やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 日本は超少子高齢社会である.このような社会の高齢化によって疾病構造が変化したことから,健康寿命を延伸することが国家プロジェクトになっている.この取り組みの中核に要介護状態への対策があり,運動器疾患は要介護状態となる原因で最も多い2割強を占める.また医療費にしても,筋骨格系および結合組織の疾患が全医療費の7.6%(2兆1,647億円)を占め,循環器系の疾患,悪性新生物に続いて3番目である.運動器疾患を減らすことは,医療経済的な側面からも負担軽減につながる.
 運動器疾患の治療は,その予防も含めて,ほとんどが保存療法で行われ,その保存療法の主軸を担うのは理学療法士である.理学療法は,病理学的および構造学的な変化そのものの改善ではなく,運動と動作の修飾および身体活動のコントロールによって症状の改善に介入するものである.しかし,疾患や症状の病態を深く理解することなくして,最善の理学療法を行うことは困難といえる.そこで,本書では理学療法の対象となる運動器疾患を網羅し,各々を「病態」と「理学療法」の2つの項から構成した.
 「病態」の項では,理学療法を行ううえで理解しておくことが望まれる基本的な病態に加えて,関連する最新の知見も記述した.そのため,読者によっては馴染みのない内容もあり,各人が行っている理学療法と乖離しているように感じられるかもしれない.しかし,医学の展望の方向性を考えると,理学療法の対象は,現在の臓器や個体から,将来的には分子・細胞・組織にまで拡がると考えられる.本書に記述した内容は,その先?となることを期待している.ただし章によっては,臓器や個体での病態の記述に留まっているものもあり,全体としての統一感をもたせることができなかった.これは病態の解明に関わる研究の進展に依るところも大きい.本書のなかに,理学療法の未来を見据えた息吹を感じてもらえれば幸いである.
 「理学療法」の項は,統一性に配慮し体系化されていることを感じてもらえると思う.日本に理学療法士が誕生して50年が経過し,日本独自の理学療法の型もしくはパラダイム(規範)が構築されつつあることの証であるといえる.一方で,世界に目を向けると,エビデンスのない治療はそれ自体の存続はもちろんのこと,保険算定の対象外にされる方向にある.そこで本書では,可能な限り『理学療法診療ガイドライン 第1版』(日本理学療法士協会)に準じて,検査・測定・治療に推奨グレードやエビデンスレベルを付記した(次々頁参照).ただし,エビデンスのみにとらわれることなく,経験的に有効性が示されているものについてもあえて記述した.これは,エビデンスが時代によりその結論が変遷する,あくまでも現時点での研究成果であるからである.
 なお,本書では「障害」という用語の使用を避けた.これまで,日本の医療,法律,行政,マスメディアなどでは,impairmentsもしくはdisabilityを便宜的に「障害」と訳してきた経緯があるが,英語の語源からは「損傷,外傷」の意味あいがある.さらに,「障害」はあまりにも広範に使われているため,「損傷,外傷」だけで置き換えることはできない.そこで「障害」に代わる用語として,“機能不全”や“機能低下”などを状況に応じて使い分けた.私たちは学生時代の教育に強い影響を受け,学習した知識・技術,用語などを批判的に内省することもなく,当然のこととして臨床現場や論文などで活用することが多い.しかし,理学療法・リハビリテーションに関する「知と技」および倫理学・哲学は,研鑽によって時代の要請に応えるべく,常に再創生されることが望まれる.それは,専門職・プロフェッション・professions(各専門職の裁量権を使うにあたり対象者に最善の帰結をもたらすことを最優先することを誓うとの意味)の使命を果たすことである.
 2015年12月
 監修 奈良 勲
 編著 森山英樹・木藤伸宏
第1章 変形性関節症
 1.変形性関節症の病態
  総論/正常関節軟骨の形態と機能/変形性関節症の誘因/変形性関節症の軟骨の変化
  変形性関節症の運動学・運動力学的変化/変形性関節症の発症・進展の分子メカニズム
 2.変形性膝関節症に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/理学療法検査・測定/理学療法治療
  人工膝関節置換術後の理学療法/理学療法の課題
 3.変形性股関節症に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/理学療法検査・測定/理学療法治療/理学療法の課題
第2章 骨折
 1.骨折の病態
  総論/骨の形態と機能/骨の構成成分/骨の発生と成長/骨折の治癒過程
 2.上肢骨折に対する理学療法
  総論/一般的な治療原則の概略/理学療法検査・測定/理学療法治療
  上腕骨近位端骨折に対する理学療法の課題
 3.下肢骨折に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/大腿骨近位部骨折の発生状況とリスクファクター
  理学療法検査・測定/理学療法治療/大腿骨近位部骨折に対する理学療法の課題
 4.脊椎骨折に対する理学療法
  総論/一般的な治療原則の概略/理学療法検査・測定/理学療法治療/理学療法の課題
第3章 肩関節疾患
 1.肩関節疾患の病態
  肩関節周囲炎/腱板損傷/肩関節の形態と運動
 2.肩関節疾患に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインおよび一般的な治療原則の概略/理学療法検査・測定
  理学療法治療/肩関節周囲炎と腱板損傷に対する理学療法の課題
第4章 腰椎・腰髄疾患
 1.腰椎・腰髄疾患の病態
  総論/正常腰椎の解剖と運動学/腰椎の加齢による変性/各疾患の病態
 2.腰椎・腰髄疾患に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/理学療法検査・測定/理学療法治療/理学療法の課題
第5章 頸椎・頸髄疾患
 1.頸椎・頸髄疾患の病態
  総論/頸椎・頸髄の構造とその機能/病態/治療
 2.頸椎・頸髄疾患に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/理学療法検査・測定/理学療法治療/理学療法の課題
第6章 膝靭帯・半月板損傷
 1.膝靱帯・半月板損傷の病態
  総論/正常靱帯の構造・成分・機能/正常半月板の構造・成分・機能
  損傷後の病態変化および分子メカニズム
 2.膝靱帯・半月板損傷に対する理学療法
  総論/診療ガイドライン・一般的な治療原則の概略/膝靱帯・半月板損傷に対する手術療法
  理学療法検査・測定/理学療法治療/前十字靱帯再建術後の理学療法
第7章 足関節靱帯損傷・アキレス腱断裂
 1.足関節靱帯損傷・アキレス腱断裂の病態
  総論/正常足関節およびその靱帯・アキレス腱の解剖
  足関節靱帯損傷・アキレス腱断裂の病因と症状/靱帯・腱の再生
 2.足関節靱帯損傷・アキレス腱断裂に対する理学療法
  総論/診療ガイドライン・一般的な治療原則の概略/理学療法検査・測定
  理学療法治療/理学療法の課題
第8章 脱臼・動揺関節・関節不安定性
 1.脱臼・動揺関節・関節不安定性の病態
  総論/各関節における関節不安定性
 2.脱臼・動揺関節・関節不安定性に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインと一般的な治療原則の概略/理学療法検査・測定
  理学療法治療/理学療法の課題
第9章 テニス肘・野球肘
 1.テニス肘・野球肘の病態
  総論/肘関節の正常解剖・構造/発生機序/修復過程
 2.テニス肘・野球肘に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/理学療法検査・測定
  理学療法治療/手術療法/理学療法の課題
第10章 関節リウマチ
 1.関節リウマチの病態
  総論/滑膜の形態と機能/関節リウマチの疫学と誘因
  関節リウマチの発症・進展の分子メカニズム/関節リウマチの診断と評価
  関節リウマチの治療/おわりに
 2.関節リウマチに対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/関節リウマチに対する理学療法の基本的な考え方
  理学療法検査・測定/理学療法治療/理学療法の課題
第11章 脊髄損傷
 1.脊髄損傷の病態
  総論/脊髄の構造と機能/病態
 2.脊髄損傷に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインの概略/理学療法検査・測定/理学療法治療/理学療法の課題
第12章 末梢神経損傷
 1.末梢神経損傷の病態
  総論/末梢神経の形態と機能/末梢神経損傷の病態像・発生機序
  末梢神経損傷の修復メカニズム/末梢神経損傷後の神経再生における問題点
 2.末梢神経損傷に対する理学療法
  総論/診療ガイドラインと一般的な治療原則の概略
  理学療法検査・測定/理学療法治療/理学療法の課題