やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 人間の祖先がいつの時代に音声言語を獲得したかについては諸説あるが,ゲノム分析によるFOXP2 遺伝子の発見により,おおよそ10 万年前であるという説が有力視されている.この説に従えば,社会を形成して他者と共存して生きる我々にとってかけがえのないコミュニケーションは,10 万年の時を経て蓄積され進化してきたことになる.
 日々の臨床で,認知症のスクリーニングテストを実施している時,書字の課題で漢字を書き,「私もこんな字が書けたのね」と愛おしそうに検査用紙を眺める患者がいる.問診やフリートークで,言い淀みながらも最終的に自分の言いたかったことばが言え,心から安堵したような表情を見せる患者もいる.昔の思い出を語った後で,遠い懐かしい思い出を聞き手と共有して静寂に浸ることもある.コミュニケーションは基本的には情報を交換するためのツールであるが,このような場面に遭遇した時,認知症を患った方々にとってのコミュニケーションの持つ奥深さを思う.
 種類や重症度は多様であるものの,ほとんどすべての認知症患者に何らかのコミュニケーション障害が存在する.本書の目的は,コミュニケーションという切り口で認知症をとらえ,支援のための実用的な方法論を提言することである.認知症の臨床に携わるリハビリテーションスタッフ,これから臨床に携わる学部生や大学院生に向けて,症例を多用しながら具体的に解説・紹介することを心掛けた.
 本書の構成は,認知症とコミュニケーション障害についての概説,評価方法,支援方法の3部である.順に読み進めることもできるし,必要な部分を辞書のように読むこともできる.たとえば,「認知症患者の聴覚障害の評価方法を知りたい」,「前頭側頭型認知症に対するコミュニケーション支援のポイントは何か」といった臨床上の疑問を解決する手段として活用することもできる.
 また,疾患名・検査名などは,原則として各節の初出のみ,【日本語(英語フルスペル:略語)】で表示し,再出以降は略語のみを記した.そして,巻末に「本書で用いた主な略語一覧」を掲載している.
 執筆陣は,認知症に造詣が深く,かつ,日々第一線で,認知症患者に丁寧な臨床を実践しておられる先進的な先生方である.本書の内容が,認知症の臨床に携わる医療職の方々に,コミュニケーション支援に関する実践的な知識や技能を提供できるものであると自負している.そして,それを通して,人生の集大成の時期を生きている認知症の方々の日々のコミュニケーションが,適切で豊かなものになることを願っている.
 2013年10月
 編者
  三村 將
  飯干紀代子
第1章 認知症のコミュニケーション障害
 1 認知症総論(三村 將)
 2 コミュニケーション総論(飯干紀代子)
 3 認知症におけるコミュニケーション障害
  1.視覚・聴覚に起因するもの(山田弘幸)
  2.音声・構音に起因するもの(山田弘幸)
  3.言語に起因するもの(猪股裕子)
  4.認知に起因するもの(若松直樹)
  5.行動に起因するもの(堀 宏治・小西公子・富岡 大・谷 将之・横山佐知子・東 和之・蜂須 貢)
第2章 コミュニケーション障害評価
 1 原因別評価
  1.視覚(飯干紀代子)
  2.聴覚(飯干紀代子)
  3.認知(早川裕子)
  4.言語(飯干紀代子)
  5.構音(飯干紀代子)
  6.行動(森山 泰)
 2 認知症の日常生活評価の実際(小川敬之)
 3 自伝的記憶の聴取(飯干紀代子)
第3章 コミュニケーション支援
 コミュニケーション支援の基本的考え方(斎藤文恵)
 1 コミュニケーションの類型化に基づく支援方法
  1.全体良好型(飯干紀代子)
  2.聴覚障害型(飯干紀代子)
  3.認知障害型(飯干紀代子)
  4.構音障害型(飯干紀代子)
  5.全体不良型(飯干紀代子)
 2 原因疾患別・重症度別の関わり方
  1.アルツハイマー病(AD)(佐藤順子・仲秋秀太郎)
  2.血管性認知症(VaD)(赤沼恭子・目黒謙一)
  3.レビー小体型認知症(DLB)(船山道隆)
  4.前頭側頭葉変性症(FTLD)(吉野文浩・船山道隆)
  5.軽度認知障害(MCI)(岡 瑞紀)
  6.その他の認知症(AD,VaD,DLB,FTLD,MCI以外)(福井俊哉)
 3 BPSDへの対応(小川敬之)
 4 情報支援環境の整備―認知症患者とのより良いコミュニケーションのために―(安田 清)
 5 介護者支援(上杉由美・吉畑博代)
 6 グループ訓練(飯干紀代子)
 7 メモリーブックを用いた支援
  1.メモリーブック総論(飯干紀代子)
  2.メモリーブック各論(飯干紀代子)

 本書で用いた主な略語一覧
 索引