やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 わが国における膵癌の罹患率・死亡率はともに増加しているが,症状が出た時にはすでに進行癌であることをしばしば経験する.それゆえ膵臓は沈黙の臓器ともいわれ,多くの臨床医や研究者が早期発見,早期診断のために日夜努力している.
 膵癌の診断には画像診断(CT,MRI,エコーなど)が必要不可欠であるが,術前の画像で膵癌を疑った病変が腫瘤形成性膵炎であった,という症例をまれに経験する.そのような症例はもちろん,その他すべての病変に対する治療方針の決定には,正確な画像診断と病理・細胞学的診断が必要であることはいうまでもない.
 現在,膵病変から組織や細胞診検体を採取する方法としては,ERCP下の膵液採取やENPDチューブ留置による膵液採取,近年増加してきたEUS-FNAによる膵腫瘤の穿刺吸引などが行われている.それぞれ長所,短所があり,膵液細胞診は画像診断では明らかな腫瘤がみられないような早期の上皮内癌の検出や,粘液(嚢胞)性腫瘍が適応とされ,EUS-FNAによる穿刺吸引細胞診は画像診断で膵腫瘤が疑われた場合などで行われている.膵液細胞診に関しては,一時期下火になっていたが,近年の早期膵癌発見のための手段,IPMNの診断手段として,その有用性が再評価されている.
 一方,EUS-FNAは欧米を中心に普及してきたが,2010年に保険適用となったことを受け,わが国においても普及し始め,膵癌診断の主流となりつつある.しかしながら,すべての施設で実施できるわけではなく,消化器内視鏡医の細胞診への理解,ROSEにみられるような細胞検査士の協力体制,検体処理法,細胞学的鑑別法などのように,解決すべき課題が数多く残っている.そのため,日本臨床細胞学会においても,学術集会のたびに,EUS-FNAに関するワークショップやパネルディスカッションが開催され,課題解決のための方策が議論されている.
 このような背景のなかで,EUS-FNAによる細胞診断を試行錯誤している施設やこれから始めようとしている施設でも,先進的に行っている施設と同様の結果を出せるようになることを目的として,本書を企画した.そして,現在の課題を真正面から見据え,第一線で活躍している消化器内視鏡医,病理・細胞診専門医,細胞検査士がそれぞれの専門分野での実践的な内容を詳細に記述した.また,正確な細胞診断を行うため,可能なかぎり多くの細胞像の写真を掲載した.とくに,内視鏡の操作,検体採取,検体処理,鑑別診断などにおけるちょっとしたコツや,病理・細胞診専門医や細胞検査士が知っておくべき事柄などは,正確な診断を得るために非常に有用な示唆を与えてくれることと思われる.また,EUS-FNAは膵癌診断にもっともよく利用されているが,それ以外の病変(胃粘膜下腫瘍など)に対する利用法にも言及した.
 本書によって,EUS-FNAによる細胞診断の質の向上が底上げされ,どこの施設においても標準的な診断結果が得られるようになることを期待している.
 最後に,出版にあたり格別のご高配をいただいた医歯薬出版(株)の関係各位に深甚なる感謝を申し上げる次第である.
 2019年9月
 廣岡保明
 序文
1章 EUS-FNA総論
 1.EUS-FNAの内視鏡的総論─内視鏡医の役割と責任─(中泉明彦)
  1 EUS-FNAの歴史
  2 膵癌診断におけるEUS-FNAと膵液細胞診の棲み分け
  3 内視鏡医は診療の指揮者である
  4 専門的知識と内視鏡技術・技能とその運用能力の必要性
  5 高度な医療によるリスクの増大とその対策
  6 他者への理解とチームワークの向上
  7 生涯学び続ける姿勢,研究活動と他者のオリジナリティの尊重
 2.EUS-FNAの細胞病理学的総論─病理医・細胞診専門医の立場から─(清水道生・永田耕治)
  1 対象病変,穿刺針
  2 rapid on-site evaluation(ROSE)
  3 病理医・細胞診専門医,細胞検査士の役割と責任
  4 細胞像,組織像を観察するうえでの注意点
  5 膵領域EUS-FNAC・EUS-FNABの報告様式とその細胞像・組織像
2章 EUSの適応,穿刺において内視鏡医,臨床医が知っておくべき事項
 (松本和也・淺田全範)
  1 EUS-FNAの適応・禁忌
  2 検査の進め方
   1)検査前準備(前処置,鎮静,使用機器準備)
   2)スコープ挿入
   3)EUS-FNA
   4)検体確認
  3 使用機器
   1)十二指腸鏡(コンベックス型内視鏡)
   2)穿刺針
   3)採取サンプル確認装置
  4 部位による穿刺の工夫
   1)膵臓
   2)消化管粘膜下腫瘍(SMT)
   3)リンパ節
   4)縦隔病変
  5 病理検査室との連携
   1)EUS-FNAの前に
   2)穿刺後の検体処理
   3)rapid on-site evaluation(ROSE)
   4)ROSEの後で
3章 実践的on-siteとROSE
 (稲山久美子・大久保文彦)
  1 on-site,ROSEとは
  2 EUS-FNA検査における正診率の向上のためのポイント
  3 ROSEの目的と利点,問題点
   1)ROSEにできること,求められていること
   2)ROSEの現状,問題点
  4 ROSEのおもな流れ
   1)標本作製
   2)迅速染色
   3)ROSEの前に知っておくべき正常・良性細胞
   4)迅速スクリーニングの手順,ポイントおよび判定方法
   5)検査の終了,再穿刺,限界
   6)結果判定報告(臨床との連携)
4章 EUS-FNA標本作製と実践的スクリーニング,判定方法
 (稲山久美子・大久保文彦)
  1 組織診標本作製と細胞診標本作製
   1)組織診標本作製
   2)細胞診標本作製
   3)標本作製のポイント
  2 実践的スクリーニング,判定方法
  3 症例アトラス
   膵臓穿刺
    膵管癌 /粘液を有する腫瘍 /IPMN由来の腫瘍 /自己免疫性膵炎(AIP) /過形成 /腫瘤形成性膵炎 /腫瘤形成性膵炎とPDAC症例の鑑別ポイント /膵神経内分泌腫瘍 /多発性内分泌腺腫(MEN)1 /腺房細胞癌(ACC) /腺・扁平上皮癌 /solid-pseudopapillary neoplasm(SPN) /パラガングリオーマ /退形成癌 /腎癌(RCC)膵転移例 /悪性リンパ腫
   縦隔
    縦隔リンパ節 /サルコイドーシス /結核症 /神経鞘腫 /転移性腫瘍
   腹腔内リンパ節
    悪性リンパ腫
   消化管粘膜下
    GIST /神経鞘腫(シュワノーマ) /平滑筋腫 /異所性膵 /グロームス腫瘍
   肝臓腫瘍
   後腹膜腫瘍
    脂肪腫(lipoma)
5章 EUS-FNAの診断において病理医・細胞診専門医が知っておくべき知識
 (清水道生・永田耕治)
  1 膵臓病変の病理組織学的分類
  2 充実性病変(solid lesion)か嚢胞性病変(cystic lesion)かの認識
  3 細胞診の判定報告
  4 浸潤性膵管癌の“いわゆる特殊型”およびmixed neuroendocrine─non-neuroendocrine neoplasm(MiNEN)
  5 EUS-FNAにおける膵臓以外の病変に関して
  6 コンタミネーション(contamination)
  7 ピットフォールに陥りやすい症例
6章 免疫染色・疾患に準ずる抗体(疾患に関連する抗体)
 (内藤善哉)
  1 検体の処理と免疫染色法の手技の実際(特に酵素抗体間接法)
   1)検体の処理
   2)代表的な酵素抗体間接法
   3)染色手技の注意点
  2 EUS-FNAで対象となる疾患と抗体
   1)EUS-FNAで対象となる疾患
   2)膵管癌
   3)ACN
   4)NENsとSPN
   5)悪性リンパ腫
   6)GIST
   7)混合腫瘍
   8)IPMN/PanIN,IPNB/BilIN,MCNs(mucinous cystic neoplasms)
7章 臨床医に伝わる報告書の書き方
 (三橋智子)
  1 EUS-FNAで採取された組織診の報告様式
   1)提出検体
   2)背景の記述
   3)組織検査申込書に記載されている標的病変の確認
   4)標的組織採取量の確認
   5)記載
  2 EUS-FNAで採取された細胞診の報告様式
   1)検体の適正・不適正
   2)判定区分
   3)所見(異型度など),ないしは推定診断名
  3 細胞診報告書の例
   1)臨床的にNETもしくはSPNを疑う症例
   2)臨床的にIPMN由来癌もしくは併存癌を疑う症例
  4 病理診断報告書の例
   膵IPMN由来癌疑い

 今後の展望(廣岡保明)
 索引