やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 リハビリテーションにおいて,摂食・嚥下障害が運動障害や感覚障害と同様に機能障害のひとつとしてアプローチが行われるようになったのは,年号が昭和から平成へと変わる頃からである.どんなに時代が変わろうとも,人は自分の力で,自分の好きな時に,自分の好きな物を,自分が好きな量だけ,自分が好きな場所で,自分の好きな人と一緒に食べたいという願いは変わらない.
 作業療法士はこのような患者個々人の「食」に対する思いを実現させるための役割を担ってきた.しかし,新たな専門職種の誕生,社会構造の変化に伴う作業療法士の役割の増大,作業療法のさらなる専門分化などが進展するなかで,1994年に診療報酬が改定され「摂食機能療法」が算定できるようになった.その後幾度かの改定により,作業療法士は食事姿勢や食事環境など舞台で言えば裏方としての役割を担い,直接的に表舞台である摂食に関与する職種として明記されなかったことがひとつのきっかけになって,心あるリハ医の方々をはじめ他職種から叱咤激励を受ける立場になってしまった.さらに,このような摂食・嚥下障害に対する作業療法士の姿勢は,後輩を育成する教育の場にも少なからず影響を及ぼしつつあった.加速する少子高齢化時代において,学生が臨床の場に一歩を踏み出す時,障害をもつ高齢者は避けては通れない現状がある.現に筆者が勤務する大学の臨床実習においても,摂食・嚥下障害を合併している障害者・高齢者を担当する機会は年々増加しているにもかかわらず,卒前教育や指導において作業療法士の関与の痕跡が少ないことが気になってきた.また臨床の場においても作業療法士が不在の形で,摂食・嚥下障害への対応が進められることが多くなったことを耳にする機会も増えてきた.臨床業務の膨大さから摂食・嚥下障害と向き合う時間がないのか,役割の不透明さが摂食・嚥下障害への関与を希薄にしているのかなどと思いを巡らす日々であった.
 このようななかで,長年にわたり作業療法士として摂食・嚥下障害の臨床・教育・研究に関わってきた者として,摂食・嚥下障害は特別な障害ではなく,日々の臨床で対応している機能障害が原因の大部分を占めていることや,作業療法士が患者個々人にとっての「食」の価値をグローバルな視点で捉えることができ,患者の願いを実現に導くための対応策を兼ね備えた数少ない職種であることを,作業療法士自身や他職種に伝えたいという思いが本書企画のきっかけであった.
 本書の執筆者は,前職場で研究を共にした古我氏を除けば全員が作業療法士であり,各疾患に合併する摂食・嚥下障害に対して日常的に果たしている役割を率直に書いてほしいという依頼で完成した.今後,本書が摂食・嚥下障害への作業療法士の積極的な関わりの促進,他職種への作業療法士の役割の理解と啓蒙,さらには作業療法士の関わりにより摂食・嚥下障害患者が,再び「食」への思いをひとつでも多く獲得できることを願ってやまない.
 最後に,執筆の機会を与えてもらっただけでなく,本書の完成までご尽力とご支援をいただいた医歯薬出版株式会社編集部にこの場をお借りして心よりお礼を申し上げたい.
 2010年2月吉日
 編者 東嶋美佐子
 序文
 執筆者一覧
総論 摂食・嚥下障害の基礎知識
第1章 作業療法の基礎的理解のために
第2章 摂食・嚥下の解剖生理
第3章 摂食・嚥下と呼吸
第4章-1 摂食・嚥下障害の基礎知識
第4章-2 摂食・嚥下障害に対する評価法
第4章-3 摂食・嚥下障害に対する治療法
第5章-1 摂食・嚥下障害における作業療法士の役割
第5章-2 作業療法士の役割-活動を用いた機能訓練
第5章-3 作業療法士の役割-食事動作訓練
第5章-4 作業療法士の役割-食事姿勢
第5章-5 作業療法士の役割-高次脳機能障害に対する訓練
第5章-6 作業療法士の役割-家族・患者・介護者への指導
第6章-1 病院での摂食・嚥下障害に対する作業療法士の役割
第6章-2 施設での摂食・嚥下障害に対する作業療法士の役割
第6章-3 在宅での摂食・嚥下障害に対する作業療法士の役割
各論 疾患別の対応
第7章-1 筋ジストロフィーに伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-2 脳性麻痺に伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-3 食べることを好まない子どもの摂食・嚥下障害への対応
第7章-4 NICUにおける特有な摂食・嚥下障害への対応
第7章-5 重症心身障害児・者に特有な摂食・嚥下障害への対応
第7章-6 認知症に伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-7 加齢に伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-8 脳血管障害に伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-9 パーキンソン病・症候群に伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-10 ALSに伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-11 COPDに伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-12 悪性腫瘍に伴う摂食・嚥下障害への対応
第7章-13 上肢と手指の運動障害に伴う摂食・嚥下障害への対応

 索引