やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行にあたって
 わが国で周産期医療体制の危機と言われ始めた時期に,「院内助産システム」が世の中に周知され始めました.そのため社会の認識として,このシステムが,産科医不足を補うものであるとの誤解を生じてしまった感があります.
 しかし「院内助産システム」は,日本の産科医療提供体制について,今とこれからの時代に相応しいあり方のひとつとして議論されたもので,そこにその意義があります.
 旧来から,助産外来を実施している病院や,お産の入院から退院まで正常な経過を辿った産婦のケアを助産師が担当している病院は,個別には存在していましたが,この数年の特筆すべき展開は,単に個々の医療機関が努力するということを超えて,周産期医療に関わる多くの関係者によって,妊産婦とその家族にとって望ましい産科医療とはどういった姿なのかを考え,その結果,新しい仕組みとして「院内助産システム」の価値が確認され,その普及に向けて,「チーム医療」をキーワードにガイドラインが作成されたことです.
 「健やか親子21」の中間評価では,産科医療機関は安全性の確保が最も重要であり,総合周産期母子医療センターを中心とした周産期ネットワークのさらなる充実が課題とされています.あわせて,妊娠・出産の医療サービスの利用者に対する情報提供を推進し,利用者自身が現在の自分の状況を把握し,医療従事者との十分な会話から利用者の希望するサービスが選択でき,QOLの確保と有効な医療を受けられることが理想であるとして,「妊娠・出産について満足している者の割合」を100%にすることを2015年までの目標としています.
 周産期ネットワークを再編成し,安全で満足できる妊娠・出産を提供する医療を実現するために,「院内助産システム」は有効な仕組みのひとつであると言えるでしょう.
 筆者らは,「院内助産システム」のガイドライン作成の検討過程を通じて,産科医,小児科医,助産師,看護師,保健師の役割分担や連携,関係について見直すなか,とりわけ産科医と助産師の関係については,近くにいながら意外に理解し合えていない存在であったと感じました.院内助産を実施することで,両者の違いが明確になり,パートナーシップがいっそうはかられることに気づいたことも大きな副産物でした.
 今後,各施設におかれましても,おそらくガイドラインを基本にして,施設のマニュアル作成が行われると思われます.マニュアル作成の経緯と,そして開始後の運用における関係者の話し合いの場が増えることこそ,産科医療の質向上に資していくことと信じております.
 本冊子には,先行事例となるいくつかのすばらしい実践をしている病院,診療所の実際が紹介されています.この本を手に取っていただいた皆様からも,「院内助産システム」をさらによいものにしていくために,引き続き情報発信がなされることを願っております.
 2010年3月
 編者を代表して 遠藤俊子
I 周産期医療体制の現在(岡村州博)
 1.周産期医療体制構築の必要性
  1)わが国の産科医療の現状の要約
  2)出生の動向
  3)妊産婦死亡の動向
  4)産婦人科医の数
  5)助産師の数
  6)分娩施設の変遷
 2.周産期医療体制変革の動き
  1)妊婦健康診査
  2)ハイリスク妊婦,新生児
  3)周産期救急受け入れ体制
II 周産期医療ネットワーク
 (1) 周産期医療ネットワークの基本的考え方(池ノ上 克)
  周産期医療ネットワークを機能させるには
   1)医療者相互間の連絡や連携のシステムの構築
   2)適正な医療エネルギー配分
 (2) 地域連携
  1.遠隔妊婦健診から新しい周産期情報ネットワーク“いーはとーぶ”構築へ─岩手県でのインターネットを利用した新しい取り組み(小笠原敏浩)
   1)遠隔妊婦健診の仕組み
   2)遠野市助産院と県立釜石病院での遠隔妊婦健診の実績
   3)新しい周産期情報ネットワーク“いーはとーぶ”構築
   4)新しい周産期情報ネットワーク“いーはとーぶ”の基本構想
   5)今後の展望
  2.仙台の例─産科セミオープンシステム(上原茂樹)
   1)産科セミオープンシステム(病診連携)による妊婦健診
   2)周産期ネットワークによる患者搬送
   3)周産期救急患者搬送コーディネーション
  3.宮崎の例─地域を組織化した高度周産期医療の提供(久保敦子)
   1)宮崎県の地域特性
   2)周産期医療の地域化の確立
   3)人材育成と情報ネットワーク
III 院内助産システムとは(遠藤俊子)
 1.院内助産システムが生まれた背景
  1)産科医療体制のパラダイムシフト
  2)助産師の仕事とはなにか
  3)政策としての動き
 2.用語の定義
  1)院内助産システム
  2)助産外来
  3)院内助産
 3.看護・助産提供体制の考え方
  1)助産外来・院内助産
  2)病院(診療所)併設助産所
IV 院内助産システムの構築,運営(葛西圭子)
 医師と助産師の連携
  1)院内助産システム開始に向けての準備
  2)円滑な運営のために
V 院内助産システムの実践例
  院内助産システムの実践について(概要)(遠藤俊子)
   1)院内助産システムの普及状況
   2)推進のために整備すべきこと
 (1) 助産外来における実践
  1.助産師外来開設までの過程とその実践(上野恭子)
   <国家公務員共済組合連合会 浜の町病院>
   1)助産師外来開設のための準備
   2)浜の町病院での助産師外来の実際
   3)今後の助産師外来の課題
  2.産科医師と助産師が協働するチーム健診(井本寛子)
   <日本赤十字社医療センター>
   1)助産師外来からチーム健診へ─開設の歴史
   2)推進・継続のポイント
   3)チーム健診システムの実績と担当者教育
   4)経済的評価
   5)今後の課題
  3.医師との共同管理ですすめる地域型助産外来(小笠原敏浩)
   <岩手県立釜石病院・大船渡病院>
   1)開設前の準備
   2)助産外来での取り組み
 (2) 院内助産における実践
  1.産科医療過疎地域の院内助産の実践例(小笠原敏浩)
   <岩手県立釜石病院>
   1)産婦人科医師不足から始まった院内助産システムの構築
   2)院内助産システムの概要
   3)院内助産システムの実際
   4)地域型院内助産システムのキーは連携
  2.分娩における医師・助産師の役割分担と連携(永松成子)
   <市立伊丹病院>
   1)院内助産のための事前の取り決め
   2)院内助産の実際
  3.診療所における医師・助産師の協働システム(大草 尚)
   <大草レディスクリニック>
   1)助産師の力を活かす診療体制の構築
   2)助産師の卒後研修
 (3) 連携医療機関との協力体制
  1.地域でのお産の安全を保証するために何が必要か(杉本充弘)
   1)日本赤十字社医療センターの産科医療
   2)地域での周産期医療の安全保障体制
   3)助産師と産科医のチーム診療実現の課題
  2.開業の助産師,訪問助産師の連携(神谷整子)
   1)開業助産師の法的位置づけ
   2)開業助産所の形態
   3)全国の助産師数と開業助産師の割合
   4)助産所業務ガイドラインと医療法の改正
   5)助産所における医療連携の現状
   6)医療機関とのスムーズな連携のために
  3.開業の助産師の活動 妊娠中〜子育て期の関わり(渕元純子)
   1)妊娠期の関わり
   2)育児期の関わり
VI 研修と評価システム
 (1) 助産師の実践能力を高めるための研修例
  1.助産師の実践力強化(エキスパート助産師認定研修)モデル研修(福島裕子,齋藤益子)
   1)研修企画の目的
   2)研修の方針
   3)研修の実際
   4)研修の評価
   5)助産師の実践能力を高める研修を効果的な研修とするための条件
  2.日本助産師会の現任教育プログラム(加藤尚美)
   1)日本助産師会における現任教育の基本方針並びに教育体系
   2)日本助産師会長期研修過程の経緯および履修について
   3)現任教育プログラムの紹介
 (2) 評価システム
  医療安全の確保からみた評価システム(井本寛子)
   1)助産外来の評価に関わる考え方の背景
   2)「助産外来機能評価」作成の経緯
   3)「助産外来機能評価表」の作成
   4)ヒアリング結果からみた現在のシステム上の盲点

 資料編 院内助産システム 医師と助産師の役割分担と連携
  資料A:助産外来ガイドライン
  資料B:院内助産ガイドライン
  索引