やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

日本の読者の皆さまへ
 このたびわたしの著書“Insulin Pumps and Continuous Glucose Monitoring: A User's Guide to Effective Diabetes Management”(Francine R.Kaufman,MD with Emily Westfall,American Diabetes Association,2012)の日本語版が出版されることになりまして,たいへん素晴らしいことが実現したと感じております.まず,翻訳者の方々に心から感謝の気持ちを表したく思います.この本の英語版のオリジナルの内容を正確に翻訳するため根気よく作業してくださいまして,まことにありがとうございました.
 そもそもわたしがこの本を書いたのは,インスリンポンプやCGMなど,糖尿病の新しい治療技術を使っている糖尿病の患者さんと医療従事者のお役に立ちたい,という意図からでした.これらの医療機器がどのようにして作動し,さらにどのように連動しているのか,理解を深めることが目標だったのです.インスリンポンプとCGMがいかに精巧にできているか,その知識を深めることで,患者さんの使用体験がよりよいものになり,さらには目に見えるような血糖コントロールの改善につながってほしい,というのがわたしの願いです.そして,日本の糖尿病の専門家たちがこの本を翻訳しようと決断した理由が同じ目標のためであることを,わたしもよくわかっています.
 わたしがはじめて日本を訪れたのは1982年のことで,多くの素晴らしい大学や病院を訪れる機会に恵まれました.それ以来,幸運にも何度も日本を訪れる機会があり,多くの日本の糖尿病の専門家と知り合いになりました.そのたびに,研究を推し進め,科学的な根拠を築き,患者さんのケアをよりよいものにしたい,という日本の専門家たちの情熱にわたしは心を打たれました.日本から発信されたさまざまな成果に,わたし自身,多くのことを学んできましたし,実際,基礎科学および臨床医学の領域では国際的に認められている業績がたくさんあると思います.ですので,このたび国立病院機構京都医療センターの村田敬医師から,この本を日本語に翻訳したい,との連絡を受けたとき,わたしはたいへん光栄に思いました.実際,米国糖尿病協会(ADA)の出版部門と協力して作ったこの本が日本でもお役に立てると思うと,特別な感慨があります.
 わたしは糖尿病の領域で数十年にわたり仕事をしてきましたが,その過程で糖尿病ケアが劇的に進歩してきたのを目の当たりにしてきました.このような進歩の結果,糖尿病の患者さんの健康状態は大幅に改善し,期待される寿命もずっと長くなったのです.1型糖尿病と診断された子どもたちは丈夫に成長するようになり,女性は妊娠・出産に成功するようになり,成人は合併症の発症を大幅に遅らせ,うまくいけば完全に予防できるようになりました.世界中の糖尿病関連のコミュニティーは,知識と進歩を共有し,糖尿病にかかったすべての人に対してよりよいケアをどのようにして提供していけるかを学ぶため,団結しています.“Insulin Pumps And Continuous Glucose Monitoring: A User's Guide to Effective Diabetes Management”の翻訳は,そのような努力の新たな一例です.翻訳者である日本の糖尿病専門家のチームとともに,この本をあなたのもとへ届けられることを,たいへん光栄に思います.あらためて翻訳者の労に感謝の気持ちを表するとともに,この本が日本の皆さまのお役に立てることを心から願っています.
 フランシーヌ・カウフマン


監訳のことば
 2015年,日本でもようやく本格的な「インスリンポンプとCGM」の一体的活用であるセンサー付きポンプ療法(sensor-augmented pump therapy:SAPT)が始められています.フランシーヌ・カウフマン先生はこの分野の先進的啓発活動の指導者として著名であり,その著書の翻訳である本書『インスリンポンプとCGM―糖尿病をうまく管理するためのガイド』の発行は,誠に時機を得た出版といえるでしょう.カウフマン先生の原著は糖尿病克服への情熱が伺える臨床知と人間愛に満ちたものです.カウフマン先生は小児・思春期糖尿病に関する第一人者であるばかりでなく,米国糖尿病協会(ADA)および国際小児・思春期糖尿病学会(ISPAD)など国際的諸団体における牽引役的指導者として,日本にもたびたび来られ,国内の多くの先生方と交流されています.まさにこのような交流の一環として,この分野で豊富な臨床経験があるわが国の先生方の正確な翻訳へのご尽力に感謝いたします.
 読者対象はインスリンポンプ療法に取り組む1型糖尿病の方々とその家族および医療関係者であり,カウフマン先生と翻訳者の先生方の豊富な臨床経験をもとに,各章にわたって具体的に明快な情報が得られる構成となっています.また,本書の日本での活用に理解を得やすくする工夫も随所に取り入れられ,米国との状況が異なる内容については丁寧に注釈がつけられています.加えて日本における事情の違いについては章末のコラムに,学校への連絡についても巻末の付録に載せられています.
 日本国内においても「インスリンポンプとCGM」についての解説書が散見されるようになってきていますが,本書はカウフマン先生による巻頭から巻末まで一貫した1型糖尿病療養指導書として,まずは是非通読されることを望みます.
 そのうえで,日本の実情も含めた具体的取り組みについて,各章の解説をその都度活用していただければ幸いです.本書の活用が今後の日本における1型糖尿病の方々の療養の改善,生活の質の向上,合併症予防・克服に大きく貢献することを期待しています.
 2015年4月
 雨宮 伸・難波光義


謝辞
 まず,インスリンポンプ療法の世界におけるハリー・キーン先生の貢献をたたえたく思います.キーン先生はインスリンポンプの概念を生み出し,将来,これがインスリン補充を生命維持のために必要としている人々の生活を改善するのに役立つことを見抜いていたという点で,大いに先見の明がありました.また,インスリンポンプ療法の実用化にむけてジョン・ピックアップ先生がなされた多大な努力についても,心より敬意を表したく思います.
 この本の枠組みを一緒に考えてくれたタリーア・ラブに感謝します.また,ケリー・ジョイ,リンダ・バーケット,キャシー・ビーバー,スーザン・ブリストルの素晴らしい助言と編集補助にも謝意を表したく思います.
 さらにわたしはエミリー・ウェストフォールと飛行機の中で出会うという類まれなる幸運に恵まれました.機内でお話ししたのはほんの短い時間でしたが,わたしは彼女の人柄にたいへん感銘を受け(そして,この本の内容の整理を手伝ってくれる人を必要としていましたので),もしよければ手伝っていただけないか,と彼女にお願いしました.彼女は素晴らしい協力者となってくれ,彼女がたまたまわたしの横の席に座っていて,わたしのお願いにイエスといってくれたことを本当にありがたく思っています.
 そして,これはずっと変わらないことなのですけれども,患者さんたち,その家族,そしてわたしの夫である医師のニール・カウフマンとわたし自身の子どもたちから,わたしはさまざまなアイディアをいただいているのです.


はじめに
 あれは1980年代前半のことでした.はじめて患者さんたちに使ったインスリンポンプのことは,いまでもよく覚えています.そのインスリンポンプは,なかば冗談交じりで「ビッグ・ブルー・ブロック」と呼ばれていて,重さは1kg以上ありました.インスリンが入った注射器はポンプの外側についていましたし,針も点滴用の翼状針を皮下組織に刺していました.なんといっても,ほとんど入院環境でしか使えないような代物だったのです.それでもわたしは,この装置がわたしの患者さんたちにとって大きな進歩であると感じていましたし,また,患者さんたちが基礎インスリンの持続注入と,食事の際や高血糖の修正が必要な際に行う間欠的なボーラス注入の恩恵を受けていることを,とてもありがたく感じていました.いま思い起こしてみると,わたしたちはそれから30年にわたる長い道のりを歩んできたことが,あらためて理解されます.わたしたちは糖尿病の経過がからだの細胞にどのような影響を与えるのか,信じられないほど理解が深まっていく過程を目の当たりにしました.わたしたちは,インスリンアナログ製剤の開発を含めて糖尿病の画期的な新薬が続々と発見され,また,血糖値を測定する技術が急速に進歩するのも見てきました.わたしたちは糖尿病教育と支援を患者さんに届けるよりよい方法を見つけ,糖尿病を有する人々に対する差別と闘い続けてきました.そしてこの本にとってもっとも重要なポイントは,今,わたしたちが使えるインスリンポンプは小型で動作が速くて「賢い」うえに,CGMも使えるということです.CGMはリアルタイムの情報を提供して,糖尿病を管理するうえで必要な意思決定の助けとなります.機種によっては,インスリンポンプとCGMがひとつのシステムのなかで一緒に機能します.
 わたしはだれかに糖尿病であるとの診断を下すとき,まるでその人にいままでとは異なる新たな人生の旅路を歩ませるかのように感じます.この旅を成功させるためには,血糖値が目標範囲内にある時間を最大化し,低血糖や高血糖の時間帯を最小化するよう,効果的な糖尿病管理を行わなくてはなりません.これを達成するためには,糖尿病の患者さん,そしてその両親や介護者は,血糖変動を常に見張りながら,健康な人のからだのなかでインスリンがつくられて利用される過程を徹底的にまねてインスリンを投与できるようにならなくてはなりません.そして,多くの場合においてこれを実現するための最良の方法が,インスリンポンプなのです.CGMを併用する方法もあります.これらのテクノロジーは,スマートフォンやPCやDVDと比べてそれほど複雑なものではないのですが,糖尿病の治療結果を改善する支えとするためには,基本的な理解,訓練,そして継続的な調節が絶対的に必要となります.
 まず,インスリンポンプとCGMについて,医師・看護師・管理栄養士・薬剤師など,糖尿病スタッフとよく話し合ってください.そのうえで,あなた自身,あるいはあなたのお子さんにとって,インスリンポンプとCGMが最善の治療法であるとの決断に至ったのであれば,是非,この本を活用してください.この本は,インスリンポンプとCGMの効果を最大に活かすための知識と技術を含めて,さまざまな具体的なコツを提供するために書かれました.ゴールは,あなたが糖尿病とともに可能な限り素晴らしい人生を歩んでいくことなのです.

第I部:基本的なことについて
 第I部では,血糖コントロールの基本的な生理学と,糖尿病になった人の身に生じることを復習することが目標です.自分ががんばって取り組んでいることを理解するためには,血糖管理目標やHbA1cの目標範囲も意識しなければいけません.現在の糖尿病治療の中核となっている原則には,一連の重要な臨床研究による裏づけがあります.きめ細かい血糖コントロールが推奨されている根拠を理解するため,DCCT(The Diabetes Control and Complications Trial,糖尿病のコントロールと合併症に関する臨床研究)やインスリンポンプ療法に関する重要な臨床研究につき,解説します.
 インスリンポンプはインスリン療法を行っている糖尿病患者さんが装着する小型の医療機器です.インスリンポンプは糖尿病の管理を容易にし,ライフスタイルの融通をきかせるのに役立ちます.インスリンはポンプからチューブを通り,皮下に刺入した小さなチューブか針であるカニューレを通じて,からだに入ります.最近のポンプのなかには,チューブを使わないものもあります.インスリンポンプを用いたインスリン投与法はベーサル・ボーラス療法と呼ばれており,ベーサル・ボーラス療法の利点につき解説します.さらに,インスリンポンプを装着することにより,インスリン投与と食事・運動のバランスがずっと取りやすくなることがわかるでしょう.

第II部:いちばん大切なところ
 第II部ではインスリンポンプ療法の実際的な側面を取り上げます.ポンプの部品と特徴,特にボーラス計算機に重点をおいて解説します.ベーサルインスリン投与とボーラスインスリン投与に関するセクションは,導入時のポンプ設定の決めかたから,時とともにどのように設定を調整していくかまで,すべての側面にまたがります.食品は糖尿病管理においてとても重要な要素ですので,炭水化物のこと,栄養成分表示の読みかた,一人前の盛り付け量の評価方法などにつき,詳しく解説します.糖尿病管理において難しいことのひとつは,予定された,あるいは予定外の運動に対して,インスリンと炭水化物摂取量を調整することです.このセクションでは,運動をうまく管理するための原則につき,細かいところまで説明します.
 インスリンポンプ療法を成功させるためには,注入回路とはどのようなものであるかを理解し,注入回路の種類による違いを知り,注入回路選びの判断ポイントを知っておくことが鍵となります.たとえ在宅で体調がよく普通の生活を送っている時でも,糖尿病の管理が難しい局面はありますが,特殊な状況では糖尿病の管理がもっと難しくなることがあります.病気,旅行(特に時差を越える旅行),通学や進学は血糖コントロールに影響を及ぼす可能性があります.このセクションでは,治療計画の調整方法と血糖値に応じた対処方法を理解するうえで必要なことが解説されています.

第III部:インスリンポンプ療法に適応する
 第III部ではポンプの管理に関する,子どもの発達段階に応じた能力の問題を取り上げます.子どもの自己管理能力が徐々に伸びてくるのに応じて,子どもができることについて現実的な期待をもつ必要があります.年齢に応じた相場を知っていないと,子どもが独立を獲得していく過程で,やり過ぎてしまう,あるいは,引きとどめ過ぎてしまうことになるかもしれません.
 ポンプ療法を始めるというのは,一からやり直すようなところがあります.より頻繁に血糖測定しなくてはなりませんし,夜中に起きる必要もありますし,評価と調整を繰り返す必要もありますし,常に糖尿病のことを考える必要があります.ポンプ療法を開始すること自体が,ストレスを引き起こす可能性があります.どこまで自分のポンプのことを伝えるか,ポンプを装着するというのはどういうことか,身体イメージがどのような影響をうけるか,といったことは,ポンプ療法を受け入れ,究極的にはポンプ療法を成功させるために,たいへん重要な問題点です.

第IIV部:CGM
 近年,CGMのメリットに関する科学的根拠が積み重ねられつつあります.持続的に表示されたグルコース値を知り,その変化傾向を見ることができれば,血糖コントロールを改善できますし,深刻な高血糖や低血糖を回避することにも役立ちます.しかしCGMはあなたの自己管理用の「道具箱」に新しい医療機器が追加されることを意味しますし,CGMから得られる多くの情報をいかにうまく使いこなすかについても,学んでおく必要があります.
 第IV部では,CGMを使い始めてからうまく使いこなせるようになるまでに必要な情報を提供することを目標とします.CGMはどのようにして作動するのか,グラフや数字の意味することは何か,いかにしてこの新しい道具を自分の生活になじませるか,につき述べます.

第V部:将来への展望
 第V部では,将来への展望を簡単に紹介します.糖尿病のテクノロジーに関係する企業,若年性糖尿病研究財団(JDRF)・ヘルムスレイ財団・米国糖尿病協会(ADA)を含む糖尿病関連団体,そして多くの糖尿病領域の研究者が,糖尿病患者さんに役立てるために開発された「人工膵臓」の実現に関心をもっています.人工膵臓の目標は,まるで本物の人間の膵臓のように,グルコースセンサーにより得られるリアルタイムのグルコース値に反応して,刻々とインスリンを自動的に注入できるようになることです.しかしながら,人工膵臓を実現するためには,その時点での血糖値,直前の血糖値,血糖値の変化率,さらに先行するインスリンの投与履歴,インスリン感受性など,たくさんの要因を考慮した計算式(アルゴリズムと呼ばれます)が必要となります.理想的な到達点は,あまり人の手をわずらわせずに完璧に近い血糖コントロールを実現することです.人工膵臓の夢は,インスリンポンプが段階的に自動制御されるようになっていくことにより,現実のものとなるでしょう.すでに低血糖が発生した際にインスリン投与を自動停止するポンプが実用化されています.近い将来,低血糖が予測される状況下でインスリン投与を自動停止したり,高血糖が持続する状況下で自動的にボーラス注入したり,寝ているあいだのインスリン投与を完全に自動制御するポンプが実用化されるかもしれません.明るい未来がきっとやってくる,という見込みを読者の皆さまと共有して,この本をしめくくりたいと思います.

 この本の目標は,自分や自分の子どもがインスリンポンプとCGMを使ってみようと思うに至るかもしれない理由をわかりやすく説明すること,これらの医療機器をうまく使いこなす技術を身につけること,そして糖尿病のある人生をよりよきものとする手助けとなることにあります.はじめはインスリンポンプとCGMにすこし圧倒されるかもしれません.でも,わたしを信じてください.きっとすぐに,インスリンポンプとCGMを使うことがあたりまえになると思います.
 日本の読者の皆さまへ(フランシーヌ・カウフマン 訳/村田 敬)
 監訳のことば(雨宮 伸・難波光義)
 謝辞(訳/澤木秀明)
 はじめに(訳/村田 敬・澤木秀明)
第I部 基本的なことについて
 第1章:糖尿病について知っておいてほしいこと(訳/松久宗英)
 第2章:インスリンポンプの概要(訳/川嶋 聡)
  コラム:日本におけるインスリンポンプの実際(川嶋 聡)
第II部 いちばん大切なところ
 第3章:わたしのインスリンポンプはどういう仕組みになっているの?(訳/豊田雅夫)
 第4章:ベーサルのすべて(訳/坂根直樹)
 第5章:ボーラスのすべて(訳/坂根直樹)
 第6章:食事計画を理解する(訳/坂根直樹)
  コラム:食事計画に関する日本の情報(坂根直樹)
 第7章:運動の効果について,わかっておきましょう(訳/神内謙至)
 第8章:注入回路の実際(訳/加藤 研)
 第9章:特殊な状況について:シックデイ,入院したとき,インスリンポンプ療法を休止するとき(訳/廣田勇士)
  コラム:日本におけるケトン体の在宅測定の現状について(村田 敬)
 第10章:旅行とインスリンポンプ(訳/黒田暁生)
 第11章:インスリンポンプと学校生活:小学校入学から大学まで(訳/川村智行)
  コラム:小児糖尿病に関連する日本の福祉事業など(川村智行)
第III部 インスリンポンプ療法に適応する
 第12章:年齢に応じた能力(訳/川村智行)
 第13章:インスリンポンプ療法の心構え(訳/黒田暁生・松久宗英)
第IV部 CGM
 第14章:CGMの実際(訳/池田富貴)
  コラム:日本におけるCGMの医療費について(村田 敬)
 第15章:CGMとポンプの使いかた(訳/村田 敬)
第V部 将来への展望
 第16章:将来への展望(訳/村田 敬)

 付録:日本における小児1型糖尿病を取り巻く問題(川村智行)
 索引
 訳者あとがき(村田 敬)