やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 1997年に医歯薬出版より「在宅看護論」を発行してから10年が経過しました.看護基礎教育で「在宅看護論」の教育が開始されることになり,初版は慌ただしい中で企画が行われたことが思い出されます.その「在宅看護論」も2006年12月に5版を発行しました.「在宅看護論」の版を重ねる中で,読者である学生の理解が深まる,体系として表わせるテキストを作りたいと考え,本書を発行することになりました.
 2007年4月には看護系大学が153校になる予定です.看護系大学では統合カリキュラムで授業が行われていますが,教育上の問題も見えてきました.看護基礎教育における保健師,助産師の教育およびカリキュラムの改正が検討されています.
 看護基礎教育が改正された時に,本書の改訂版を発行する予定です.しかし,現在,大学で看護学を学ぶ学生,すなわち看護師と保健師国家試験受験資格を目指す学生を対象とした「在宅看護学」のテキストが必要と考えました.在宅看護の場で仕事をされている看護職は,多くは看護師資格です.大学で学ぶ学生は,地域看護学を学ぶ中で,個人や家族にとどまらずに,集団や地域に対する看護を理解し,看護師と保健師の資格を生かした看護が提供できる能力を養わなければなりません.大学における看護基礎教育として在宅看護学を構築するために,このテキストを足掛かりにして発展させたいと考えます.
 本書は看護系大学で在宅看護論を学んだ学生(読者)の意見や希望が反映されています.事例集を別冊にしました.変動する法や制度,介護保険等は資料とし,出版社のホームページで更新されるシステムにしました.本文はスペースを設け,自己学習した内容,授業における教員の発言や板書の内容を記入できます.学習のねらい,キーワーズ,用語解説,自己学習に役立つステップアップや文献の紹介,国家試験対策にも役立つ索引,構成のわかりやすさなどです.“自分流のテキストにする”という学生の意見を尊重しました.
 読者である学生の意見,教える側の教員の意見,実習を担当する指導者の意見,そして,訪問看護を利用している療養者やその家族の意見が,本書には凝縮されています.テキストは学生(学習者)・教育者・実践者・看護の受け手である療養者や家族の望むものでなければいけないと考えるからです.
 「エッセンシャル在宅看護学」は,看護の対象,看護の方法論(理論・方法・技術),看護過程,活動の場から,考えられるように構成されています.本書をお読みになり,学生,教員,実践者の立場からご意見をいただければ,増補や改訂時にいかしていきたいと存じます.忌憚のないご意見を出版社までご連絡いただけることを願っております.よろしくお願いいたします.
 2007年3月
 木下由美子
I 在宅看護の考え方
 1.在宅看護学とは(木下由美子)
  1)在宅看護論10年のあゆみ
  2)地域看護学と在宅看護学の位置づけ
  3)看護師・保健師資格を目指す学生が学ぶ授業科目として
  4)地域で活動する看護者になるために
 2.在宅看護学の4要素(木下由美子)
  1)対象・方法論(理論・方法・技術)・看護過程・活動の場
   (1)対象
   (2)方法論
     a.理論 b.方法 c.技術
   (3)看護過程
   (4)活動の場
II 在宅看護実践論
 1.在宅看護の対象
  1 療養者(長江弘子)
   1)地域で生活している療養者と家族・コミュニティ
    (1)在宅看護の対象の多様性と地域の視点の重要性
    (2)在宅看護の医療提供体制づくり ―「切れ目のないケア」を実現する担い手としての在宅看護
    (3)地域社会で生活する療養者の特性
      a.療養者の多様性 b.療養者と専門職の立場の変換 c.医療の日常化 d.家族とともにある生活 e.生活の基盤となるコミュニティをもつ
   2)療養者の特徴
    (1)慢性的な病状と障害を持つ人
      a.慢性疾患(自立した生活習慣と疾病管理に向けた自立支援) b.難病(進行する病状に合わせた疾病管理と障害とともにある生活の支援) c.認知症(その人らしさと持っている力を発見しながら関わる生活の支援) d.小児(成長・発達と家族全体を視野に入れた生活の支援)
    (2)医療依存度の高い人
    (3)終末期を迎える人
  2 家族・コミュニティ(廣部すみえ)
   1)家族を単位とした看護
    (1)在宅看護実践からみた家族への視点
    (2)家族をめぐる社会状況の変化
      a.家族の保健機能の減少 b.家族(人口,女性)政策の流れと家族員の価値観の変化
    (3)主介護者の理解
      a.介護家族の特徴 b.主介護者の介護の動機
    (4)家族を理解するための基礎理論
      a.家族生活周期 b.家族システム c.家族を単位として見る視点
    (5)介護役割をめぐる家族間の役割期待と役割遂行のずれ
    (6)家族への看護目標と看護介入
   2)療養者と家族が生活するコミュニティ
    (1)療養者と家族とコミュニティのつながり
    (2)療養者と家族の周囲にコミュニティを近づける看護支援
   3)療養者や家族は看護者に何を望んでいるか
    (1)療養者および家族が看護者に何を望んでいるのか
      a.利用しているサービス b.自立的介護能力の育成
    (2)在宅看護で期待される姿勢
    (3)療養者および家族の主体性の尊重を
 2.在宅看護の方法論
  1 理論(奥山則子)
   1)在宅看護実践と倫理
    (1)看護師と療養者間
    (2)看護師と家族間
    (3)看護師と他職種間
   2)在宅看護と理論
    (1)在宅看護実践に関わりのある理論
    (2)在宅看護実践と看護理論
      a.ナイチンゲールの看護理論 b.ペプロウの人間関係の看護論 c.トラベルビーの人間対人間の看護 d.オレムのセルフケア論
    (3)地域看護学と理論
      a.コミュニティ・アズ・パートナーモデル b.プロシード・プリシードモデル
    (4)看護理論の在宅看護実践への活用
  2 方法
   1)家庭訪問(原 礼子)
    (1)家庭訪問と訪問看護
    (2)方法としての家庭訪問の意義
    (3)社会人としての態度
      a.求められる訪問看護師の態度 b.生活と健康問題を調整する
   2)自宅を癒しの場とする(松村ちづか)
    (1)自然治癒力を育む援助
      a.在宅で療養者の自然治癒力を高める必要性
    (2)生活環境の整備
      a.療養する場所の選択 b.室内環境の整え方:安全と安楽 c.住宅改修
    (3)在宅ケアに必要な物品の応用
      a.自宅にある物をケア物品に応用する必要性 b.自宅にある物を応用したケア物品の作り方・用い方
   3)安心した生活を保障する
    (1)24時間の連絡相談と訪問(板垣昭代)
      a.24時間体制が必要な背景 b.24時間の連絡相談 c.24時間の訪問 d.24時間体制を円滑にすすめるための事業所の準備
    (2)感染管理とリスクマネジメント(木下由美子)
      a.感染管理 b.リスクマネジメント
    (3)災害時の被災予防(廣部すみえ)
      a.災害時への備え b.被災時の対応 c.家族への安全対策指導 d.災害時対応の訪問看護体制づくり,対応の評価と訓練
   4)在宅ケアシステム(赤沼智子)
    (1)在宅ケアシステムとは
      a.システムとは何か b.在宅ケアシステムの概念
    (2)在宅ケアシステムをつくるには
      a.ケアマネジメントの概念とプロセス b.在宅ケアシステムの構成要素 c.地域ケアシステムへの発展
    (3)地域の社会資源
      a.社会資源とは b.社会資源の創出
    (4)他(多)職種との連携と協働
      a.連携・協働とは b.連携・協働する上で重要なこと
    (5)在宅療養の開始と継続看護
      a.急性期から在宅へ移行する気持ちを支援する b.医療動向と退院調整看護師の重要性 c.退院支援のプロセスと連携の重要性 d.在宅に向けてのアセスメントの視点 e.看護職同士の連携=看護連携の実際
    (6)介護保険と医療保険における訪問看護の役割
      a.医療保険の場合 b.介護保険の場合
  3 技術
   1)信頼関係の形成・意思決定への支援(松村ちづか)
    (1)療養者・家族と看護師との信頼関係の形成が必要な理由
    (2)信頼形成のために看護師に必要とされる資質と能力
      a.人間としての資質 b.看護師の力量
    (3)信頼関係の形成のプロセス
      a.誠実な態度で訪問する b.相手のありのままを受け入れる c.安心を保障する d.専門家としての意向を伝える
    (4)意思疎通が困難な療養者との信頼関係の形成
      a.健全な側面に注目して関わる b.支援を要する部分をアドボケイトする(アドボカシー)
    (5)療養者と家族が意思決定に悩む内容
      a.医療に関する自己決定についての悩みの内容の例 b.ケアに関する自己決定についての悩みの内容の例 c.生き方に関する自己決定についての悩みの内容の例
    (6)意思決定の支援プロセスと意思決定上の技術
      a.明確化 b.情報提供 c.見守る d.決定したことを尊重する
    (7)意思決定過程の支援の例
   2)生活支援(板垣 昭代)
    (1)在宅での生活支援の考え方
    (2)生活を支える技術の実際
     A.食事
     B.排泄
     C.清潔・皮膚のケア
     D.移動
     E.服薬
     F.睡眠
     G.被服・室温
   3)医療処置(野島あけみ)
    (1)在宅での医療処置の現状
    (2)医療処置を必要とする療養者への訪問看護
    (3)医療処置を必要とする在宅療養に関する費用
    (4)医療処置管理看護プロトコール
    (5)医療処置を必要とする療養者の導入準備
      a.在宅支援チームの形成 b.緊急時対応の明確化 c.受け入れ家庭の環境整備 d.試験外泊や病院内外泊の実施
    (6)医療処置技術の実際
     A.経管栄養法
     B.在宅中心静脈栄養法(HPN;home parenteral nutrition)
     C.気管カニューレ
     D.在宅酸素療法(HOT;home oxgen therapy)
     E.人工呼吸器
     F.CAPD
     G.膀胱留置カテーテル
     H.持続皮下注射
   4)療養者・家族の変化(看護の効果)と潜在能力を引き出す技術(松村ちづか)
    (1)訪問看護が導入されることで生じる療養者・家族の変化
    (2)療養者・家族の潜在能力を引き出す技術
 3.活動の場(吉岡洋治)
  1)訪問看護ステーション
   (1)対象
     a.訪問看護ステーション創設の経緯 b.訪問看護ステーションの設置主体 c.訪問看護ステーションの管理者・従事者
   (2)訪問看護の提供
   (3)訪問看護ステーションの管理・運営
     a.訪問看護ステーションの運営 b.訪問看護ステーションの経営・管理
   (4)療養通所介護
  2)医療機関
   (1)医療機関の訪問看護部門:退院調整・退院支援
     a.医療機関における訪問看護の実際 b.医療機関における訪問看護の特徴と看護職の役割
   (2)医療機関の外来
     a.医療機関外来の変化 b.医療機関外来における看護職の役割
   (3)診療所
     a.診療所の現状 b.在宅療養支援診療所制度とこれからの診療所の役割
  3)サービス調整・支援機関
   (1)在宅介護支援センター
     a.在宅介護支援センターの現状 b.在宅介護支援センターの役割 c.在宅介護支援センターにおける看護職の役割
   (2)居宅事業所
     a.介護保険制度における居宅事業所 b.居宅事業所の役割 c.居宅事業所での看護職の役割
   (3)地域包括支援センター
     a.地域包括支援センター創設のねらい b.地域包括支援センターの機能 c.地域包括支援センターにおける看護職の役割
  4)通所施設,短期入所施設
   (1)通所介護,通所リハビリテーション
     a.通所施設における看護職の役割
   (2)短期入所介護
     a.短期入所介護サービスの内容 b.短期入所介護における看護職の役割
 4.在宅看護と看護過程(上野まり)
  1)インテーク(初回面接)
   インテークのポイント
  2)情報収集
   (1)情報収集の姿勢
     a.真実を理解しようとする努力を継続する b.見る,聞く,触れるなど五感,時には第六感をも活用する c.生活リズム(生活状況)を知る d.過去をたどり,未来へつなぐ情報をとる
   (2)収集すべき情報
     a.ADL・IADL(自立度) b.病状,治療方針と予後 c.薬剤の種類と管理方法 d.介護者の有無と家族関係 e.価値観,倫理観,宗教(固有の文化) f.希望,生きがい(願い)
  3)アセスメント
   (1)実施と協議
   (2)リアセスメント
   (3)主観性と客観性
  4)計画立案
   (1)課題と役割の整理
     a.情報収集,アセスメントから導き出された課題の整理 b.それぞれの「できること,できないこと」「したいこと,したくないこと」の把握 c.看護師の担うべき役割,期待されている役割
   (2)訪問計画立案と評価
     a.訪問看護の利用頻度の決定・調整 b.短期目標,長期目標の設定,評価日の決定 c.計画修正,連絡 d.利用者一人のケアから地域の健康を考える視点
  5)実施
   (1)記録の重要性
     a.訪問看護の内容が他者にわかる b.今後の課題,他職種や他者との連絡の必要性,連絡の結果等を記録する
   (2)実施内容
     a.ケアを行いながら対象の反応を捉える,さらに判断する b.次回訪問までの予測に沿った弾力的なケアの選択と実施,必要な説明の実施 c.自身の行った看護内容を振り返る時間をもつ
   (3)信頼関係をつくる看護
     a.担当看護師の選択と変更の承認を得る b.心に響くケアの実施
  6)評価
   (1)日々の評価と定期的な評価
   (2)対象者からの評価,他者評価
   (3)目標・計画・評価指標の修正,次回評価日の決定
III 在宅看護の発展・展望
 1.在宅看護の現在の問題と今後の方向性(本田彰子)
  1)医療政策の方向と訪問看護の実際から捉える課題
   (1)課題1:早期退院の影響と医療ニーズの高い療養者の支援
   (2)課題2:在宅ターミナルケアの充実に対する期待
   (3)課題3:健康の維持増進と疾病予防における在宅看護の役割
   (4)課題4:多施設・多職種との連携と訪問看護の多様化
   (5)課題5:在宅看護の専門性の確立と人材育成
  2)早期退院の影響と医療ニーズの高い療養者の支援
   (1)療養支援のための医療処置管理看護プロトコール
   (2)在宅療養支援ネットワーク
  3)在宅ターミナルケアの充実に対する期待
   (1)在宅療養支援診療所との連携とターミナルケア
  4)健康の維持増進と疾病予防
   (1)地域での介護予防のサービスと介護予防訪問看護
   (2)地域包括支援センターでの看護職の役割
  5)多施設・多職種との連携と訪問看護の多様化
   (1)中重度者に対する支援強化における訪問看護
     a.療養通所介護 b.グループホーム入所者の健康管理 c.介護老人福祉施設との連携
   (2)ケアマネジメントにおける看護職の役割
  6)在宅看護の専門性の確立と人材育成
   (1)看護基礎教育における在宅看護の位置づけ
   (2)在宅看護を専門とする看護師の育成
IV 資料
 1.在宅看護の変遷,法律・制度(沖 壽子)
  1)在宅看護の変遷
  2)在宅看護と法律
  3)在宅療養者の権利
   (1)人権の尊重
   (2)看護職の倫理規程
 2.医療保険(柏木聖代)
  1)医療保障・医療保険制度の種類
  2)医療保険と訪問看護
  3)医療保険に基づく訪問看護
   (1)訪問看護の支給の対象
   (2)訪問看護の利用料
  4)訪問看護提供機関による支給の違い(診療報酬と療養費)
  5)在宅人工呼吸器使用特定疾患患者訪問看護治療研究事業
  6)訪問看護に対する新たな評価
 3.介護保険(吉岡洋治)
  1)介護保険制度創設の背景
  2)介護保険制度のしくみ
  3)介護保険で受けられるサービス
  4)地域支援事業
  5)介護保険サービスの質の確保と向上
 4.社会資源(柏木聖代)
  1)社会資源とは
  2)社会資源としての人材
  3)制度・サービス
   (1)介護保険制度によるサービス
   (2)障害者自立支援法による制度・サービス
  4)機関・施設
   (1)行政機関・相談等
   (2)介護保険施設サービス
   (3)社会復帰等施設

 索引

 ・事例集内容
  1.社会資源の活用・開発により,人工呼吸器を装着し在宅療養を継続した事例(野島あけみ)
  2.在宅ケアシステムにつながった事例(上野まり)
  3.人工呼吸器を装着し在宅復帰を可能にしたALSの事例(三戸部由喜子)
  4.長期間の在宅療養が予測される認知症療養者とその家族の支援(久保谷美代子)
  5.リスクマネジメントとしての褥瘡予防(矢口美恵子)
  6.独居認知症高齢者に対して社会資源を活用して支援した事例(河野智美)
  7.胃瘻造設,膀胱留置カテーテルを挿入して在宅療養をする人のケア(藤原泰子)
  8.サービス導入に消極的な療養者と介護に協力が得られない同居家族へのアプローチ(板垣昭代)
  9.療養者や家族の潜在力を引き出すことで変化した事例(栃木 清)
  10.24時間体制であるために在宅療養が可能になった事例(角田直枝)
  11.精神発達遅滞のある療養者へのターミナルケア ― 療養者と介護に非協力的な家族への関わりと多職種との連携(平沢由美子)