やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 21世紀に入ってから,高次脳機能障害という用語は社会に定着してきた感がある.メディアに登場する回数が増え,市民権を得たかと思えるようになった.しかし,リハビリテーション(以下リハ)の臨床では,興味はあるが,「複雑,難しい」といった意見が多い.この障害に興味をもち,取り組むリハスタッフは増えているが,全国どこでも同じようなサービスが提供されているとは言い難い.この原因のひとつには,医療福祉系の大学・養成校でまだ高次脳機能障害を体系的に,また症例を充分に呈示したうえでの教授がなされていないことがあげられよう.
 本書は,このような現状を鑑み,高次脳機能障害のリハを体系的に理解することを目的に,将来,医療・福祉の分野で活躍するであろう学生,およびすでに臨床で活躍されている方に向け企画された“高次脳機能障害マエストロシリーズ”の1冊である.どのようにしたらリハスタッフや学生に興味をもってもらい,実践にいかせる書ができるか.われわれ編者は,これまでの高次脳機能障害に関する教科書を改めて紐解いてみた.そこでわかったことは,神経心理学の学問体系にそった説明がなされているものが多く,症例の詳しい解説や臨床におけるリハの報告は少ないと感じられた.それならば,高次脳機能障害の詳細な解説の大部分は既刊の教科書にお任せし,「症例」を中心に編集すれば,「学ぶ」だけではなく「まねる」ことができ,初学者でも日々の臨床ですぐに役立つと考えたのである.このため執筆者は臨床での経験が豊富なリハスタッフを中心にお願いした.つまり,本書にはこれからまだ発展を続ける「リハスタッフによるリハスタッフのための臨床書」というコンセプトがある.
 さて,学生や初学者では,高次脳機能障害の評価と聞くと,すぐに「神経心理学的検査」を思い浮かべる方が多いと推察する.こらは,神経心理学を基盤に高次脳機能障害という診断をくだす場合には,画像所見とともに重要である.しかし,リハの臨床ではこれらの所見がすべてではなく,症例の実際の生活における「観察」を通して,何がどのようにできないか,困難であるのかを捉えていくことが,介入方略を考えるうえで重要となる.本書では,観察で「あたり」をつけたことを確認するという意味で検査を用いるべきという姿勢をとっている.したがって,これまでにない臨場感を醸し出しているともいえよう.
 本書で紹介された「症例」については,ぜひご自身の担当症例と比較し,「私だったら○○の側面から評価しよう」とか,「私だったらその評価結果から△△という状態と考えこのように介入しよう」と,常に自分の臨床と結びつけて読みすすめていただきたい.そうすることで,明日の臨床のヒントが導かれ,日々の仕事に貢献できると考える.
 最後に,本書が読者諸氏からのご意見・ご指導を仰ぎながら,高次脳機能障害で悩み苦しんでおられる方々へ貢献できることを願っています.また日々のお忙しい業務のなか,快くご協力いただきました執筆者の方がた,ならびに患者さん方に感謝いたします.また,何もかも初めての経験であった編者に,企画から刊行に至るまで助言と励ましの言葉をいただきました医歯薬出版編集部に深く感謝いたします.
 2006年6月
 編者を代表して
 鈴木 孝治
序文(鈴木孝治)
1 高次脳機能障害を評価するとはどういうことか(鈴木孝治)
 高次脳機能障害をとらえること/検査に頼りすぎず,観察から解釈までの手順をふむこと/結果を介入につなげること
2 評価をどう組み立てるか(林 克樹)
 評価の手順を考える/高次脳機能障害とみたてる/評価の手だてを知る/観察と神経心理学的検査のさじ加減をつかむ/疾患や時期,年齢,場面による違いを考慮する
3 観察の方法(渕 雅子)
 観察の位置づけ/観察の実際/日常生活場面における観察のポイント/まとめ
4 神経心理学的検査の使い方(早川裕子,浦野雅世)
 障害メカニズムを確認するための検査/各領域の検査/神経心理学的検査に際して大事なこと
5 評価のまとめ―介入につなげる解釈(鈴木孝治)
 評価のポイントを確認する/介入につなげる解釈のポイント/フローチャート&チェックリスト
6 評価の実際
 注意障害(坂本一世)
 記憶障害(松田明美,時政昭次)
 半側空間無視(太田久晶)
 視覚失認(種村留美)
 地誌的障害(緑川 晶)
 行為の障害(能登真一)
 着衣障害(井上里美)
 遂行機能障害(佐野恭子)
 Balint症候群(鈴木雅晴)
 頭部外傷による障害(長野友里)
 流暢性失語(福永真哉)
 非流暢性失語(吉村貴子)
 聴覚失認(能登谷晶子)
 失読(新貝尚子)
 右半球コミュニケーション障害(金子真人)
7 評価の概説
 コミュニケーションで知る「脳」の働き(石合純夫)

 索引