やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第4版に当たって
 2000年に介護保険法が施行されたが,その折,老人保健法の「全部改正」があった.地域リハビリテーションにかかわることでは,機能訓練事業の対象者から介護認定を受けた人を原則はすすとされた.この影響は大きく地域のリハビリテーション活動を変えることになった.このことについては,たびたび論じてきた.この書の中でも,介護保険法施行前後の全国アンケート調査を発表し,論評を加えてきた.介護保険法は2005年に見直しされ,6月22日に参議院を通過した.この中でさらに,老人保健事業における機能訓練事業は64歳以下と年齢が明確に規定され,65歳以上のものは介護認定を受けていようがいまいが,介護予防としてなされる事業はすべて地域支援事業として介護保険の枠組みでなされることになった.64歳以下の介護認定を受けていないものについてのみ,機能訓練事業がなされることになった.その意味では明確になったと言えるが,介護保険認定を受けていない障害者も65歳を過ぎると参加できないことになる.介護予防事業に参加すれば当然自己負担が生ずるし,その受けるサービスは法律で定まったものでしかない.たとえば,口腔ケア,フットケア,栄養指導,転倒予防訓練などである.
 「住み慣れたところで,一生いきいきと生きていく」ためには多くの支援が必要である.ことに障害をおうとか高齢で働くことがままならぬ人たちは,介護だけでなく全般的によほど生活が支援されなければならない.このたびの介護保険法改正で産まれた地域包括支援センターも,そのサービス内容はとても「包括」とはいえないちまちましたものである.
 最近筆者はつくづく思うのだが,国民は,国をはじめとする行政のすることに期待しすぎているのではないか,ということである.行政の考えは余りに画一的で,口で言うわりに地域性を無視している.三位一体などといって補助筋に替えて交付金としても,その内容に規制がかかっているのだから,ある意味ではもっと縛りが強くなったと言える.国民は自分の手で地域にあったものを作り出していかないと,高齢者を食い物にする悪徳事業者にやられてしまう.
 介護予防に関する一連の国の計画の杜撰さは見ていて情けない.一時,器械を使った筋トレ中心の事業を誘導するような姿勢がみられたが,いつのまにかそれを否定,本来平成18年度から行うべきものを20年まで経過措置をおいて様子を見るなど,きちっとした方向が見えないままに財務省に引きずり回されているとしか思えない.
 この原論は,常に地域リハビリテーションの本質を念頭においてまとめてきた.範囲は多岐にわたるが,そもそも筆者が茨城県立医療大学で学生の教材に使っていた資料をまとめたものである.その意味で実用書ではなく,筆者の個人的な意見が色濃く出ている.図表が多く,説明が少ないのもそのためである.これをもとに議論していただければいいとの思いがあるからである.そのようなことから自分の知らないことをことさら同列に並べるようなことはしていない.たとえば外国のことは,外国に住んだことがないので,ニュアンスを持って伝えることなど到底できない.だから紹介程度に留めた.
 これから迎える超高齢社会は人類未曾有の経験で,これで心配なしという教材などはない.自らが教材になるつもりで活動をする決意がいる.住民とて同じことで,この事態を深く学び,自らも資源になる努力が要る.資源とは人の役に立つということで,自分のことだけを考えていたのではもろとも地獄に落ちるだろう.専門職種にあるものはこぞって住民参加型のサービスを開発し,その活用を促すシステムを構築していかねばならない.そういう時代に突入したのである.
 平成18年3月
 茨城県立医療大学名誉教授
 茨城県立健康プラザ管理者
 大田仁史

はじめに
 「地域リハビリテーション」という言葉がようやく市民権を得るようになった.何をもって正式とするかは別として,厚生省(現在,厚生労働省)がはじめて使ったのは,おそらく地域リハビリテーション支援推進事業の検討が始まってからだと思う.日本リハビリテーション医学会では随分前から使われていた.しかしその定義はなく,当初は「地域とは何ぞや」といった哲学的な話から在宅での理学療法の方法論まで,ないまぜになった議論が展開されていた.しかもなお現在もマイナーな領域である.全国地域リハビリテーション研究会が発足したのは25年も前であったが,この会でも定義を明確にするにはいたらなかった.1991年に日本リハビリテーション病院協会(現在,日本リハビリテーション病院・施設協会)の地域リハビリテーション検討委員会が,今後変更されうることを前提に,それまでの多くの議論を集約するかたちで定義したものが現在では一般的になりつつあるように思う.
 たしかに「地域」と「リハビリテーション」の双方とも広い意味合いで使われてきた言葉であるので,合成された「地域リハビリテーション」をきちんと定義しようとするとなかなかむずかしい.そういう意味からしても,その落ち着き先はなお不透明かもしれない.ただ,ノーマライゼーションに向かってあらゆる領域の活動を包含していこうとする流れで整理しようとするのは,大方の了解するところではないかと思う.
 このような状況のなかで少子高齢社会を迎えてしまった.病院をはじめとして,施設,在宅の現場には具体的なリハビリテーションケアのニーズが高まる一方である.介護保険の導入と同時に「介護予防」や「リハビリテーション前置主義」といった新語も登場した.そのいずれも,理学療法や作業療法などリハビリテーション医療の中心的な技術を保健や介護の現場に導入しようとするものである.保健から始まって福祉の領域まで,確実にリハビリテーション医療で培われた技術が必要とされる時代になったのである.
 たしかに技術としてのリハビリテーションは急速に進歩した.しかし,よくよく現場をみてみると,急性期の医療においても福祉施設においても,また在宅サービスにおいても,リハビリテーションケア(リハビリテーション・ケアではない)の絶対量が不足している.もちろん専門職種が不足しているのだが,一方翻って考えてみると,リハビリテーションの思想・技術がまだまだ医療者,福祉関係者,一般に普及していないように思える.がんを予防するのと同じように寝たきりになることを予防する感覚が乏しい.人々の多くが,人間にふさわしいケアのなされないがんの末期と同じように,寝たきりの状態がいかに非人間的であるかを知らないのである.そして何より悲しいのは,悲惨な姿の寝たきりになることが十分防げることを知らないことである.
 21世紀は人権の時代ともいわれる.人権の反対の極は虐待である.つくられた寝たきりはまさに虐待である.ハビルス(habilus)の語源はラテン語で,適する,ふさわしい,という意味であることはリハビリテーションを学ぶ者はだれでも知 っている.これはまさに虐待のアンチテーゼである.リハビリテーションの理念は,疾病や障害,老衰などによって人から人間らしさを奪わない,すなわち虐待をしないという決意の表明ともいえる.この理念がすべての人々の常識になることを願う.
 どんな姿になろうとも人間が人間でなくなるわけではない.人間が人間であるために根本的に求められることは何か.それはかかわる者がその人をどれだけ人間としてみることができるかにかかっている.現在,リハビリテーションはそのことを医療の現場に厳しく問いかけている.保健や福祉の現場においても同様ではなかろうか.リハビリテーションの理念と技術は,保健・医療・福祉を含め生活にかかわるあらゆる領域に求められている.リハビリテーションケアという言葉が一般的に使われるようになることを期待したい.
 茨城県立医療大学の理学療法学科,作業療法学科,看護学科の地域リハビリテーション概論の講義用にノートを作った.500部ほど印刷したが不足してしまった.地域の課題は日々変わる.教材も柔軟に対応しなければならない.変革の時代には進んで時代を切り拓く考えも提示する必要がある.そのようなことを考えながら毎年自分で編集するのは正直しんどい.そのことを医歯薬出版の岸本舜晴氏に話したところ,私見を含めて論ずること,場合によっては毎年改変することも可能であるとの配慮をいただき,「原論」としてこの書を上梓することを勧められた.ご批判は大歓迎.繰り返し改定して論を深め,学生諸君に必要に応じ新しい原論を提示できればこんな幸せはない.
 平成13年盛夏
 大田仁史
 第4版に当たって
 第3版に当たって
 第2版に当たって
 はじめに
PROLOGUE
1.地域リハビリテーションとは
 (1)思想としての地域リハビリテーション
 (2)地域リハビリテーションの定義
2.地域リハビリテーション活動の基本
3.在宅リハビリテーションと病院(施設)内リハビリテーションの考えかたの整理
4.地域リハビリテーション活動の時代的流れ
5.制度にみられる地域リハビリテーション
6.保健事業としての機能訓練事業の重みと推移
7.介護保険法と介護予防
8.介護予防の手法とリハビリテーション医療
9.退院してから苦難のリハビリテーション
10.閉じこもり症候群の予防
11.終末期のリハビリテーション
12.地域リハビリテーションにかかわることなど
13.諸外国の地域リハビリテーション
 [付録]各種評価法等
 索引

 図1 医学の関心のベクトル
 図2 障害をおうと崩れる地域社会の縁
 図3 病期と医療の関心
 図4 CVA(脳血管障害)者の心身機能の経年的変化
 図5 情緒支援ネットワーク尺度(宗像)の経年的変化
 図6 地域リハビリテーションの概念
 図7 機能訓練事業および介護保険の対象者
 図8 機能訓練事業利用者の疾病の種類と施設数(重複回答)
 図9 都道府県リハビリテーション協議会,都道府県リハビリテーション支援センターおよび地域リハビリテーション広域支援センターの設置
 図10 地域リハビリテーション支援体制(茨城県)
 図11 今後の地域リハビリテーション支援体制
 図12 支援費制度のしくみ
 図13 機能訓練事業の流れと広がり
 図14 ライフタイムとリハビリテーションケアの階層性
 図15 機能訓練事業全国アンケート調査有効回答の推移
 図16 介護保険認定者の機能訓練事業利用状況
 図17 要介護認定の申請から認定まで
 図18 高齢者の介護保険等の制度とリハビリテーション医療の関係
 図19 介護予防という新しい概念とリハビリテーション医療の位置
 図20 介護保険下で介護予防に働く力
 図21 地域介護・福祉空間整備等交付金の仕組み
 図22 予防重視型システムへの転換
 図23 地域リハ推進支援体制と地域包括支援センターとの関係概念図
 図24 介護予防ケアマネージメント及びケアマネージメントの過程
 図25 国が示した介護予防図
 図26 介護予防と介護予防手法
 図27 高齢者の身体状況と体操の関係
 図28 Bランクの人の動作・行動の目標
 図29 孤独の殻を破るピアサポート
 図30 退院へのソフトランディングな移行
 図31 閉じこもり症候群
 図32 越えねばならぬこの一線(動作と行動の目標)
 図33 交通バリアフリー法
 図34 リハビリテーション医療・ケアの流れ
 図35 基本姿勢:守るも攻めるもこの一線

 表1 主な地域リハビリテーション活動等の年表
 表2 介護保険の改定
 表3 40〜64歳の人が対象となる特定疾病(厚生労働省)
 表4 認定状況の変化
 表5 要支援・要介護の高齢者増加(介護保険事業状況報告より)
 表6 入院時と退院後の支援内容
 表7 「閉じこもり」アセスメント(簡略版,厚生労働省,2000)
 表8 身体機能基本評価(大田・澤)
 表9 Barthel Index(BI)
 表10 障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(厚生労働省)
 表11 認知症高齢者の日常生活自立度判定基準(厚生労働省)
 表12 SDS:自己評価式抑うつ性尺度
 表13 QUIK:自己記入式QOL質問表
 表14 QUIK集計表
 表15 老研式活動能力指標
 表16 社会生活能力評価
 表17 在宅の中高齢者のSR-FAI標準値(白土瑞穂)
 表18 HDS-R:改訂 長谷川式簡易知能評価スケール
 表19 情緒的支援ネットワーク尺度(宗像恒次,澤修二により一部改訂)
 表20 家族介護負担調査票(浜村)
 表21 機能訓練事業評価表(大田)