やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 新しく看護の道を目指して入学した学生の中には,まだ本当に看護の仕事はどのようなものかを理解せず憧れにも似た感情や,目的なしに看護を選んだという複雑な気持ちをもつ人がいると思います.このように看護について白紙状態の看護学生が,看護の重要性や看護は実際どのような仕事であるか,また看護を提供するためにはどのような基本的な知識が必要かを短期間で学習するのは大変なことです.1年次に学ぶ看護学概論がその役割を果たすものですが,わずかな期間の中で,学生がしっかりとした概念をもつに至るのは至難の技です.学生達の中には4年生になって初めて看護学概論がわかったとコメントをする人もいます.
 このような状況を改善するためには,看護教師は抽象的な概念や理論をいかに具体的にわかりやすく教えるか工夫することが必要ですが,難しい用語が羅列された情報過多の教科書では学生が内容を把握しきれません.ともすれば国家試験のために教科書の文章をそのまま丸暗記してしまいがちな学生の傾向に対して,本書は彼らの知的好奇心を刺激し自己学習により学びを深め,自らの看護観を築いていく,そうしたきっかけとなることを目指した看護学概論の教科書を目指しました.そのため,極力煩雑な説明を省いてできるだけ簡潔な記述を心がけ,また演習を適宜取り入れ,学生の積極的な探求心を刺激するように構成しています.
 Part1の序章では,ケリー(Kelly)の看護学の哲学的アプローチを参考にし概要(schema;シェーマ)を作成しました.学生がシェーマのコアを頭の中に入力(インプット)することにより,看護は何かという基本的な概念を理解し,次第にコアの外部へと広がりをもち,看護の全体像をイメージできるように工夫をしました.また,患者中心の看護の図(p.10)は,筆者自身が1960年代コロンビア大学ティーチャーズカレッジのネルソン教授の授業“Fundamentals of Nursing”の授業で教わった資料を使用しました.40年以上前に学んだ知識が現在の看護の世界でも通用するのを再確認し,ネルソン教授の偉大さを実感しました.
 さらに,本書の特徴の1つとして,後半で看護理論を大きく取り上げていることが挙げられます.看護理論は看護の基礎であり,実践の素地となります.現在,多くの看護理論が発表されていますが,実際に現場で活用できなければ理論としての意味がありません.また,今紹介されている多くの看護理論の中には完全に,また正確に解釈し理解することは困難な理論もあります.看護理論を自分の能力に応じて理解,解釈し,自分の哲学(philosophy)として変形し活用できればよいと思います.また,看護理論の学習をとおして理論と実践の関係について考え,実践の素地を形成し,さらに自らの看護観を養ってほしいと願います.
 そうした考えから理論の選択にあたっては現在の看護現場で活用できるものとし,また,前半と同様に記述は簡潔を心がけ,演習を追加して学生が自ら学んで身に付ける姿勢を育むように工夫しました.ロジャース(M.Rogers)の演習の資料は,青森県立保健大学のリボウィッツ(Leibowitz)教授が米国においてロジャースの研修会でいただいたものを提供してくださいました.そして筆者が自分なりに解釈,理解して活用したものです.
 学生が看護理論の醍醐味に気付き,将来,研究や看護理論の構築に興味をもつことを願っています.
 最後に,この看護学概論の作成にあたって協力してくださった先生方,医歯薬出版の担当者各位に感謝いたします.
 2005年3月
 ライダー島崎玲子
看護を知るために―本書の視点と特徴

Part1 看護学への導入
 序章 看護の哲学
  1.哲学とは何か(五十嵐)
  2.看護の哲学:探求(島崎)
  3.看護分析の接近法(島崎)
   1)形而上学的接近法 2)認識論的接近法 3)価値学的アプローチ 4)患者中心の看護 5)論理学的接近法(なぜ人間は研究するのか/問題解決と研究の相違)
 Chapter1 看護の歴史
  学習目標
  看護を学ぶ意義と姿
  1 看護史の発達過程(島崎)
   1.原始における看護
   2.古代文明における医療・看護
    1)バビロニア 2)古代ギリシャ 3)古代ローマ 4)古代インド 5)古代中国 6)神話にみる日本の看護
   3.中世の看護―宗教的看護
    1)カトリックの宗教的看護 2)仏教の宗教的看護 3)日本における仏教看護(飛鳥時代/奈良時代/平安時代/鎌倉時代/南北朝,室町桃山時代/日本の初期キリスト教看護)
   4.近代看護の樹立
    1)近代看護のめばえ 2)ナイチンゲールと看護 3)赤十字社の創立とその活動 4)米国の看護―専門職看護婦を目指して(近代看護教育のはじまり/職能団体設立/看護の高等教育化推進/米国の看護教育制度/看護制度改革提案)
   5.日本の近代看護の夜明け
    1)徳川幕府崩壊の因子(内的因子/外的因子) 2)明治政府の確立―日本の近代化,西洋化(国粋主義・軍国主義の台頭/明治憲法/女性の地位/女子教育) 3)看護教育の発足と近代看護の形成(キリスト教宣教師による看護教育/制度に関する規定/看護婦の業務/日清戦争での看護婦の従軍)
   6.日本の近代看護
    1)大日本帝国の崩壊と戦後改革(アメリカの単独占領/連合軍総司令部設立と厚生省/政治・経済・教育・社会改革/新憲法と憲法第5条の医療,看護への影響/教育改革) 2)看護改革(看護教育審議会設置/病院内の看護サービス組織改革/看護教育改革/保健所活動の徹底) 3)看護改革による現在の看護への影響 4)看護の新しい役割の要因と展望
  2 看護関係法の立法過程(田中)
   1)法律とは 2)わが国の立法過程 3)戦前の看護制度(産婆規則/看護婦規則/保健婦規則) 4)占領期の看護制度改革(保健師法案の廃案と保健婦助産婦看護婦法の成立/保健婦助産婦看護婦法/保健婦助産婦看護婦法の問題点と法改正の動き/保健婦助産婦看護婦法の改正,法律第147号の成立/旧規則看護婦と講習制度/看護制度に関する国会審議/講習制度の形骸化と法律第258号の成立) 5)戦後,保助看法改正の要点 6)看護師等の人材確保の促進に関する法律(人材確保法の立法前段階/政策問題の確認段階/人材確保のための政策課題の抽出と政策立案機関の設置段階/政策の立案と採択段階)
 Chapter2 看護実践に必要な主な諸概念
  学習目標
  看護,人間,健康,環境(木村)
  1 看護の概念(島崎)
   1.看護の意味
    (漢字/広辞苑/英語)
   2.看護の3要素
    1)看護知識と看護実践(看護の諸理論構築の前時代/理論構築の時代)
   3.看護の諸定義
    1)ナイチンゲールの看護の定義 2)ヘンダーソンの看護の定義 3)日本看護協会の看護の定義 4)米国看護師協会の看護の定義 5)国際看護師協会の看護の定義
   4.看護の役割と機能
    1)看護の本質的な機能(健康の保持,増進/疾病の予防と障害の防止/健康の回復/安楽な死への援助) 2)看護の協働的機能
  2 人間の理解(岡崎)
   1)人間の欲求の視点からの人間の理解(生理的欲求/安全と保障の欲求/愛と所属の欲求/自我の欲求/自己実現の欲求) 2)成長・発達の視点からの人間の理解(人間についての成長・発達理論) 3)基本的看護の視点からの人間の理解
  3 健康(岡崎)
   1)健康の概念(世界保健機関憲章の前文/健康にはレベルがあり連続体である 2)健康を保持する行動(健康行動/健康習慣/健康増進/健康政策)
  4 環境(社会)(岡崎)
   1)看護理論家の考え(フローレンス・ナイチンゲール/マーサ・E.ロジャース/シスター・カイスタ・ロイ) 2)家族とヘルスサポート 3)地域社会とヘルスサポート
 Chapter3 看護活動の場(藤本)
  学習目標
  1 医療の定義
  2 保健医療福祉チームと職種の役割
  3 保健医療福祉サービスの場
   1.医療施設
    1)病院 2)診療所 3)助産所
   2.病院以外の看護の場
    1)自宅-在宅医療,訪問看護 2)保健施設 3)福祉施設 4)その他
  4 看護体制・看護方式
   1)受け持ち看護方式 2)機能別看護方式 3)混合方式 4)チームナーシング 5)プライマリーナーシング
 Chapter4 専門職としての看護と教育
  学習目標
  1 専門職(小山)
   1.専門職とは
   2.看護専門職(nursing professin)とは
    1)ブラウン・レポートによる「専門職業看護師」の定義 2)日本看護協会基本文書にみる看護専門職の定義 3)日本看護系大学協議会学長・学部長報告にみる期待される看護専門職像(看護専門職が行う看護) 4)保健師助産師看護師法にみる看護専門職
  2 看護教育(小山)
   1.看護教育とは
   2.看護教育制度
   3.看護基礎教育
    1)看護基礎教育とは 2)社会の変化と看護師,准看護師学校養成所数の推移 3)看護系大学数の推移
   4.看護継続教育
    1)看護継続教育とは 2)卒後教育機関としての大学院数の推移 3)資格認定制度(専門看護師制度/認定看護師制度/認定看護管理者制度)
  3 看護倫理(岡崎)
   1)倫理および看護倫理とは 2)看護者の倫理綱領 3)患者の権利 4)インフォームドコンセントとアドボカシー 5)倫理的意思決定のプロセスと倫理的ジレンマ
  4 看護と法律(田中)
   1)医療法(目的/医療提供の理念/医師等の責務/定義/病床の種別とは/診療等に関する諸記録) 2)保健師助産師看護師法(目的/保健師,助産師,看護師,准看護師の定義と業務/欠格事由/免許の取り消し/特定業務の禁止/助産録の記載及び保存/守秘義務/業務従事者の届出) 3)看護師等の人材確保の促進に関する法律(目的/基本指針/国及び地方公共団体の責務/病院等の開設者等の責務/看護師等の責務/国民の責務/都道府県ナースセンターの指定/中央ナースセンターの指定)
  5 看護専門職団体の役割(小山)
   1.日本看護協会
   2.国際看護師協会
   3.国際助産師連盟
  ● 演習
   1 患者中心の看護(対象の理解)
   2 看護活動の場
   3 ディベート:看護職は専門職か否か
  ● 資料
   ディベート(debate;討論)
Part2 看護理論と看護過程
 Chapter1 看護理論の概要(島崎)
  学習目標
  1 看護理論の発達背景
  2 米国における看護理論と看護の専門職化
  3 看護概念と看護理論
   1)概念と理論 2)看護の概念とその枠組み 3)看護理論の意味 4)理論の重要性
  4 理論をどのように活用するか
   1)問題解決法(情報収集/アセスメント/計画/実施/評価)96 2)看護過程(マズローの理論/アブデラの理論/ヘンダーソンの理論)
 Chapter2 看護過程(岡崎)
  学習目標
  1 看護過程とは
   1)看護過程の歴史的概要 2)特徴 3)看護過程の構造 4)目的
  2 看護過程の構成要素
   1)アセスメント(看護に必要な情報/情報収集源とその方法/観察の枠組み) 2)看護問題の明確化:看護診断 3)計画立案(優先順位を決める/目標を設定する/看護介入とその方法を決定する) 4)実施 5)評価
  3 看護過程に必要な看護者の技能
   人間関係の技能/クリティカルシンキング
 Chapter3 看護の諸理論とその役割―初期に開発された看護理論―(島崎)
  学習目標
  1 フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)
   1)背景 2)主旨
  2 ヒルデガード・E. ペプロー(Hildegard E.Peplau)
   1)背景 2)主旨 3)看護の決定要因 4)看護師の役割 5)ペプローの論理的根拠(看護は治療的な人間関係の過程/人間の行動はニードの充足に向けられる/患者は学習者,看護師は教育的手段であり,成熟を促す力)
  3 ヴァージニア・ヘンダーソン(Virginia Henderson)
   1)背景 2)主旨 3)基本的ケアの構成要素
  4 フェイ・G. アブデラ(Fay G.Abdellah)
   1)背景 2)主旨 3)看護の概念:健康,看護問題,問題解決(健康/看護問題)
  5 アイダ・ジーン・オーランド(lda Jean Orlando)
   1)背景 2)主旨 3)看護過程の3要素(患者の言動/看護師の反応/看護師の活動)
  6 アーネスティン・ウイーンデンバック(Ernestirne Wiedenbach)
   1)背景  2)主旨(ニードの明確化/必要援助の実施/実施した看護活動) 3)看護理論(中核的目的/目的を達成するための処方/実情)
  7 マーサ・E. ロジャース(Martha E.Rogers)
   1)背景 2)主旨(ロジャース論の概念的枠組みの論理的根拠/人間と環境の関連性を説明する4つの積み木の仮説/ロジャースの理論:ホメオダイナミックスの原理)
  8 ドロセア・E. オレム(Dorothea E.Orem)
   1)背景 2)主旨(看護師の役割/看護観) 3)セルフケア理論の3つの構成因子(自己援助/自己援助からの逸脱/ 看護システム) 4)オレムの看護過程
  9 シスター・カリスタ・ロイ(Sister Callista Roy)
   1)背景 2)主旨 3)適応モデルの概念(人間/人間と環境と健康の関係/適応レベル/適応能力) 4)適応方法(生理的ニード方法/自己概念法/役割機能法/相互依存法) 5)看護活動と看護過程(第一次アセスメント/第二次アセスメント/看護診断,問題点/看護計画,あるいは到達目標/実施/評価)
 Chapter4 看護診断(島崎)
  学習目標
   1)看護診断の発達と診断の定義 2)看護診断使用への反応 3)看護診断の概念枠組み(人間:統合体/健康) 4)看護診断の分類 5)看護診断の活用をめぐって127
  ● 看護理論演習
   1 ナイチンゲール理論
   2 ペプロー理論
   3 ヘンダーソン理論
   4 オーランド理論
   5 ロジャース理論
  ● 資料
  看護過程