やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者序文
 わが国の看護教育は急激な発展を遂げ,2014年4月現在看護系大学は234校に達しています.25年前にはわずか10校であったことを考えると隔世の感がします.文部科学省は今後も看護教育の大学化を進め300校にまで増やすとしています.
 この急激な看護系大学の増加は,深刻な教員不足をもたらしています.看護系大学の教員は大学院教育を受けてはいるものの,看護教員としての知識や教育技術を体系的に学んでいる人は多くはありません.このため教員不足のみならず,質の低下も指摘されています.大学教育は,各々の大学が創意工夫をもってカリキュラムを設計し,各教員が独自の手法で教育を行うことで成り立っています.教員自身も日々試行錯誤で挑戦しているのが現状のようです.看護教育の大学化を軸とし,保健師,助産師,看護師教育年限の延長と大学院化,専門看護師(CNS)教育の普及,高度実践看護師(APN)教育の試みなど,高度専門職として看護職の育成が重要ですが,その要となる看護教育の見直しと看護教員の質保証は,喫緊の課題です.
 一方,看護をめざす学生数も増加しさまざまな背景をもった学生も多くなり,看護職への目的なども多様化しています.そのため教員−学生関係も変化し,従来の教室における講義や演習だけでは効果的な教育は難しくなってきています.さらに最近のICTの普及により,情報科学,通信の分野で大きな変化がみられ,教育,医療の臨床場面においてもパラダイムシフトが必要とされています.この世界的な動きは,看護教育にも大きな影響を与えています.また,教育成果に関しては「何を教えたのか」ではなく「何を学んだのか」というように,科学的根拠のある教育と評価が要求されています.
 本書は,Teaching in Nursing A Guide for faculty 4th Editionを翻訳したものですが,原著は1998年に初版が発刊されてから2012年までに4版を重ねています.本書は,教授,カリキュラム,情報資源,評価という看護教育の4つの内容を網羅しており,「I 教員と学生」「II カリキュラム」「III 教授と学習」「IV 教授,学習と情報資源」「V 評価」の5部26章に分かれています.原著では29章でしたが,ボリュームが大きくなりすぎるため,現在のわが国には,時期早々であると考えられた3つの章を割愛しました.
 本書は,看護の大学教育のカリキュラム開発,大学教員としての役割や教育方法について理論に基づいて方法論まで具体的に述べられています.そのため,教育に日々挑戦をしている教員にとって,カリキュラム開発を含め,増加する多様な学生への対応,肯定的な教員−学生相互関係の促進に必要な教育環境の創造に対する助けとなる総合的なガイドラインとなると考えます.
 日本での看護基礎教育の内容と米国のそれは異なる点はありますが,ここまで具体的に書かれた本は日本では見当たらず,現在の日本の看護教育界が抱える問題,さらには今後の展望に役立つと思われます.
 翻訳出版のきっかけは,新設大学の一つである東京工科大学の看護学科の教員が,自主的な勉強会で原著を読み始めたものです.教員の中には,教育に携わるのが初めての若手教員や,看護教育には長年かかわっていても自己の経験だけが頼りで,大学教育としてのあり方を改めて考える教員もいました.その結果,皆があらためて大学における看護教育の目的やカリキュラム,教室での教育方法や臨床指導のあり方,評価などについて,理論から実践までを考え直す良い機会となりました.しかし,実際に取り組んでみるとその内容の深さ,ボリュームの多さに圧倒され,とても大変なことに取り組んでしまったと思わされたこともありました.
 監訳にあたり,語句や文体・語調の統一を図り,できるだけ日本語としての読みやすさを重視しましたが,日米の法律や制度などの違いもあり,理解しにくいところもあるかもしれません.また,ICT用語など新しい言葉は日本語としてどのように表現してよいのか迷ったところもあり,多くの時間を費やしました.最終的な訳について全体を通して奥宮と小林が確認しました.不十分なところはひとえに監訳者の責任ですので,お気づきのところがあればご連絡をいただきたいと思います.
 本書が看護教育に携わる多くの人の知識の整理に役立ち,わが国の看護教育の発展に少しでも寄与することができれば幸いです.
 最後に,本書の翻訳出版の企画から遅々として進まず,長い時間がかかってしまったにもかかわらず,版権取得から出版に至るまでの全過程において終始丁寧に対応してくださり,遅れ気味の原稿を辛抱強く待っていただいた医歯薬出版株式会社編集部の方々にこころから感謝いたします.
 2014年 9月
 訳者を代表して 奥宮暁子・小林美子


原著序文
 看護教育に携わることほど,刺激的で挑戦的な職業はありません.医療制度改革は,看護教育課程を卒業する学生に新たなコンピテンシーを求めると同時に,私たち看護教育者にも新しいコンピテンシーを求めています.看護と医療に関する主要な報告書は,複雑な医療制度のなかで働くために要求される技術をもつ有能な実践者の育成における看護教育者の重要な役割に焦点を当ててきました.そして,何を,どのように,どこで学生に教授するかを明らかにすることが私たちの課題となりました.その同じ報告書では,臨床の専門能力をもっているだけでなく,教授法のアートとサイエンスのなかで教育的に育成された質の高い看護教育者を訓練する重要性が強調されています.私たちは,その多くの役割を完全に理解し,学生中心の学習環境や先進的で革新的な教授法を創造する意思のある看護教育者を必要としているのです.
 私たちは,完全にその役割を包含し,委員会・研究・カリキュラム改正に関する作業部会からの勧告や,増大する多様な学生集団のニーズに応じることできる看護教育者,そして,実践の手引きとなる増え続けるエビデンスを利用できる看護教育者を育成することをTeaching in Nursingの本改訂版で展開しました.例えば,以下のような事項です.
 ・看護教育者の高度実践における役割の範囲と基準は,より明確に定義され,エビデンスに基づく核となるコンピテンシーの開発により支えられてきた.看護教育者としての証明は,今や到達することのできる1つの資格である.教員役割の章では,エビデンスに基づく教員のコンピテンシーに関して重要視される最新の事項を反映させた.
 ・教育者は,年齢,世代,性,倫理的背景,人権,宗教,言語や学習様式がそれぞれ異なる新入生に教室で教授するために備えなければならない.教員は,学生のさまざまなニーズに対応すること,包括的な学習に従事すること,さまざまなグループや個人に魅力ある学習方略を選択すること,教授法にテクノロジーを統合すること,多数の学生が在席する授業を管理することなどに努めなければならない.これらの問題に対応するために,学生のさまざまなニーズに直面し,教室の学習環境を積極的に管理し,多文化教育にかかわることに関する,本質的で今日的な章をまとめた.
 ・看護教育と臨床現場の現実性をより強固に結びつけることを目標として,教育専用ユニットや研修プログラムのような新しい臨床モデルが開発・試行されている.同時に,臨床教育を支えるプリセプターや助手,非常勤教員の採用が劇的に増えており,教員役割に移行するよう配置され歓迎される.本改訂版での臨床教授に関する新しい内容は,臨床場面での学生やすべての教育従事者に役立つものであろう.
 ・新しいタイプの学術教育課程のニーズに対応する看護教育者として,看護臨床博士(DNP)の学位取得が著しく増加している.カリキュラム開発と教育課程評価は,今日的な重要項目であるとして章立てした.教員は,素早い変化を調整し,医療ニーズに対応できるような,力動的で流動性のあるカリキュラムの構造と過程を確立しなければならない.最後には,カリキュラム開発に関する最新情報とともに,科目課程の設計に関する章を加えた.質の向上を継続することの重要性を認識し,また,州議会や国の承認機関の求める質水準に見合うよう,認定プログラムに関する新しい章も加えた.
 ・高度な教育を受け,適正に育成された看護師が求められ続けている.教員はこの要求に対して,学術的成長を促進できるよう,流動性や移行性に対応し得る教育課程を確立・再設計し,切れ目ない教育体制の開発に備えなければならない.本改訂版には,カリキュラム開発や,一連のカリキュラムのあらゆるレベルにおける卒業生に求められるコンピテンシー開発に関して修正を加えた章が含まれている.
 ・将来の看護師は,膨大な量の情報を入手し,評価し,統合すること,臨床意思決定を支援するツールを用いること,医療専門職の一員として患者と効果的なコミュケーションをとること,そして患者ケアの安全のための臨床意思決定をすることができなければならない.このような看護師を育成するために教員は,就業先での複雑な臨床場面に対応できるような高次学習や洞察学習,応用学習へと学生を導くことが求められる.教授と評価方略に関する章は,学習促進のためのシミュレーション利用に関する章とともに,教員をアクティブ・ラーニング法の利用へと導くであろう.
 ・学生と教員は,利用しやすく,魅力的で,相互作用が生まれる教育体験を模索している.そして教育者は,今やキャンパスの教室で,電子応答システムを利用し,スマートフォンアプリを授業に統合するなど,マルチメディアを利用できる環境にあることに気づいている.それと同時に,オンラインやハイブリッドの科目課程での教授,世界中の学習者に手が届くウェブセミナーやビデオカンファレンスの利用も見い出すことだろう.これらのニーズをつくりだしたり支えたりする,今日普及している情報技術や学習資料を効果的に使用できる教育者を養成するために,メディアやデジタルメディアを用いた学習資料センターでの教授や遠隔教授,オンラインによる教授に関する章を大々的に更新した.
 Teaching in Nursingの本改訂版は,未来に向かって教授実践を変革している経験豊富な教員を対象にして,また,教授に備えている看護師,成り立ての教員やスタッフ教育者,教育者としての役割のなかで日々現れる課題への回答を探している看護師を対象にして書かれたものです.本書はまた,プリセプター,非常勤,教育助手として,臨床実践と教授を結びつけている看護師,常勤になることを望んでいる卒業生やティーチング・アシスタントも対象としています.近年の看護教育者不足を考えると,今私たちが将来の看護教員を養成し,助言を与えることがとても重要です.教育者役割を効果的に遂行するために必要なコンピテンシーのガイドを示すことで,本書がその養成に良い影響を与えることが私たちの望みです.
 初版を執筆して以来,看護教育学は発展し,教授と学習に対する最善の実践が明らかになり始めています.この版でも,看護,教育,関連分野の最新研究による知見を統合しながら,基盤となる部分の執筆作業を継続しています.私たちは,実践と理論を均衡させることを試み,読者が新しいエビデンスを探求するだけでなく,教室で適用してみることを強く願っています.
 私たちは,本書が,教員役割,学生とともに取り組むこと,カリキュラム開発,学習体験の設計,学習資料の利用,そして,学生,教員,科目課程,教育課程の評価をイメージするためのモデルと方法を1冊で概観する手引き書になり得ると考えています.5部構成をとっていますが,看護における教授は統合過程であり,読者自身のニーズと教授実践にふさわしい章を選んで読むことをお勧めします.
 本書を手引き書や資料として活用することを提案しますが,実施にあたっては,所属機関の価値と理念,教員個人のスタイルと哲学に照らして適用すべきであると考えています.本書の目的は,自身の教授実践を内省すること,相互作用のある学習コミュニティを組織する新しい方法を実施・評価すること,教室や臨床場面における教育研究を導くことによって,教授に関する学問に取り組むように教員を刺激することにあります.
 私たちは,看護を教授することは極めて刺激的な時間であると信じています.それは,多くの課題や,多くの機会,責任を負うことへ前進する者にとってやりがいに満ちた時間だからです.教授役割の遂行をより良い方向へ導く資料として,未来の専門職(すなわち学生)に教授するという意義深い活動に従事する者に本書を届けることが私たちの望みなのです. Diane M.Billings Judith A.Halstead April 2011


原著献辞
 私たちは,この本の第4版に自身の経験と専門性を,私たちと読者に提供してくれた寄稿者に感謝します.また,旧版の著者を尊重し,拠所とし続けるとともに,旧版の寄稿者,改訂版であらたに加わった寄稿者の原稿を歓迎します.さらに,過去数年にわたり本書を活用している多くの看護教育者と同様に,見識ある提言を寄せてくれた査読者に感謝します.Teaching in Nursingは,一般的にも専門的にも査読を受けた書籍で,多くの読者からのフィードバックをありがたく思っています.
 また,本書の編集過程を容易にしてくれた人びとに多くの感謝を申し上げます.Jenny Parliamentからは管理的なサポートを(彼女の構造化スキルは,原稿整理において大変大きな助けとなりました),Cindy Hollingsworthからは原稿を編集する段階で有意義なサポートを受けました.この二人にはとくに感謝します.さらに,Elsevier社のRobin Carter,Angela Perdue,Megan Isenberg,Sandra Clark,Deanne Dedekeによる編集サポートには謝意を申し上げる次第です.
 いつものことながら,私たちは,このプロジェクトをとおして支援し励まし続けてくれた家族や仲間に感謝します.また,私たち自身の看護における教育を導き続けている私たちの学生に特別の感謝を表したいと思います.
 Diane M.Billings Judith A.Halstead April 2011
第1部 教員と学生
 第1章 看護における教授:教員の役割(Linda M.Finke,PhD,RN(小林小百合・小林美子訳))
 第2章 学生の多様な学習ニーズ(Nancy Burruss,PhD,RN,CNE/Ann Popkess,PhD,RN(山本佳代子訳))
 第3章 学生の学業成果:法的問題と倫理的問題(Elizabeth G.Johnson,DSN,RN(佐藤公美子訳))
 第4章 障害をもつ学生への教授(Betsy Frank,PhD,RN,ANEF(野澤美江子訳))
第2部 カリキュラム
 第5章 カリキュラム開発の概要(Nancy Dillard,DNS,RN/Linda Siktberg,PhD,RN(森實詩乃訳))
 第6章 カリキュラムの哲学的基盤(Theresa M.Valiga,EdD,RN,ANEF,FAAN(木内妙子訳))
 第7章 カリキュラムデザイン(Donna L.Boland,PhD,RN ANEF/Linda M.Finke,PhD,RN(齊藤茂子・奥田三奈訳))
 第8章 カリキュラムの開発:枠組み,成果,コンピテンシー(Donna L.Boland,PhD,RN,ANEF(天野雅美・根本友見訳))
 第9章 学習者中心の科目課程の開発(Diane M.Billings,EdD,RN,FAAN(寺本正恵訳))
 第10章 カリキュラムの目標に到達するための学習体験の選択(Martha Scheckel,PhD,RN(山本佳代子訳))
 第11章 サービス・ラーニング:価値,文化的能力,社会的責任の発達(Carla Mueller,PhD,RN(澁谷惠子訳))
第3部 教授と学習
 第12章 教授から学習へ:基礎理論(Lori Candela,EdD,MS,RN,FNP-BC,CNE(遠藤順子訳))
 第13章 学習環境における学生の無礼な行為や不適正行為の管理(Karen M.Whitney,PhD/Susan Luparell,PhD,ANCS-BC,CNE(柴田真希・小林美子訳))
 第14章 クリティカル・シンキングとアクティブ・ラーニングを促進する方略(Connie J.Rowles,DSN,RN(六角僚子訳))
 第15章 教授と学習の改善:教室査定技法(Connie J.Rowles,DSN,RN(遠藤順子訳))
 第16章 臨床場面における教授(Lillian Gatlin Stokes,PhD,RN,FAAN/Gail Carlson Kost,MSN,RN,CNE(林 幸子訳))
第4部 教授,学習および情報資源
 第17章 ラーニング・リソース・センター(Key E.Hodson Carlton,EdD,RN,ANEF,FAAN(王 麗華訳))
 第18章 臨床シミュレーション:経験的な学生中心の教育学的アプローチ(Pamela R.Jeffries,PhD,RN,FAAN,ANEF/John M.Clochesy,PhD,RN,FAAN,FCCM(石川ふみよ訳))
 第19章 メディアとデジタルメディアを用いたインタラクティブな学習環境の構築(Enid Errante Zwin,PhD,MPH,RN/Alexander Muehlenkord,MBA(三好智美訳))
 第20章 オンライン学習コミュニティにおける教授と学習(Judith A.Halstead,PhD,RN,ANEF,FAAN/Diane M.Billings,EdD,RN,FAAN(瀬尾昌枝訳))
第5部 評価
 第21章 評価過程の概要(Mary P.Bourke,PhD,RN,MSN/Barbara A.Ihrke,PhD,RN(天野絵美訳))
 第22章 査定方略および学習成果の評価(Jane M.Kirkpatrick,PhD,RN/Diann A.DeWitt,PhD,RN,CNE(小林美子訳))
 第23章 テストの開発と使用(Prudence Twigg,PhD(c),APRN-BC(関 由香里・小林美子訳))
 第24章 臨床実践の評価(Wanda Bonnel,PhD,RN(城丸瑞恵訳))
 第25章 教育課程の評価(Marcia K.Sauter,PhD,RN/Nancy Nightingale Gillespie,PhD,RN/Amy Knepp,NP-C,MSN,RN(仲田みぎわ訳))
 第26章 看護教育課程の認定(Marsha Howell Adams,DSN,RN,CNE(小林美子訳))