やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第5版の序
 1947年,「疾病予防と健康増進」の標語を掲げて世界保健機関が発足した.人々の健康増進を通して,世界平和に貢献するためであった.1948年,国際連合総会は人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは,世界における自由,正義及び平和の基礎であるとして,「世界人権宣言」を採択した.1975年,国際連合は「障害者の権利宣言」を掲げ,「障害防止及び障害者のリハビリテーション」を強調した.そして,1981年を「完全参加と平等」をテーマとした国際障害者年として,1983─1992年の10年間を「国際・障害者の10年」と宣言した.
 第二次世界大戦後,障害者のリハビリテーションにかかわる国際連合を中心とした一連の活動は,それぞれの時代背景を反映したスローガンを掲げている.振り返ってみると,そこには国際連合憲章において宣言された人権及び基本的自由並びに平和,人間の尊厳と価値及び社会正義に関する諸原則に対する信念が再確認されている.わが国における障害者とリハビリテーションに関する施策にも,それらの原則に従った変化が現れている.
 わが国では,平成16(2004)年,「障害者基本法」の一部改正が行われ,基本的理念に「何人も,障害者に対して,障害を理由として,差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」が追加された.アメリカ合衆国の「障害のあるアメリカ人法(Americans with Disabilities Act 1990:ADA)」や連合王国の「障害差別禁止法(Disability Discrimination Act 1995:DDA)」に比べると,かなり遅れた制定であったが,国際連合が掲げる世界人権宣言に,さらに一歩近づいた.
 また平成16(2004)年には,障害者となったときに国民年金に未加入であったため,障害基礎年金を受給できない無年金障害者を救済する「特定障害者に対する特別障害者給付金の支給に関する法律(特定障害者特別給付金支給法)」が成立し,平成17(2005)年4月から福祉的措置による制度が導入される.さらに,発達障害者支援法も公布され,自閉症および類似症候群を中心とした発達障害児(者)に対して,発達障害の特性に対応した医療的,福祉的及び教育的援助を行うこと,そのような発達支援に関する国および地方公共団体の責務が明らかにされた.これらの障害者施策の変化には,障害の社会モデルが影響していることは否めないであろう.
 現在,厚生労働省では,今後の障害保健福祉施策について,(1)現行の制度的課題の解決および(2)新たな障害保健福祉施策体系の構築,を中心に検討が進められている.本年2月には,障害者自立支援法(案:施設における保護中心の福祉から,在宅における自立支援中心の福祉への転換.身体障害,知的障害および精神障害に分かれている諸施設体系を再編し,サービスを相互に利用できるよう,効果的・効率的なサービス提供ができる体系の確立など)の国会上程が予定されている.リハビリテーションは,理念や目的だけでなく,それを支え実施する制度面でも大いなる転換期に突入しようとしている.
 平成10(1998)年の「精神薄弱の用語の整理のための関係法律の一部を改正する法律」によって,「精神薄弱」という用語が「知的障害」に改められた.平成14(2002)年,日本精神神経学会は「精神分裂病」を「統合失調症」へと診断名を変更し,日本リウマチ学会も「慢性関節リウマチ」を「関節リウマチ」に変更した.平成16(2004)年には,厚生労働省は「痴呆」を「認知症」あるいは「認知障害」と記すように呼びかけた.これらは,学問の進歩であるとともに,障害者をめぐる偏見や差別をなくそうとする人びとの努力の表れでもある.
 一方,ヘルスケア領域に目を移すと,アメリカ合衆国のAnderson et al.(1981)は,「予防・保健─治療─リハビリテーション・介護というヘルスケアの3領域における専門職の分布について,大多数の専門職が1970年代までは治療領域に携わってきたが,これからは予防・保健およびリハビリテーション・介護の領域に従事する専門職が増加して,治療領域の専門職は減少する」と予言していた.わが国においても,理学療法士や作業療法士,また介護福祉士の有資格者数にみられるように,近年におけるこれら専門職の増加は著しい.平成9(1997)年の介護保険法の導入とともに,わが国においても,リハビリテーション・介護の領域が急速に拡大を続けているのである.
 かつて,身体障害者の職業更生を中心に据えていたリハビリテーション施策は先進諸国と同じように,慢性疾患の患者への対応あるいは高齢者対策にも取り込まれた.そして「障害者の障害予防及び健康増進」が新たなスローガンとして登場してきた.集団を対象とした保健対策と個人を対象としたリハビリテーションとは,その技術面ではかなりの融合が認められるようになり,ともに人びとの健康増進に貢献している.
 今回は,障害者と社会との関係の変遷を歴史的にとらえること,健康の概念を強調すること,わが国のリハビリテーションに関連する諸制度を取り上げ,患者あるいは障害者にかかわる諸システムを紹介することに重点を置いて改訂を行った.改訂にあたっては,佐直信彦,砂子田 篤の両教授の協力を得た.深謝する次第である.
<付記>
 1990年代,複数の障害モデルの出現につれて,障害(disability)の概念が多様化し,一部に混乱も生じている.『入門リハビリテーション概論 第4版』までは,ウッド・モデル(ICIDHモデル)の[機能障害(impairment)─能力低下(disability)─社会的不利(handicap)]の定義に従ったが,第5版ではナギ・モデル(IOMモデル)による[機能障害(impairment)─機能的制限(functional limitation)─障害(disability)]による定義に変更した.本文では,たとえば機能的制限(能力低下)と記している.ICIDHモデルの能力低下はIOMモデルの機能的制限と障害を含む概念に近い.また,ICIDHモデルにおけるhandicap(社会的不利)は概念的に不明確な点があること,不利益という概念の是非,この言葉がcrippleと同様に廃語になっているなどの指摘があり,社会的不利(handicap)の概念自体が現在では廃棄されている.本書における「障害(社会的不利)」は,社会的役割や課題遂行の困難に限定して使用されている.なお,「障害」と「社会的不利」の相違については,付表8を参照されたい.
 2005年1月
 中村隆一
第5版の序
第4版の序
第3版の序
第2版の序
第1版の序

第1章 リハビリテーションとは
 1 障害者と社会
  1‐障害者への社会の対応:歴史的変遷
  2‐保健医療の進歩と障害者
 2 リハビリテーションの定義と目的
  1‐言葉の由来
  2‐現代に連なる概念
  3‐各種の定義をめぐって
  4‐リハビリテーションの目的の変遷および社会制度の変革
  5‐健康と生活の質
  6‐ヘルスケアと生命医学倫理
  7‐帰結に関する用語
第2章 病気と障害
 1 病気とは
  1‐通俗モデル
  2‐古代医学の発展
  3‐医学モデルの誕生
  4‐精神医学領域の諸モデル
 2 障害とは
  1‐障害と構造─機能分析
  2‐障害者とは
  3‐障害のモデルをめぐって
  4‐社会制度の改革
 3 患者と障害者
  1‐患者と疾病行動
  2‐病者と障害者の役割
  3‐障害と偏見
 4 慢性疾患モデル
  1‐医学モデルの限界
  2‐証拠に基づく医療へ
  3‐慢性疾患の自然経過と予防医学
  4‐障害予防のための手段
  5‐保健医療における対応
  6‐障害調整平均寿命
 5 機能志向的アプローチ
  1‐機能的状態とは
  2‐病理志向的アプローチと機能志向的アプローチ
 6 ヘルスケア・システムと包括的ケア
第3章 人間活動と発達,ハビリテーション
 1 発達とは
  1‐発達の定義と発達分析
  2‐発達研究の流れと発達理論
 2 人間活動
  1‐運動行動の階層構造
  2‐人間活動の階層構造
  3‐各ライフサイクルにおける発達の特色
  4‐発達評価
 3 ハビリテーションとノーマライゼーション
  1‐ハビリテーションとは
  2‐発達障害
  3‐発達障害者支援法
 4‐ライフサイクルとハビリテーション・サービス
 5‐ノーマライゼーションの影響
第4章 障害と心理
 1 現代の障害観と国際生活機能分類
 2 健康に関する機能と心理過程
 3 医学的リハビリテーションにおける患者の心理
 4 身体レベル─神経心理学─
  1‐神経心理学とは
  2‐高次脳機能全般の評価
  3‐失認
  4‐無視
  5‐失行
  6‐失語
  7‐記憶障害(健忘)
  8‐行動異常
 5 個人レベル─臨床心理学─
  1‐臨床心理学の視点
  2‐障害への心理的適応過程
 6 リハビリテーションにおける心理的諸問題
  1‐動機づけ
  2‐身体像と幻肢
  3‐痛み
  4‐心因反応
  5‐性の問題
第5章 リハビリテーションの諸段階
 1 発症から社会生活へ
  1‐リハビリテーションの目的とゴール
  2‐医療施設と福祉施設等
  3‐再統合の準備と地域の援助
  4‐地域社会とコミュニティ
  5‐ケア・システムの連続性
 2 リハビリテーションの諸相
  1‐医学的サービスと更生援護
  2‐教育的サービス
  3‐職業的サービス
  4‐社会的サービスと地域リハビリテーション
  5‐高齢者サービス
第6章 リハビリテーションの過程
 1 評価とプログラム
  1‐評価とは
  2‐リハビリテーションの諸相における評価
  3‐リハビリテーション計画とプログラム
 2 チーム・アプローチと専門職
  1‐チーム・アプローチ
  2‐チームの構造とケース・カンファレンス,プログラムの進行
  3‐医学的リハビリテーションにおける諸アプローチ
 3 わが国における各種専門職
 4 リハビリテーションの手段
  1‐理学療法
  2‐作業療法
  3‐言語訓練
  4‐聴能訓練
  5‐視覚障害者の生活訓練
  6‐リハビリテーション・スポーツ
  7‐リハビリテーション看護
  8‐心理療法
  9‐カウンセリング
  10‐ソーシャルワーク
  11‐補装具,自助具および日常生活用具とその支給体系
  12‐職能訓練
  13‐リハビリテーション工学と福祉機器
  14‐身体障害者補助犬
第7章 機能障害をもたらす主な疾病と外傷,先天異常および精神障害
 1 機能障害の諸相
 2 身体障害
  1‐視覚障害
  2‐聴覚障害
  3‐平衡機能障害
  4‐音声・言語機能,咀嚼機能の障害
  5‐肢体不自由
  6‐内臓の機能障害(内部障害)
 3 精神障害
  1‐統合失調症(精神分裂病)
  2‐躁うつ病
  3‐てんかん
  4‐アルコール及び薬物による精神障害
 4 知的障害
 5 遺伝相談
第8章 リハビリテーションを支える社会保障体制
 1 社会保障とは
  1‐わが国における社会保障制度
  2‐社会保障水準
  3‐社会福祉基礎構造改革と障害保健福祉施策の動向
 2 保健・医療制度
  1‐医療の体系(医療法)
  2‐地域保健法と保健所の役割
  3‐公衆衛生対策
  4‐精神障害者対策の経緯と精神保健制度
  5‐難病対策
  6‐健康日本21と健康増進法
 3 社会保険制度
  1‐わが国の社会保険制度の経緯
  2‐社会保険の構成
  3‐医療保険制度
  4‐年金保険制度
  5‐災害補償制度と雇用保険制度
 4 社会福祉と公的扶助制度
  1‐社会福祉と公的扶助の違い
  2‐社会福祉法
  3‐身体障害者福祉法と関連制度
  4‐児童福祉法と関連制度
  5‐知的障害者福祉法と関連制度
 5 高齢者対策と介護保険
  1‐高齢者対策の推移
  2‐高齢者対策の理念(高齢者対策基本法)
  3‐老人福祉法
  4‐老人保健法
  5‐介護保険法
付表
 付表1 ヒポクラテス宣誓
 付表2 世界人権宣言
 付表3 障害者の権利宣言(1975年,国際連合)
 付表4 知的障害者の権利宣言(1971年,国際連合)
 付表5 障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する条約(第159号)(平成4年)
 付表6 身体障害者の職業更生に関する勧告(ILO第99号勧告)
 付表7 障害者基本法
 付表8 障害に関する分類(ナギの分類,ウッドの分類)
 付表9 国際障害分類
 付表10a 身体障害者福祉法による身体障害者
 付表10b 身体障害者障害程度等級表
 付表11 厚生事務次官通知:療育手帳制度について(昭和48年)による知的障害児(者)の療育手帳の障害程度
 付表12 精神障害者保健福祉手帳の障害等級
 付表13 学校教育法による盲者等の心身の故障の程度
 付表14 障害者の雇用の促進等に関する法律における障害者の定義
 付表15 身体障害者福祉施策の概要
 付表16 社会福祉施設の種類,設置主体,目的および対象者
 付表17 わが国の社会保障体系の長期給付(社会福祉を含む)における義肢・更生用装具・日常生活用具等の支給体系一覧表
 付表18 身体障害者(18歳以上)及び身体障害児(18歳未満)の実態調査
 付表19 社会保険診療における在宅医療
 付表20 老人保健診療における在宅医療
 付表21 特定疾患治療研究対象疾患の概要
 付表22 特定疾病
 付表23 各種専門職の養成課程と業務
 付表24 障害者基本計画
 付表25 平成15年4月から支援費制度へ移行したもの,移行しなかったもの
 付表26 補装具新規交付に係る判定事務の簡素化
 付表27 日本医師会の「医の倫理綱領(および注釈)」
 付表28 国際生活機能分類(ICF)

文献
和文索引
欧文索引