やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 はじめに
 近年,学位論文においても,質的研究が用いられることが多くなってきています.看護学の領域で明らかにしたい現象の多くが,数値ではなく,その人の経験を明らかにすることから理解可能になるものだからでしょう.初版から9年が過ぎ,具体的な質的研究手法に関する書籍も多く出版され,質的研究による知識の蓄積も進んできました.このような状況にあって,第2版では,初版に引き続き,研究手法をどのように使うかの前提として,質的研究とは何かを理解すること,各々の研究手法の理論的・哲学的基盤を踏まえて方法を用いることを重視しました.そのうえで各研究手法の理解を助けるために,できるだけ多くの図表を使って,要点を簡潔に表す工夫をしました.
 さらに改訂にあたっては,まず編者のあいだで時間をかけて,質的研究の定義および分析結果の厳密性を示す用語についてディスカッションし,それぞれ改定しました.新たな研究手法としては,看護研究のなかで用いられることの多い質的統合法をIV章「主な質的研究と研究手法」に加えました.また質的研究の評価基準を理解することは,研究を行う際に役立つと考え,研究結果を基に加筆しました.近年,質的研究を英語論文として発表する機会も増えていることから,英語論文の執筆に役立つように,V章「質的研究を論文にまとめるときの留意点」に質的研究を英語で論文にする場合を追加しました.
 初版に引き続いた章では,各執筆者に最新の内容を加えていただき,編者全員で,この研究手法を自分たちが使うとしたらわかりやすいかを考え,必要時,追加・修正をお願いしました.執筆者の方々は,編者の細かいリクエストに快く応えてくださり,どの研究手法もわかりやすい内容になっていると思います.また研究手法の理解を促すために,執筆者の研究経験に基づく話などのコラム,陥りやすい間違いを解説したピットフォールを適宜加えるとことしました.
 本書が看護を受ける人,看護を行う人の経験の理解に役立ち,よりよい看護実践と看護学の発展に寄与することを願っています.
 2016年3月
 グレッグ美鈴
 麻原きよみ
 横山美江


はじめに
 私たちは,看護専門職として,より良い実践を行うことが求められています.そのためには,質の高い看護研究を蓄積していくことが必要です.本書は,既刊「よくわかる看護研究の進め方・まとめ方―エキスパートをめざして」の姉妹本として,質的研究の手法についてまとめたものです.量的研究,質的研究といった方法論にかかわらず,看護研究は,看護実践の質的向上と実践的学問としての看護学の発展を目指しています.そのなかでも特に質的研究は,看護の対象となる人々の経験や考え方を学び,またそのなかで看護職者が自分自身に気づくことで,それまでとは異なる実践を行うことが可能になります.本書は,これらの看護研究の意義を踏まえ,看護職者のみによって執筆された広範囲な質的研究を取り上げた初めての書籍であるといえます.
 研究方法を学ぶことは,決して「やり方」を学ぶことではありません.そこで本書では,第I章「看護研究の基礎知識」で,看護研究に求められるものは何か,また質的研究と量的研究は何が同じで何が異なるのかを解説しています.そして第II章「質的研究の基礎」では,質的研究の定義や特徴,質的研究を行うために重要なパラダイムの説明を行っています.質的研究を行うためには,複数の現実が存在することを認め,研究対象としている現象を経験している人々から学ぶ姿勢が重要になります.したがって第II章では,このような質的研究を実施するために必要な理解や態度を明確にしたうえで,質的研究のプロセスを具体的に説明しています.第III章「質的研究における倫理的配慮」では,インタビューや参加観察などのデータ収集・生成時に生じる倫理的問題だけではなく,研究者自身がデータ分析の道具となる質的分析で経験する倫理的問題とそれへの対処について,実際の研究を基に解説しています.
 第IV章「主な質的研究と研究手法」では,質的記述的研究,グラウンデッド・セオリー,エスノグラフィー,現象学,質的事例研究,アクションリサーチを取り上げました.どの研究手法においても,わかりやすく解説することを心がけましたが,それは決して本書をハウツーものとして使ってもらうためではありません.質的研究は,それぞれの手法の哲学的基盤に基づき,なおかつ研究の問いによって選択されるものです.そのことを十分に理解していただくために,まず哲学的基盤を説明し,どのような研究に適している手法なのかを明らかにしています.そして研究方法のプロセスと留意点では,できるだけ実際の研究例を用いて,わかりやすく解説しています.出版されている論文を読んだだけではわからない著者の思考過程や研究上の工夫も理解していただけると思います.第V章「質的研究を論文にまとめるときの留意点」では,緒言から結語さらに図表に至るまで,質的研究を用いた論文の作成方法とその留意点について解説しました.
 この本を仕上げる過程で,私たち編者は質的研究のプロセスと同じように,多くのことを学んできました.その学びは,質的研究方法に関する知識のみではなく,各執筆者の方に,私たちが理解できるまで原稿の修正をお願いするという相互作用による学びであったと思います.看護をどう考えるか,何を目指した看護実践をするのか,そのための研究にどのような価値を見いだすのかなど,看護や看護研究に関する自分自身の価値観を問い直す経験でした.質的研究の力は,まさにこのようなものだと感じました.多くの看護職者の方が,質的研究によって看護の対象となっている人々の経験を学び,同時に看護職者としての自分自身に気づく経験をされ,それによってより良い看護実践が可能となることに,本書が少しでも役立てば嬉しいと思います.
 最後に,本書の出版にあたり,辛抱強くお力添えくださいました医歯薬出版株式会社の担当者の皆様方に厚くお礼申し上げます.
 2007年1月
 グレッグ美鈴
 麻原きよみ
 横山美江
I.看護研究の基礎知識
 (横山美江)
 1.研究に求められるもの
 2.看護学における研究領域
 3.看護研究に多く用いられている研究方法
  1)質的研究と量的研究の共通点と相違点
  2)質的研究と量的研究のそれぞれの有用性
   (1)質的研究の有用性 (2)量的研究の有用性
 4.倫理指針,インフォームドコンセント,利益相反の申告
  1)倫理指針
  2)インフォームドコンセント
   (1)研究目的と研究方法の説明 (2)依頼書および同意書の利用
   (3)研究への参加は対象となる人自身の自由意志 (4)研究への参加・協力の拒否権
   (5)プライバシーの保護と個人情報の取り扱い
  3)利益相反の申告
   (1)利益相反とは (2)利益相反(COI)マネージメントと利益相反(COI)の申告
II.質的研究の基礎
 1.質的研究とは(グレッグ美鈴)
  1)定義,特徴
   (1)質的研究の定義 (2)質的研究の理解のために (3)質的研究の特徴
  2)歴史的背景
  3)質的研究の種類
   (1)言葉の特徴 (2)規則性の発見 (3)テクスト/行為の意味の理解
   (4)リフレクション
  4)看護において質的研究はどう役立つのか(麻原きよみ)
 2.質的研究のプロセス(麻原きよみ)
  1)研究の問いを明らかにする
  2)文献検討
  3)研究をデザインする―研究計画書の作成
  4)フィールドへのアクセスと関係づくり
  5)データ収集と分析の同時進行プロセス
  6)具体的なデータ収集方法
   (1)サンプリング (2)インタビュー (3)参加観察
   (4)文化の産物(artifacts) (5)映像による方法
   (6)データの記載の仕方
  7)分析
   (1)分析プロセス (2)分析する際のコツ
  8)論文を書く
 3.質的研究の評価基準(麻原きよみ)
  1)質的研究の評価の考え方
  2)質的研究の質を確保するための方法
   (1)研究参加者と一定の時間を費やすこと (2)系統だった方法
   (3)トライアンギュレーション (4)継続的比較分析
   (5)専門家や研究者との検討 (6)研究プロセスの明確化
   (7)メンバーチェッキング (8)濃密な記述
  3)質的研究のその他の評価基準
 4.本書で紹介する方法論と用いる用語(麻原きよみ)
III.質的研究における倫理的配慮
 1.質的研究における倫理的配慮(横山美江)
 2.質的研究を行う際に生じる倫理的な問題とその対応(大森純子)
  1)看護研究の目的
  2)看護における質的研究の倫理
   (1)看護研究者の基本姿勢 (2)研究過程と倫理の関係
   (3)質的研究を遂行する道標
  3)質的研究の遂行力と倫理
   (1)質的研究を遂行する能力 (2)質的研究者のエートス
 3.研究プロセスにおける倫理的問題と対処
   (1)フィールドへのアプローチ (2)研究参加者へのアクセス
   (3)インフォームドコンセント(説明と同意)の取り交わし
   (4)インタビュー・参加観察の実施 (5)匿名性の保持とデータの管理
   (6)フィールド日誌の活用 (7)データ分析で陥る分類作業
   (8)研究成果を公表する際に内省すべきこと
IV.主な質的研究と研究手法
 [1]質的記述的研究(グレッグ美鈴)
  1.質的記述的研究とは
  2.どのような研究に適しているか
  3.質的記述的研究における研究方法のプロセスと留意点
   1)研究課題の選択
   2)文献検討
   3)研究の問い,あるいは研究目的
   4)研究手法の選択
   5)サンプリング
   6)データ産出
   7)倫理的配慮
   8)データ分析
    (1)データの圧縮 (2)データの表示
    (3)結論を導き出すこと
   9)分析結果の厳密性の検討
   10)質的記述的研究におけるピットホール
  おわりに
 [2]グラウンデッド・セオリー(萱間真美)
  1.グラウンデッド・セオリーとは
  2.どのようなテーマがグラウンデッド・セオリー・アプローチに向いているか
  3.グラウンデッド・セオリー・アプローチの手順
   1)データ収集
    (1)参加観察法 (2)インタビュー法
   2)データ分析
    (1)オープンコーディング (2)カテゴリの生成
    (3)理論的サンプリング (4)カテゴリの洗練
    (5)コアカテゴリの選定
   3)論文の執筆
 [3]エスノグラフィー(麻原きよみ)
  1.エスノグラフィーとは
  2.文化とは
  3.エスノグラフィーの歴史
  4.エスノグラフィーをどうとらえるか―理論的基盤
  5.エスノグラフィーはどのような研究課題,研究対象に適しているか
  6.エスノグラフィーの特徴
   1)フィールドワーク
   2)研究者の見方の二面性
    (1)内部者と外部者の見方 (2)微視的見方と巨視的見方
   3)人々との関係のもち方
   4)内省
  7.研究プロセス―方法としてのエスノグラフィー
   1)フィールドへのアクセスとフィールドに入る前の準備
   2)調査の始まり
   3)データ収集方法
    (1)意識した問い (2)参加観察 (3)インタビュー
    (4)文化の産物(artifacts) (5)その他の方法 (6)記録の方法
   4)分析方法
    (1)暫定的カテゴリの発見 (2)カテゴリの統合
    (3)カテゴリの関係とテーマの発見
  8.論文執筆―成果としてのエスノグラフィー
  9.エスノグラフィーのピットホール
  おわりに
 [4]現象学(大久保功子)
  1.現象学と看護
  2.現象学運動の始まりと発展
   1)歴史的背景の概要
   2)展開
   3)現象学とは何か
   4)発展:人間科学への影響
  3.看護学における現象学ならびに現象学的アプローチ
   1)看護研究における位置づけ
   2)どのような研究に適しているのか
   3)米国看護現象学批判と反論を超えて
   4)多様な現象学的アプローチ
    (1)第一世代の看護の現象学:看護の現象に現象学で迫る
    (2)第二世代の看護の現象学:現象学的アプローチ
  4.解釈学的現象学における研究のプロセスと留意点
   1)データの収集方法
    (1)どのように研究参加者を募るのか (2)どのように人の語りを聞くのか
    (3)どのように研究者が私という人間の経験を使うのか
    (4)どのようにフィールドワークを活用するのか (5)テクストを読み込む
    (6)人に伝えるために何度も書き直す
   2)分析全体の手順
   3)解釈学的現象学におけるピットホール
    (1)定義のある現象学はなぜありえないのか (2)主観を並べれば現象学か
    (3)既存の方法をなぞることが研究なのか
 [5]事例研究(吉岡京子)
  1.事例研究とは
  2.リサーチクエスチョンの設定
  3.どのような研究に適しているか
  4.事例研究のデザインのタイプ
  5.事例研究における研究方法のプロセスと留意点
   1)データを収集する前に
    (1)ケーススタディ・プロトコル (2)データの種類
    (3)インタビューと理論的サンプリング
   2)フィールドへの入り方と研究者に求められる配慮
   3)パイロット・ケーススタディ
   4)データ分析の手順
  6.事例研究を行う研究者に求められる姿勢
  7.事例研究におけるピットホール
 [6]質的統合法(河井伸子)
  1.質的統合法とは
   1)実態把握の方法としての質的統合法
   2)研究手法としての質的統合法の適切性
  2.質的統合法はどのような研究に適しているか
  3.質的統合法における研究方法のプロセスと留意点
   1)問題意識の焦点化
   2)データ収集
   3)データの統合
    (1)ラベルの作成(単位化) (2)グループ編成 (3)空間配置
    (4)細部図の作成
  4.発表・執筆
  5.質的統合法で陥りやすいピットホール
 [7]アクションリサーチ(岡本玲子)
  1.アクションリサーチとは
   1)アクションリサーチの定義
   2)アクションリサーチの特徴
   3)アクションリサーチの歴史
   4)アクションリサーチの類型
  2.どのような研究に適しているか
  3.アクションリサーチにおける研究プロセスと留意点
   1)研究のプロセス
   2)データの収集方法
   3)論文のまとめ方
   4)アクションリサーチのクリティーク
   5)アクションリサーチのピットホール
  4.アクションリサーチの展開に有用な手法
   リフレクティブプラクティス(省察的実践)とクリニカルスーパービジョン
V.質的研究を論文にまとめるときの留意点
 (グレッグ美鈴)
 1.論文のタイトル
 2.要旨
 3.はじめに・緒言
 4.研究方法
 5.結果
 6.考察
 7.結語
 8.引用文献
 9.図表
 10.質的研究を英語で論文にする場合
   (1)英語論文を書き始める前に必要なこと (2)英語論文を書く際に必要なこと
   (3)英語論文を投稿した後に大切なこと