やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 近年,精神障害者の地域生活ならびに就労への移行支援が国の施策として実施されています.しかし,精神障害者の11.6%が施設に入所し,身体障害者の5.4%に比べて,入所の率は高くなっています.また,精神障害者の就労率は,一般2.5%,福祉就労0.2%となっており,ほかの障害者の一般就労10.5%,福祉就労20.7%と比較しても低くなっています.また一方,精神障害者のうち入院の内訳は,1約40%が入院3カ月未満で退院していく患者,2約25%が退院後3カ月未満で再入院してくる患者,3約20%が入院3カ月以上の患者(再入院予備群),415%以上が20年以上の長期入院患者となっており(西尾,2003),このうち,23に該当する全入院患者の約45%の患者は,地域支援システムの確立によって地域での生活が可能と考えられています(西尾,2003).日本においては350万人の精神障害者のうち35万人が入院をし,また退院してもなかなか就労へと進むことが困難な状況にあります.
 アメリカ合衆国では,精神障害者の再入院や再燃を予防し,また重症な精神障害者への退院支援や地域生活・就労支援としてインテンシブ・ケア・マネジメント(Intensive Care Management,しかし現在では,コミュニティ・ケア・マネジメント〈Community Based Case Management;CBCM〉と呼ばれている)やアサーティブ・コミュニティ・トリートメント(Assertive Community Treatment;ACT,包括型地域生活支援プログラム)が実施されるようになってきています.わが国においても2003年以降,ケア・マネジメント試行事業が実施されるようになってきていますが,その実践は全国的にみてもほんの一部の地域で実践されているだけで,退院後短期間で再入院を繰り返す患者や長期入院患者,長期入院患者予備群,重症な精神障害者に対して,この事業が展開されているとはいいがたい状況です.
 また,精神科看護においては,これまでもこれらの患者への退院支援や地域生活支援を地道に行ってきました.しかし,診療報酬や介護保険における退院支援事業が積極的に設定されていないこと,またどのような支援や支援のパッケージがあれば患者の地域での安定した生活を支援することができるのか,についてのスタンダードも存在していません.
 そこで本書は,入院患者の45%が退院可能とされている患者である長期入院および長期入院患者予備群に焦点を当て,退院支援に関するケア・パッケージを試作し,これらを用いて紹介を行うことにしました.
 看護は,精神障害者への退院支援のなかでも,特にセルフケアに焦点を当てて支援を行っていくため,オレム?アンダーウッドのセルフケアモデルを用いて支援の展開を紹介しています.
 本書が日々貴重な実践を展開している看護師,また精神看護をこれから学ぼうとしている看護大学生,さらに精神看護のスペシャリストとして仕事をしたいと考えている大学院生に,幅広く活用されることを願っています.執筆における統一については,各執筆の先生方の個性を生かし,多少順序が異なっている章もありますが,どの章も長期入院患者および予備群への支援として貴重な情報を提供してくれると考えます.
 また,たいへん多忙ななか執筆を引き受けてくださいました執筆の先生方,最後まで,編集作業におつきあいいただいた医歯薬出版看護書籍編集担当者の方がたに心より感謝いたします.

 2008年5月
 編者:宇佐美しおり 岡谷恵子
第1章 長期入院患者と予備群の定義と特徴
 1.定義
 2.精神状態とセルフケア,社会的機能の特徴
  1-精神状態の査定
  2-精神の健康度の査定(Mental Health Assessment;MHA)
  3-フォーミュレイション(formulation)
  4-精神科診断
 3.セルフケアの特徴
 4.家族の特徴
 5.オレム−アンダーウッドモデル
  セルフケア理論

第2章 退院支援ケア・パッケージとケース・マネジメント
 はじめに
 1.退院支援ケア・パッケージ
  1-急性期治療病棟に入院した精神障害者への退院支援に関するケア・パッケージ
  2-入院が3カ月以上になり始めた患者・家族への退院支援ケア・パッケージ
  3-今後の課題
 2.ケース・マネジメント(ケア・マネジメント)
  1-ケア・マネジメントの過程
   過程 ケア・マネジメント導入 ケア・アセスメント ケア計画 ケア計画の実施およびモニタリング 評価 終了
  2-ケアマネジャーの業務
  3-ケア会議の実際
   会議の招集
  4-ケア・マネジメントのモデル
  5-ケア・マネジメントとその評価
  6-わが国のケア・マネジメント
   ACTとその評価に関する研究 評価としての適合度評価尺度の採用

第3章 退院後の生活の場に応じた退院支援ケア・パッケージ
 はじめに
 1.共同住居を利用する場合
  1-目的と概要
  2-共同住居の選択のポイント
   住居の形式 日常生活援助の程度
  3-決定前後の準備と患者の不安を減らすために―病院内支援とアウトリーチ
 2.単身生活を行う場合
  1-これまで長期に暮らしていた住居・地域に退院する場合
   入院前後の住居環境の変化について 活用していた社会資源の変化と活用できる社会資源
  2-短期間で再入院する場に退院する場合
   再アセスメントの重要性 再アセスメントの実例 介入方法の実例―小さな工夫
  3-新しい場に退院する場合
   日常生活上のアセスメント 社会資源の活用の準備
 3.援護寮を利用する場合
  1-目的と概要
  2-援護寮を選択する場合のポイント
  3-社会への参加
 4.家族と生活をともにする場合
  1-患者への支援
   必要なセルフケアの維持と向上 役割の獲得 生活リズムの調整
  2-家族への支援
 おわりに

第4章 退院後の生活の場に応じて必要とされるセルフケアの維持・向上
 1.オレム−アンダーウッドのセルフケアモデルとケアの方向性
  1-オレムのセルフケアに関する理論
   理論の前提 メタパラダイム
  2-オレムの看護理論の概要
   セルフケア理論 セルフケア不足の理論 看護システム論
  3-オレム−アンダーウッドモデル
  4-セルフケアへの働きかけ
 2.精神状態とセルフケアとの関連
  1-精神状態の査定
  2-精神症状の評価
 3.日常生活におけるセルフケアへの支援方法
  1-症状自己管理,服薬自己管理を高めるための支援方法
   生活技能訓練 基本訓練モデル 問題解決技能訓練 モジュールによる訓練 SSTのポイント セルフケアへの支援
  2-活動と休息のバランスおよび孤独と人とのつきあいに関するセルフケアを高める方法

第5章 長期入院患者・予備群への治療的介入
 1.薬物療法
  1-抗精神病薬の薬理作用と臨床効果
   従来型抗精神病薬 新規抗精神病薬
  2-抗精神病薬による治療のアウトカム
  3-コンプライアンスからアドヒアランスへ
  4-長期入院患者における薬物療法の問題点
 2.精神療法
  1-個人精神療法
  2-家族療法
  3-集団精神療法
   集団精神療法の実際
 3.認知・行動療法
 4.患者への支援体制と医療チームの構築

第6章 長期入院患者および予備群に活用できる社会資源と制度
 1.活用できる社会資源
  はじめに
  1-活用できる人的資源
   病院の人的資源 地域の人的資源
  2-人的資源の有効な活用
  3-人的資源の視点
  4-共有すべき生活のイメージ
 2.活用できる制度
  はじめに
  1-精神障害者保健福祉手帳制度
  2-障害者自立支援法
  3-社会復帰施設
   生活訓練施設 福祉ホームB型 通所授産施設 福祉工場
  4-救護施設
  5-成年後見制度
  6-地域福祉権利擁護事業
 3.活用できる経済的資源
  1-生活保護制度
  2-年金制度(障害年金)
  3-特別障害給付金
  4-手当
   特別障害者手当 障害児福祉手当 特別児童扶養手当
  5-障害者自立支援医療(精神科通院)
  6-重度心身障害者医療費助成制度
  事例
   現病歴 援助経過
  おわりに
  資料1:障害者が受けられる福祉サービス
  資料2:福祉サービスの新体系
  資料3:利用の手続き

第7章 長期入院患者と仕事,QOL
 1.長期入院患者と就業支援
  1-長期入院患者のニーズ
  2-多様な働き方
  3-働くことの意義
  4-わが国の障害者雇用制度
   割り当て雇用制度 企業に対する経済的負担の軽減 人的支援 雇用支援機関
  5-わが国の福祉的就労の機関
  6-就業支援の視点
   ニーズに基づく支援 本人の長所に焦点を当てる 病院で支援を完結させない 伝統的医療モデルからの転換
  7-長期入院患者に対する就業支援
   自信と自尊心の回復 集中力と持久力の養成 対人技能(認知行動障害の改善) 就業意欲の醸成
  8-“働くことを外さない”退院支援
 2.長期入院患者の退院後のQOL
  1-退院後のQOLの現状
  2-QOLを保つために必要な支援
   ACT(包括型地域生活支援) 支援ネットワークの構築によるケア・マネジメント

第8章 再燃・再発予防と訪問看護
 はじめに
 1.再燃予防に関する文献
 2.再燃を予防し,長期入院を改善するための訪問看護
 3.診療報酬での規定
 4.訪問看護の機能
  1-パートナーシップを形成する
  2-症状と同時に治療の効果や副作用を観察する,また必要な治療を判断する
  3-安全な生活ができるように援助する
  4-身体疾患の自己管理を援助する
  5-セルフケアへの援助
   食事,個人衛生など 経済や住居をはじめとして種々の生活環境が整っているか判断し,関係機関との連携を調整する 家族への援助
 5.訪問看護の開始
  契約 複数での訪問看護 入院治療中からの地域生活の計画 外来でのリハビリテーションと合わせて訪問看護を行う場合

第9章 事例を通してみる退院生活支援の実際
 1 :20年以上入院している長期入院患者・家族への支援
 はじめに
 事例
  現病歴
 1.患者の精神状態,セルフケア・社会的機能のアセスメント
  1-セルフケアへの影響要因
   対象者の背景 ケアシステムに関連した因子 病状に関連した因子
  2-精神状態・セルフケアとアセスメント
   ソーシャルサポート
  3-ニーズのアセスメント
   日常生活に関するニーズ 社会生活に関するニーズ 住居に関するニーズ 対人関係と活動性のニーズ 就労と経済生活のニーズ
  4-強さのアセスメント
  5-環境のアセスメント
 2.目標,計画,実施,評価
  1-長期目標
  2-短期目標
  3-ケアプラン
   退院後の生活と支援者間の連携 家族や近隣住民の理解と受容の促進 周囲の支えを得ながらの仲間づくり
  4-評価・考察
 2 :10〜20年入院している長期入院患者への支援
 はじめに
 事例
  現病歴
 1.患者の精神状態,セルフケア・社会的機能のアセスメント
  対象者の背景 病状に関連した因子
  1-精神状態・セルフケアとアセスメント
  2-ニーズのアセスメント
  3-強さのアセスメント
 2.目標,計画,実施,評価
  1-症状の安定を図り,活動の拡大を図っていた時期
   看護目標と結果
  2-ニーズが話せるように介入した時期
   セルフケア 看護目標 ケアのポイント
  3-自宅への退院にこだわっていた時期
   セルフケア 看護目標 ケアのポイント
  4-ひとり暮らしの準備から実際にひとり暮らしを開始した時期
   セルフケア 看護目標 ケアのポイント
  5-再入院
  6-再入院から次の生活へのステップ
   看護目標 ケアのポイント
  7-退院後の支え
   ケアのポイント
 3.評価・考察
 3 :3〜10年未満の入院患者への支援
 はじめに
 事例
  現病歴
 1.患者の精神状態,セルフケア・社会的機能のアセスメント
  1-セルフケアへの影響要因
   対象者の背景 ケアシステムに関連した因子 病状に関連した因子 これまでの安定したセルフケア ソーシャルサポート
  2-ニーズのアセスメント
  3-強さのアセスメント
  4-環境のアセスメント
 2.目標,計画,実施,評価
  1-長期目標
  2-短期目標
  3-ケアプラン
  4-実施
  5-評価・考察
 4 :半年〜2年の入院患者への支援
 はじめに
 事例1:入院中から退院までの支援
  現病歴
 1.事例1の患者の精神状態,セルフケア・社会的機能のアセスメント
  1-セルフケアへの影響要因
   対象者の背景 ケアシステムに関連した因子 病状に関連した因子 これまでのセルフケア(過去最高レベル) ソーシャルサポート
  2-精神状態・セルフケアとアセスメント
  3-ニーズのアセスメント
  4-強さのアセスメント
  5-環境のアセスメント
 2.事例1の目標,計画,実施,評価
  1-長期目標
  2-短期目標
  3-ケアプラン
   家族−本人−スタッフで,今後のことや家族の協力について話し合う 不安時の対処行動を練習する 1週間のスケジュールを立て,毎日,振り返りを行う 退院後の生活スタイルに合わせて,サポートが受けられるように準備する 退院後も家族と本人を交えた振り返りを継続する アパートを休める空間にする 必要時は休憩も入れる
 事例2:退院先を決定するまでの支援
  現病歴
 3.事例2の患者の精神状態,セルフケア・社会的機能のアセスメント
  1-セルフケアへの影響要因
   対象者の背景 ケアシステムに関連した因子 病状に関連した因子 これまでのセルフケア(過去最高レベル) ソーシャルサポート
  2-精神状態・セルフケアとアセスメント
  3-ニーズのアセスメント
  4-強さのアセスメント
  5-環境のアセスメント
 4.事例2の目標,計画,実施,評価
  1-長期目標
  2-短期目標
  3-ケアプラン
   父親への思いを聞く スケジュールを作成する 不安時の訴えの際には,言語化を促し,頓服以外の対処を勧める
  4-評価・考察
   急性期を過ぎた患者の問題行動は,何らかのメッセージ 本人が納得するプロセスを踏む 家族と定期的に連絡をとり,協力が途絶えないように留意する ケアが円滑に継続できるように定期的なカンファレンスを行う 生活が安定するまで,退院後も患者主体のチーム会議を継続させる
 5 :重症で入院継続になっている長期入院患者への支援
 はじめに
 事例
  現病歴
 1.患者の精神状態,セルフケア・社会的機能のアセスメント
  1-セルフケアへの影響要因
   対象者の背景 ケアシステムに関連した因子 病状に関連した因子 これまでの安定したセルフケア ソーシャルサポート
  2-精神状態・セルフケアとアセスメント
  3-ニーズのアセスメント
  4-強さのアセスメント
  5-環境のアセスメント
 2.目標,計画,実施,評価
  1-長期目標
  2-短期目標
  3-自宅退院へ向けてのケアプラン・実施
  4-自宅退院の結果
  5-アパート退院へ向けてのケアプラン・実施
  6-アパート退院の結果
  7-評価
 索引