やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 超高齢社会が現実のものとして日々の診療や生活場面で実感されることが多くなっている.そのなかで嚥下障害は,在院日数短縮が至上命令の急性期病院でも,患者の早期受け入れを進めている回復期リハビリテーション病棟や慢性期医療施設,さらに介護力不足が顕著となった在宅で非常に大きな問題となっている.これまでは食べられない患者を胃瘻や経管栄養にしてやり過ごしてきた感が否めない医療現場であるが,現在のように多数の嚥下障害患者がどこにでもいる現状では,この問題に正面から取り組まざるをえない.
 嚥下障害に関する情報は以前に比べ書籍や論文,インターネットで飛躍的に得られやすくなってきた.筆者の関連するどの学会をみても,嚥下障害関連の演題が必ず発表されているし,嚥下障害に関する研究会や講習会・セミナー,さらに学会も開催すれば極めて多数の参加者がある.そのなかで嚥下障害や誤嚥性肺炎に関する評価・診断,治療(リハビリテーション,手術)については多く知識が得られるが,疾患からみた嚥下障害の特徴などの情報は多くない.実際に医師(特に嚥下障害を専門としていない医師)やメディカルスタッフが現在みている患者とその疾患からくる嚥下障害について知りたいと思っても,なかなか欲しい情報が得られない.
 編集者らは,このような状況を少しでも打破し,多くの医師や医療関係者が嚥下障害をきたす疾患について理解することができるテキストを作成する必要があると考えた.はじめから困難は予想していたが,実際に作業を始めてみるとまず,項目(疾患)と執筆者の選定に難渋した.これは嚥下障害の分野がいかに立ち後れているかの裏返しかもしれない.全国で活躍しておられる各疾患の専門医師は多くても,そのなかで嚥下障害に精通し,嚥下障害を主体に研究しておられる医師は多くない.それでも編者の先生方の知恵とつてを頼ってお忙しい先生方に以下の要領で執筆を依頼した.
 (1)疾患の概念,頻度(なお診断基準などが必要と思われれば簡潔に記述)
 (2)嚥下障害の特徴・頻度,自然経過,予後
 (3)疾患自体の治療法,予後
 (4)嚥下障害の治療法
 (5)文献的考察:特に必須の重要文献があれば解説を加えて取り上げる
 心がけていただいたのは,教科書的に嚥下障害をきたす疾患を解説し,その疾患に伴う嚥下障害の特徴(頻度,自然経過,予後,治療法)などを理解できる手引き書とすること.嚥下障害に対するリハビリテーション訓練法や経管栄養法その他のケア技術などは成書の紹介と簡単な記述にとどめ,あくまで医師が必要とする疾患とそれに付随する嚥下障害の理解に主眼をおいた本を作成することであった.
 できあがった本は,これまでわが国のみならず世界的にみても例を見ない大変充実した内容となっている.編者自身が大変勉強にもなったし,これを手にされる多くの医師やメディカルスタッフのバイブル的存在になるかとも思われる.これを機に多くの研修医や一般医師さらにメディカルスタッフが嚥下障害の理解を深め,この分野に関心をもって診療に従事していただけるようになることを切に願うものである.
 2012年7月 藤島一郎
1章 脳血管疾患(編者:谷口 洋)
 1 総論:脳血管疾患の原因と嚥下障害の特徴(藤島一郎)
 2 両側大脳病変(偽性球麻痺)(卜部貴夫)
 3 一側性大脳病変による嚥下障害(巨島文子)
 4 弁蓋部症候群(Foix-Chavany-Marie症候群)(巨島文子)
 5 中脳・橋病変(高橋博達)
 6 脳血管障害の小脳病変(石橋敦子,藤島一郎)
 7 延髄外側症候群(Wallenberg症候群)(谷口 洋)
 8 延髄内側梗塞(谷口 洋)
2章 頭部外傷およびその他の脳損傷(編者:片桐伯真)
 1 総論:脳の損傷と嚥下障害(片桐伯真)
 2 頭部外傷における摂食・嚥下障害(太田喜久夫)
 3 脳腫瘍(田沼 明)
 4 水頭症(瀬田 拓)
 5 低酸素脳症(蘇生後脳症)(片桐伯真)
3章 小児疾患(編者:北住映二)
 1 総論:小児疾患における摂食・嚥下障害の特徴・注意点(北住映二)
 2 脳性麻痺(北住映二)
 3 神経変性疾患・代謝性神経疾患(井合瑞江)
 4 ダウン症(Down症候群)(尾本和彦,北住映二)
 5 その他の染色体異常(渥美 聡)
 6 筋ジストロフィー(村山恵子)
 7 脊髄性筋萎縮症(佐野のぞみ)
 8 唇顎口蓋裂(舘村 卓)
 9 Robinシークエンス(田角 勝)
 10 先天性食道閉鎖(西島栄治)
 11 自閉症スペクトラム(篠崎昌子)
4章 神経筋疾患(編者:山脇正永)
 1 総論:神経疾患における嚥下障害の特徴と理解(山脇正永)
 2 パーキンソン病(野園子)
 3 進行性核上性麻痺(市原典子)
 4 脊髄小脳変性症(多系統萎縮症)(磯崎英冶)
 5 筋萎縮性側索硬化症(野園子)
 6 球脊髄性筋萎縮症(坂野晴彦,勝野雅央,祖父江 元)
 7 筋ジストロフィー・筋強直性ジストロフィー(大塚友吉)
 8 多発性硬化症(山脇正永)
 9 ギラン・バレー症候群(谷口 洋)
 10 重症筋無力症(山脇正永)
 11 炎症性筋疾患−多発筋炎,皮膚筋炎,封入体筋炎,自己免疫性壊死性ミオパチー(大矢 寧)
 12 感染性疾患(VZVの多発脳神経障害を含めて)(瀬川文徳)
 13 反回神経麻痺(梅俊郎)
 14 精神疾患の嚥下障害(山本敏之)
 15 認知症(山脇正永)
5章 頭頸部腫瘍−特に悪性腫瘍・器質的疾患とその術後(編者:藤本保志)
 1 総論:頭頸部の器質的疾患による嚥下障害の特徴と治療(藤本保志)
 2 上中下咽頭癌の放射線治療後嚥下障害(戸嶋雅道,全田貞幹)
 3 口腔癌・中咽頭癌手術(鬼塚哲郎)
 4 喉頭癌術後の嚥下障害(藤本保志)
 5 下咽頭癌術後(松浦一登)
 6 食道癌(矢野雅彦)
 7 頸椎疾患(佐藤友里,藤島一郎)
6章 内科的疾患(編者:丸茂一義)
 1 総論:全身体力消耗状態(丸茂一義)
 2 心因性の嚥下障害(丸茂一義)
 3 慢性閉塞性肺疾患(COPD)(寺本信嗣)
 4 誤嚥性肺炎(寺本信嗣)
 5 食道運動障害(アカラシア,その他の食道運動障害)(岩切勝彦)
 6 食道逆流症(丸茂一義)
 7 関節リウマチ(向井英一)
 8 全身性強皮症,その他の膠原病(崎芳成)
 9 嚥下に悪影響を与える薬剤(倉田なおみ,藤島一郎)

 付表 嚥下に悪影響を与える薬剤一覧
 索引
 COLUMN
  水と固形物はどちらが飲み込みやすいか?(藤島一郎)
  サルコペニア(sarcopenia)と嚥下障害(藤島一郎)
  嚥下の訓練と治療(藤島一郎)
  嚥下における大脳の関与−左右差について−(谷口 洋)
  疑核のtopography (谷口 洋)
  グラスゴー昏睡尺度(Glasgow Coma Scale:GCS)(太田喜久夫)
  死んでもいいから食べさせてほしいという患者がいたらどうするか?(藤谷順子)
  ボツリヌス毒素注入療法(青柳陽一郎)
  急性期病院の実情(西村 立)
  口腔内補助装置について(大野友久)
  精神疾患をもつ患者の嚥下障害(中村智之)
  嚥下障害と非侵襲的脳刺激法(重松 孝)
  舌圧について(小野高裕)
  頭頸部癌・食道癌・肺癌などの気管切開(藤本保志)
  あごは出すの?上げるの?引くの?頷くの?(藤本保志)
  頸部回旋は患側を向く?健側を向く?(藤本保志)
  喉頭蓋管形成術(金沢英哲)
  食道癌・肺癌術後の反回神経麻痺(藤本保志)
  呼吸困難に対するHugh-Jones(ヒュー・ジョーンズ,H-J)分類(藤島一郎)
  局所麻酔下嚥下手術(金沢英哲)
  施設での対応(福村直毅)
  「薬」と「剤」の違い(倉田なおみ)
  嚥下に好影響を与える薬剤(藤島一郎)