宅や介護施設以外の場での死が増える
 死因不明は行政解剖になる
 看取りは自然死へのサポート行為
 終末期より「手前」の状態で分かれる判断
 家族の意向に沿ったブレない姿勢を
 終末期に移行しつつある人をどう拾い上げるか
 終末期にみられる症状や所見とターミナルスコア
 終末期にみられる時間的変化
 対応の実際
第5章 これからの高齢者医療への対応
 高齢者における肺炎の対応
 高齢者の背景で分類される糖尿病
 抵抗力がない高齢者
 やせている高齢者
 多様性が求められる時代
 段階評価を共有しよう

 参考文献