やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに―本書の目的と使い方
 ヒトからヒトへの感染・感染症の伝播を防ぐという視点から考えた時に,まず知らなければならないことは,感染源となった微生物がどのようにしてヒトの体外に排出され,次の感受性宿主に伝播していくのかということである.このことは感染源となった微生物がその後ヒトの体のどこで増殖し,どんなどのような症状をおこすのかということと密接に結びついている.
 微生物がどのような感染症をおこすのかは,その微生物の構造や性質とけっして無関係ではない.たとえば,インフルエンザウイルスが呼吸器に感染をおこすのは,エンベロープに存在するヘマグルチニン(HA)が,ヒトの気道粘膜の上皮細胞にあるウイルスレセプターと結合するからである.その結果,咳やくしゃみといった,気道からの分泌物中にウイルスが排出されるため,飛沫が感染源となる.微生物の構造や性質を知り,その微生物がヒトの体内に侵入した後,どのようにして感染症をおこすのかを理解していれば,何が感染源となり,どのようにして伝播するのかは容易に推測できる.
 しかし,微生物に関する看護学生向けの教科書の多くは,微生物の構造や性質についての記載とその微生物によって引きおこされる感染症の病態とのつながりについての記述が十分とは言えないように思う.その一方で,感染防止についてのテキストは具体的な対策についてのいわゆるHow to的な記載が多く,感染防止対策の根拠となる微生物の性質にまで言及しているものは少ない.微生物学の知識に基づかない感染防止対策は,単なるマニュアルになってしまう.今後,医療の場が今以上に在宅へとシフトしていくことを考えると,主として病院感染について書かれた感染防止対策をそのまま適用できないことが多く,個々の状況に応じた判断が求められることになるであろう.その時に拠り所となるのが微生物についての理解である.
 本書は,このような微生物学と感染症,感染防止対策のあいだをつなぐことを目的とし,微生物がどのように排出されるのか,どこに存在するのかを切り口として,そこから微生物の構造や性質とそれによっておこる感染症とのつながりをみるという視点から記述されている.微生物の構造や性質が,その微生物のおこす感染症とどうかかわり,その結果,微生物がどのように伝播していくのかという思考のプロセスを体験し,なぜそのような感染防止対策を行うのかを「考える」のが本書のねらいである.したがって,重要な微生物についてすべて網羅しているわけではなく,個々の微生物についても感染症の発症に関する部分に焦点を当てているため,記載が不十分な点も多々あるかと思う.これについて必要に応じて専門書から補い,さらに自分自身で「考えて」いただければ幸いである.
 最後に,微生物の専門家ではない私が本書を発刊できたのは,ひとえに共同編集をお引き受けいただいた小池和子先生と白澤浩先生のお力によるものである.また,医歯薬出版株式会社のサポートにも,この場を借りて感謝の意を表したい.
 2013年12月
 編者を代表して 岡田 忍
 はじめに―本書の目的と使い方

1編 総論
1 微生物の概要
 1.1 微生物とは(岡田 忍)
  1)寄生虫 2)真菌 3)細菌 4)ウイルス
 1.2 細菌の分類とその意味(小池和子)
  1)細菌の分類 2)細菌分類の目的
 1.3 ウイルスの分類とその意味(白澤 浩)
  1)ビリオンの基本構造 2)ウイルスゲノムの複製様式
  3)ウイルスの分類
2 感染症の成立過程
 (岡田 忍)
  1)感染症の成立
   (1)感染源 (2)感染経路 (3)感受性宿主
  2)感染症状の出現
3 さまざまな感染症
 3.1 医療関連感染症と市中感染症(岡田 忍)
 3.2 薬剤耐性菌による感染症
  1)細菌感染症の治療(岡田 忍) 2)薬剤耐性のメカニズム
  3)代表的な薬剤耐性菌(桜井直美)
   (1)MRSA (2)VRE (3)MDRP (4)MDRA
   (5)NDM-1型メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌(岡田 忍)
 3.3 輸入感染症(岡田 忍)
 3.4 動物由来感染症(人獣(畜)共通感染症,ズーノーシス)(岡田 忍)
4 滅菌と消毒
 (岡田 忍)
  1)滅菌と消毒の定義 2)滅菌と消毒の方法
   (1)滅菌の方法 (2)消毒の方法
5 微生物の構造・性質・増殖と感染症
 5.1 環境中で長期にわたって生存可能な微生物(桜井直美)
  1)わずかな栄養でも生存可能な微生物
   (1)緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
  2)乾燥や消毒薬などに強い微生物
   (1)ノロウイルス(Norovirus) (2)結核菌(Mycobacterium tuberculosis)
   (3)セラチア菌(Serratia marcescens) (4)トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)
  3)湿潤環境に多い微生物
   (1)緑膿菌 (2)レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pheumophila)
   (3)クリプトスポリジウム(Cryptosporidium属)
  4)芽胞をつくる細菌
   (1)クロストリジウム属(Clostridium属) (2)バシラス属(Bacillus属)
 5.2 莢膜,粘液層をつくる微生物(桜井直美)
   (1)肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae) (2)炭疽菌(Bacillus anthracis)
   (3)肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae) (4)緑膿菌
 5.3 微生物がヒトの細胞と結合する能力(岡田 忍)
  1)細菌の定着因子
   (1)線毛 (2)線毛以外の付着素(Nonfimbrial adhesion,NFA)
   (3)菌体外多糖体,菌体外高分子の産生 (4)鞭毛
  2)ウイルスの細胞への吸着
 5.4 ウィルス粒子の構造と感染症(白澤 浩)
  1)ウイルス粒子の物理・化学的性質
   (1)耐熱性 (2)塩濃度 (3)pH (4)放射線 (5)脂溶性溶媒
   (6)界面活性剤
  2)エンべロープの有無と感染症
 5.5 毒素や酵素の産生と感染症(小池和子)
  1)代表的な菌種の黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)
  2)どのような病原因子を有するか
   (1)外毒素 (2)菌体外酵素 (3)細胞表層構造
  3)どのような感染症を引きおこすのか
   (1)毒素性疾患 (2)化膿性疾患
 5.6 環境中の酸素と細菌の増殖(岡田 忍)
  1)細菌がエネルギーを獲得する方法
   (1)解糖(Embden-Meyerhofの経路) (2)呼吸 (3)発酵
  2)細菌の増殖と酸素との関係
   (1)(偏性)好気性菌 (2)(偏性)嫌気性菌 (3)通性嫌気性菌
 5.7 ウイルス感染症の特徴(白澤 浩)
  1)ウイルスの病原性 2)ウイルス感染の進行
   (1)ウイルスの侵入門戸 (2)ウイルスの一次複製 (3)ウイルスの伝播
   (4)ウイルスの二次複製とトロピズム (5)ウイルスの排出
  3)ウイルス感染症の経過
6 ワクチン
 (白澤 浩)
 6.1 免疫系の概要
  1)自然免疫
   (1)TLRによる微生物の認識 (2)サイトカインなどによる炎症反応の誘導
   (3)炎症反応 (4)インターフェロン (5)ナチュラルキラー(NK)細胞
  2)獲得免疫
   (1)MHCクラスIIによる抗原認識 (2)液性免疫
   (3)MHCクラスIによる抗原認識と細胞性免疫
 6.2 ワクチンの種類と効果
  1)ワクチンの種類
   (1)細菌に対するワクチン (2)ウイルスに対するワクチン (3)ワクチンの効果
  2)ワクチンの副反応
   (1)生ワクチンによる副反応 (2)ワクチン混入物などによる副反応
   (3)ワクチン接種後に生じるADEM
2編 各論
1 体内に存在する微生物による感染症
 1.1 常在菌(岡田 忍)
  1)皮膚・毛髪 2)口腔 3)鼻腔・咽頭・上気道
  4)消化管
   (1)感染防御 (2)物質代謝
  5)泌尿・生殖器
 1.2 常在菌による感染症
  1)口腔内細菌による感染性心内膜炎(岡田 忍)
  2)鼻咽頭のインフルエンザ菌による髄膜炎
  3)口腔内の細菌による誤嚥性肺炎 4)腸内細菌による胆道炎・尿路感染症
  5)カンジダによる深在性カンジダ症(亀井 克彦・渡辺 哲)
   (1)どのような微生物か (2)どこに存在しているか
   (3)どのような感染症をおこすのか?
 1.3 潜伏感染と回帰発症(白澤 浩)
  1)潜伏感染とヘルペスウイルス 2)ヘルペスウイルスの潜伏と分類
  3)ヘルペスウイルス疾患
   (1)単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1),2型(HSV-2)
   (2)水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV) (3)エプスタイン・バール・ウイルス(EBV)
   (4)サイトメガロウイルス(CMV) (5)ヒトヘルペスウイルス6,7型(HHV-6,7)
   (6)ヒトヘルペスウイルス8型(HHV-8)
2 感染症の種類と微生物の排出・存在部位
  1)感染経路を理解する(岡田 忍) 2)感染経路別対策の概要
 2.1 口腔や気道からの分泌物中に排出される微生物(岡田 忍)
  1)上気道の炎症をおこす細菌(桜井直美)
   (1)インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)
   (2)化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)
  2)気道のウイルス感染症(白澤 浩)
   (1)かぜ症候群 (2)インフルエンザウイルス
   (3)気道を侵入門戸とする全身性ウイルス感染症
  3)気管支炎・肺炎をおこす微生物(小池和子・桜井直美)
   (1)A群レンサ球菌(Streptococcus pyogenes) (2)肺炎球菌
   (3)肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)
   (4)肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)
   (5)肺炎クラミジア(Chlamydophila pneumoniae)
   (6)ニューモシスチス・イロベチ(Pneumocystis jirovecii)(亀井克彦・渡辺 哲)
  4)肺結核(猪狩英俊)
   結核菌(Mycobacterium tuberculosis)
  感染経路と感染防止策(印田宏子)
   (1)侵入門戸への対策 (2)感染防止策
 2.2 嘔吐物や便中に排出される微生物(岡田 忍)
  1)下痢や嘔吐をおこす細菌(熊田 薫)
   (1)病原大腸菌(下痢原性大腸菌) (2)病原大腸菌以外の細菌
  2)下痢や嘔吐をおこすウイルス(篠崎邦子)
   (1)ノロウイルス(Norovirus) (2)ロタウイルス(Rotavirus)
   (3)A型肝炎ウイルス(中本晋吾)
  3)消化器以外の症状を呈する微生物(小池和子)
   (1)ボツリヌス菌(Clostridium botulinum) (2) サルモネラ属菌
  感染経路と感染防止策(印田宏子)
   (1)糞口感染 (2)医療施設内でアウトブレイクをおこす感染症への対策
 2.3 皮膚や軟部組織の病変中に存在する微生物(岡田 忍)
  1)化膿性病変をつくる細菌
   (1)黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)(岡田 忍)
   (2)化膿レンサ球菌(桜井直美) (3)緑膿菌
  2)水疱をつくるウイルス(齋藤謙悟)
   (1)単純ヘルペスウイルス (2)水痘・帯状疱疹ウイルス
   (3)コクサッキーウイルス,エンテロウイルス
  3)疣贅・皮膚腫瘍をつくるウイルス(白澤 浩)
   (1)ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus,HPV)
   (2)伝染性軟属腫ウイルス(molluscum contagiosum virus)
  4)褥瘡から検出される微生物(岡田 忍)
  感染経路と感染防止対策(印田宏子)
   (1)侵入門戸への対策 (2)感染経路対策 (3)ワクチンの接種
 2.4 性行為によって感染する微生物(岡田 忍・加來浩器・金山敦宏)
  1)性行為によって感染する細菌(加來浩器・金山敦宏)
   (1)梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum) (2)淋菌(Neisseria gonorrheae)
   (3)クラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)
  2)性行為によって感染するウイルス(佐藤武幸)
   (1)ヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus,HIV)
   (2)ヒトパピローマウイルス(Human papillomavirus,HPV)
  感染経路と感染防止策(印田宏子)
 2.5 血液や体液中に存在する微生物(岡田 忍)
  1)血液や体液に存在する微生物
   (1)梅毒トレポネーマ(岡田 忍) (2)HIV(佐藤武幸)
   (3)B型肝炎ウイルス(中本晋吾) (4)C型肝炎ウイルス
   (5)マラリア原虫(青才 文江)
  感染経路と感染防止策(岡田 忍)
   (1)医療従事者の血液・体液曝露による職業感染のリスク(網中 眞由美)
   (2)針刺し・切創予防対策 (3)粘膜曝露予防策
 2.6 尿中に排出される微生物(岡田 忍)
  尿路感染症をおこす微生物(桜井直美)
   (1)大腸菌(Escherichia coli) (2)緑膿菌
   (3)腐生ブドウ球菌(Staphylococcus saprophyticus)
  感染経路と感染防止策(印田宏子)
   膀胱内留置カテーテル関連尿路感染(Urinary tract infection,UTI)対策
 2.7 涙液や目からの分泌物,乳汁中に排出される微生物(岡田 忍)
  1)結膜炎などの眼感染症をおこす微生物(金山敦宏・加來浩器)
  2)結膜炎などの眼感染症をおこす細菌
   (1)淋菌 (2)クラミジア・トラコマティス (3)そのほかの起因菌
  3)結膜炎などの眼感染症をおこすウイルス(白澤 浩)
   (1)アデノウイルス (2)エンテロウイルス (3)ヘルペスウイルス
  4)母乳中に含まれる微生物(岡田 忍)
   (1)ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)(白澤 浩) (2)サイトメガロウイルス
 2.8 髄膜炎や脳炎をおこす微生物(岡田 忍)
  1)髄膜炎をおこす細菌・真菌(金山敦宏・加來浩器)
   (1)B群レンサ球菌(Group B streptococci)
   (2)インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)
   (3)髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)
   (4)クリプトコッカス・ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)
  2)髄膜炎・脳炎をおこすウイルス(白澤 浩)
   (1)無菌性髄膜炎をおこすウイルス (2)急性灰白髄炎(ポリオ)をおこすウイルス
   (3)脳炎をおこすウイルス
 2.9 環境中に存在する微生物からの感染(岡田 忍)
   (1)レジオネラ・ニューモフィラ(古畑勝則) (2)破傷風菌(Clostridium tetani)
   (3)非結核性抗酸菌(Mycobacterium avium complexなど)
   (4)クリプトスポリジウム(Cryptosporidium parvum)
   (5)アカントアメーバ(Acanthoamoeba)(小林美和子)
 2.10 特殊な感染経路をもつ感染性蛋白プリオン(岡田 忍)
   (1)プリオンとは(白澤 浩) (2)プリオン病について
3 医療行為と感染症
 3.1 手術(岡田 忍)
  1)手術部位感染(Surgical site infection,SSI)の発生機序
   (1)手術創の要因 (2)手術に関連する要因 (3)患者の要因
  2)手術部位感染の原因微生物
 3.2 移植(佐藤武幸)
  1)移植の種類と特徴
   (1)造血幹細胞移植 (2)臓器移植
  2)移植に伴う感染症とその原因微生物
   (1)日和見感染とその発症機転 (2)日和見感染に関与する要因
   (3)主な原因微生物
  3)感染予防・感染管理
   (1)感染予防薬 (2)環境 (3)食事
   (4)感染防止における日和見感染症の特殊性
 3.3 透析(原田孝司)
  1)透析医療の特性 2)透析に伴う感染症とその原因微生物
   (1)肝炎ウイルスの感染頻度 (2)HIV感染・その他
  3)透析施設における血液媒介感染対策
 3.4 血管内留置カテーテルの挿入に関連する感染症(岡田 忍)
  1)血管内留置カテーテルによるBSIの発生機序
  2)血流感染の原因微生物
 3.5 膀胱内留置カテーテルの挿入に関連する感染症(岡田 忍)
  1)CA-UTIの発生機序 2)CA-UTIの原因微生物
 3.6 人工呼吸器の装着に伴う感染症(岡田 忍)
  1)VAPの発生機序 2)VAPの原因微生物
4 ケーススタディ
  辛子レンコンが原因となったボツリヌス中毒(岡田 忍)
  針刺し・切創によるHIV感染(白澤 浩)
  歯石を除去した後の献血(岡田 忍)
  混合感染による病原性増強の食中毒事例(小池和子)
 感染症に関わる法律(岡田 忍)