やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版 序
 本書の第1版が発刊されて10余年になるが,これまで精神科医療に関係する法律(精神保健福祉法,障害者総合支援法など)の改正や広く公認される精神科治療薬および心理社会的治療が臨床の場に登場するごとに本書の改定を続けてきた.教科書は常にその時代に即応したものでなければならないという前提があるからである.考慮しなければならない「その時代」には,単に精神医学・精神科医療の学術的進歩の側面だけではなく,精神科医療を取り巻く社会全体がもたらしている治療促進的要因および治療抑制的要因などの社会構造変化も含まれる.
 精神分裂病が「統合失調症」へ,痴呆が「認知症」へと日本語病名の呼称が変更されたことによって,精神医学や精神科医療に対するイメージの改善がもたらされ,精神科医療に関する政策や精神医学に関する教育のあり方にも大きな影響を及ぼしたことは確かな事実である.
 今回の教科書改定は,2013年にアメリカ精神医学会の診断基準DSM-5が出版され,2015年にはWHO(世界保健機関)の診断基準ICD-11が出版予定になっている重要な時期に当たる.日本の公的な診断基準としてのICD-11がどのような日本語の診断名になるのか,そしてその疾患概念や診断基準がどのように日本の精神医学や精神科医療に浸透していくのか,大きな曲がり角を迎えようとしている時期における第3版改訂である.今回の改訂は第2版に最新の精神医学・精神科医療情報を補完することよって,教科書としてICD-10からICD-11へとスムーズに移行することを視野においたものである.
 本書の改訂に際しては,学生諸君が精神医学を包括的に理解しやすいように,重複した部分を整理し,専門用語を統一して解説の簡明化を図った.また,重要な専門用語の表記方法に工夫を加えて読み取りやすい形式に変更し,本書で修得された精神医学的な基礎知識が臨床現場において応用的かつ効果的に活用される内容にすることを目指した.本書が精神医学関係の医療,保健および福祉など幅広い領域に携わることを志す学生諸君に,時代に即した教科書として役立つことを願っている.
 最後に,本書の改訂に関してご尽力をいただいた医歯薬出版株式会社の編集担当者をはじめ関係各位に心より御礼を申し上げます.
 2014年9月
 太田保之・上野武治


第2版 序
 本書が発刊されて4年になるが,多くの領域の学生諸君に利用されてきたことに心から御礼を申し上げる.
 この4年間は比較的短い期間にもかかわらず,精神医学・保健医療・福祉の領域には大きな変化があった.
 まず,2005年10月の精神保健福祉法の改定で,精神分裂病が「統合失調症」に改称されたことである.このことは,統合失調症が学術用語のみならず,正式に行政用語にもなったことを意味する.また,痴呆に関しては,2004年12月,厚生労働省は行政上の必要から「認知症」に改定したが,2005年には,日本老年精神医学会や日本痴呆学会が「認知症」を学術用語と見なすことを決定している.こうした相次ぐ改定は,学術用語ではあっても,対象とされる患者や障害者,家族に侮蔑感を与えたり,誤解や偏見を広めるものであってはならず,国民一般の感情にも十分な配慮が必要なことを示している.また,これは,WHOが国際障害分類ICIHDの用語を,国際生活機能分類ICFではより中立的な用語に改定した方向にも合致するものである.
 薬物療法においては,新規抗精神病薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが統合失調症やうつ病治療の第一選択薬になったことである.こうした治療薬剤の変化は,これら疾患の長期的な予後や副作用をめぐる状況に大きな影響をもたらすものと思われる.
 保健医療・福祉の領域では,2003年には新障害者プランが公表され,2005年には心神喪失者観察法が施行され,7万2千人の長期入院者の社会復帰や触法精神障害者への医療が大きく進むことが期待されていた.その一方で,本年4月から施行される障害者自立支援法に関しては,精神保健福祉領域における詳細は現時点では不明なものの,患者・障害者の医療や福祉サービスの利用に重大な支障をもたらし,1980年代以降,前進方向にあった精神障害者施策が大きく後退することが懸念されている.
 本書の改訂は,上記の諸変化を反映させるために行われたが,障害者自立支援法に関しては編集者の懸念が的外れなものであってくれることを切に望んでいる.
 また,本改訂にあたっては,なるべく各章における用語を統一し,内容の重なりを整理するなどして,様々な領域の学生諸君に本書がより利用しやすい様に配慮し工夫したつもりである.
 最後に,本書の改訂にご尽力をいただいた医歯薬出版株式会社の編集担当者をはじめ,関係各位に深く御礼を申し上げます.
 2006年2月
 上野武治・太田保之


序文
 医学に関連する諸科学の飛躍的発展,急速な少子高齢化,疾病構造の変化,国民の健康意識の高まりなどの社会状況の変容に伴い,精神科領域の医療従事者に求められる社会的要請は著しく高度で幅広いものになりつつある.
 本書は,看護師,保健師,助産師,理学療法士,作業療法士,精神保健福祉士,臨床心理士などを目指す学生諸君を対象として編集が行われた.これらの学生諸君にとって重要な精神医学的知識とは以下の点が主であると考えている.
 (1)臨床症状的視点・社会適応的視点からみた各精神障害の自然史に関する包括的な理解.
 (2)各精神障害の臨床経過・転帰に影響を及ぼす治療法,治療環境や治療促進要因・治療阻害要因などに関する理解.
 (3)各精神障害の各臨床ステージにおける症状群から患者の機能障害(impairment),活動・活動制限(activity,activity limitation),参加・参加制約(participation,participation restriction)などが系統的に評価できるような精神障害概念の理解.
 また,学生諸君がすべて精神科専門領域で仕事をするとは限らないことを前提に,それぞれの臨床現場で精神医学的知識の必要性を感じた時に,再読できる内容も盛り込んである.
 以上のような編集方針に沿って,各専門領域の先生方に最新の情報を記述して頂いた.
 なお本書における精神障害の分類は,原則として世界保健機関(WHO)の「ICD-10精神および行動の障害」に従った.ICD-10は日本国内においてのみならず,国際社会においても有用な診断基準として認知されているからである.しかし,学生諸君の理解を深めるために,アメリカ精神医学会が発表した診断基準DSM-IVを採用した記述もある.また,外国語は英語を原則としたが,D独語,F仏語としてそれぞれ当該語の前に付し,明示した.本書で習得された精神医学的な基礎知識が,看護師,保健師,助産師,理学療法士,作業療法士,精神保健福祉士,臨床心理士などの各専門領域の生き生きとした臨床実践に結びつくことを期待している.
 最後に本書の出版に関してご尽力頂いた医歯薬出版株式会社の竹内大氏をはじめ,関係各位に心より御礼を申し上げます.
 2002年3月
 太田保之・上野武治
 第3版 序
 第2版 序
 序文

I 精神医学とは
 (太田保之・畑田けい子)
 1.精神医学の位置づけ
 2.精神医学の方法論
  A.生物学的アプローチと心理社会的アプローチ
  B.疾病性と事例性
 3.精神医学の対象領域
  A.主な対象領域
  B.コンサルテーション・リエゾン精神医学
 4.精神医学の科学としての成熟度
 5.精神疾患の成因
  A.身体因
   1)外因 2)内因
  B.心因
 6.精神疾患の分類・診断基準
  A.ICD
  B.DSM
  C.ICDとDSMの比較
 7.時代にともなう精神疾患の変化
II 精神障害における症状
 (上野武治)
 1.精神症状について
  A.意識とその障害
   1)正常な意識状態とは 2)意識の障害 3)特殊な意識障害
   4)見当識障害(失見当〔識〕)
  B.知能とその障害
   1)知能の概念 2)知能の障害
  C.記憶とその障害
   1)記憶の分類 2)記憶の障害
  D.性格とその障害
   1)性格の分類 2)性格の障害
  E.感情とその障害
   1)感情の概念 2)感情障害の種類
  F.行動とその障害
   1)精神運動興奮 2)精神運動抑制 3)昏迷 4)途絶
  G.自我意識とその障害
   1)自我意識の概念 2)自我意識の障害
  H.知覚とその障害
   1)錯覚 2)幻覚
  I.思考とその障害
   1)思路の障害 2)思考内容の障害─「妄想」
  J.病識とその障害
   1)病識と病感 2)精神疾患における病識と病感
   3)神経症性障害における洞察
 2.主な精神状態について
 3.高次脳機能障害について
  A.失語
  B.失行
  C.失認
   1)視空間失認 2)身体失認
  D.前頭葉症候群
  E.側頭葉症候群
III 精神科面接法と診断への過程
 (野田文隆)
 1.初回面接の技法と診断
  A.面接の導入
   1)面接には静かで安心できる環境を用意すること
   2)柔和なアイ・コンタクト 3)自己紹介
  B.面接のルール
  C.面接の構成
   1)主訴を聞く 2)現病歴を聞く 3)生育歴,家族歴を聞く
   4)精神科的既往歴を聞く 5)現症
  D.見立てと診断
   1)見立ての指標 2)診断の決定
 2.補助診断
   1)ロールシャッハ検査 2)WAIS,WAIS─III 3)バウム・テスト
   4)MMPI(ミネソタ多面的人格目録)
   5)ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Scale:HAM-D)
 3.精神症状評価尺度
   1)陽性・陰性症状評価尺度(Positive and Negative Syndrome Scale:PANSS)
   2)簡易精神症状評価尺度(Brief Psychiatric Rating Scale:BPRS)
   3)陰性症状評価尺度(Scale for the Assessment of Negative Symptoms:SANS)
 4.社会生活評価尺度
   1)精神障害者社会生活評価尺度(Life Assessment Scale for the Mentally Ill:LASMI)
   2) 精神科リハビリテーション行動評価尺度(Rehabilitation Evaluation of Hall and Baker:REHAB,日本語版はREHAB-J)
IV 精神障害各論
 1.症状性を含む器質性精神障害(上野武治)
  A.概念・症状の特徴・治療,リハビリテーションおよびケア
   1)概念 2)症状の特徴 3)治療,リハビリテーションおよびケア
  B.脳の一次性障害にもとづく精神障害
   1)認知症を主とする疾患 2)大脳基底核の変性疾患 3)脳の感染症
   4)外傷性脳損傷 5)中毒 6)脳腫瘍 7)脱髄性疾患
   8)ウィルソン病 9)正常圧水頭症
  C.身体疾患にもとづく精神障害
   1)代謝障害 2)栄養障害 3)肝疾患 4)腎疾患
   5)膠原病 6)内分泌障害
  D.てんかん
   1)概念と頻度,原因 2)症状 3)てんかんとその分類
   4)経過と予後 5)診断 6)治療と生活指導,発作への対応
   7)社会生活上の支援と問題解決
 2.精神作用物質使用による精神および行動の障害(赤崎安昭・榎本貞保)
  A.概説
   1)薬物依存または物質依存 2)薬物乱用または物質乱用 3)中毒
   4)依存性薬物の分類 5)薬物(物質)依存の成因
  B.アルコールによる精神・行動障害(アルコール症)
   1)急性アルコール中毒 2)アルコール依存 3)アルコール精神病
   4)診断 5)治療 6)胎児性アルコール症候群
  C.精神作用物質による精神・行動障害(薬物依存)
   1)モルヒネ型依存 2)アンフェタミン型依存 3)その他の薬物依存
 3.統合失調症,統合失調型障害および妄想性障害(阿部 裕)
  A.統合失調症
   1)概念と歴史 2)出現頻度 3)発病年齢 4)病因
   5)症状 6)病型 7)経過と転帰 8)診断と鑑別診断
   9)治療
  B.統合失調型障害および妄想性障害
   1)統合失調型障害 2)妄想性障害
 4.気分(感情)障害(上野武治)
  A.概念と歴史
  B.病型
   1)うつ病 2)躁うつ病 3)持続性気分(感情)障害
  C.各病型とその特徴
   1)うつ病 2)躁うつ病 3)持続性気分(感情)障害
  D.経過と予後
   1)うつ病 2)躁うつ病
  E.鑑別診断
   1)抑うつ神経症 2)統合失調症
   3)脳器質性障害,アルコール依存症,症状性精神障害,各種治療薬
  F.治療
   1)うつ病 2)躁うつ病
 5.神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害(藤田長太郎)
  A.総論
   1)概念 2)類型 3)経過 4)治療
  B.各論
   1)恐怖症性不安障害
   2)その他の不安障害(パニック障害,全般性不安障害) 3)強迫性障害
   4)重度ストレス反応および適応障害 5)解離性(転換性)障害
   6)身体表現性障害 7)神経衰弱 8)離人・現実感喪失症候群
 6.生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群(田崎博一)
  A.摂食障害
   1)神経性無食欲症 2)神経性大食症
   3)摂食障害の特徴と治療法
  B.睡眠障害
   1)正常睡眠の構造 2)睡眠の調節 3)不眠症
   4)過眠症(過剰睡眠)
   5)睡眠・覚醒スケジュール障害(概日リズム睡眠障害) 6)睡眠時随伴症
  C.性機能不全
  D.産褥に関連した精神および行動の障害
   1)マタニティブルーズ 2)気分障害
   3)症状性を含む器質性精神障害 4)既往の精神障害の再発
 7.成人のパーソナリティおよび行動の障害(田崎博一)
  A.特定のパーソナリティ障害
   1)妄想性パーソナリティ障害 2)統合失調質パーソナリティ障害
   3)非社会性パーソナリティ障害 4)情緒不安定性パーソナリティ障害
   5)演技性パーソナリティ障害 6)強迫性パーソナリティ障害
   7)不安性(回避性)パーソナリティ障害 8)依存性パーソナリティ障害
  B.脳損傷および脳疾患によらない持続的パーソナリティ変化
   1)破局的体験後の持続的パーソナリティ変化
   2)精神科的疾患後の持続的パーソナリティ変化
  C.習慣および衝動の障害
   1)病的賭博 2)病的放火(放火癖) 3)病的窃盗(窃盗癖)
   4)抜毛癖(抜毛症,トリコチロマニア)
  D.性同一性障害
   1)性転換症 2)両性役割服装倒錯症 3)小児期の性同一性障害
  E.性嗜好障害
  F.性の発達と方向づけに関連した心理および行動の障害
   1)性成熟障害 2)自我異和的な性の方向づけ 3)性関係障害
 8.児童・青年期の精神障害(傳田健三)
  A.児童・青年期精神医学の基本的問題
   1)児童・青年期精神医学の特徴
   2)子どもはどのような精神発達をたどるのか?
   3)いつ,どのような疾患が出現するのか?
  B.情動と行動の障害
   1)神経症性障害 2)社会的行動の問題
  C.精神遅滞
  D.広汎性発達障害
   1)小児自閉症(ICD-10) 2)アスペルガー症候群
  E.統合失調症と気分障害
   1)統合失調症 2)気分障害
  F.治療と援助
   1)初回面接の重要性 2)精神療法 3)薬物療法
   4)家族へのアプローチ
 9.高齢者と精神医学(村上新治)
  A.高齢者の心性の特徴
   1)高齢者の心理 2)高齢者の知的機能
  B.高齢者の精神症状
   1)抑うつ状態 2)心気状態 3)幻覚・妄想状態
   4)不安状態 5)睡眠障害 6)せん妄 7)認知症
  C.高齢者の脳器質性精神障害
  D.高齢者の精神障害に対する治療とケア
   1)薬物療法 2)精神療法 3)リハビリテーション
   4)頭部通電療法 5)医療施設,社会福祉資源,法
  E.高齢者の臨死
   1)高齢者の特徴 2)終末期ケア
  F.高齢者の自殺
V 精神科包括治療
 1.精神科治療の進め方(大塚俊弘・後藤雅博・田中悟郎)
   1)精神科包括治療とは 2)統計からみた日本の精神科医療
 2.各精神疾患の病態生理と薬物療法(松原良次・大宮司 信)
  A.精神疾患の薬物療法
   1)薬物療法の歴史 2)向精神薬の分類
   3)神経細胞の情報伝達機構と薬物の作用機序
   4)精神疾患に対する薬物療法の特殊性
   5)薬物療法とほかの治療法との相互関係
  B.抗精神病薬
   1)分類 2)作用機序 3)効果と使用法 4)副作用
  C.抗うつ薬
   1)分類 2)作用機序 3)効果と使用法 4)副作用
  D.気分安定薬
   1)分類 2)作用機序 3)効果と使用法 4)副作用
  E.精神刺激薬
   1)分類 2)作用機序,効果と使用法,副作用
  F.抗不安薬
   1)分類 2)作用機序 3)効果と使用法 4)副作用
  G.睡眠薬
   1)分類 2)作用機序 3)効果と使用法 4)副作用
  H.抗認知症薬
   1)分類 2)作用機序 3)効果と使用法 4)副作用
 3.心理面や行動面への働きかけを主とする「治療的介入技法」(大塚俊弘・後藤雅博・田中悟郎)
   1)心理社会的治療技術の基礎 2)治療的介入技法の実際
 4.地域社会への再参加や定着に対する「援助的介入技法」(大塚俊弘・後藤雅博・田中悟郎)
   1)システム運用の基本(チームアプローチ,危機介入,ケースマネジメント)
   2)システムの実際
 5.リエゾン精神医学とチーム医療(植本雅治)
   1)コンサルテーションとリエゾン 2)リエゾン活動の対象
   3)リエゾン活動が求められる代表的な状況 4)リエゾン活動の実際
   5)チームの構成とそれぞれの役割
VI 地域社会と精神医療・保健・福祉
 1.社会精神医学(前田正治・進藤啓子)
  A.社会精神医学とは
  B.社会病理現象への社会精神医学的アプローチ
   1)家庭における危機 2)学校における危機
   3)職場における危機─特に自殺をめぐって 4)地域社会における危機
 2.地域精神保健医療・精神障害福祉(相澤和美・天賀谷 隆)
   1)人権とインフォームド・コンセント 2)精神病者監護法〜精神衛生法
   3)精神保健法から精神保健福祉法へ 4)医療観察法
   5)すべての障害者の人権を守る
   6)社会保障と税の一体改革と生存権の関係