やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

「第3版」発行に寄せて
 本書の第1版を発刊したのは,ちょうど10年前の2005年のことでした.2004年に国の高次脳機能障害支援普及事業が開始され,その後,各都道府県における支援事業が拠点病院の整備とともに進んだ頃でした.本書は普及事業のなかで汎用され,高次脳機能障害診療に携わるスタッフや患者さん・ご家族のためのハンディな入門書として役割を果たしてきました.
 2011年には第2版を発行し,新しい検査法や知見を取り入れてきましたが,第1版発行から10年の流れのなかで,日本高次脳機能障害学会による新しい標準言語性対連合学習検査の登場など検査法も進化してきました.さらに,注意機能に対する新しい知見なども明らかにされ,高次脳機能障害に対する認知リハビリテーションのEBMも明らかにされてきています.また新たな治療方法として,経頭蓋磁気刺激TMSによる高次脳機能障害治療も開始されてきており,従来のリハビリテーションでは限界のあった領域への介入が可能な時代へと進んできました.今後重要と思われるこの領域の知見を盛り込み,この度,第3版の改訂をおこないました.
 わが国における認知症高齢者の増大に対する「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」が開始され,それにより認知症に対する着目は高まりつつあります.高次脳機能障害は認知機能の障害であるものの,進行性の認知症とは明確に鑑別されなくてはなりません.しかしながら,日常診療などにおいてはその鑑別が十分に吟味されないまま,あるいは混同されたままで対応されている場合が少なくないと思われます.高次脳機能障害というterm(用語)はわが国独自のものですが,その診断とリハビリテーションはその意味からも一層重要となってきています.『高次脳機能障害ポケットマニュアル』第3版が,その一助となることを願っています.
 2015年1月25日
 桔梗ヶ原病院高次脳機能リハビリテーションセンター
 原 寛美


「第2版」発行に寄せて
 2005年12月に「高次脳機能障害ポケットマニュアル」初版を上梓し,医療現場における日常診療の一助となる冊子となるべく,これまで増刷のたびに修正・加筆を行ってきましたが,高次脳機能障害診療のレベルアップと変容に伴い,このたび改訂を行うこととしました.
 筆者の相澤病院では長野県高次脳機能障害支援拠点病院(2004年〜)として,これまで数多くの相談業務と,外来・入院診療,そしてリハビリテーションを行ってきており,その活動報告書は毎年,長野県健康福祉部より「長野県高次脳機能障害者支援事業実績報告書」として発刊されるに至っています.各県に拠点病院は整備されるに至っており,またNPO法人「日本脳外傷友の会」の活動は全国に波及し,患者会による支援も多くの地域で行われるようになり,普及事業の先駆的実績が積み重ねられてきています.
 日常診療を通じて,医療機関においては,「見えない」ともされる高次脳機能障害を「客観的に明らかにする」作業を行うことが重要であることを一層認識するようになっています.一方で画像所見と神経心理検査,さらに現在はインターネットでの文献検索により最新の知見を入手することが可能ともなってきています.だが現状は高次脳機能障害の診断名が広く人口に膾炙してきている状況では決してなく,脳神経外科や神経内科,精神科などの関連診療科への情報発信もより一層大切になってきていると感じています.
 しかし医療現場で解決できる分野には限界があり,就労支援とさらに患者さん一人一人への日常生活援助を継続できる,より広範囲な社会援助システムを作っていくことが不可欠であると感じています.
 改訂版にご助力いただいた医歯薬出版株式会社,田辺靖始さんに深謝いたします.
 2011年2月22日 相澤病院リハビリテーション科
 原 寛美


「第1版」まえがき
 クモ膜下出血術後に生じた重度記憶障害例を続けて診察したのは,筆者が東京大学病院リハビリテーション部において研修を開始した1982年,1983年のことでした.当時は,記憶障害に対する標準化された検査方法はおろか,リハビリテーション医療における指針すらも確立していない時期でした.当然のことながら,社会資源の活用方法や社会的再統合にむけた援助方法も明確ではなく,リハビリテーションのノウハウを求めて英文関連文献にあたるなど,まさに手探りの状態でした.しかし,この経験を通して,高次脳機能障害がリハビリテーション領域の治療対象として大きな比重を占めること,さらに注目度が高まるであろうことを実感する契機となりました.
 その後,急性期病院である相澤病院でリハビリテーション科専門医として仕事を開始してから,脳外傷に起因する高次脳機能障害をもつ多くの若年者に接してきました.しかし,そのリハビリテーションのなかでは,就労・復職などの社会的再統合において極めて高いハードルがあることも経験しました.そうした若年者を全例フォローアップできていたわけではなく,ドロップアウトした青年はその後どのような人生を送っているであろうか,ご家族はどうされているのであろうかと考え,リハビリテーション医として十分な対応ができていなかったことがしばしば頭をよぎりました.脳外科出身のリハビリテーション医も,高次脳機能障害に関するシンポジウムに参加した際,「かつて,何もしないで退院していった若者にすまない気がした」と率直な感慨を述べていました.
 2001年から開始された厚生労働省の「高次脳機能障害支援モデル事業」により,高次脳機能障害に対する関心と理解は少しずつ普及してきました.2004年には,モデル事業により「高次脳機能障害の診断基準」が提示され,もはや医療現場において高次脳機能障害の見落とし(誤診)は許されるものではないこと,発症(受傷)早期からの適切な評価とリハビリテーションが求められる趨勢ともなってきました.
 しかし,依然として高次脳機能障害に関しては,まだ多くのハードルがあるといえます.そのひとつに,日常診療における高次脳機能障害の診断とアプローチが難しいものであるという認識が払拭されていない点があります.また,リハビリテーションの方法論に関しては簡潔にマニュアル化されたものがないという現実もあります.高次脳機能障害の正しい理解とともに,適切なアプローチがベッドサイドから一般診療,リハビリテーション,さらには在宅医療においてもなされることが望ましい時代に入っています.
 本書『高次脳機能障害ポケットマニュアル』は,そのような目的にかなうことを目指して出版されました.相澤病院は,高次脳機能障害の患者さんに早期から接し,さらに長期間のフォローアップが可能な環境に恵まれています.そこから,私たちは実践的な診断・リハビリテーションのノウハウを多年にわたり集積してきました.難解な学説紹介ではなく,眼前の高次脳機能障害の患者さんに対して,どのように評価を進め,リハビリテーションを実践・援助していったらよいのかを示すことを心がけました.臨床現場で,大いにご活用いただけることを願っています.
 最後に,『嚥下障害ポケットマニュアル』(医歯薬出版)の意匠をモデルとして発行することを快く許可いただきました聖隷三方原病院の藤島一郎先生,難解な高次脳機能障害をわかりやすく解説し,医療スタッフが共有できるマニュアルとなるようにと支援をいただいた医歯薬出版の塚本あさ子さんに深謝いたします.
 2005年10月20日
 相澤病院総合リハビリテーションセンター
 原 寛美
 第3版「発行に寄せて」
 第2版「発行に寄せて」
 「第1版」まえがき
1 高次脳機能障害とは何か
 1−基本的概念
 2−失語・失行・失認との関係
 3−今日的重要性
 4−リハビリテーション医療現場で対応する意義
2 高次脳機能障害の病態と原因
 1−原因疾患と主な症状
 2−脳血管障害による高次脳機能障害
 3−頭部外傷による高次脳機能障害
3 高次脳機能障害の評価
 1−高次脳機能障害の評価手順
 2−評価項目(検査方法)の選択の仕方
 3−なぜ神経心理検査を網羅しないといけないのか
 4−神経心理検査を実施するうえでの心得
4 高次脳機能障害に対するリハビリテーションの骨子
 1−リハビリテーションの考え方
 2−リハビリテーションストラテジーの実際
5 高次脳機能障害のリハビリテーション
 1−記憶障害のリハビリテーション
 2−遂行機能障害のリハビリテーション
 3−注意障害のリハビリテーション
 4−コミュニケーション障害のリハビリテーション
 5−失行のリハビリテーション
 6−ゲルストマン症候群のリハビリテーション
 7−半側空間無視のリハビリテーション
 8−地誌的障害のリハビリテーション
 9−失認のリハビリテーション
 10−経頭蓋磁気刺激による高次脳機能障害治療
6 チームアプローチの実際
 1−医師の役割
 2−作業療法士の役割
 3−言語聴覚士の役割
 4−心理士の役割
 5−理学療法士の役割
 6−看護師の役割
 7−医療ソーシャルワーカーの役割
 8−在宅ケア・訪問リハビリテーションにおけるチームアプローチ
7 就労に向けたリハビリテーション
 1−医療サイドからの就労援助
 2−職業リハビリテーションの実際
 3−一般就労と福祉的就労
8 社会・家庭生活上の課題と対応
 1−社会的行動障害と適応障害
 2−社会的課題への対応方法
 3−グループ訓練による援助方法
9 社会福祉制度の利用
 1−高次脳機能障害に利用できる現行の福祉制度
 2−経済保障制度−障害年金制度など

 索引