やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の序
 まず始めに,私と小林奈美先生とのご縁から紹介いたします.本書の著者である小林先生は東京大学医学部保健学科,同大学院を修了後,東京大学医学部,家族看護学教室の助手として教育研究の道に入りました.家族看護学教室は,1992年,日本初の家族看護学を標榜する教室として開設され,教授として着任した故杉下知子東京大学名誉教授のもとで瞬く間に日本の家族看護学をリードする存在となりました.私はその助教授として着任し,当時は大学院生であった小林先生の活躍を傍で拝見していました.その後,私が他の大学へ異動した数年後に小林先生が助手として着任し,闘病中であった杉下教授をスタッフの1人として支えました.したがって同時期ではありませんが,同じ講座の教員として杉下教授とともに家族看護学の発展に尽くしてきたことは,今になって思うと不思議なご縁なのかもしれません.
 本書は,前著に続きカルガリー式家族看護モデルを中心に家族看護の技術を磨くことを目的に書かれた本ですが,私自身はカルガリー式家族看護モデルに特化して研究・教育をしてきたわけではありません.しかしながら,故杉下教授が長年旧交をあたためてこられたカルガリー大学名誉教授Lorraine M.Wright博士,元准教授Janice M.Bell博士との交流を小林先生が引継ぎ,両博士らによって開発された家族看護モデルを日本の看護実践に根づかせようとする努力と試みに,心から賛同したいと思っています.
 私が現在,理事長を務める日本家族看護学会は,設立から15周年を迎え,人の成長に例えれば青年期に向かう途上にあります.設立当初は「家族看護」という言葉を知らない看護師の方が多かったのではないでしょうか.それが今や,多くの大学・大学院で教えられるようになり,2008年には家族支援専門看護師が誕生しました.会員数百人からスタートした本学会もすでに千人を超す会員を有し,年3回発行される学会誌には質の高い家族看護学の研究が掲載されるようになりました.青年は迷いながらも困難に挑戦し,試行錯誤を繰り返しながら成熟していくものです.学会もまた,順調な成長が目標だった最初の15年から,そのような挑戦と成熟に向けて移行するときが来ています.
 家族看護学のさまざまな研究者,教員の努力によって「家族看護」という言葉はようやく看護職に広く認知されるようになりましたが,まだ医師をはじめとするほかの医療職や患者・家族の方々に当然のように認識されるには至っていません.看護職でない人々に必要性を認識して頂けるような家族看護を実践し説明するために,私達にはこれからどのような取り組みが必要でしょうか.私はいろいろなアプローチが可能だと思っています.そして,1つの答えが本書にあるように思うのです.
 本書は真に家族看護の「実践者」になるための,実践者として学ぶ人のための本として書かれています.しかもカルガリー式家族看護モデルと,わが国の現状をよく理解している小林先生ならではのユニークな挿話と事例課題が満載されています.私が知る限り,これほど実践に焦点化した家族看護のトレーニングブックは日本に存在しないでしょう.本書により,家族看護を日常的に実践し,説明できる看護職が施設ケアにも地域ケアにも増え,より豊かな家族看護の現象が生まれ,事例が生まれ,そして研究が生まれていくことを期待しています.それと同時に,病に苦悩する多くの人々に寄り添える学問として家族看護学が発展することを期待しています.
 2009年1月
 千葉大学看護学部教授
 日本家族看護学会理事長
 石垣和子

はじめに
 家族とは,何だろうか?看護職として働くあなたにとって,家族とはどのような存在だろうか?あなたが看護職という職業を選択した理由として,家族の病の体験があるかもしれないし,あなたの育った家庭環境が,あなたを看護職にふさわしい人格に育てたのかもしれない.そして今,看護職として働く場で,あなたは患者や利用者の看護をとおして,その人々の家族に出会っているに違いない.あなたから,患者(利用者)とその家族はどのように見えているだろうか?そして,患者(利用者)とその家族は,あなたをどのように見ているだろうか?
 保健師,助産師を含む看護職の活躍する場は,ますます広がっている.病院,診療所,助産院,高齢者のためのさまざまな施設,乳児院,保健センター,地域包括支援センター,訪問看護ステーションなど挙げればきりがない.そのようなさまざまな職場の日常で,あなたは,どのような認識で心で,患者(利用者)やその家族と向き合い,会話を交わしているだろうか?私達の会話は,彼らにとってどのような意味をもち,どのような支援になりうるのだろうか?私達看護職は,さまざまな看護技術を持っている.しかし,あらゆる看護の入り口は,まず,「気付くこと」からであろう.気付くこと,すなわち認知は,脳の働きである.患者のみならず,その家族の苦悩に気付くかどうか,そして,そこに見える希望の糸口に気付くかどうか,それは長年,ただ働き続けた経験だけでできるようになることではない.
 本書は,看護職として,患者(利用者)と家族に起きていることに気付くための手がかりを学習することを目的にしている.まず,自分の家族観を振り返ること,そして,その家族観が目の前の患者(利用者)とその家族と向き合う自分に与える影響に気付くこと,その上で,その家族に起きていることに気付くこと.それができるようになったとき,あなたは今まで気付くことのなかった「看護職としてのあなた」と「患者(利用者)とその家族」が構築する新しい会話の世界を知るだろう.それはきっと,あなたの看護を変える素晴らしい体験になるはずだ.
 本書で学ぶ家族アセスメントは,あなたのレンズを通して見た家族の姿をあなた自身が認識するための枠組みである.そして,眼前にいる患者・家族や眼前で起きている事象だけに縛られるのではなく,それが大きな家族システムの時間的・空間的ゆらぎの中にある一事象であることを認識するための枠組みでもある.しかし,それは本を読んで頭で理解しただけで,即実践できるようになるものではない.まず,自分の手と頭を使って考え,トレーニングすることが必要である.その第一歩として,本書でジェノグラム・エコマップの描き方を習得し,それを描きながら自分なりの家族アセスメントを行う筋道を学習して頂きたい.さらに本書には,家族との会話を豊かにするためのたくさんのヒントがあるはずだ.勇気をもって,あなたの言葉で問いかけ,「会話」を始めて頂きたい.
 本書は,前著「グループワークで学ぶ家族看護論―カルガリー式家族看護モデル実践へのファーストステップ」(2006年)で学習した人がさらに実践力を高めるためのセカンドステップとして書いたものである.前著を踏まえて記述した点が多々あるので,ファーストステップから,あるいは平行して学習することをお奨めする.また本書の内容は,著者がカナダカルガリー大学家族看護ユニットで体験した学習・トレーニング法を鹿児島大学に在籍した5年間で日本の看護教育に応用・発展させたものの一部である.まだ開発途上の部分はあるものの,今回執筆協力/事例提供してくれた家族システムケア研究会のメンバーは,白紙状態から学習を始め育ちつつある看護職達である.カルガリー式家族看護モデルが誕生したカナダでは,アルバータ州の教育予算削減のあおりで2007年12月に家族看護ユニットが閉鎖されたが,本書をきっかけに,日本全国でカルガリー式家族看護モデルを学習し,「会話」という実践に生かせる看護職が育つことを願っている.
 本書の執筆にあたり,私にカナダでの学習の機会を与えて下さった恩師,東京大学名誉教授杉下知子先生(2007年3月逝去),カルガリー大学名誉教授Lorraine.M.Wright博士,同元准教授Janice.M.Bell博士に深く感謝する.また,温かく見守り支えてくれた私の家族,同僚に感謝する.そして,本書を世に送り出してくれた医歯薬出版編集担当各位に感謝する.
 2009年1月 小林奈美
第1章 看護と家族アセスメント
 1 あなたから見える家族と見えない家族
  ・ツルさんとカメさんの物語
 2 看護アセスメントと家族アセスメント
  1)家族療法・家族心理学における家族アセスメント
  2)家族看護学における家族アセスメント
  3)看護職が行う家族アセスメントと家族への働きかけ
  4)日常的な看護アセスメントと家族アセスメントに必要な情報の違い―鹿児島ツルさんの場合
第2章 カルガリー式家族看護モデルの概要
 1 カルガリー式家族アセスメント/介入モデル
  1)理論的基盤
   ポストモダニズム システム理論 サイバネティクス コミュニケーション理論 変化理論 認知の生物学
  2)家族アセスメントの構造と技法
  3)円環的コミュニケーションの基本パターン
  4)施療的介入としての問いかけ
  5)その他の介入技術
  6)家族面接の技術
 2 イルネス・ビリーフモデルとトリニティ・モデル
  1)イルネス・ビリーフモデル
   【Part1】ビリーフ:問題の核心 【Part2】上級実践のためのマクロムーブ
  2)トリニティ・モデル(Trinity Model)
  コラム1 家族システムケア研究会
  コラム2 ステップアップセミナーI・IIの紹介
第3章 実践に向けての準備
 1 本書における実践技術の習得ステップの考え方
  心得1.習得するのは自分であり,実践するのも自分であることを肝に銘じよ
  心得2.他人の家族に向き合う前に,自分の家族に向き合うべし
  心得3.一歩一歩段階を踏んで着実に進むべし
  心得4.自分の学習到達度を確認する場を利用すべし
  心得5.技術習得は,自己満足のためではないことを肝に銘じよ
 2 自分の家族体験に向き合い,家族観の傾向を確認する
  エクセサイズ
   1.ジェノグラム・エコマップを描いてみよう! 2. 家族の強みを発見しよう! 3.自分の家族観と物語の好みを把握しよう!
 3 あなたの「家族看護」をイメージする
第4章 ジェノグラム・エコマップを描こう!
 1 家族のジェノグラムとエコマップ
 2 ジェノグラム・エコマップの描き方の基本
  1)ジェノグラムの描き方
   基本的なルール 特殊な領域での使用
  2)ジェノグラム・エコマップの描き方
   基本的なルール
 3 マイクロソフトパワーポイントを使ってジェノグラム・エコマップを描いてみよう!
   必要な環境 操作手順
第5章 家族アセスメントの実際を学ぶ―ふたたびツルさんとカメさんの物語
 事件ファイル1 カメさんの脳梗塞―病院のスタッフから見える家族のアセスメント
  (1)救急センターでの家族アセスメントの会話
   救急場面での家族アセスメントの特徴 救急で行う会話に含める声かけ,問いかけの例
  (2)看護師達の「困りごと」と,カメさんと家族の「困りごと」:家族診断と家族アセスメント
   家族アセスメントの例 病棟入院時の本人および家族への初回聴取のポイント 病棟で会う家族へのかかわりのポイント
 事件ファイル2 ツルさんの終末期をめぐる意思決定―家族アセスメントと内省的問いかけ
  (1)スタッフのジレンマと家族の苦悩
  (2)内省的な問い
 事件ファイル3 サヨリちゃんの不登校―家族システムの揺らぎと家族アセスメント
  (1)サヨリちゃんの両親の婚前期と新婚期
  (2)新しい命の誕生・養育期の困難:タイ子さんの産後うつ
  (3)トビ郎さんのがん告知:家族の関係とコミュニケーション
  (4)サヨリちゃんの不登校―激動の思春期への入り口
 これからの日本の家族と家族看護
 おわりに
第6章 ワークシートで家族アセスメントを学ぼう
   ワークシートのレベル構成 目標時間について ワークシートの使い方
 ステップI基礎編 ジェノグラム・エコマップの描き方を練習する
  1 ジェノグラムの描き方:課題1〜8
  2 ジェノグラム・エコマップの描き方:課題9〜16
   ジェノグラムの描き方の例:課題1〜8 ジェノグラム・エコマップの描き方の例:課題9〜16
  3 ビネットからジェノグラム・エコマップを描く:課題17〜21
  4 簡単な会話からジェノグラム・エコマップを描く:課題22〜23
 ステップII応用編 ジェノグラム・エコマップを応用しながら家族アセスメントを学習する:課題24〜31
第7章 上級実践へのプロローグ
 事例1 模擬面接:がん専門病院の家族相談を想定して
 事例2 実際の面接:子どもを望むセックスレスの夫婦との初回面接
 おわりに
家族アセスメントQ&A
 ジェノグラム・エコマップの描き方について
 家族アセスメント全般について

 文献
 索引
 付録 ジェノグラム・エコマップの描き方