やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 社会福祉政策や福祉政策という用語が,最近ではかなりよく使われるようになった.こうしたテーマを冠した専門書もすくなくはない.社会福祉を政策面から見直そうという機運は,すくなくとも日常的な感覚で受け取るべきものではなく,社会科学としてのテクニカルタームという範疇でとらえるのが妥当であろう.
 かつて制度・政策論か実践論かといった,今となってみれば極めて不毛な議論の続いた時代が長く存在した.若い研究者にとって,そうした議論の存在自体も知らないという方も多くなってきているのではなかろうか.
 ただ最近感じるのは,政策論に関する専門書も,社会福祉の法と行政に関する制度及び組織の解説といった類で,それをもって政策論だというのは残念ながら的を射ているとはいいがたい.もちろん今更かつての不毛の議論にたちかえってみても,残念ながらなんら生産的な成果を引き出されてこないのもたしかである.
 かつて一番ヶ瀬康子氏は,自著において社会福祉は「制度・政策・運動」であると規定した.ところが「要求としての運動」が独自の展開をみることにより,運動論が社会福祉の中心的なテーマであるかのごとき様相を呈していたこともあった.制度や政策が十分に整備をされていない状況のなかでは,運動論的視点の展開はそれなりの意味をもちえたし,事実,要求運動が制度の前進を促したこともあった.しかし制度の拡充がなされ,欧米先進諸国にも比肩しうるような制度・政策の充実は運動論的社会福祉論に転換をせまることになるし,さらには社会主義体制の崩壊はこうした議論に完全に閉塞状況をもたらすことになった.かつて「教養としての社会福祉」を主張された時代もあったが,こうした思考も運動論によって一蹴されてしまった.
 今日,社会福祉政策や福祉政策が問い直されているといってもいいような状況は,政治的アリーナとしての社会福祉という問題意識に端を発するといってもよい.政治的アリーナとしての社会福祉という場合,政治過程論(Governmental Process)的分析の必要なことも主張しようとするものである.もちろん,今回の執筆は多数の研究者の協力によって刊行されるものである.それだけにすべての執筆者が政治過程論的視点をもって取り組んできたとはいいがたいのは当然でもあろう.これは他日を期することで了解が得られるならばと思う次第である.
 なにはともあれ,本書を世に問うことができるようになったのは望外の喜びである.本書は島津 淳氏の尽力があって陽の目をみることになったといってもよい.氏の尽力に感謝しつつ序文としたい.
 2003年2月
 執筆者を代表して
 原田克己

おわりに

 本書は,学生や医療・保健・福祉専門職を対象とし,「福祉政策論」のテキストとして,刊行された.福祉政策論は,学生や福祉専門職等にとって,なかなか修得しづらい科目として,世間一般では理解されている.本書は,そういった学生や福祉専門職等を対象に,現在,福祉をめぐる政策動向に焦点をあてて編集された.つまり,活きた材料で学べるよう工夫をした.また,制度の解説書としてではなく,政策について考察するとともに,今後の政策動向をも大胆に予測をしている.
 2000年4月,介護保険制度が施行された.介護保険制度の導入は,社会福祉基礎構造改革を呼び起こし,2003年4月,障害者支援費制度が施行される.介護保険制度は,2003年4月,要介護認定基準,介護報酬,介護保険事業計画等一部改訂されるが,2005年4月には,制度全般にわたって改正される.その全面改正の内容については,介護保険財政を強化するため,厚生労働省としては,20歳以上すべての国民から介護保険料を徴収するという方向性が打ち出されるものと思われる.介護保険財政は,保険料と公費の財源から半々で構成されているが,20歳以上すべての国民から介護保険料を徴収するということは,消費税の大幅アップが行われるものである.2005年度,障害者支援費制度を介護保険制度に吸収していくことは,介護保険財政を拡大することにつながる保険料20歳徴収,消費税アップによる公費拡大の制度上の素地を与えることになる.2003年度から社会保障審議会介護保険制度分科会がスタートするが,介護保険制度と障害者支援費制度の関係性は,そのなかで審議されるものとなる.
 現在,勤労者は所得の35%程度を税・保険料として徴収されているが,高齢社会の頂点に立つ2025年頃には,所得の55%が税・保険料として徴収されるものと予測されている.いま厚生労働省は,中福祉・中負担の政策を採っているが,2025年頃,高齢社会が頂点に立つ頃,福祉の水準と国民負担がどのようなものになるのかは,本書で書かれた社会保障構造改革をみていただきたく思う.遅々として進まぬ行財政改革と規制緩和だが,このままマイナス成長に日本経済が転落していくならば,決して未来は明るいものとはいえない.
 2005年度,障害者支援費制xを吸収した介護保険制度は,介護保険施設の制度上の一本化が進むものと思われる.少なくとも,介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)と介護老人保健施設の一本化が行われるものと思われる.これらの改革は,社会福祉法人の在り方にまで検討が至り,第二次社会福祉基礎構造改革を呼ぶものと考える.医療・福祉法人の誕生をも示唆するものである.この第二次社会福祉基礎構造改革では,当然,生活保護改革が行われることになる.障害者支援費制度を吸収した介護保険制度の行き着く先は,老人医療,老人保健を糾合した高齢者医療制度ということになる可能性もある.
 これから10年間は,激しく政策が動き,制度改革が行われるものである.福祉専門職の仕事の在り方も大きく変わるものと思われる.本書が少なからず,学生や医療・保健・福祉専門職にとって,「福祉政策論」を面白く学べる材料になれば幸いである.
 2003年2月
 島津 淳
 序文
 執筆者一覧

福祉政策とはなにか
 第1節 社会福祉をめぐる概況
 第2節 政治的アリーナとしての社会福祉
 第3節 社会福祉の政治過程
 第4節 社会福祉と市民の関わり
 第5節 社会福祉と政治の今後
社会福祉政策と福祉サービス
 第1節 企業の福祉サービス
 第2節 産業と福祉
 第3節 福祉の産業化と産業の福祉化
 第4節 社会福祉政策の理論的基盤
福祉政策史
 第1節 欧米の福祉政策の展開
   1.イギリスの福祉政策の展開
   2.アメリカの福祉政策の展開
 第2節 日本の福祉政策の展開
   1.戦前の社会事業政策の展開
   2.戦後の福祉政策の展開
社会保障制度-社会保障給付費の増大と国民負担率の抑制
 第1節 社会保障とはなにか
   1.社会保障の概念
   2.社会保障の範囲と規模
 第2節 社会保障の機能
   1.生存権の制度的保障
   2.生活と経済の安定
   3.所得の再分配
   4.連帯感の醸成と社会の統合
 第3節 社会保障給付費の増大と社会保障構造改革
   1.社会保障給付費の増大
   2.社会保障構造改革による対応
 第4節 社会保障構造改革の問題点と国民負担等をめぐる議論
   1.社会保障構造改革の問題点
   2.国民負担率の問題
   3.社会保障の国庫負担と公共事業費
高齢者保健福祉
 第1節 老人福祉法
   1.老人福祉法の概要
   2.老人福祉法の内容
   3.老人福祉法と介護保険法の関係
   4.老人福祉法の課題
 第2節 介護予防・生活支援事業と生きがい対策
   1.介護予防・生活支援事業と生きがい対策の経緯
   2.介護予防・生活支援事業の内容
   3.自立支援のための居住環境整備
   4.介護予防・生活支援事業と生きがい対策の課題
 第3節 老人保健・医療
   1.老人保健法
   2.老人保健制度の概要
   3.介護保険制度と老人保健制度の関係
   4.老人保健・医療の課題
 第4節 高齢者保健福祉施策の動向と今後の課題
   1.高齢者保健福祉制度改革の動向
   2.高齢者保健福祉施策の課題
介護保険制度
 第1節 介護の社会化と介護保険制度の経緯
   1.高齢者の現状と特徴
   2.要介護高齢者の増加
   3.介護負担と近年の高齢者福祉の政策動向
   4.介護の社会化と新介護システムの必要性
 第2節 介護保険制度の概要
   1.介護保険制度の理念と目的
   2.介護保険制度の特徴
   3.介護保健制度の概要
 第3節 介護保険制度をめぐる政策課題
   1.介護保険制度と自立生活支援
   2.介護保険制度の課題
   3.介護保険制度の展望
児童福祉と新エンゼルプラン
 第1節 児童を取り巻く諸問題
   1.児童の生活と今日的な児童福祉の課題
   2.児童の権利と児童の福祉
 第2節 児童福祉政策の法体系
   1.児童福祉の法体系
   2.児童福祉法
   3.児童福祉以外の児童福祉に直接関連する法
 第3節 少子化と子育て施策の推進
   1.少子化の原因と背景
   2.エンゼルプランと新エンゼルプラン
   3.少子化対策プラスワン(少子化対策の一層の充実に対する提案)
   4.少子化対策の課題
障害者福祉の契機と施策の現状・展開動向
 第1節 障害者福祉推進の契機となった理念及び計画
   1.障害者の権利宣言
   2.国際障害者年
   3.国連・障害者の十年-障害者に関する世界行動計画-
   4.アジア太平洋障害者の十年
   5.障害者対策に関する新長期計画
   6.障害者プラン-ノーマライゼーション7か年戦略-
   7.障害者基本計画
   8.国際障害者分類
 第2節 障害者福祉関連法と支援施策
   1.障害者基本法
   2.児童福祉法と障害児支援施策
   3.身体障害者福祉法と支援施策
   4.知的障害者福祉法と支援施策
   5.精神保健及び精神障害者福祉に関する法律と支援施策
 第3節 社会福祉基礎構造改革における障害者支援制度の転換課題と動向
   1.措置制度から契約制度へ
   2.支援費制度の目標
   3.支援費制度の仕組み
   4.支援費制度の対象となるサービス
   5.支援費制度の課題
生活保護と政策動向
 第1節 戦前の生活困窮者施策
   1.■救規則
   2.救護法
   3.戦時体制下の生活困窮者施策
 第2節 生活保護制度の確立
   1.公的扶助の原則
   2.旧生活保護法
   3.新生活保護法
 第3節 生活保護の概要
   1.生活保護の原理
   2.生活保護の実施原則
   3.保護の基準と種類
 第4節 生活保護の課題
   1.現代の家族と生活保護
   2.最低生活の保障と保護基準
   3.生活保護の適用範囲
福祉コミュニティと地域福祉計画
 第1節 福祉コミュニティの創造
   1.福祉コミュニティとはなにか
   2.福祉コミュニティの創造過程
   3.地域福祉の再構築
 第2節 地域福祉計画の理念とその立てかた
   1.地域福祉計画の理念と目標
   2.市町村地域福祉計画の指針と課題
   3.都道府県地域福祉支援計画の指針と課題
社会福祉法施行と基礎構造改革
 第1節 社会福祉基礎構造改革の背景とその目指すもの
   1.社会保障構造改革と社会福祉基礎構造改革
   2.社会福祉援助観の変化
   3.新世紀の社会福祉システムの構築
 第2節 社会福祉法改正のポイント
   1.法律名の改正
   2.目的の改正(第1条)
   3.社会福祉事業の推進(第2条)
   4.基本理念の改正(第3〜6条)
   5.社会福祉主事の任用資格要件の改正(第19条)
   6.社会福祉法人に関する改正(第6章)
   7.社会福祉事業に関する改正(第7章)
   8.福祉サービスの適切な利用(第8章)
   9.地域福祉の推進(第10章)
   10.用語の適性化
 第3節 社会福祉法と福祉サービスの政策・実践課題
   1.社会福祉法人の役割
   2.苦情解決の課題
   3.社会福祉協議会と地域福祉計画
   4.身体障害者福祉の課題
   5.知的障害者福祉の課題
   6.児童福祉の課題
福祉政策と財政・費用
 第1節 福祉政策の財政・費用に関する近年の動向
   1.財政構造改革の一環としての「社会保障構造改革」
   2.「社会福祉基礎構造改革」と福祉財政・費用
 第2節 福祉政策と自治体財政
   1.補助金制度と福祉政策
   2.地方交付税制度と福祉政策
 第3節 福祉サービスの供給体制と費用
   1.施設整備費の現状と課題
   2.福祉サービスと費用
 第4節 今後の展望
   1.地方分権と福祉政策
   2.福祉サービスの利用と費用負担
福祉の規制緩和と福祉サービス提供機関
 第1節 福祉サービス提供主体の拡大-規制の成立とその緩和に向かって
   1.福祉サービス提供主体の公的支配
   2.規制緩和への助走と民間活力の活用
 第2節 規制緩和の背景
   1.社会的変動
   2.措置制度の解体
   3.供給主体の多元化と行政の役割変化
 第3節 利用者選択方式への移行と提供主体の多元化-脱措置制度
   1.保育所利用方式とサービス提供主体
   2.介護保険方式とサービス提供主体
   3.支援費制度とサービス提供主体
第4節 規制緩和下における課題
   1.多元的供給主体下における公的責任
   2.提供主体の自律(性)
   3.サービス提供機関の規制緩和における課題
福祉マンパワー政策と・社会福祉専門職養成
 第1節 福祉サービスと福祉マンパワー政策
   1.福祉サービスにおける福祉マンパワー
   2.福祉改革のなかでの福祉マンパワー政策の動向
   3.福祉マンパワー政策と社会福祉専門職
 第2節 社会福祉専門職の資格制度
   1.社会福祉関係法における任用資格
   2.社会福祉士及び介護福祉士法
   3.精神保健福祉士法
   4.児童福祉法改正による保育士資格の新たな展開
 第3節 社会福祉専門職の養成と研修
   1.社会福祉専門職養成教育
   2.社会福祉専門職の現任研修
   3.社会福祉専門職養成・訓練の課題
医療・保健・福祉改革と・福祉政策の動向
 第1節 社会保障構造改革と福祉政策の動向
   1.21世紀福祉ビジョン-少子・高齢社会に向けて
   2.社会保障構造のありかたについて考える有識者会議報告
 第2節 介護保険制度施行と社会福祉基礎構造改革
   1.介護保険制度施行と政策課題
   2.社会福祉基礎構造改革
 第3節 規制改革推進3か年計画と福祉規制緩和
   1.規制改革推進3か年計画の策定と背景
   2.規制改革推進3か年計画と福祉
   3.社会福祉協議会の役割見直しと規制緩和
おわりに

 索引
 表紙・本文デザイン M's(杉山光章 )