やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 ここに『“作業”の捉え方と評価・支援技術』が発刊されたことに対して,これまでご協力をいただいた岩瀬義昭主任研究員,村井千賀研究員をはじめ多くの方々に,心より感謝と敬意を表します.本当にありがとうございました.
 作業療法は,「人は作業を行うことで健康になれる」という単純で明快な理論と実践のもと発展してきました.脳梗塞右片麻痺で失語症の方が入院中に絵を描き始め,3年後には個展を開くまでになり,今では地域の方々に愛されその人の生きがいになっている.また,第5頸髄損傷の重度の障害をもちながらも,介護支援事業所を起業し職員30名を雇用しながら社会貢献をされている.このように,障害をもっていても,いきいきと生活を送っている方の事例は,枚挙に暇がありません.
 しかし,残念ながら一方では「寝たきり」「ひきこもり」「廃用症候群」など,障害を引き金に活動や社会参加が著しく制限された生活を送る方々も多くいらっしゃいます.「なぜなのだろう」と思うのは私ばかりではないでしょうし,「何とかしなくては」と誰もが考えると思います.
 このようないわば負の現状をみるにつけ,「作業療法をもっと役立たせるためにはどうしたらよいのか?」「誰もができる,もっと役立つ作業療法がないのか」など,作業療法(士)に対する期待と必要性を感じていました.
 平成20年度厚生労働省老人保健健康推進事業「高齢者の持てる能力を引き出す地域包括支援のあり方研究」,同平成21年度事業「自立支援に向けた包括マネジメントによる総合的なサービスモデル調査研究」,同平成22年度事業「包括マネジメントを活用した総合サービスモデルのあり方研究」は,まさに上記の疑問に対する答えを得るべく取り組んだ事業です.その結果,作業療法の効果として「やる気を引き出す」「楽しみを引き出し,継続させる」「役割を再確認させ,発展させる」「本人を含む家族,地域社会の環境によい効果を与える」などが確認できました.もちろんICFでの心身,活動向上,改善の効果も明らかとなりました.
 これらの取り組みは,介護予防・地域支援事業の有効な手段として認められ,次期介護保険改定の中で1つのツールとして活用されようとしています.多くの国税をいただき進めてきた活動が,やっと国民の皆様に還元できるシステムとして結実しつつあるのです.協会員一同,その責任を自覚して取り組んでまいりたいと思います.
 さて本書の役割は,まさに「作業療法をもっと役立たせるためにはどうしたらよいのか?」「誰もができる,もっと役立つ作業療法はないか」の疑問に答える提案だと思います.先に述べたように,介護保険法改定の施策の具体的ツールの1つとして取り上げられたら嬉しく思いますが,その有無はさておき,作業療法は変わるべき時期と環境にあるということです.本書がそのガイドラインとなれば幸いです.
 最後に,これまでこの事業を支えていいただいた,澤村誠志先生をはじめとした推進委員の皆様,折々に適切なご指導をいただきました厚生労働省老健局の皆様,研究事業にご協力をいただいた利用者,施設の皆様に心より感謝申し上げます.
 平成23年8月吉日
 社団法人日本作業療法士協会会長
 中村春基

推薦のことば
 介護を必要とする高齢者や障害のある人々を含めて,誰もが安心して,心豊かにいきいきと暮らし続ける社会を目ざしたい.これは誰もが望む地域リハビリテーションの理念であり,究極的には年齢・性別・障害の種類・文化を超えて,誰もが尊厳を保ちながら,社会の一員としてより積極的に参加できるインクルーシブ社会の創生をゴールとしている.このような国際的な流れのなかで多くの福祉医療先進国では,病院・施設ケア中心政策から,障害のある人が主体性を発揮し,より質の高い在宅生活の獲得を目ざす政策へと移行し,主流となりつつある.これには地域における多くの医療・介護・福祉専門職の連携が不可欠であるが,海外先進国ではその中核的存在としての作業療法士の果たす役割が特に注目されてきた.一方,わが国では作業療法士の役割に対する一般市民の認知度は,我々が期待するほど高くない.その理由の1つは,“作業”という言葉の捉え方と評価・支援技術についての明確な方向性や,作業療法士の役割についての理解が十分でなかったためと推察している.
 このような背景のなかで,3年間の厚生労働省老人保健健康増進事業を受けて,日本作業療法士協会が中村春基会長のもとに協会の総力を挙げて多くの研究班を立ち上げ,高齢者のもてる能力を引き出す地域包括支援のありかたに真摯に取り組まれた.本書は,その研究結果をもとに作成された「作業の捉え方と評価・支援技術」に関するテキストである.「人は作業することで健康になれる」という単純で明快な理論と実践のもとに,高齢者が生活するうえで重要な意味のある作業を見つけ,能力をアセスメントする「包括マネジメントによる総合的なサービスモデル」が開発・提示されている.そして,地域包括支援センターや通所リハなどにおけるツールの活用法などの実践的内容を紹介し,包括マネジメントやツールの効果について客観的な裏づけがなされている.また,本書の事例集では,各領域・疾病について多くのセットツール活用の実際が示されている.この研究事業に参加させていただいた一員として,終始懸命に取り組まれた岩瀬義昭主任研究員,村井千賀ありかた班長をはじめ,研究班の皆様に敬意を捧げたい.
 本書は,今後の我が国における作業療法についての基本的な考え方を示し,生活行為向上マネジメントツールの活用を通じて,作業療法士の技術・役割を国民に明快に示したものである信じている.したがって,できるだけ多くの教育機関で共通テキストとして利用していただくとともに,さらに地域で高齢者を支援されている医療・福祉・介護に関わる専門職共通のテキストでありたいと願っている.なお,本書は老人保健健康増進事業の成果を基本としているため対象が高齢者に偏っているが,同じ地域で生活している身体・知的・精神障害者,発達障害,高次脳機能障害のある人々にも共通する課題であり,インクルーシブな社会づくりに必要なテキストとしてもご推薦申し上げたい.
 兵庫県立総合リハビリテーションセンター名誉院長
 澤村誠志

推薦のことば
 「さぎょう」は,わかりやすい日本語だと思うが,「作業療法士」はわかりにくいらしい.「作業療法士」が「作業」を捨てて,理学療法もどきを展開してきた実践の現場は,「リハビリ漬け」と称する「機能訓練」中心型生活を奨励し,人生を味わうことや生きがいの追求を二の次とする生き方を生み出してきた.今こそ,「作業」を健康・元気づくり・生きがいづくりの手段として活用する専門家・作業療法士が,社会に必須の職種として,獅子奮迅の活躍ができそうである.けれども当の作業療法士は,どれだけそれを深く自覚しているだろうか.
 介護保険が我が国で始まって10年が過ぎ,「リハビリ前置主義」と開始時に提唱された「自立」を引き出すうえで,「作業」することの意味,「作業」することイコール「生活」「人生」という実感,「作業」することが健康,生きがいをつかむという視点.本書はこれらのことに強く深く自覚を促す1 冊である.理解を深めるために,ぜひ本書をひもといてほしい.
 「作業」をすると,なにがしかの感激を伴う.感激はプラス面だけでなく,「疲れた」「苦しい」「おもしろくない」といったマイナス面の感情表出も引き起こす.こういう感情の起伏を伴う現象が作業効果(結果)である.その起爆剤が「作業すること」である.「感情が激する状態」がしばらく続いた後には,感情が大きく揺さぶられる「感動」状態に陥る.作業することは必ず,その人間の「意思」を揺さぶり,感激・感動をもたらす.「やったあー」「うまくいったぞ」「うれしい」.そうした自覚は,「達成感」という「おまけ」を手にする.
 このご褒美の味をしめると,人間は,ますます味を求めて「作業」しようとする.そうなると,しめたものだ.「作業」すればするほど,「まだまだ自分はすてたものではない」「自分もまんざらでもない.たいしたものだ」という自分自身の「有能感」に浸ることができる.「有能感」を抱くようになった人間は,もはや自らの存在を尊重し自己コントロールし始める.好きな「作業」を自分の好むように魅惑的に捉え,暮らし,生き方の上で生活の一部に取り込んだり,人生の中心に捉えるような展開があったりする.そこが「生きがい」の始まりである.いきいきと生きている状態はここに結実する.「自ら」の「意思の働き」で「作業する」ということがこれらのすべてを引き出すのである.
 それを,障害や認知症,加齢などによる困難状況にある方においてうまく素敵に引き出す名人こそ「作業療法士」なのだ.その極意をしたためたのが本書である.とっつきにくいと感じる吾人は,写真だけ見てページをめくればいい.それがまさにあなたの「さぎょう」だ.すべてはその「作業」から始まる.
 夢のみずうみ村代表
 藤原 茂
 はじめに(中村春基)
 推薦のことば(澤村誠志)
 推薦のことば(藤原 茂)
1.本書をよりよく活用するために(大庭潤平)
 1――本書の目的
 2――本書の作成に至った経緯
 3――各章の目的と使い方
 4――まとめと今後の課題
2.すべての人によい作業を(吉川ひろみ)
 1――キーワード
 2――「すべての人によい作業を」という作業療法
 3――作業療法の目標
3.生活行為向上マネジメントとは(村井千賀)
 1――人の営みは作業の連続で成り立っている
 2――日本における高齢者の実態
 3――「生活行為障害」とは何か
 4――生活行為向上マネジメント
 5――生活行為向上マネジメントによるプログラムモデル事例
 6――生活行為向上マネジメントの特徴と活用
4.マネジメントツールの使い方(竹内さをり)
 1――生活行為向上マネジメントプログラムの立案について
 2――実践事例の紹介
 3――演習問題
5.生活行為向上マネジメントツール活用のコツ(東 祐二)
 1――生活行為向上マネジメントにおける作業療法士の臨床姿勢(思考的バリアを整理する)
 2――意味ある作業を支援する時期
 3――本人から想いを引き出す際のコツ(面接技術)
 4――生活状況確認表と作業目標設定(不安・心配の解消・3か月先の作業目標)
 5――介護支援専門員と連携をとる際に配慮する点
 6――作業の連続のための連携のポイント
 7――まとめにかえて
6.事例編
 Case1 「孫に手紙を書きたい」という想いに焦点を当てた作業を通じ,退院後の生活がイメージできたAさん(長谷川敬一)
 Case2 家事練習を行い自信の回復・病前の役割の再獲得へつながったBさん(長谷川敬一)
 Case3 編み物を通してメリハリのある生活を取り戻したCさん(渡邊基子)
 Case4 洗濯という活動により心と身体の活動性が向上したDさん(渡邊基子)
 Case5 廃用症候群で閉じこもっていた生活から,ご近所へ遊びに行けるようになったEさん(榎森智絵)
 Case6 模擬的な活動の練習と外出によって自信がつき,以前の生活を取り戻したFさん(榎森智絵)
 Case7 アクリルタワシ作りから活動範囲が広がったGさん(宮永敬市)
 Case8 料理により活動意欲が向上したHさん(長谷麻由)
 Case9 重度認知症であってもレクリエーションの道具を作ったことで他者や家族との交流のきっかけができたIさん(平間麗香・土井勝幸)
 Case10 なじみのある日曜大工を実施し,失敗体験をしながらも活動に参加できたJさん(軽度認知症)(二木理恵・土井勝幸)
7.客観的な裏づけ(能登真一)
 1――作業療法の効果判定の意義とその方法
 2――研究事業で得られた効果
 3――結果のまとめと今後の展望

 関係者一覧
 巻末資料
 索引