やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の言葉
 ICF(国際生活機能分類)は2001年にWHOにより発表された「健康の構成要素」の分類である.その目的は,健康状況と健康関連状況を記述するための標準的な言語と概念的枠組みの提供である.この言語と枠組みによって,健康と健康関連状況の記述,表現,理解,研究,比較が可能となり,臨床評価ツール,統計ツール,教育ツールなどとしての利用が期待されている.
 わが国においては2002年8月に日本語訳が発刊され,関係諸方面の努力により,その概念の普及が図られてきている.今日では,リハビリテーションや福祉関係の教科書にはICFの構成要素間の相互作用図が記載され,ICFによって利用者や患者さんの状態像,リハビリテーションの進捗状況を把握することの重要性が強調されている.現場においても,カンファランス等でリハビリテーション上の問題点や進捗状況がICFに基づいて議論が行われるなど,ICFによって障害のある人を理解し,多職種が共通の言語で議論することが浸透してきている.
 一方,ICFの評価尺度としての実践上の利用については普及が遅れている現状がある.理由として,実際に使用するにはトレーニングが必要であること,項目数が膨大で分類に時間がかかること,などが指摘されている.
 このため,実用的に使いやすい尺度であるICFコアセットの開発が進められてきた.ICFコアセットは障害にかかわる医療背景(急性期,亜急性期,長期)の特異性と,特異的健康状態(脊髄損傷,うつ病など)を考慮して,生活機能と障害を評価するもので,医療従事者,学生,指導者を対象としている.本書の発刊時には31のICFコアセットが開発され,下肢切断と聴力損失に関するICFコアセットが開発中である.
 ICFコアセットは柔軟性が高い.それぞれのコアセットに対し,包括ICFコアセット,短縮ICFコアセット(短縮,拡大短縮),一般セットがあり,必要に応じて選択する.他の尺度(SF36,DASH等)の項目からの情報も利用可能である.今後,実用に供するものとして普及することが期待され,また普及が進めば,保健統計,医療サービス計画,障害の国際比較など,その利用可能性はきわめて大きい.
 ICFコアセットは日本を含む世界各国の人々の取組みにより開発され,日本語訳は日本リハビリテーション医学会の関係者のご尽力によるものである.そのご努力に対し,心からの敬意を表するとともに,このICFコアセットが広く活用されることを期待する.
 2015年1月
 国立障害者リハビリテーションセンター総長
 中村耕三


翻訳にあたって
 専門職による行為は科学的実践であり,分類は科学の最も基本的で重要な方法の一つである.健康関連の分野では,国際疾病分類(International Classification of Diseases:ICD)が第1回国際統計会議において1852年に創出された.1948年以降は世界保健機関(WHO)がその責任を負って改訂が重ねられ,ICDは一般疫学全般や多くの保健医療活動で利用される国際標準の分類となっている.一方で,疾病構造の変化から従来の疾病モデルによって健康状態を記述することの困難が指摘され,1980年のICD第9回修正に際して,補助分類として国際障害分類(International Classification of Impairments,Disabilities and Handicaps:ICIDH)が発表された.さらに,健常部分を含めて健康状態をより包括的に記述するという考え方に基づき作成されたものが国際生活機能分類(International Classification of Functioning,Disability and Health:ICF)であり,2001年の第54回WHO総会において採択されている.
 ICFは,健康状態に関連する生活機能状態の分類である.その目的は,(1)科学的基盤の提供,(2)共通言語の提供,(3)地域・時期の違いを越えたデータの比較,(4)システムコード化用分類リストの提供に要約される.ICFは単なる統計ツールではなく,研究・臨床・社会政策・教育の分野にも広く活用されることが期待されてきた.しかし,現状においてこのようなICFの利用によってもたらされるべき恩恵を,私たちは必ずしも享受できていない.網羅的であるがゆえのコード化の煩雑さが,臨床でのICFの活用や普及を阻害していた要因の一つとして挙げられる.なおここで言う「臨床」とは,医療に限定せず,障害者と接するすべての保健セクターの現場を指す.
 WHO国際統計分類協力センター(WHO Collaborating Centre for the Family of International Classifications)と協同してICFの利用を促進し,さらなる開発を進めるために設立されたICF研究部門(ICF Research Branch)は,この問題を解決するべく評価と記述の核となるICFコード群の策定ならびに関連する研究を進め,ICFコアセットを開発した.ICFコアセットは特異的な医療背景(急性期,亜急性期,長期)と特異的な健康状態(たとえば,うつ病,多発性硬化症など)を基本的枠組みとして作成されており,それぞれに包括版と短縮版が,さらにすべてに共通して用いられる一般セットが併せて用意されている.本書『ICF CORE SETS,Manual for Clinical Practice』は,ICFコアセットとその使用方法を解説した実践書である.本書は5章からなり,第1章,第2章はICFの要約,第3章はICFコアセットの総論的説明,第4章はその具体的な使用方法である.第5章にはICFコアセットを適用した症例の具体例が挙げられている.訳出にあたって,ICF固有の用語はICF日本語版に準拠しつつ,ICFコアセットの使用される状況にかかわる用語も日本の読者が適切に理解できるよう,さらに,学術的な水準も担保されるよう配慮した.本書はICFコアセットについての知識を提供するためだけでなく,ICFそのものを臨床で導入するための入門書としても有用であると確信している.本書が広く読まれることによって,ICFが世界の保健・医療・福祉職の共通言語となり,様々な地域,職種の多様なアイディアが共有あるいは総合され,そのことがリハビリテーション,さらには人類の健康と福祉の向上に寄与することを願ってやまない.
 2015年1月
 翻訳チームを代表して
 出江紳一
 山田 深


まえがき(Gerold Stucki)
 健康状態の診断と個人の生活機能の評価は臨床実践の中核にある.健康状態の診断および分類に対して医療専門職は100年以上にわたって世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(International Classification of Diseases:ICD)に頼り,その第11版がまもなく公開される.生活機能の記述と評価については,医療専門職は10年前からICDと対をなす国際生活機能分類(International Classification of Functioning,Disability and Health:ICF)を使用することができるようになった.現在,ICDとICFは保健統計に使用されており,そのおかげで死亡率,罹患率,障害に関するデータを画一的かつ国際的に比較できる方法で収集することができている.これらの分類は受給資格や医療費の償還など様々なことに役立たせることができる.しかし最も重要なことは,本書で述べるようなICFに基づくツールを用い,標準化された生活機能の記述を提供することによって,ICFは臨床実践の質を高める大いなる可能性を有しているということである.このような情報はすべての臨床実践に重要である.これらのデータが生活機能の臨床評価,医療サービスと医療介入の割り振り,そのサービスと介入の管理を,アウトカムの評価も含めて構造化するのである.本書では,一貫した診療と比較可能なアウトカムの両者を実現するために標準化が最も重要である生活機能の記述に焦点をあてる.
 2001年にICFが世界保健会議(WHO総会)によって承認された.これは,生活機能と障害に対する考え方のパラダイムシフトのみならず,世界中で健康と障害のデータを初めて比較可能にする完成された分類ツールを生み出したという,比類まれな国際協力の働きの成果として象徴的な出来事である.しかし,網羅的な分類を構築するという点において,ICFは実用的なツールとしてそのまま利用できるものでないということは明白である.臨床家たちが日常の診療において必要としているのは,ICFの中の一部に過ぎないのである.臨床実践のためのICFを基にした実用的なツールの必要性に対応し,2001年のICF導入直後にICFコアセットのプロジェクトが始まった.
 ICFコアセットは医療専門職に対して,特定の保健の分野に対応した非常に貴重なツールをもたらすものである.医療専門職は本書をみれば,臨床の記述と生活機能の評価を構造化するためにICFコアセットを適用するための実用的な方針を知ることができるであろう.ICFコアセットはすべての医療従事者のために開発されたものであるが,本書では特にリハビリテーションの分野でICFコアセットを適用する医療専門職のニーズに焦点をあてる.本書は本質的に多職種に向けられたものであり,様々な環境で働いている従事者だけではなく,医療専門職の学生やその先生,指導者にも利用してもらえるであろう.
 本書の利用を促進するために,それぞれの章は別個に読むことが可能となっている.本書では,実際に経験している健康としての生活機能の概念を第1章で説明する.次に,ICFを紹介し,ICFコアセット開発のプロセスと範囲を紹介する.また,ICFの実用的な使用にかかわる原則を紹介する理論的な章に続き,様々な状況におけるICFコアセットの適用事例を紹介する.臨床実践におけるICFコアセットの使用を促進するために,1,400頁以上の記録用フォームを収載したCDも付属している.
 本書の編集者と筆者たちは,ICFとICFコアセットの実践が患者の問題とそのニーズに対する最適な対処法についての理解をより深めることにつながるという,大きな可能性を熱烈に信じている.本書を作ることが可能となったのは,世界中の医療専門家たちの目覚ましい努力と,Bedirhan Ustun先生によって率いられ,Nenad Kostanjsek氏によってコーディネートされたWHOの「分類,用語,基準のチーム」からの素晴らしいサポートがあったからである.この傑出した貴重な実用的ツールに貢献したすべての皆様に感謝したい.
 ICFとICFコアセットはまだ新しく,臨床実践の場で使うためにはまだ多くのチャレンジが残されている.そのため,われわれは本書の利用者がドイツ(のDIMDI)にあるWHO国際統計分類協力センターと協同するICF研究部門(www.icf-research-branch.org)と協力し,ICFとICFコアセットのこれからの発展に関与してくれるようになることを期待したい.お互いから学び合いましょう!
 推薦の言葉
 翻訳にあたって
 監訳・翻訳者一覧
 原著者紹介
 まえがき(Gerold Stucki)

1 生活機能とは何か?なぜ重要なのか?(Jerome Bickenbach)
2 国際生活機能分類への入門(Alexandra Rauch,Miriam Lückenkemper,Alarcos Cieza)
 2.1 生活機能と障害と健康の統合モデル
 2.2 ICF分類のコードと構造
 2.3 ICF評価点
3 ICFコアセット(Pavel Ptyushkin,Melissa Selb,Alarcos Cieza)
 3.1 ICFコアセットの開発プロセス
 3.2 入手可能なICFコアセット
 3.3 ICFコアセットの種類
4 臨床実践におけるICFコアセットの使用(Alexandra Rauch,Miriam Lückenkemper,Alarcos Cieza)
 4.1 ICFコアセットの選び方(何を評価するのか?)
 4.2 生活機能レベルの記述(どのように記述すればよいか?)
 4.3 記録用フォーム
5 使用症例
 5.1 使用症例1:急性期ケアにおける筋骨格系健康状態のためのICFコアセットの適用(Alexandra Rauch)
 5.2 使用症例2:亜急性期ケアにおける脊髄損傷のための包括ICFコアセットの適用(Alexandra Rauch)
 5.3 使用症例3:長期ケアにおける多発性硬化症のためのICFコアセットの適用(Andrea Glässel,Miriam Lückenkemper)
 5.4 使用症例4:長期ケアにおける職業リハビリテーションのためのICFコアセットの適用(Monika Finger,Miriam Lückenkemper)
 5.5 使用症例5:長期ケアにおける腰痛のためのICFコアセットの適用(Todd Davenport,Sean Rundell,Reuben Escorpizo)
6 文献
7 謝辞
8 キーターム
9 付属CD-ROMの内容

 付属CD-ROMについて