やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序
 本書の初版「チームで取り組むせん妄ケア 予防からシステムづくりまでDVD付」が発刊されてから8年が経過しました.当時は先駆的な取り組みであった多職種チームによる介入や院内デイケアなどは,今では広く実践されるようになってきました.この間の診療報酬改定による「認知症ケア加算」「せん妄ハイリスク患者ケア加算」の新設は,急性期病院を中心にせん妄対策の組織的な取り組みを加速させたといえるでしょう.しかし,高齢者や認知症の人に多くみられるせん妄や転倒リスクへの対応の実際は,身体拘束に頼りがちであり,令和6年度診療報酬改定ではすべての医療機関に身体拘束最小化の基準が設けられました.一筋縄で解決しないせん妄の課題に対応していくためには,せん妄ケアの本質である「安心・安楽に過ごせるケア」を多職種が共通認識し,目の前の患者の個別的な治療やケアを考え,実践していくことが重要と考えます.そこで第2版では初版以降の研究知見をふまえ,せん妄ケアの本質を実現する看護ケアを主軸に,臨床でせん妄の治療やケアに取り組んでおられる方々に執筆いただき,より読者の具体的な実践に役立つように編者の期待を込めて構成しました.
 第1章は,せん妄ケアの課題と対策の全体像を概説し,医療機関でのせん妄対策システムの構築と運用プロセスについて具体例を示しました.組織として新たにせん妄対策に取り組む場合や,自施設の対策システムの運用を見直す際にも活用できると思います.
 第2章は,せん妄の基本的知識として,せん妄の病態や治療,ハイリスクケースの観察や判断のポイントについて述べました.
 第3章は,せん妄のアセスメントについて初版の内容を踏襲しつつ,新たなツールも紹介しました.初版の付録であった事例を用いたリスク因子のアセスメントやツール評価のDVD映像は,第2版ではWeb視聴できるようにしましたので,よりいっそう活用しやすくなると思います.
 第4章のせん妄ケアでは,せん妄ケアの原則,予防・発症時のケアとして患者が安心・安楽に過ごすための具体的なケア内容を述べました.せん妄ケアは,コミュニケーションや環境調整,基本的ニーズの充足などの日常生活支援に加え,患者が身体的・心理的・社会的ストレスをどのように感じて反応しているのかを観察し,対処することの重要性を強調しました.どれも日頃実践している看護ケアですが,それらがせん妄の予防や改善にどのような意味があるのかを今一度考え,振り返る機会になればと思います.
 第5章は,せん妄ケアカンファレンスの運用と具体例について新たに追加しました.せん妄ケアカンファレンスは,医療スタッフのせん妄ケア・スキルを底上げし,身体拘束をしない組織風土の醸成につながる機会であり,組織的な対策効果を上げる鍵になると考えます.各事例はカンファレンスのファシリテーターにとって,スタッフへの問いかけ方法,患者へのよりよいかかわり方や対応を導くヒントとして活用できると思います.
 第6章は,せん妄の体験について患者,家族,看護師の視点からどのようにとらえられるのかについて,文化人類学者の道信良子氏に執筆いただきました.せん妄患者や家族の視点に立ち,当事者の体験を深く理解することは,せん妄患者の言動の背景を推測し,真のニーズに即したかかわりやケアを考えるヒントになるでしょう.
 このたび第2版を刊行する機会をいただけたのは,初版を手に取り臨床でご活用くださいました多くの読者の皆様のおかげです.本書が臨床のせん妄ケアの向上と身体拘束最小化に役立ち,人々の尊厳と安寧が保たれた医療ケアが拡充することを願っています.引き続き,忌憚のないご意見をいただければ幸いです.
 最後に,執筆者の皆様には新たに原稿を書き下ろしていただき,また改訂にも快く応じていただきましたことに心より感謝申しあげます.そして,医歯薬出版の編集担当者の皆様には,改訂の企画・編集において細部にわたり丁寧に導いてくださいましたことに深く御礼申しあげます.
 2025年4月
 長谷川真澄・粟生田友子


第1版の序
 せん妄は高齢の入院患者などに多くみられる病態ですが,せん妄症状の判断が難しく,せん妄を発症してからの対応に偏りがちです.これまでの介入研究やガイドラインでは,せん妄リスクを予測し予防ケアを実施すること,標準化された評価ツールを使うこと,複合的な介入を行うこと,多職種チームでかかわることが効果的であるといわれています.一方,そのようなせん妄に関する知識を理解していても,実際の臨床の場で異なる専門職が協働してせん妄対策に取り組むのは容易ではありません.超高齢社会を迎えた現在,医療機関のせん妄対策は不可欠です.本書は,せん妄ケアを何とかしたいと思っている医療者の役に立つ教材をめざして制作したもので,以下の3つの章から構成しています.
 第1章では,医療機関におけるせん妄対策の全体像を示す内容として,チームづくり,システム化,組織基盤づくりについて述べます.組織としてせん妄対策に取り組む際のノウハウとして活用できると思います.
 第2章では,せん妄に関する基本的知識,リスクアセスメントやツールの使用方法,予防ケア,発症時ケアについて述べます.事例を用いたリスク因子のアセスメントに加え,付録のDVD映像をみてツール評価の演習が行えるようになっていることも本書の特徴です.医療スタッフの研修や自己学習にご活用いただける内容を含めました.なお,本DVDはJSPS科研費25463583(研究代表者:長谷川真澄)の助成を受け,看護師を対象とする教育研修に使用する目的で制作したものです.本書執筆以前に制作したDVDのため,一部表現が本書の内容と異なるところがあります.
 第3章では,せん妄ケアチームによる先駆的な取り組みを行っている病院でのチームづくりの実践例,チーム介入の事例,院内デイケアの実践例を紹介します.
 本書の内容は,これまで蓄積されてきた研究知見に基づきますが,組織改革という点においてはさらに研究を積み重ねていく必要があります.本書に対しても忌憚のないご意見をいただければ幸いです.
 本書の作成に多くの方々のご協力をいただきました.過密スケジュールにもかかわらず,本書のために原稿を書き下ろしてくださいました執筆者の皆様に心より感謝申し上げます.また,DVD制作では,日本語版ニーチャム混乱・錯乱スケールの翻訳者であり,DVDをともに監修した国立看護大学校の綿貫成明教授,せん妄スクリーニング・ツールの開発者である明治薬科大学の町田いづみ教授,株式会社メディカルビジョンの水野宏也さんと関係スタッフの皆様に大変お世話になりました.そして,本書の企画から長期間お待たせし,編集と出版に多大なご助力をいただきました医歯薬出版の編集担当者に深く感謝申し上げます.
 最後に,本書が医療機関のせん妄ケアの改善と向上に役立ち,医療を受けられる人々に尊厳と安寧をもたらすことを願います.
 2017年3月
 長谷川真澄・粟生田友子
 第2版の序(長谷川真澄・粟生田友子)
 第1版の序(長谷川真澄・粟生田友子)
第1章 せん妄ケアの課題と対策
 1 せん妄ケアの課題と対策の全体像(長谷川真澄)
    せん妄とは何か
    せん妄が及ぼす影響
    せん妄対策の全体像
    せん妄対策の目標と評価
 2 医療機関に求められるせん妄対策(山内典子)
    医療機関全体でせん妄対策に取り組む必要性
    せん妄ケアを充実させるためのシステムの運用
    患者の安全,尊厳と自律を守ること
    せん妄対策に対するアウトカム評価
第2章 せん妄の基本的知識
 1 せん妄とは(長谷川真澄)
    せん妄とは
    せん妄の病態
    認知症の人のせん妄
 2 せん妄の症状・発症経過(長谷川真澄)
    せん妄の症状
    せん妄の発症経過
    せん妄の類型
 3 せん妄の発症要因(長谷川真澄)
    準備因子
    直接因子
    促進因子
 4 せん妄のハイリスクケース
  (1)認知症(木島輝美)
    認知症の人のせん妄発症の実態
    リスク判断における観察/情報収集のポイント
  (2)脳卒中(原 明子)
    脳卒中患者のせん妄発症の実態
    リスク判断における観察/情報収集のポイント
    せん妄と高次脳機能障害の違い
  (3)手術後(鳥谷めぐみ)
    術後せん妄の実態
    リスク判断における観察/情報収集のポイント
    術前から始まる術後せん妄予防
  (4)クリティカル期(新山和也)
    クリティカル期にある患者のせん妄発症の実態
    リスク判断における観察/情報収集のポイント
  (5)薬剤性(高橋孝郎)
    薬剤性せん妄の実態
    せん妄の原因となりやすい薬剤
    注意を要するせん妄の原因となりやすい薬剤
  (6)がん終末期(伊丹久美)
    終末期せん妄の実態
    リスク判断における観察/情報収集のポイント
    終末期せん妄の治療・ケアのゴール
  (7)身体拘束(橋文香)
    身体拘束によるせん妄発症の実態
    身体拘束の弊害と悪循環
    身体拘束解除に向けたアセスメントとケア
 5 せん妄の薬物療法(石井貴男)
    せん妄に対する薬物療法の基本的な考え方
    せん妄に使用する薬剤
    せん妄の薬物療法中の観察のポイント
第3章 せん妄のアセスメント
 1 アセスメントからケアへの流れ(長谷川真澄)
    入院時
    入院中
    せん妄発症時
 2 リスク因子のアセスメント(長谷川真澄)
    入院時
    予防ケア実施中
    せん妄発症時
 3 せん妄のアセスメントツール(綿貫成明)
    ツールを用いる意義
    目的やケースに適した種類のツールを選択
 4 ツールを用いたせん妄症状のアセスメント(綿貫成明)
    ツールの評価方法
    ツール導入のポイント
 5 事例によるアセスメントの実際(綿貫成明・長谷川真澄)
    入院時のせん妄リスク因子のレビュー
    入院時のベースラインの評価
    手術後のアセスメント
    ツール評価結果のケアへの活用法
第4章 せん妄ケア
 1 せん妄ケアの原則(長谷川真澄)
    せん妄ケアの構成要素
    安心・安楽をもたらすケア
    直接因子の予防
    基本的ニーズの充足
    ストレスに対するケア
    危険行動への対応
    せん妄症状への対応
    家族ケア
 2 せん妄発症の予防のための基本ケア
  (1)安心・安楽をもたらすケア
   (1)安心できる関係性の形成(粟生田友子)
    「安心」のために必要な情報提供
    「安心」をもたらす関係性をつくる
    ストレスの少ない安心できる環境づくり
   (2)安楽な環境・日常性を取り込むケア(粟生田友子)
    環境としての医療者やケア提供者
    適度な視覚や聴覚の刺激の調整
    光や音の調整
    療養環境に日常性を取り込むケア
    Column 視聴覚機能の変調
  (2)直接因子の予防(粟生田友子)
    身体状態のモニタリングとアセスメント
    身体状態を良好に保つケア
  (3)基本的ニーズの充足
   (1)食・栄養(山下いずみ)
    せん妄発症による食べることへの影響
    せん妄予防のための食・栄養ケア
   (2)排泄(山下いずみ)
    排泄障害のアセスメントとケア
   (3)睡眠・休息(長谷川真澄)
    生活リズムを整えるケア
    ストレス軽減とリラクセーション
    睡眠導入薬投与時のケア
    Column 高照度光療法
   (4)清潔・整容(山下いずみ)
    せん妄発症時に清潔・整容ケアが難しくなる理由
    せん妄予防のための清潔・整容ケアのポイント
  (4)ストレスに対するケア(長谷川真澄)
    苦痛・不快症状
    医療者のかかわり
    環境
 3 せん妄発症時のケア
  (1)せん妄サブタイプに応じたケア(粟生田友子)
    過活動型せん妄
    低活動型せん妄
    混合型せん妄
  (2)危険行動への対応(山下いずみ)
    危険行動がみられたときの対応
  (3)せん妄症状への対応(長谷川真澄)
    妄想や幻覚症状への対応
    刺激になるものを使って覚醒を促すケア
 4 家族ケア(粟生田友子)
    患者のせん妄発症に伴う家族の反応
    せん妄を発症した患者の家族に対するケア
第5章 せん妄ケアカンファレンス
 1 せん妄ケアカンファレンスの運営のポイント(松田謙一)
    せん妄ケアカンファレンスの目的の明確化と共有
    カンファレンスのテーマに適した医療者の参加
    カンファレンスにおける看護師の役割
    ファシリテーターの役割
 2 せん妄ケアカンファレンスの実際
  (1)認知機能低下の徴候がある高齢者の事例(川村聡美)
    事例紹介
    カンファレンス参加者
    参加者の意見
    カンファレンスのまとめ
    ケア実施による患者の反応
  (2)身体拘束を回避した認知症の事例(川村聡美)
    事例紹介
    カンファレンス参加者
    参加者の意見
    カンファレンスのまとめ
    ケア実施による患者の反応
  (3)身体拘束を回避した誤嚥性肺炎の事例(山下いずみ)
    事例紹介
    カンファレンス参加者
    参加者の意見
    カンファレンスのまとめ
    ケア実施による患者の反応
  (4)がん終末期の事例(矢吹みどり)
    事例紹介
    カンファレンス参加者
    参加者の意見
    カンファレンスのまとめ
    ケア実施による患者の反応
第6章 「せん妄」の体験を理解する
 (道信良子)
    「せん妄」の体験
    「せん妄」になる
    「せん妄」をケアする
    Column 急性期病棟の看護師のせん妄ケア
    Column 死のスピリチュアリティ
    「せん妄」の体験に向き合う

 巻末資料