やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 このたび『新版 肩診療マニュアル』を発刊することになりました.本書は,研修医の諸君やこれから肩関節を勉強していこうと考えている方々を対象に肩関節の動きや病態のとらえ方をできるだけ簡潔に伝えようと意図しています.1987年初版が発行され,好評につき改訂を重ね,2004年発行の第3版を経て,今回新たな知見を書き加え修正しました.
 わたしは,かれこれ20年近く前,とある大学の整形外科に入局しました.それほど勉強好きでもなかった者が無理やり受験勉強をしたのがたたったのか,大学時代は全く活字をみる気が起こらず,卒業試験や国家試験は要領だけで切り抜けました.始まる前からこんな態度だったので,入局後も不必要とも思えるほどスパルタな迫力のある先生方に圧倒されまくりました(熱心に指導してくださった大学の先輩方許してください).当然学問を追及しようということには全くならず,関連病院に勤務するようになった後も,今にして思えば貴重な症例を自分ではよく考えずに専門といわれる先生方に紹介したものです.その間,自身がスポーツ好きだからとスポーツ整形に興味をもったり,膝や股関節のバイオメカニクスそっちのけで人工関節の派手な手術に目を奪われたりなどなど,赤面ものの安直な日々を過ごしておりました.
 その後,ひょんなことから信原病院で研修する機会に恵まれました(紹介してくださったS先生ありがとうございます.先生にはいくら感謝しても感謝しきれません).信原先生をはじめとするスタッフの先生が嬉々として仕事する姿は新鮮で,まねてみようとしているうちに自分自身もいつしか肩関節に魅せられて性根いれて仕事をするようになりました.気がつけば手術をスムーズにこなすようになり(これはウソ,毎日四苦八苦,冷や汗をかきながらやっています),病院の研究のお手伝いをしながら現在に至っています(桃栗3年柿8年のろまなわたしは…,気がつけば40半ばのオジサンです).
 肩関節を専門にしているといったん標榜してしまえば,ありがたいことに周りの先生方はどんどん貴重な症例を紹介してくれます.それが年配の先生方なら問題はないのですが,なかには専門も決めていないような若い先生も含まれます.ちょっと考えてみれば全く問題のない患者さんが大半です.もちろん紹介いただくこと自体はありがたいことで,紹介されてメンドウだといっているのではありません.ただ,肩疾患に目を向けている暇はないというならともかく,自分の可能性を自ら摘みとってしまっているんじゃないかとわたし自身の経験に照らし合わせて考えてしまうわけです(本当は,あまりにもたくさんの人が肩に目を向けても困ってしまいます.「人の行く裏に道あり花の山」です).
 肩関連のジャーナルや学会に目を向けますとさまざまな横文字が飛び込んできます.ちょっと前ならSLAP,TUBS,AMBRII.HAGLう〜ん,このあたりならまだいけますが,PASTA,GIRDぐらいになってくるとあやしくなってきます.ちょっと読んだだけでは頭に入りにくいし,文字をみただけで怯んでしまうこともあるでしょう.でも肩関節に限らず人間の体は,長い時間を経てこのようなかたちになっているわけで,その形態や機能(そこからはずれてくる病態も含めて)には理屈や意味があるはずです.そしてこれらの意味を考えること自体,本来楽しくてワクワクすることだと思うのです.自分たち自身で小難しいものにしているように思えてなりません.
 とりとめのないまえがきになってしまいましたが,わたし自身がとるに足らないことはわかっていただけたと思います.本書を通じてイイタイコトは,専門家とされる大部分の人もそんなに変わらないので,怯まず自分で考えながらやっていってくださいということと,肩関節の動きや形態を考えること自体大変おもしろいですヨ,の2つです.本書の内容を否定することから始めてもらってもいっこうに構いません(そうであれば思いは少々複雑にはなりますが).この本がそのようなきっかけになることを願っています.
 自分自身がいつまでも肩関節に魅せられて嬉々と仕事していたいと思いつつ.
 2013年11月
 信原病院・バイオメカニクス研究所
 乾 浩明
 まえがき
 本書の利用方法
第1章 解剖と仕組み
 1.骨
  (1)肩甲骨
  (2)鎖骨
  (3)上腕骨
 2.関節
  (1)狭義の肩関節
  (2)第2肩関節
  (3)肩鎖関節
  (4)烏口鎖骨間メカニズム
  (5)肩甲胸郭関節
  (6)胸鎖関節
  (7)上腕二頭筋長頭腱
 3.滑液包
 4.筋と神経支配
  (1)体幹と肩甲骨の間を結ぶ筋
  (2)体幹と上腕骨の間を結ぶ筋
  (3)肩甲骨と上腕骨の間を結ぶ筋
 5.神経
  (1)腕神経叢
 6.血管
第2章 バイオメカニクス
 1.上腕骨と肩甲骨の動き,リズム
 2.トルク曲線
 3.関節に潜むparadox
 4.関節の動きを決定する3点の位置関係
 5.接触域
 6.形態と動きの関係
 7.ゼロポジションと可動域の広がり
 8.種々の研究の解釈
 9.病態のとらえ方
第3章 症状と診断
 1.問診
 2.視診
 3.触診
  (1)疼痛
  (2)関節安定性
  (3)運動制限
  (4)腫脹・変形
  (5)軋音
 4.関節可動域検査,筋力検査
  (1)関節可動域検査
  (2)筋力検査
 5.その他の徒手検査
 6.肩関節疾患治療成績判定基準
第4章 画像評価
 1.X線像
  (1)肩関節
  (2)肩鎖関節
  (3)鎖骨
  (4)胸鎖関節
 2.正常単純X線像
  (1)肩甲骨
  (2)鎖骨
  (3)上腕骨
 3.関節造影
  (1)肩関節造影の実際
  (2)正常像
  (3)代表的な疾患の関節造影所見
  (4)関節造影時に行う治療
 4.MRI
第5章 肩関節疾患
 1.肩関節周囲炎
  (1)歴史,定義
  (2)病因,病態
  (3)患者背景
  (4)症状と診断
  (5)治療
  (6)予後
 2.腱板炎
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
 3.石灰沈着性腱板炎
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
 4.上腕二頭筋長頭腱炎
  (1)患者背景
  (2)病態
  (3)症状と診断
  (4)治療
  (5)断裂との関連
 5.上腕二頭筋長頭腱断裂
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
 6.上腕二頭筋長頭腱脱臼・亜脱臼
  (1)症状と診断
  (2)治療
 7.腱板断裂
  (1)患者背景
  (2)病因
  (3)症状と診断
  (4)病理
  (5)治療
  (6)手術成績
  (7)成績不良例の検討
  (8)特殊な腱板断裂
 8.腱板疎部損傷
  (1)解剖と病態
  (2)患者背景
  (3)症状と診断
  (4)治療
  (5)成績
 9.動揺性肩関節症
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
 10.反復性肩関節脱臼
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
 11.随意性肩関節脱臼・亜脱臼
 12.後方脱臼・亜脱臼
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
 13.鎖骨骨折
  (1)患者背景
  (2)診断と分類
  (3)治療
 14.上腕骨近位端骨折・脱臼骨折
  (1)上腕骨近位端骨折の分類
  (2)治療
 15.肩甲骨骨折
  (1)患者背景
 16.外傷性肩関節脱臼
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
  (4)陳旧性肩関節脱臼
 17.肩鎖関節脱臼
  (1)患者背景
  (2)症状と分類
  (3)治療
 18.胸鎖関節脱臼
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
 「memo」外傷つれづれなるままに
 19.先天性疾患
  (1)先天性肩関節脱臼
  (2)先天性鎖骨形成不全,先天性鎖骨偽関節
  (3)先天性肩甲骨高位症
  (4)内反上腕骨
  (5)烏口鎖骨靱帯の異常
 20.関節リウマチ
  (1)患者背景
  (2)症状と診断
  (3)治療
  (4)その他
 21.化膿性肩関節炎
  (1)症状と診断
  (2)治療
  (3)その他
 22.肩結合織炎
  (1)患者背景
  (2)症状と病態
  (3)治療
 23.神経麻痺,損傷
  (1)絞扼性神経障害,entrapment neuropathy
  (2)腕神経叢麻痺
  (3)その他
 24.変形性肩関節症
  (1)症状と診断
  (2)治療
 25.その他の疾患
  (1)弾発肩および雑音症
  (2)神経病性肩関節症
第6章 スポーツ障害
 1.各種スポーツの特徴
  (1)野球,ソフトボール,バレーボールなど
  (2)柔道
  (3)ラグビー
  (4)スキー
  (5)ハンドボール
 2.投球動作
  (1)投球動作
  (2)肩の動き
 3.投球障害(総論)
 4.当院での研究
 5.投球障害(各論)
  (1)腱板疎部損傷
  (2)腱板炎,肩峰下滑液包炎,インピンジメント症候群
  (3)反復性肩関節脱臼
  (4)動揺性肩関節症
  (5)腱板断裂
  (6)関節唇損傷,SLAP lesion
  (7)Quadrilateral space syndrome
  (8)肩甲上神経麻痺
  (9)little leaguer's shoulder
  (10)腱板疎部損傷─棘下筋腱断裂合併症候群
  (11)広背筋症候群
  (12)後方タイトネス
第7章 注射・装具・理学療法
 1.注射療法
  (1)肩峰下滑液包への注射
  (2)結節間溝への注射
  (3)肩甲上腕関節内への注射
  (4)肩甲骨内上角への注射
  (5)星状神経節ブロック
  (6)肩甲上神経ブロック
 2.装具・固定療法
  (1)Desault包帯固定
  (2)Velpeau包帯固定
  (3)三角巾固定
  (4)8字包帯固定
  (5)絆創膏固定
  (6)懸垂装具
  (7)ギプス固定
 3.理学療法
  (1)患者自身で行う
  (2)理学療法士と行う
 文献
 索引
 あとがきにかえて