やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 運動・動作分析は日々の臨床において重要な評価ツールになっている.観察に始まり,運動軌道から関節運動を,関節運動からその力源を,さらには中枢神経系の制御について推論する一連の過程が運動・動作分析といえる.われわれは正常範囲の関節運動パターンをよく理解しているので,それからの逸脱にはきわめて敏感である.そのことは,身体運動学を知っていようと知るまいと変わらないことである.しかし,運動軌道や関節運動の正常からの逸脱から原因を推論するとなると,身体運動学を基礎として学んでいなければ到底無理な話である.付け加えるならば,身体運動学を学んでいても,推論過程のトレーニングを積まなければ,決して意義ある運動・動作分析はできないであろう.
 運動・動作分析が,臨床,とくにリハビリテーション医療の分野において,トップダウンによる障害構造の評価には欠くことのできないツールであることはすでに説明した.ところが,「同じ対象者を観ても観察者が異なれば問題点も異なってでてくる」ということが半ば公然として認知されているのも事実である.似たようなことは,観察による歩行分析に関しての検者間の信頼性を検討した研究からも問題視されている.なかには,関節運動パターンの観察でさえも十分な信頼性は得られないと指摘しているものさえある.重要なツールとしての認識があるならば,少なくとも標準的な観察および推論方法を,運動・動作分析を学ぼうとしているものたちに提示すべきではなかろうか.
 これまで,運動・動作分析に関する教科書としては,トレーニングを十分に積んだ臨床家がそれぞれの解釈を説明したものが多い.初学者がどのように推論を進めてゆけばよいのか具体的な方法を示したものは少ない.その意味で,本書は重要な項目ごとに要点をまとめ,それに関連する演習により,初歩からトレーニングを進められるようにまとめたものである.いわば,自ら学ぶことに徹したともいえる.ただし,学習するにあたっての道標は随所に盛り込んだつもりである.各演習には,その演習課題の目的と要点を示し,トレーニングの到達目標を見失わないよう工夫した.また,CD-ROMに動画および静止画を収録し,自学自習できるように配慮した.初学者においては繰り返し動画を観察することで,臨床家としての眼を養えると考えるためである.
 一方で,CD-ROMに収録している解答例の利用には注意を要する.とくに,ヒトの運動における筋活動は多様であり,関節運動の安定化のために生じる同時収縮などは象徴的な事象である.正解例をだすことは困難であるが,まずは重力との関係で関節運動を実現するために必要最小限の活動を提示することを心がけた.
 本書の骨幹となっているのは,本学の運動・動作分析学で使用している演習ノートである.開学以来,どのように演習課題を進めると学生が理解しやすいのか,毎年のように検討を重ねてきた.その意味で,本学の卒業生,在校生に感謝の意を表したい.一方,身体運動学,運動制御に関する研究は日進月歩である.臨床家となってから,常に新しい知見を吸収し,研鑽を積む必要があるだろう.本書がその礎となることを願ってやまない.
 2008年師走
 藤澤宏幸
 序(藤澤宏幸)
第1章 運動と動作の見方
 1 観察による運動・動作分析の目的
 2 動作と運動
  1)動作とは 2)運動軌道 3)関節運動 4)順運動学と逆運動学
 3 動作の運動パターン
  1)動作の柔軟性 2)日常基本動作の定型性
 4 動作の記述
  1)空間座標系(直交座標) 2)身体座標系(極座標) 3)関節運動の定義 4)運動と姿勢 5)運動の分類 6)関節運動の記述
 演習1-1 動作と姿勢変化CD-ROM参照
 演習1-2 線画の練習CD-ROM参照
第2章 運動学から運動力学へ
 1 筋張力と重力
  1)重力 2)体節の重心と合成 3)筋張力
 2 力のモーメント
  1)力の回転作用 2)重力モーメント 3)筋モーメント 4)剛体の平衡条件
 3 モーメントと関節運動
  1)関節運動の原因としてのモーメント 2)関節運動からの筋モーメントの推定
 4 運動・動作分析と障害構造
  1)国際障害分類モデル 2)国際生活機能分類 3)障害の見方と運動・動作分析
 演習2-1 連続動作の単位動作への分解CD-ROM参照
第3章 運動分析の手順
 1 関節運動の運動学的記述
  1)運動課題と運動条件 2)運動過程の相区分 3)線画と関節角度の設定 4)角度変化 5)運動パターンの異常
 2 筋モーメントの推定
  1)重力モーメント 2)筋モーメントと筋活動
 3 例1:単関節運動の場合(図3-2)
  1)運動課題:1関節リーチ動作 2)運動条件 3)運動相 4)線画と関節角度の設定 5)関節角度の変化の模式図 6)重力モーメント 7)筋モーメントと筋活動 8)筋活動から関節運動へ
 4 例2:多関節運動の場合(図3-3)
  1)運動課題:2関節リーチ動作 2)運動条件 3)運動相 4)線画と関節角度の設定 5)関節角度の変化の模式図 6)重力モーメント 7)筋モーメントと筋活動
 演習3-1 肘関節伸展屈曲運動の運動分析(端座位,肩関節150°屈曲位)CD-ROM参照
 演習3-2 膝関節伸展屈曲運動の運動分析(端座位)CD-ROM参照
 演習3-3 肩関節屈曲伸展運動の運動分析(背臥位)CD-ROM参照
 演習3-4 下肢屈曲伸展運動の運動分析(背臥位)CD-ROM参照
 演習3-5 前方へのリーチ動作の運動分析(端座位)CD-ROM参照
 演習3-6 スクワット動作の運動分析(体幹直立位保持)CD-ROM参照
 演習3-7 スクワット動作の運動分析(体幹前傾位)CD-ROM参照
 演習3-8 椅子からの立ち上がり動作の分析(端座位⇒立位:ゆっくり)CD-ROM参照
 演習3-9 立位から椅子への着座動作の分析(立位⇒端座位:ゆっくり)CD-ROM参照
第4章 バランス制御と筋活動
 1 運動・動作とバランス
 2 姿勢の定義とバランスの分類
  1)姿勢の定義 2)姿勢の評価:構えとアライメント 3)バランスの分類
 3 バランスの力学的理解
  1)力学における平衡 2)重心,支持基底面および圧中心
 4 重心,圧中心の関係
 5 重心,圧中心,支持基底面の関係
 6 安定と不安定
 7 姿勢保持に関する筋活動の推定
 演習4-1 立ち直り反応・平衡速動反応の観察
 演習4-2 姿勢における支持基底面の観察CD-ROM参照
 演習4-3 姿勢保持に関する筋活動の推定(端座位,両足底接地)CD-ROM参照
 演習4-4 姿勢保持に関する筋活動の推定(四つ這い位)CD-ROM参照
 演習4-5 姿勢保持に関する筋活動の推定(膝立ち位)CD-ROM参照
 演習4-6 姿勢保持に関する筋活動の推定(立位)CD-ROM参照
 演習4-7 立位でのリーチ動作における重心位置の推定と支持基底面との関係CD-ROM参照
第5章 起居動作の動作分析
 1 臨床における起居動作の分析
 2 起居動作における運動パターン
 3 動作の捉え方
 4 単位動作への分解と関節運動の観察
 5 起居動作とバランス
 演習5-1 背臥位からの立ち上がり動作のパターン分析(表5-1参照)CD-ROM参照
 演習5-2 背臥位から腹臥位への寝返り動作の分析CD-ROM参照
 演習5-3 背臥位から長座位への起き上がり動作の分析CD-ROM参照
 演習5-4 長座位から膝立ち位への立ち上がり動作の分析CD-ROM参照
 演習5-5 膝立ち位から立位への立ち上がり動作の分析CD-ROM参照
第6章 歩行分析
 1 臨床における歩行分析
 2 健常者の歩行周期と相分類
  1)歩行周期と歩行指標 2)歩行の相区分
 3 歩行における関節運動と筋活動
 4 歩行分析の手順と観察のポイント
  1)立位姿勢の観察:構えとアライメント 2)重心軌道の観察:頭部,臍部を中心に 3)歩幅と関節運動の観察:歩容 4)遂行能力(パフォーマンス):歩行率(時間因子)を加味して考える 5)バランス 6)観察から分析へ:仮説形成 7)仮説の検証(機能への還元:機能障害を探る)
 5 評価フォーム(付表3〜7)
 演習6-1 歩行観察(矢状面)CD-ROM参照
 演習6-2 歩行観察(前額面,水平面)CD-ROM参照
 演習6-3 正常歩行の比較観察
 演習6-4 関節の運動制限による歩容の変化

 文献

 付表1 関節可動域表示ならびに測定法
 付表2 新たな運動の定義(試案)
 付表3 Rancho Los Amigos National Rehabilitation Center Observational Gait Analysis(2001)
 付表4 Knowledge Base for Diagnostic Gait Assessment
 付表5 Gait Abnormality Rating Scale(GARS)
 付表6 Wisconsin Gait Scale(WGS)
 付表7 The Rivermead Visual Gait Assessment(RVGA)form
 演習シート
  コラム1 運動学方程式
  コラム2 人体におけるてこ
  コラム3 運動方程式
  コラム4 バランス制御に関する理論
  コラム5 反射・反応と運動戦略の力学的理解
  コラム6 特徴ある歩行(歩容)と異常歩行に関する固有名称