やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 本書の前身となる『作業の捉え方と評価・支援技術』は2011年9月に発刊され,すでに4年半の時が過ぎようとしている.この間好評を得て増刷を重ねてきたが,一般社団法人日本作業療法士協会が2008年から2013年まで取り組んできた研究事業(厚生労働省老人保健健康増進等事業)の試行錯誤の経過のなかで発刊された経緯があった.その後,一つのツールとして完成した「生活行為向上マネジメント」を,作業療法士が活用するだけではなく,多くの他職種やご家族など,対象者本人を取り巻くすべての方々とともに取り組めるものとして,誰にでもわかりやすく伝える機会が必要となってきた.その理由は“マネジメント”と表現されているように,生活行為に課題をもつ方々への支援は,誰かが単独で取り組むものではなく,本人の意思を前提としたうえで,多くの方の連携を必要とし,本人も含めた主体的な取り組みにより初めて「本人が望む作業」が実現できるものだからである.その際,最もわかりやすく伝えるためには,実際に支援をした事実を丁寧に表現することが重要であると考え,本書の表題である『事例で学ぶ生活行為向上マネジメント』として発刊するに至ったのである.
 本書の構成は,「生活行為向上マネジメント」の概略,ツールの活用の仕方やコツ,そして作業と生活行為についてわかりやすく紹介し,18の事例を取り上げている.急性期から回復期医療での実践,退院後の地域生活を支えるさまざまな居宅事業や老健や特養などの施設での対応,また,事例は少ないながらも精神科領域での取り組みなど,確実に生活行為向上マネジメントの活用の裾野が拡がっていることを理解することができる.私たちの生活は,その人にとって「意味のある作業」の連続から成り立っている.その人にとって「意味のある作業」を続け,その作業の結果から満足感や充実感をえることで,私たちは健康であることを実感できるという事実が,多くの事例から伝わってくる.
 本協会では「人は作業をすることで元気になれる」というシンプルなスローガンを掲げて取り組んできたが,今後は,生活行為に課題のあるすべての対象者の支援へと拡大し,年齢や性別の違い,行為障害の有無や程度,疾病の種別にかかわらず支援できるマネジメントツールであることを実践から学び,さらに成長させていく必要がある.
 「生活行為向上マネジメント」って何?と問われた際には,本書をお勧めいただければと思う.生活行為向上マネジメントについて誰にでも理解できるテキストとなっている.
 連携を前提としている「生活行為向上マネジメント」であるからこそ,多くの方々に本書を紐解いてもらい「人は作業することで元気になれる」という事実を国民に認識してもらい一つのきっかけとなることを願うとともに,本書がよりよい「本人の望む作業」を支援するために,広く活用されることを期待している.
 2015年6月
 編集協力者を代表して
 一般社団法人日本作業療法士協会常務理事 土井勝幸
 (生活行為向上マネジメント推進プロジェクト担当理事)


発刊に寄せて
 『事例で学ぶ生活行為向上マネジメント』の発刊をうれしく思う.2008年度から取り組んできた「生活行為向上マネジメント」は,第1章に紹介されているように,事業名を変えながら,一貫して老人保健健康推進等事業で「国民の健康に寄与する」という目標で取り組まれてきた.その背景には,「作業療法の見える化」と「作業療法の質の担保」がある.また,「人は作業をすることで元気になれる」というキャッチフレーズは,本マネジメントと対を成すイメージ戦略であり,作業療法の見える化の一つとして発信したところである.
 本マネジメントによる作業療法は,特に目新しい実践ではない.本ツールは先輩諸氏の作業療法の思考過程をたどりながら,「活動」「参加」に焦点をあてた作業療法の実践をガイドするものである.また,介護報酬の改定作業のなかで,本ツールによる成果を報告した関係で,高齢者を対象にしたツールのように思われる節があるが決してそうではない.利用者とともに行う,目標設定,アセスメント,プランニング,モニタリングは,領域に関係なく用いられる作業療法の過程であり一般化されたツールだと認識している.そのような意味では,今後,本書を参考にさまざまな領域での実践が広まることを切に願っている.
 一方,昨今の「作業療法の現場」をみると,ニーズの多様化と医療構造の変化により,さまざまな取り組みがなされ,その是非を一様に語ることはできない.しかし,「心身機能に偏った実践ではないか」「目標が漫然としていないか」「利用者のやる気,気概を促進しているのか」等々の意見があがっているのも事実である.
 2015年4月の介護報酬改定では,それらを是正するためにリハビリテーションの在り方について大きく取り上げられた.それはICFの「心身機能・構造」「活動」「参加」にバランスのとれたリハビリテーションサービスの推進,利用者主体,具体的な目標設定,連携と協業,プロセス評価等々を推進するための新たな書式の導入など仕事の在りようが問われている.しかし,生活行為向上マネジメントによる作業療法を実践している作業療法士は,何ら不安がることはない.それは,これらの書式のさまざまな部分に,協会が取り組んできた成果が盛り込まれているからである.
 本書はそのような意味で二重の意味がある.一つは,介護報酬改定のテーマである「活動」「参加」を具現化するための手法を提示したことである.二つ目は,作業療法のより見える化を一層推進できたことである.多くの医療関係者に活用され,ますます国民の健康の維持,向上に寄与できたら幸いである.最後に執筆にあたられた作業療法士の方々,出版の機会をいただいた医歯薬出版の編集担当者に心より感謝を申し上げる.
 一般社団法人日本作業療法士協会会長
 中村春基
 序文……III
 発刊に寄せて……IV
1.生活行為向上マネジメント
 1―はじめに
 2―生活行為向上マネジメントの概念
 3―生活行為と生活行為の障害
 4―評価指標
 5―効果検証
 6―2013年度の研究事業を踏まえた最近の展開
 7―未来に向けて
2.生活行為向上マネジメントの使い方
 1―生活行為向上マネジメントについて
 2―実践事例の紹介
 3―演習事例
3.生活行為向上マネジメントによる連携のコツ
 1―はじめに〜生活行為向上マネジメントを理解してもらうために
 2―コツ(1):あなたの連携力は大丈夫〜コミュニケーションは連携強化への第一歩
 3―コツ(2):具体的な生活行為向上のキーマンになれるか〜リハビリテーションにおける連携
 4―コツ(3):ミクロ連携とマクロ連携を使いこなせ〜効果的な連携の仕方
 5―コツ(4):生活行為向上マネジメントによる連携体制の構築
 6―コツ(5):新たな連携:行政や地域とのコラボレーション〜地域包括ケアの推進に向けて
 7―おわりに
4.事例編
 Case 1 医療・急性期
  料理を一緒に行うことで活動性が向上したAさん
 Case 2 医療・回復期
  「俳句をつくりたい」を目標に生活行為が向上したBさん
 Case 3 介護・介護老人保健施設
  畑での野菜づくりを通して,閉じこもりの生活から主体的な人生を取り戻したCさん
 Case 4 介護・介護老人保健施設
  生きるための作業「陶芸」に没頭するDさん
 Case 5 介護・通所リハビリ
  脳卒中後,活動性の低い生活から継続的な外出機会をもったEさん
 Case 6 介護・通所介護
  「バスに乗って外出したい」を目標に自信がつき,外出可能となったFさん
 Case 7 医療・急性期
  書道ができるを目標にADLが拡大したGさん
 Case 8 医療・回復期
  仕事復帰に向けて通勤,調理,事務作業のリハビリに取り組んだHさん
 Case 9 医療・回復期
  「一人暮らしに戻りたい」を目標にすることで自宅復帰ができたIさん
 Case 10 医療・回復期
  「公園での散歩」を目標として整容・更衣ができたJさん
 Case 11 医療・回復期
  調理活動から退院後の生活を具体的にイメージできたKさん
 Case 12 医療・精神科病院
  「嫁さんに座布団をつくってあげたい」を目標に生活行為が向上し,嫁さんに感謝を伝えることができたLさん
 Case 13 介護・介護老人保健施設
  入所前の実態調査から家事と排泄動作に焦点を当てて自宅に退所できたMさん
 Case 14 介護・通所介護
  好きな料理活動で日常的に麻痺側を使用することができたNさん
 Case 15 介護・通所介護
  片麻痺になったことを第二の人生と位置付け,会社社長として再出発したOさん
 Case 16 介護・訪問リハビリ
  「お風呂に入りたい」が実現し,友人に会いに行けるようになったPさん
 Case 17 介護・訪問リハビリ
  住み替えを機に家族に支えられて15年ぶりに掃除の習慣化に至ったQさん
 Case 18 介護・特別養護老人ホーム
  好きだった裁縫を通して家族と自宅への短時間帰宅ができるようになったRさん
5.作業と生活行為
 1―作業が治療になる理由
 2―作業と人の健康
 3―作業と生活行為
 4―未来のビジョン
6.資料
 資料1 生活行為聞き取りシート
 資料2 興味・関心チェックシート
 資料3 生活行為アセスメント演習シート
 資料4 生活行為向上プラン演習シート
 資料5 生活行為向上マネジメントシート
 資料6 生活行為申し送り表
 資料7 生活行為課題分析シート
 資料8 生活行為確認表

 関係者一覧
 索引