やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば

 リハビリテーションが障害をもった人の「人間らしく生きる権利の回復(全人間的復権)」であるということは,すでに多くの人々の共通の認識になってきたように思われる.障害の構造(2ページ参照)に即していえば,そのことはリハビリテーションの究極の目標は社会的不利(handicap)の解消にあることを意味している(実は社会的不利という客観的側面と心理的障害という主観的側面の両者の問題が解決されて,「人生の質」〈quality of life:QOL〉が最大限に回復・向上されることであるが).したがって,機能障害(impairment)の回復も能力障害(disability)の改善もそれが社会的不利の解決に役立つ限りにおいて意味をもつことになる.このことも原則的には多くの人によって受け入れられているように思われる.
 ところが,実際の診療の場面では,伝統的な治療医学モデルとの親近性がもっとも強いためか,機能障害のレベルに注意や努力が集中されやすく,他の側面への考慮が不十分になることが少なくないように思われる.これは決して言語だけのことではない.日常生活動作(ADL)の評価と訓練という,能力障害レベルにおけるアプローチの中心的な部分を確立してからすでに40年以上になる身体運動障害の分野でさえ,訓練室で評価され訓練されるADL(「できるADL」)と現実の生活の場(病棟または家庭)におけるADL(「しているADL」)とには大きなギャップがあることが指摘され,「しているADL」を正しく評価し,的確にそれを向上させるためにはどうすればよいかが改めて真剣に探究されている.
 言語障害については機能障害としての評価や訓練法は精緻に研究され発達してきているが,このADLに当たるものが従来非常に遅れていたのは残念であった.それがHolland教授や本書の著者たちの努力で,標準化されたテストとして確立され,治療訓練法との関連も含めてまとめられ,だれでも学ぶことのできるものになったことはまことに喜ばしく,画期的なことといってよいように思われる.
 著者たちの多年にわたる努力に感謝し,それがこのように立派な実を結んだことをともに喜びたい.もし希望を言わせていただけるとすれば,今後さらに努力を続けてコミュニケーション行動における「しているADL」の評価法と訓練法の確立にまで進んでいただきたいものである.
 この本が多くの読者を得ることを心から願っている.
 1990年1月
 東京大学教授・リハビリテーション部
 上田 敏



 失語症患者の評価を考えるとき,現在主流となっている言語機能障害を対象とした包括的な評価法(失語症検査)のほかに,日常場面におけるコミュニケーションの実態をとらえる評価法が必要なことは従来から指摘されていたところである.包括的な失語症検査は,患者の言語障害の基盤となっている障害構造を探り,患者間の比較や経時的変化の把握を行ううえで欠かせないものであるが,反面このような検査が実生活でのコミュニケーションについて提供できる情報は必ずしも多くはない.日常われわれが行っているコミュニケーション活動を顧みるまでもなく,実際のコミュニケーション場面においては言語以外のさまざまな手がかり(状況文脈など)が介在し,情報伝達に大きな役割を果たしているからである.言葉で応答することのできない重度の失語症患者が,動作や言葉にならない表現で「お帰りになる見舞い客を病院の玄関までお送りするように」と,気の利かない家族を促すなどといった例は失語症患者と多少でも接したことのある人ならいくつも思い当たることであろう.
 しかし,このような日常のコミュニケーション行動を信頼性・再現性の高い方法でとらえることは方法論的に困難であるため,その重要性は認識されつつも現実的には無理と考えられてきた.1976年,ピッツバーグ大学(当時)のHolland教授は自然なコミュニケーション場面のシミュレーションを用いる,という画期的な方法でこの間題を克服することによって信頼性・妥当性の点で十分納得のいく新しい検査法(CADL検査:Communicative Abilities in Daily Living−A Test of Functional Communication for Aphasic Adults)を考案した.著者らのグループは1976年以来,Holland教授と連絡をとりながら,方法論的にはHolland教授のやり方を踏襲し,内容的には日本人失語症患者に適用できる独自の検査の開発を開始し,1986年に標準化を完了した.本検査は言語機能ばかりでなく非言語機能を含む総合的なコミュニケーション能力を検査対象としているので,失語症患者のみならず,他のコミュニケーション障害患者(右半球障害患者,痴呆患者など)にも使用可能である・本書は,実用コミュニケーション能力検査の実施法を中心としているが,検査結果の解釈と治療計画の立案,実用コミュニケーション中心の失語症患者の治療法についても解説した.
 ハイテク化の波は失語症の言語治療の分野へも波及しつつあり,現在言語治療士が行っている業務のうち,単純な繰り返しを多く含む言語学習的な部分についてはパソコンが利用されることも多くなるであろう.しかし日常のコミュニケーションには機械では代用のできない対話者との交流が不可欠であり,このような視点に立ったコミュニケーション中心の治療法の開発とその理論的裏づけの必要性は今後いっそう増すものと考えられる.本検査はこの領域における将来の発展に向けた最初の試みということができる.なお,本検査の英文表記は“Communication ADL Test”であり,略称は米国の“Communicative Abilities in Daily Living”と同じく「CADL検査」である.本書の出版に当り,この略称の使用を快よくお許し下さったHolland教授に心より御礼申し上げる.
 帝京大学附属市原病院リハビリテーション科上田敏教授からは暖かい推薦のおことばをいただいた.また,国立身体障害者リハビリテーションセンター学院長柴田貞雄先生には長年にわたりいろいろと御支援いただいた.さらに,本検査の開発にあたっては,以下の方々の御協力を得たことを記し,これらの方々に感謝の意を表したい.
 森 和子,村上修子(東京都老人総合研究所元職員)
 熊谷美佐子(七沢リハビリテーション病院元職員)
 関 育子,倉内紀子(国立身体障害者リハビリテーションセンター)
 飯塚直美(横浜市総合リハビリテーションセンター)
 最後に,本書の出版に際してお世話いただいた医歯薬出版の各位に心より御礼申し上げる.
 1990年1月
 著者一同