推薦の序
dysarthria臨床を総括する本である.本書の約7割を「評価・診断」と「リハビリテーション(以下,リハとする)」が占め,臨床の標準(standard)を提案する著者の意図が溢れ出ている.
まず第1章ではdysarthriaの本質を示し,ST存在の意義と在り方が説かれ役割がスッと頭に入ってくる.次いで2章分にわたって発声発語の構造・機能・統御系などの生物学的基盤や音声学などを解説し,コミュニケーション(以下,com.とする)とその障害理解の基礎になる必須知識を広くまとめて示し,読者の関心を喚起している.
第4章は実践への導入である.患者を受け持ったら順序よく洩れなく実践を進めたい.評価に始まり診断(鑑別),そして訓練を含む患者マネジメントにいたる臨床業務の総体を示し,診療開始時の設計図としてよい舵取りとなっている.
次いで実践に入る.リハを正しい方向に展開するには,障害をもつ患者をtotalに理解することが欠かせない.第5章では病歴聴取,患者観察,全身状態やリスク管理の指摘を通じて患者のニーズ,問題点の在りか,配慮事項などを浮き彫りにし,診ていくうえで実に多くを気づかせてくれる.患者に直面するSTの感性を磨き,力強く次のステップ(評価)へと後押しする.特に経験の少ないSTにはかけがえのない必修内容である.
そして専門職の本領を発揮する評価・診断の実際に入る.音声言語臨床のクライマックスである.診断とは,症状・異常の原因・要因を突き止め障害の本質や性格を明らかにすることであり,その結果として最も有効な対処法を導き出し,予後を推測する過程である.dysarthria症状とそれを引き起こす直接および根本の原因・要因との因果関係を論理的に解明して症状発現機序を明確にしたうえで,その原因・要因に働きかけ改善・回復を図るのが言語病理学の徒であるSTの普遍的な目標である.STの本質であり専門性の核心である.
その第一歩が第6章で述べられる音声症状の包括的な採取である.音声課題とその分析に始まり,音声行動の特徴,観察事項,診かたなど,系統立てて多角的に説明している.音声の広さと深みをダイナミックに捉えプロとして体得したくなる内容である.そして症状の直接原因は末梢発声発語器官の運動異常であるが,その特徴・性格は神経・筋系の病変部位により異なる(根本原因).これらの原因の追及は以下の2つの章で解説される.第7章は顔面口腔領域の感覚・運動の観察と神経機構の病態との関連を説明し,第8章で言語病理の探求過程が完結する.すなわち,脳神経・筋疾患の神経病理と徴候を説明し発声発語運動に関連づけ,運動異常が各々に特徴的なdysarthriaの類型分類にいたる.そしてアプローチの原理を含む訓練指針が類型ごとに決まる.言語病理の理解が訓練の実質を担保することを心に刻み,チャレンジする内容である.
このあと一転して読者を臨床場面に引き戻し,リハ実施の準備に向かわせる.第9章では発声発語の能力と関連する能力を入念に規定し,Keyとなる訓練の実施内容を示唆して,発想は斬新である.そして第10章は音声言語評価と鑑別診断を整理し,リハ方針策定につなげる手順をまとめ実際的である.以上,評価・診断の過程が大きな枠組みの中で,個々にはsmall stepで解説され,細部に理解が導かれ飽きない.真の専門家への学習が充たされる第6章からの記述は著者の真価が発揮されて圧巻である.
リハの実施はgoalを見通した実施プランを早期に設計することから始まる.第11章では治療戦略,ゴール設定などを確認しリハ開始の準備が整う.そして第12章では訓練・指導の枠組みと運用要領をきっちりと設定し,ともすれば合理性や最適化の意識が薄れがちになる訓練実施に対する綿密な実施指南になっている.訓練の実際は明快に基礎訓練と実用訓練に分け,それらの実施原則,目標課題,刺激反応様式から臨床スキルやセッションにいたるまで周到に記述している.行為の1つひとつに重要な狙いや意味・意義を感じ取り,客観視してmonitoringすることまでを求め,訓練者の思考と実践を緻密にする.訓練学全般の進歩を押し上げる力を感じ圧倒的である.
最後に,訓練の詳論に入る.第13章は基礎訓練で,呼吸から構音にいたる生理学的過程の感覚・運動機能回復を図り,可能な限り発語レベルを高めることが目的である.多彩な内容を合理的に組み立て訓練向上に役立つ.付言するとすれば,筆者は最重度に対する訓練法開発を期待したい.
そして第14章の話し方の実用訓練では,すべての訓練の目標は“実際のcom.場面での話す能力の発揮”であるという単純明快な目標を改めて強く思い知らせてくれる.「話すことは全脳を使った行動である」は名言でこれに通じる.豊富な訓練経験とcom.に対する深い理解の努力がもたらした著者のリハを貫く信条を具現しており,まさにSTの目標とするところである.読者の共感が得られよう.熟読を勧めたい.
これら4章分の内容から得られる最大の収穫は,STに心の余裕を生み,患者に臆することなく立ち向かう勇気を与えてくれることであろう.患者に直面する時,自身の行為の目標,目的,狙いそしてgoalへの道筋に確信がもてるようになるからである.
補足の第15章は研究実績を紹介しながら,研究成果の可能性とその実践に導く期待を込めた著者の意図であろう.音声言語障害学確立のためである.
以上,本書は「臨床の方法」を総合的に理解させ,標準STに丁寧に導く.ST行為の確固とした構想と枠組みの下,狙い,着眼点,発想,意味,解釈,実技,実践の内容が多彩に広がり,新たな発見に得心することが多々ある.私は治療学をこれほど系統的で合理的に,しかもわかりやすく記し,学術性と専門性(実用性)を兼備した本に巡り会っていない.しかも目くるめく気づきと発見の連続で喜びすら感じる.そのワクワクの期待感と,時にユーモアも混じり読み進めのmotivationが高まり,捗る.これには図表の多用,Note(コラム)の儲けものの知識やヒントなど理解や整理を助ける工夫,英語用語の併記による定義の明確化などとともに,文献の配置,割り付けなど読みやすさへの編集熱意も寄与しているはずである.そして臨床を知的展開として楽しく感じさせるコツ「毎度think!」を体得させてくれ,臨床にすんなり入れるので新人ST必読の書である.中堅・ベテランには対象へのアプローチが柔軟に拡大するstretch効果で新鮮になる.是非,座右に備え重宝してほしい.
最後に,言語聴覚士は「音声言語」全般の専門家である.評価・訓練の実践だけでなく学問として科学的体系化の役目もある.本書は「音声言語」領域の豊饒ともいえる広がりを示し,音声言語科学の大きな可能性を改めて知らしめ意義深い.著者は紛れもなくST界の未来を明るくリードする人材である.1つの到達点に達したが“そこには上がある”ことを銘記して学問の高みにさらなる精励を望みたい.
2017年3月
元国立身体障害者リハビリテーションセンター学院長・病院長
柴田貞雄
序文
企画への経緯
スピーチ・セラピストが病院で出会う人たち(患者)の多くは,話すことがうまくできない.その中でも,神経系の疾患や状態が,話すことを困難にさせるのが,dysarthriaである.本書では,その原因と結果を明示するために,「神経原性発声発語障害」と名づけた.
2004年に米国・メーヨー・クリニックのJoseph R.Duffy著“Motor Speech Disorders”の日本語版を世に出すことができた.その後に,dysarthria患者を診る機会も増え,本に記された内容の深さに感じ入り,条件設定を工夫した音声課題をつくり,リハビリテーションの方法もいろいろと試行した.スピーチ・セラピストの養成教育に長く携わり,実習指導や実際の臨床をみる際に,現場のセラピストたちが「dysarthriaをどう診るのか」に手を焼いている印象をもった.マニュアルではない“臨床書”をつくりたい,2012年に医歯薬出版に企画を提案し,5年後,ついに本書を上梓するにいたった.
企画への思い
米国の大学院(修士課程)を修了し帰国して,福井医療技術専門学校(現 福井医療大学)で教鞭をとりながら,隣接の福井総合病院で臨床経験を積むことができた.中学生のI君,小脳出血で入院,ドタンバタンと歩き,爆発的な声と断綴的発話が特徴的であった.高齢のS氏,パーキンソン病で,きざみ足の歩行,発話は後半に加速して不明瞭となっていた.臨床で出会ったdysarthria患者に何をすればよいのか,当時の私は診かたも知らず,全く手が出せなかった.
日本の各地での教育・研究と臨床経験は,かけがえのないものであった.出会った先輩,同僚や後輩,患者には,多くを教えていただいた.dysarthria患者を診る機会にも恵まれ,音声科学や神経学をもとに,身体と発声発語の観察から,その背景を考えること(毎度Think!)を実践した.困っている患者に対して,病態を踏まえた治療・リハビリテーションを提供すべきと考えているが,音声言語医学の進歩と普及は十分ではない.本書はdysarthriaの診かたとリハビリテーションを記したもので,読者の臨床のお役に立てば幸いである.
本領域の展望
音声言語障害は,基礎となる音声科学・脳科学・神経学の知識の進歩,臨床の知の蓄積により,その理解と評価・治療の向上が期待されている.話すことの複雑さは,音読や復唱で明瞭な音声が,自発話では不明瞭になることからも窺い知ることができる.本書では,仮説として次の図式を提示した:発話=発語運動×(言語・認知機能).訓練でうまく話せても自発話ではダメでは,実用には結びつかない.言語・認知への働きかけを含めた伝達スキルの向上まで面倒をみることが,セラピストの務めである.
臨床の進歩には,基本となる診かたのくり返しと,観察眼の熟成,臨床の知の蓄積が大切である.音声課題は,条件設定により異常所見を引き出し,感度の高いアウトカムとなるはずである.音声所見は,神経疾患の診断に寄与する可能性がある.リハビリテーションは,うまく動かせない身体を動かすことであり,感覚と運動の理解,感覚刺激の導入は,今後の研究の進歩を待ちたい.セラピストの工夫で,現実的な方法が示されるだろう.
謝辞
埼玉県所沢市の国立身体障害者リハビリテーションセンター学院に柴田貞雄先生を訪れたのは1982年の冬で,スピーチ・セラピーの魅力を聞き,進学することに決めた.米国留学,就職,学会で,柴田先生には励ましをいただいた.音声言語医学の大先輩である先生に,本書を丁寧に読んでいただき,過分のことばまで頂戴した.心から感謝をしたい.
米国のカンザス大学大学院では,修士・博士課程の通算8年間,音声言語病理学とその関連領域を学んだ.指導教授のJohn F.Michel先生(故人)には,発声の原理やコントロールについて説明を求められた.ヒト行動を条件次第として捉えることを研究指導の中で教えられた.応用コミュニケーション科学研究室(ACSL)のKim Wilcox先生(現 カルフォルニア州立大学リバーサイド校学長)には,音響音声学の基本を教わり,Phonetics LAB ProjectでのTA採用で,下手な英語で音声学を教える経験も積ませていただいた.音声言語病理学について多くの教えを次の世代に伝えることが,恩師への礼であろう.
最後に,長年の学生生活,留学,仕事,生活を支えてくれた両親,そして本書のイラスト作成にも手を貸してくれた家族に,心から感謝を伝えたい.
2017年3月
京都学園大学 健康医療学部 言語聴覚学科 教授
苅安 誠
dysarthria臨床を総括する本である.本書の約7割を「評価・診断」と「リハビリテーション(以下,リハとする)」が占め,臨床の標準(standard)を提案する著者の意図が溢れ出ている.
まず第1章ではdysarthriaの本質を示し,ST存在の意義と在り方が説かれ役割がスッと頭に入ってくる.次いで2章分にわたって発声発語の構造・機能・統御系などの生物学的基盤や音声学などを解説し,コミュニケーション(以下,com.とする)とその障害理解の基礎になる必須知識を広くまとめて示し,読者の関心を喚起している.
第4章は実践への導入である.患者を受け持ったら順序よく洩れなく実践を進めたい.評価に始まり診断(鑑別),そして訓練を含む患者マネジメントにいたる臨床業務の総体を示し,診療開始時の設計図としてよい舵取りとなっている.
次いで実践に入る.リハを正しい方向に展開するには,障害をもつ患者をtotalに理解することが欠かせない.第5章では病歴聴取,患者観察,全身状態やリスク管理の指摘を通じて患者のニーズ,問題点の在りか,配慮事項などを浮き彫りにし,診ていくうえで実に多くを気づかせてくれる.患者に直面するSTの感性を磨き,力強く次のステップ(評価)へと後押しする.特に経験の少ないSTにはかけがえのない必修内容である.
そして専門職の本領を発揮する評価・診断の実際に入る.音声言語臨床のクライマックスである.診断とは,症状・異常の原因・要因を突き止め障害の本質や性格を明らかにすることであり,その結果として最も有効な対処法を導き出し,予後を推測する過程である.dysarthria症状とそれを引き起こす直接および根本の原因・要因との因果関係を論理的に解明して症状発現機序を明確にしたうえで,その原因・要因に働きかけ改善・回復を図るのが言語病理学の徒であるSTの普遍的な目標である.STの本質であり専門性の核心である.
その第一歩が第6章で述べられる音声症状の包括的な採取である.音声課題とその分析に始まり,音声行動の特徴,観察事項,診かたなど,系統立てて多角的に説明している.音声の広さと深みをダイナミックに捉えプロとして体得したくなる内容である.そして症状の直接原因は末梢発声発語器官の運動異常であるが,その特徴・性格は神経・筋系の病変部位により異なる(根本原因).これらの原因の追及は以下の2つの章で解説される.第7章は顔面口腔領域の感覚・運動の観察と神経機構の病態との関連を説明し,第8章で言語病理の探求過程が完結する.すなわち,脳神経・筋疾患の神経病理と徴候を説明し発声発語運動に関連づけ,運動異常が各々に特徴的なdysarthriaの類型分類にいたる.そしてアプローチの原理を含む訓練指針が類型ごとに決まる.言語病理の理解が訓練の実質を担保することを心に刻み,チャレンジする内容である.
このあと一転して読者を臨床場面に引き戻し,リハ実施の準備に向かわせる.第9章では発声発語の能力と関連する能力を入念に規定し,Keyとなる訓練の実施内容を示唆して,発想は斬新である.そして第10章は音声言語評価と鑑別診断を整理し,リハ方針策定につなげる手順をまとめ実際的である.以上,評価・診断の過程が大きな枠組みの中で,個々にはsmall stepで解説され,細部に理解が導かれ飽きない.真の専門家への学習が充たされる第6章からの記述は著者の真価が発揮されて圧巻である.
リハの実施はgoalを見通した実施プランを早期に設計することから始まる.第11章では治療戦略,ゴール設定などを確認しリハ開始の準備が整う.そして第12章では訓練・指導の枠組みと運用要領をきっちりと設定し,ともすれば合理性や最適化の意識が薄れがちになる訓練実施に対する綿密な実施指南になっている.訓練の実際は明快に基礎訓練と実用訓練に分け,それらの実施原則,目標課題,刺激反応様式から臨床スキルやセッションにいたるまで周到に記述している.行為の1つひとつに重要な狙いや意味・意義を感じ取り,客観視してmonitoringすることまでを求め,訓練者の思考と実践を緻密にする.訓練学全般の進歩を押し上げる力を感じ圧倒的である.
最後に,訓練の詳論に入る.第13章は基礎訓練で,呼吸から構音にいたる生理学的過程の感覚・運動機能回復を図り,可能な限り発語レベルを高めることが目的である.多彩な内容を合理的に組み立て訓練向上に役立つ.付言するとすれば,筆者は最重度に対する訓練法開発を期待したい.
そして第14章の話し方の実用訓練では,すべての訓練の目標は“実際のcom.場面での話す能力の発揮”であるという単純明快な目標を改めて強く思い知らせてくれる.「話すことは全脳を使った行動である」は名言でこれに通じる.豊富な訓練経験とcom.に対する深い理解の努力がもたらした著者のリハを貫く信条を具現しており,まさにSTの目標とするところである.読者の共感が得られよう.熟読を勧めたい.
これら4章分の内容から得られる最大の収穫は,STに心の余裕を生み,患者に臆することなく立ち向かう勇気を与えてくれることであろう.患者に直面する時,自身の行為の目標,目的,狙いそしてgoalへの道筋に確信がもてるようになるからである.
補足の第15章は研究実績を紹介しながら,研究成果の可能性とその実践に導く期待を込めた著者の意図であろう.音声言語障害学確立のためである.
以上,本書は「臨床の方法」を総合的に理解させ,標準STに丁寧に導く.ST行為の確固とした構想と枠組みの下,狙い,着眼点,発想,意味,解釈,実技,実践の内容が多彩に広がり,新たな発見に得心することが多々ある.私は治療学をこれほど系統的で合理的に,しかもわかりやすく記し,学術性と専門性(実用性)を兼備した本に巡り会っていない.しかも目くるめく気づきと発見の連続で喜びすら感じる.そのワクワクの期待感と,時にユーモアも混じり読み進めのmotivationが高まり,捗る.これには図表の多用,Note(コラム)の儲けものの知識やヒントなど理解や整理を助ける工夫,英語用語の併記による定義の明確化などとともに,文献の配置,割り付けなど読みやすさへの編集熱意も寄与しているはずである.そして臨床を知的展開として楽しく感じさせるコツ「毎度think!」を体得させてくれ,臨床にすんなり入れるので新人ST必読の書である.中堅・ベテランには対象へのアプローチが柔軟に拡大するstretch効果で新鮮になる.是非,座右に備え重宝してほしい.
最後に,言語聴覚士は「音声言語」全般の専門家である.評価・訓練の実践だけでなく学問として科学的体系化の役目もある.本書は「音声言語」領域の豊饒ともいえる広がりを示し,音声言語科学の大きな可能性を改めて知らしめ意義深い.著者は紛れもなくST界の未来を明るくリードする人材である.1つの到達点に達したが“そこには上がある”ことを銘記して学問の高みにさらなる精励を望みたい.
2017年3月
元国立身体障害者リハビリテーションセンター学院長・病院長
柴田貞雄
序文
企画への経緯
スピーチ・セラピストが病院で出会う人たち(患者)の多くは,話すことがうまくできない.その中でも,神経系の疾患や状態が,話すことを困難にさせるのが,dysarthriaである.本書では,その原因と結果を明示するために,「神経原性発声発語障害」と名づけた.
2004年に米国・メーヨー・クリニックのJoseph R.Duffy著“Motor Speech Disorders”の日本語版を世に出すことができた.その後に,dysarthria患者を診る機会も増え,本に記された内容の深さに感じ入り,条件設定を工夫した音声課題をつくり,リハビリテーションの方法もいろいろと試行した.スピーチ・セラピストの養成教育に長く携わり,実習指導や実際の臨床をみる際に,現場のセラピストたちが「dysarthriaをどう診るのか」に手を焼いている印象をもった.マニュアルではない“臨床書”をつくりたい,2012年に医歯薬出版に企画を提案し,5年後,ついに本書を上梓するにいたった.
企画への思い
米国の大学院(修士課程)を修了し帰国して,福井医療技術専門学校(現 福井医療大学)で教鞭をとりながら,隣接の福井総合病院で臨床経験を積むことができた.中学生のI君,小脳出血で入院,ドタンバタンと歩き,爆発的な声と断綴的発話が特徴的であった.高齢のS氏,パーキンソン病で,きざみ足の歩行,発話は後半に加速して不明瞭となっていた.臨床で出会ったdysarthria患者に何をすればよいのか,当時の私は診かたも知らず,全く手が出せなかった.
日本の各地での教育・研究と臨床経験は,かけがえのないものであった.出会った先輩,同僚や後輩,患者には,多くを教えていただいた.dysarthria患者を診る機会にも恵まれ,音声科学や神経学をもとに,身体と発声発語の観察から,その背景を考えること(毎度Think!)を実践した.困っている患者に対して,病態を踏まえた治療・リハビリテーションを提供すべきと考えているが,音声言語医学の進歩と普及は十分ではない.本書はdysarthriaの診かたとリハビリテーションを記したもので,読者の臨床のお役に立てば幸いである.
本領域の展望
音声言語障害は,基礎となる音声科学・脳科学・神経学の知識の進歩,臨床の知の蓄積により,その理解と評価・治療の向上が期待されている.話すことの複雑さは,音読や復唱で明瞭な音声が,自発話では不明瞭になることからも窺い知ることができる.本書では,仮説として次の図式を提示した:発話=発語運動×(言語・認知機能).訓練でうまく話せても自発話ではダメでは,実用には結びつかない.言語・認知への働きかけを含めた伝達スキルの向上まで面倒をみることが,セラピストの務めである.
臨床の進歩には,基本となる診かたのくり返しと,観察眼の熟成,臨床の知の蓄積が大切である.音声課題は,条件設定により異常所見を引き出し,感度の高いアウトカムとなるはずである.音声所見は,神経疾患の診断に寄与する可能性がある.リハビリテーションは,うまく動かせない身体を動かすことであり,感覚と運動の理解,感覚刺激の導入は,今後の研究の進歩を待ちたい.セラピストの工夫で,現実的な方法が示されるだろう.
謝辞
埼玉県所沢市の国立身体障害者リハビリテーションセンター学院に柴田貞雄先生を訪れたのは1982年の冬で,スピーチ・セラピーの魅力を聞き,進学することに決めた.米国留学,就職,学会で,柴田先生には励ましをいただいた.音声言語医学の大先輩である先生に,本書を丁寧に読んでいただき,過分のことばまで頂戴した.心から感謝をしたい.
米国のカンザス大学大学院では,修士・博士課程の通算8年間,音声言語病理学とその関連領域を学んだ.指導教授のJohn F.Michel先生(故人)には,発声の原理やコントロールについて説明を求められた.ヒト行動を条件次第として捉えることを研究指導の中で教えられた.応用コミュニケーション科学研究室(ACSL)のKim Wilcox先生(現 カルフォルニア州立大学リバーサイド校学長)には,音響音声学の基本を教わり,Phonetics LAB ProjectでのTA採用で,下手な英語で音声学を教える経験も積ませていただいた.音声言語病理学について多くの教えを次の世代に伝えることが,恩師への礼であろう.
最後に,長年の学生生活,留学,仕事,生活を支えてくれた両親,そして本書のイラスト作成にも手を貸してくれた家族に,心から感謝を伝えたい.
2017年3月
京都学園大学 健康医療学部 言語聴覚学科 教授
苅安 誠
推薦の序
序文
基礎編
第1章 dysarthriaの定義と基本的事項
1 dysarthriaの定義
2 dysarthriaの原因と結果
3 dysarthriaの本質
4 dysarthriaの3つの視点
5 dysarthriaの臨床の課題
第2章 音声言語コミュニケーションの基本
1 話者と聴者の信号処理と通信
2 ことばをつくりながら監視もする話者
3 多くの要因が支える発話
4 音声信号をつくる仕組み
5 発声発語運動の神経回路
6 音声信号の特徴と音声学の基本的事項
第3章 発声発語の基盤
1 コミュニケーションと発声発語
2 呼吸
3 喉頭
4 上気道の管腔と口蓋咽頭弁
5 顎と顔面
6 舌
7 発声発語運動の特徴
8 発声発語の神経学的基盤
臨床編I 概論
第4章 臨床の構図
1 評価と鑑別診断
2 評価と鑑別診断の流れ
3 患者のマネジメントの図式
臨床編II 評価と鑑別診断
第5章 患者の臨床像の把握
1 病歴
2 音声言語の困難度(主訴)
3 患者の観察
4 神経病理と全身状態
5 合併症とリスク管理
6 嚥下困難
第6章 音声言語病理の探求A印象
1 音声課題と分析
2 音声(行動)特徴の記述
3 臨床での音声の診かた
4 音声の実時間分析の問題と対応
第7章 音声言語病理の探求B病態生理
1 病態の理解
2 口腔顔面の観察
3 口腔顔面の観察と神経病理
4 発声発語異常の病態生理の理解
第8章 音声言語病理の探求C神経病理
1 神経病理と身体・行動の関連
2 痙性麻痺
3 一側性中枢麻痺
4 弛緩性麻痺
5 失調性
6 運動低下性
7 運動過多性
8 混合性
9 その他の神経原性の発声発語障害
第9章 音声言語病理の探求D発声発語能力とそれに関連する能力
1 発話の基礎能力と実用
2 最大能力試験
3 最長発声持続時間
4 言語性の交互変換運動
5 話声位と生理的声域
6 発声発語に関連する機能
第10章 音声言語の評価と鑑別診断
1 音声言語の評価
2 鑑別診断
3 コミュニケーション障害と社会生活
4 リハビリテーションの方針
5 評価の報告
臨床編III リハビリテーション
第11章 リハビリテーションの設計
1 全体プラン
2 ゴール設定
3 医科・歯科の治療
4 音声言語行動の変容
5 重症度別のリハビリテーションと考え方
6 他職種との連携
第12章 発声発語の訓練・指導の原則と技術
1 dysarthria患者に対する訓練・指導
2 訓練・指導の原則と留意点
3 訓練・指導の要点
4 課題の設定
5 課題実施のための基本的な臨床スキル
6 訓練機会(セッション)の構成
第13章 発声発語の基礎(機能)訓練
1 基礎(機能)訓練の意義と取り組みの基本
2 呼吸支持の向上
3 発声機能の向上
4 共鳴の正常化
5 筋力強化とストレッチング
6 構音の構えと操作の向上
第14章 発声発語の実用訓練
1 話し方の訓練
2 大きな声で話す
3 短く区切って話す
4 適当な話速度で話す
5 明瞭に話す
6 伝え方の指導
7 拡大・代替手段の活用
8 コミュニケーションの向上に向けて
補足
第15章 機器による発声発語機能評価
1 音響分析の基礎
2 音響分析の臨床応用
3 空気力学的計測
4 X線透視と内視鏡的観察
5 発声発語と呼吸の運動の観察
6 症例
索引
序文
基礎編
第1章 dysarthriaの定義と基本的事項
1 dysarthriaの定義
2 dysarthriaの原因と結果
3 dysarthriaの本質
4 dysarthriaの3つの視点
5 dysarthriaの臨床の課題
第2章 音声言語コミュニケーションの基本
1 話者と聴者の信号処理と通信
2 ことばをつくりながら監視もする話者
3 多くの要因が支える発話
4 音声信号をつくる仕組み
5 発声発語運動の神経回路
6 音声信号の特徴と音声学の基本的事項
第3章 発声発語の基盤
1 コミュニケーションと発声発語
2 呼吸
3 喉頭
4 上気道の管腔と口蓋咽頭弁
5 顎と顔面
6 舌
7 発声発語運動の特徴
8 発声発語の神経学的基盤
臨床編I 概論
第4章 臨床の構図
1 評価と鑑別診断
2 評価と鑑別診断の流れ
3 患者のマネジメントの図式
臨床編II 評価と鑑別診断
第5章 患者の臨床像の把握
1 病歴
2 音声言語の困難度(主訴)
3 患者の観察
4 神経病理と全身状態
5 合併症とリスク管理
6 嚥下困難
第6章 音声言語病理の探求A印象
1 音声課題と分析
2 音声(行動)特徴の記述
3 臨床での音声の診かた
4 音声の実時間分析の問題と対応
第7章 音声言語病理の探求B病態生理
1 病態の理解
2 口腔顔面の観察
3 口腔顔面の観察と神経病理
4 発声発語異常の病態生理の理解
第8章 音声言語病理の探求C神経病理
1 神経病理と身体・行動の関連
2 痙性麻痺
3 一側性中枢麻痺
4 弛緩性麻痺
5 失調性
6 運動低下性
7 運動過多性
8 混合性
9 その他の神経原性の発声発語障害
第9章 音声言語病理の探求D発声発語能力とそれに関連する能力
1 発話の基礎能力と実用
2 最大能力試験
3 最長発声持続時間
4 言語性の交互変換運動
5 話声位と生理的声域
6 発声発語に関連する機能
第10章 音声言語の評価と鑑別診断
1 音声言語の評価
2 鑑別診断
3 コミュニケーション障害と社会生活
4 リハビリテーションの方針
5 評価の報告
臨床編III リハビリテーション
第11章 リハビリテーションの設計
1 全体プラン
2 ゴール設定
3 医科・歯科の治療
4 音声言語行動の変容
5 重症度別のリハビリテーションと考え方
6 他職種との連携
第12章 発声発語の訓練・指導の原則と技術
1 dysarthria患者に対する訓練・指導
2 訓練・指導の原則と留意点
3 訓練・指導の要点
4 課題の設定
5 課題実施のための基本的な臨床スキル
6 訓練機会(セッション)の構成
第13章 発声発語の基礎(機能)訓練
1 基礎(機能)訓練の意義と取り組みの基本
2 呼吸支持の向上
3 発声機能の向上
4 共鳴の正常化
5 筋力強化とストレッチング
6 構音の構えと操作の向上
第14章 発声発語の実用訓練
1 話し方の訓練
2 大きな声で話す
3 短く区切って話す
4 適当な話速度で話す
5 明瞭に話す
6 伝え方の指導
7 拡大・代替手段の活用
8 コミュニケーションの向上に向けて
補足
第15章 機器による発声発語機能評価
1 音響分析の基礎
2 音響分析の臨床応用
3 空気力学的計測
4 X線透視と内視鏡的観察
5 発声発語と呼吸の運動の観察
6 症例
索引








