やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近年,認知症やてんかん,睡眠時無呼吸症候群などの疾病に起因した交通事故が頻発し,社会的注目を集めている.このなかには,適切に疾病をコントロールしていれば,安全運転が可能であったものも少なくない.脳卒中患者は,高血圧,糖尿病,高脂血症などを適切にコントロールする必要がある.さらに,脳卒中後には麻痺や失調,感覚障害,失語症,高次脳機能障害など多彩な障害が生じるが,生じる障害やその重症度も患者ごとに異なる.さらにてんかんのリスクや,視野障害など新たな医療的管理も求められる.そのため,脳卒中患者をどのように評価,訓練したら安全に自動車運転を再開させることができるのかについては,長年手つかずの領域であった.
 しかし近年,脳卒中患者を適切に評価,訓練することで安全に自動車運転を再開できるという報告が増加し,リハビリテーション領域では急速に関心が高まっている.そのため,多くの教育講演やシンポジウムが各学会で開催され,各地域で研究会も立ち上がっている.さらに,障害者の自動車運転に関する成書もいくつか発刊されてきた.しかしその大きさはコンパクトとは言い難く,臨床現場に持ち運ぶには不便な点があった.
 そこで今回,臨床現場に携帯しやすいサイズで,『脳卒中後の自動車運転再開の手引き』を発行することができた.執筆者の選定にあたっては,新しい分野であり,まだ多くの未解決な課題も残っているなか,精力的に臨床活動を行っている方々にお願いした.お忙しい時間のなかで,編者の意図をご理解いただき大変わかりやすく,ハイレベルでコンパクトにまとまった玉稿をいただくことができた.この場を借りて御礼申し上げる.
 リハビリテーション領域において,脳卒中患者の自動車運転は安易に許可するものでも,一概に禁止するものでもない.適切に疾病コントロールがなされたうえで,リハビリテーションにより安全運転ができるまで身体機能,高次脳機能を高め,運転免許センターにて適性相談・適性検査を受検するというプロセスをつくることが重要である.また,道路交通法をはじめとした法的知識は運転再開支援には欠かせない.運転再開支援は職種の垣根を越えたアプローチが重要である.未解決のことばかりであるが,本書が脳卒中患者の自動車運転再開支援の手引きになり,安全な交通社会復帰への一助となることを希望する.
 2017年10月
 武原 格
 一杉正仁
 渡邉 修
1.脳卒中患者の運転再開支援の重要性と最近の動向
 (武原 格)
 column 障害者の自動車運転者の推移(高相真鈴)
2.道路交通法の理解
 (一杉正仁)
 column 医師による公安委員会への届出制度(高相真鈴 一杉正仁)
3.疾患の管理と自動車運転
 (一杉正仁)
 column 自動運転車について(松井靖浩)
4.薬剤と自動車運転
 (一杉正仁)
 column 当初アドヒアランス不良であった症例(山嵜未音 福田祐子)
5.運転再開の流れ
 (武原 格 井上裕之)
 column 自動車運転に関する指導と診療報酬(武原 格)
6.運転にかかわる身体機能
 (廣澤全紀 平野正仁)
 column 自動車改造の注意点(武原 格)
7.運転にかかわる高次脳機能
 (渡邉 修)
 column わが国の高次脳機能障害者の実数(渡邉 修)
8.運転にかかわる神経心理学的検査とその解釈
 (渡邉 修)
 column 障害者の運転と自動車に関する保険(井上拓也 一杉正仁)
9.病院における自動車運転再開支援の実例
 (牛場直子 大山祐子 大場秀樹)
 column 事故が起きた際の主治医の責任(馬塲美年子)
10.自動車教習所との連携
 (渡邉 修)
 column 障害者マークについて(武原 格)
11.運転再開に向けた家族教室の実際
 (藤田庸子 松尾温子)
 column 家族教室でのQ&A(藤田庸子 松尾温子)
12.職業運転再開に向けて
 (井上拓也 大場秀樹)
13.症例報告
 (山嵜未音 福田祐子 渡邊志保美 尾森優太)
 (1)若年軽度脳損傷ドライバーへの復職支援を行った症例
 (2)運転再開の際に複視の判断に迷った症例
 (3)長期的な家族による支援により運転再開となった症例

 索引