やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 アイオワ大学神経内科電気生理学部門 木村 淳
 昨年(2004年)11月7日に逝去された眞野行生先生が直前まで取り組まれていたお仕事の一つに,「経頭蓋磁気刺激」に関する書籍の出版企画があり,先生自ら著者の選定を済まされ,まもなく原稿執筆の依頼状を各施設に郵送する手筈になっていた.このような経過から,すでに先生と二人三脚で出版に向けた構想を錬っていた産業医科大学神経内科学教授,辻貞俊先生と北海道大学大学院医学研究科リハビリテーション医学助教授,生駒一憲先生が中心となり,医歯薬出版担当者と協議の結果,眞野先生の御遺志を継ぎ,先生の選定された方向で『磁気刺激法の基礎と応用』の書籍を編纂することとなった.
 眞野先生は,昭和43年に名古屋大学医学部をご卒業後,ニューヨークはRusk Instituteでリハビリテーション医学を,さらにテキサスBaylor Collegeで神経学を修められた.帰国後の昭和56年,奈良県立医科大学に赴任され,助教授として神経内科教室の発展に貢献された.平成7年,北海道大学医学部にリハビリテーション学科が新設され,その初代教授として抜擢されたことは記憶に新しい.献身的なスタッフにも恵まれて,ご就任数年で臨床,研究,教育ともに充実した教室を築かれ,その手腕が高く評価された.
 なかでも日本臨床神経生理学会がまだ日本脳波筋電図学会と称していた頃から,後に委員長を務められた磁気刺激法に関する委員会で中心的役割を果たされ,これに並立し運営されていた磁気刺激法の臨床応用と安全性に関する研究会では,設立当時から15年にわたり事務局を担当された.この二つのお仕事を通じて,わが国における磁気刺激の研究と臨床応用に最も貢献された研究者の一人といっても過言ではない.磁気刺激に関する研究報告も多く,特にALS患者を対象としたマッピングで大脳運動野の柔軟性と再構築のメカニズムを追求した研究は国内外で高く評価された.
 本著は,眞野先生のご業績をふまえ,今後もこの技術の安全性,有用性を探索していくための一環として計画されたもので,長年,先生と一緒にこの手法の開発に努力してきた昔の仲間が協力して作業にあたった.これまでの研究会の趣旨に沿い,磁気刺激法を既に経験している研究者のみならず,この手技をこれから学ぼうとする人たちをも対象とした.必要な基本的事項を体系的に習得できるよう,眞野先生が生前に纏められた磁気刺激の歴史(第I章)に始まり,工学的(第II章)・生理学的検討(第III章)に続いて臨床応用(第IV章)と,治療への試みとして連続刺激法(第V章)が記載されている.最後の参考文献(第VI章)には,既に日本臨床神経生理学会機関誌に出版されている委員会報告での提言と安全性に関する海外の文献,ならびに最近委員会で集計された安全性についてのアンケート結果を付記した.
 磁気刺激法は,末梢神経筋疾患のみを対象とした従来の電気生理学的機能検査とは異なり,中枢を含む運動系および感覚系の機能分析を可能にしたもので,この意味でこれまでの神経伝導─筋電図の概念を打ち破る革命的な方法論として期待されている.1985年,英国シェフィールド大学のBarkerらにより開発されてから既に20年の月日が経過し,単発刺激では大きな副作用は報告されておらず,通常の検査で安全性の問題はない.わが国でも平成14年に単発および2発刺激が臨床検査法として健康保険の適応となった.近年高頻度連続刺激を治療に応用しようとする試みがなされているが,重篤な副作用の可能性や治療効果の有無など今後の課題として残されている.
 本手法は,通常の神経伝導検査や筋電図と同様,患者診察の延長であり,欧米をはじめわが国においてもその重要性が広く認識され,リサーチでも臨床面でも目覚しい発展をみせたが,その理論と応用を専門家から手ほどきを受ける機会はまだ限られている.この不備を多少でも補うため,今回の企画では若い医師を対象に新しい時代に適応した内容となるよう心がけた.デジタル機器の普及で臨床電気生理学的検査の技術面は飛躍的に進歩したが,基本的な理論や機器の特性を十分理解せず,安易に検査が行われているのではないかという危惧もある.昔から「道具が仕事をする」と言われているが,結果の良し悪しはもちろん,単に験者の裁量による.本書を通じて,表面的な知識ではなく磁気刺激法の本質を理解していただければと願っている.
 2005年5月
・はじめに(木村 淳)
第I章 磁気刺激法のあらまし
 1. 磁気刺激の歴史と臨床応用(眞野行生)
第II章 磁気刺激法の工学的基盤および生体への影響
 1. 生体刺激のメカニズム(上野照剛)
 2. 機器と問題点(鎗田 勝)
 3. 磁気刺激のコイルについて(関野正樹,上野照剛)
 4. 末梢神経刺激のメカニズム(湯ノ口万友)
 5. 運動野の同定(時村 洋)
 6. 動物実験の結果─神経薬理学的検討─(菅野 学,眞野行生)
 7. ラットでの高頻度磁気刺激の安全性の検討(松永 薫,岡田和将,由比友顕,辻 貞俊)
第III章 磁気刺激法による神経生理学的分析法
 1. 皮質脊髄下行路の検査─D波,I波について─(北川秀機)
 2. 二連発磁気刺激法(鯨井加代子,鯨井 隆)
 3. 二連発磁気刺激の臨床応用(花島律子,宇川義一)
 4. Cortical Silent Period(魚住武則, 玉川 聡,辻 貞俊)
 5. Task specific dystoniaへの二連発刺激の臨床応用(生駒一憲)
 6. 顔面筋の機能評価(石口 宏,魚住武則,辻 貞俊)
 7. 眼球運動中枢(寺尾安生,宇川義一)
 8. 視覚路の検査(岡部慎吾,宇川義一)
 9. 姿勢調整との関連(緒方勝也,飛松省三)
 10. 小脳刺激の臨床応用(岩田信恵,宇川義一)
 11. 大きな音のヒト大脳運動野に対する影響(古林俊晃,宇川義一)
 12. 脳梁の検査法(花島律子,宇川義一)
 13. rTMSを用いた言語機能研究─漢字書字を中心に(美馬達哉,植木美乃,原ひでみ,永峯 隆,福山秀直)
 14. 前頭前野・44野の機能(魚住武則,玉川 聡,辻 貞俊)
 15. 磁気刺激を用いた言語野の同定(時村 洋)
 16. 随意運動との関連(寶珠山 稔,柿木隆介)
 17. 感覚検査─磁気刺激による体性感覚誘発電位(SEP)(辻 貞俊)
 18. 運動や低頻度磁気刺激によるSEPの変化(榎本博之,宇川義一)
 19. 手指運動の巧緻性について;ピアノ奏者での実験より(清水俊夫,小森哲夫)
 20. 中枢神経系の再構築(眞野行生)
 21. 磁気刺激による筋の収縮patternの検討(中馬孝容)
 22. 自律神経機能検査(SSR)(松永 薫,魚住武則,辻 貞俊)
 23. 磁気刺激法による陰部神経の運動機能評価法(山田 徹,Loening─Baucke V,谷口愼一郎)
第IV章 磁気刺激法の臨床応用
 1. 末梢神経障害(中室卓也)
 2. 脊髄障害(鈴木幹次郎,内川 研,黒川真希子,町田正文)
 3. その他の整形外科疾患(飯塚 正)
 4. 運動ニューロン疾患の臨床応用(幸原伸夫)
 5. 平山病(中馬孝容)
 6. Mirror movements(魚住武則,辻 貞俊)
 7. ミオクローヌス(魚住武則,玉川 聡,辻 貞俊)
 8. パーキンソン病(中馬孝容)
 9. 一側上肢の運動に先行する大脳半球間抑制:脳血管障害にみられる異常(村瀬永子)
 10. 書痙患者に対する低頻度反復経頭蓋磁気刺激の効果─ペン型簡易筆圧計を用いた筆圧分析による検討─(新藤恵一郎,辻 哲也,正門由久)
 11. 小脳障害(岡部慎吾,宇川義一)
 12. 脳血管障害(出江紳一)
 13. 小児疾患(安原昭博)
第V章 連続磁気刺激法による治療
 1. 磁気刺激法の安全性(辻 貞俊)
 2. 高頻度経頭蓋磁気刺激法による遺伝子発現(藤木 稔,古林秀則)
 3. うつ病におけるECTとrTMSの比較(藤田憲一)
 4. てんかん(赤松直樹)
 5. パーキンソン病(岡部慎吾,宇川義一)
 6. 脊髄小脳変性症(岡部慎吾,宇川義一)
 7. 疼痛(田村洋平,宇川義一)
 8. 排尿障害への臨床応用(榎本博之,宇川義一)
 9. 仙骨部高頻度反復磁気刺激の神経因性膀胱に対する治療効果(川尻真和,飛松省三)
第VI章 参考文献
 1. 「経頭蓋的高頻度磁気刺激法の安全性と臨床応用」に関する提言(脳波と筋電図 27:306,1999)
 2. 磁気刺激法に関する委員会報告(臨床神経生理学28(4):336,2000)
 3. 磁気刺激法に関する委員会報告(臨床神経生理学31(1):69,2003)
 4. 反復経頭蓋磁気刺激に関する異なるtrain間隔の安全性および刺激パラメータの安全範囲の提案(Chen R,et al.:Electroencephalogr Clin Neurophysiol.107:415─421,1997.)
 5. 反復磁気刺激の危険性と安全性:反復磁気刺激の安全性についての国際ワークショップ(1996年6月5-7日)の報告とガイドライン(Wassermann EM:Electroencephalogr Clin Neurophysiol.108:1-16,1998.)
 6. 磁気刺激法に関する委員会報告:反復経頭蓋磁気刺激法の安全性に関するアンケートの集計結果報告(臨床神経生理学30(3):265-272,2002)