やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 わが国に理学療法士が誕生して40年が経とうとしている.この間,理学療法士に対する社会的要請は拡大し,健康の維持・増進,疾病の治療,機能の回復・代償,障害予防など幅広いフィールドで実践活動が展開されている.その共通基盤として,日常生活活動の再建と社会参加による安住な生活とを念頭においた“生活モデル”が重要視され,症候障害学的な視点に基づいた機能系ごとの介入方法を模索することに一つの特徴を見出すことができる.
 姿勢調節は,人間らしい生活を営む上できわめて重要な機能系の一つであり,理学療法分野において重要かつ適切な効果が期待できる事象である.姿勢調節障害は,座位保持を困難にする重度な病態から,競技スポーツにおける姿勢変換の遅れまで多岐にわたり,身体に対する広範な知識と技術に裏打ちされていなければならない.さらに一方では,住環境の整備や調整を含めた総合的な介入が重要であることも見逃してはならない.
 したがって,「姿勢調節障害の理学療法」を確立するためには,姿勢調節にかかわる基礎生理,姿勢調節障害の疾病・病態の理解,姿勢調節障害のとらえ方と評価,理学療法からみた介入の実際,高齢者の転倒予防などを網羅する必要がある.幸いにして本書では,上記の趣旨を汲み取っていただいた基礎医学者,多くの診療科にわたる臨床家,体育系の研究教育者,そして基礎・臨床・教育・建築などを専門とする第一線の理学療法士らに執筆していただくことができた.
 現時点で「姿勢調節障害の理学療法」は,学際的であるが故に,その理論的背景や用語の定義が十分に完成されたものとはいえない.しかし,各領域で進歩した内容を統合することによって,効率的かつ効果的な力に成熟させようとする過程が重要であるといえよう.
 近年,“科学的根拠に基づく医療”を踏まえた透明性と説明責任が厳しく問われている.転倒予防に際し,その意識が過大になれば生活範囲を狭小化させるし,過小になれば事故につながる.また,そこには確率論を持ち出すことを許されない難しさが存在している.そのためには,対象者を中心とした保健・医療・福祉の枠組みのなかで,医学生物学的思考のみならず社会行動学的な側面を含めたチームアプローチの実践が不可欠となる.
 このような課題に対応する一つの姿として,本書『姿勢調節障害の理学療法』がここに具現化されたことはよろこばしい.
 2004年3月
 奈良 勲
 内山 靖
姿勢調節障害の理学療法 目次

序文
■1 姿勢調節障害の理学療法――総論
 1 姿勢調節障害と理学療法
  1)姿勢調節の学際性
  2)理学療法の目的
 2 理学療法モデルと姿勢調節障害
  1)障害構造の基本モデル
  2)理学療法モデルの変遷
   (1)筋再教育 (2)神経生理学的アプローチ (3)課題志向型アプローチ
  3)姿勢調節障害の範疇
 3 姿勢調節障害の症候障害学
  1)理学療法の臨床思考過程
  2)疾病特性
   (1)病変と原因 (2)医学的処置との相互作用 (3)経 過
  3)障害特性
   (1)動作・活動水準 (2)運動学習・自己管理能力 (3)環境への適応
 4 姿勢調節障害に対する理学療法評価
  1)評価の視点
   (1)機能的制限 (2)運動学的な解析 (3)時系列の分析
  2)具体的な着眼点
   (1)体幹機能 (2)感 覚 (3)スキル (4)運動学習 (5)非神経系要素 (6)環 境 (7)自己管理能力
  3)臨床的な評価指標
   (1)運動学的分類 (2)課題による分類
  4)障害の分類
   (1)原 因 (2)現 象 (3)機能的制限 (4)動作・活動水準 (5)経 過
 5 姿勢調節障害に対する理学療法介入
  1)介入の原則
   (1)目 的 (2)方 法
  2)介入の実際
   (1)構成要素に対する介入 (2)姿勢制御に対する介入 (3)機器を用いた運動療法 (4)動作に対する介入 (5)活動・参加に対する介入

■2 姿勢調節の基礎
 1 姿勢調節の生理
  1)有毛細胞
  2)前庭迷路受容器の構造と機能
  3)半規管系前庭一次求心性線維の投射様式
  4)耳石器系前庭一次求心性線維の投射様式
  5)前庭神経核
  6)交連性抑制にみる角加速度ならびに直線加速度増強のメカニズム
  7)cross-striolar inhibitionにみる直線加速度増強のメカニズム
  8)半規管入力と耳石器ならびに耳石器同士の入力の統合(同側性)
  9)前庭頚反射
   (1)半規管系前庭頚反射 (2)耳石器系前庭頚反射 (3)前庭脊髄反射
  10)脊髄-前庭系
  11)姿勢調節と小脳
 2 姿勢調節の生体機構
  1)中枢神経系と階層性制御説および中枢性制御説
   (1)階層性制御説 (2)中枢性制御説
  2)認識脳・情動脳と階層性制御説,中枢性制御説
   (1)認識脳・運動プログラムと運動学習 (2)情動脳と行動 (3)姿勢と運動の統合
  3)最高位・高位・中位中枢の機能統合と三部位一体説
   (1)爬虫類脳,原始哺乳類脳と新哺乳類脳 (2)最高位・高位・中位中枢と運動下行路 (3)腹内側系と背外側系の機能分担
  4)並列制御・集中制御と小脳機能
   (1)小脳による姿勢や歩行運動の制御 (2)姿勢・運動様式の変換と室頂核による集中・並列制御:新しい運動制御仮説
 3 健常人の姿勢調節機構
  1)立位姿勢の安定性と姿勢調節機構
   (1)姿勢調節中枢 (2)構え姿勢の役割
  2)安静立位姿勢の保持機構
   (1)立位姿勢保持時の筋活動 (2)安静立位姿勢の個人差
  3)安静立位姿勢の位置知覚と身体動揺特性
   (1)身体動揺の生理的背景 (2)立位位置の知覚 (3)安静立位姿勢保持時の身体動揺
  4)外乱負荷時の姿勢調節
   (1)床の一過性の水平移動時の立位姿勢調節 (2)床の一過性傾斜時の姿勢調節
   (3)床振動時の姿勢調節
  5)随意的上肢運動時の姿勢調節
   (1)姿勢調節様式を左右する要因 (2)姿勢運動パターンと姿勢筋活動開始時間との関係 (3)上肢運動時の姿勢調節の発達 (4)上肢運動時の姿勢調節の老化

■3 姿勢調節の病態
 1 前庭障害による姿勢調節障害
  1)迷路による姿勢調節(迷路反射)
   (1)迷路性立ち直り反射 (2)代償性眼球偏位 (3)緊張性迷路反射 (4)直線運動反射 (5)回転運動反射 (6)自律神経反射 (7)迷路性筋緊張
  2)迷路性平衡障害(姿勢調節障害)
   (1)ヒトに現れる迷路性平衡障害 (2)一側・両側迷路機能喪失例に現れる症状 (3)迷路性平衡障害をきたす疾患
  3)体平衡検査
   (1)静的体平衡検査 (2)動的体平衡検査
  4)治 療
   (1)薬物療法 (2)リハビリテーション(平衡運動指導)
 2 神経病変による姿勢調節障害
  1)姿勢制御にかかわる神経機構と生理学的検査法
   (1)表面筋電図の検査意義 (2)床反力計による体重心動揺を測定する際の留意点 (3)立位姿勢におけるH波の測定 (4)下肢筋筋電図による歩行の評価法
  2)神経疾患における姿勢調節障害
   (1)起立・姿勢保持障害 (2)歩行障害
 3 骨・関節疾患による姿勢調節障害
  1)骨・関節機能に及ぼす固有感覚受容器と視覚の役割
  2)脊髄・脊椎疾患と姿勢調節障害
   (1)頚髄障害 (2)腰椎疾患 (3)側彎症 (4)補装具と姿勢調節
  3)下肢の関節症と姿勢調節障害
  4)関節リウマチと姿勢調節障害
  5)大腿骨頚部骨折と姿勢調節障害

■4 姿勢調節障害の評価
 1 平衡機能検査
  1)眼振(眼運動)検査
   (1)電気眼振計 (2)視標追跡検査(ETT) (3)視運動眼振検査(OKN・OKP) (4)眼運動検査の意義 (5)注視・頭位・頭位変換眼振検査の実際
  2)重心動揺検査
   (1)記録装置 (2)重心動揺検査法 (3)重心動揺解析の基本 (4)重心動揺検査の意義 (5)重心動揺検査の問題点と展望
  3)body tracking test(BTT)
   (1)方法および検査条件 (2)解析方法 (3)判定基準 (4)BTTの評価 (5)平衡障害のBTTパターン--前庭神経炎症例 (6)BTTの意義
 2 運動・動作学的評価
  1)立位の姿勢制御
   (1)前後方向の姿勢制御の方略(ストラテジー) (2)立位姿勢における共同運動不全および正常共同運動
  2)立ち上がり動作の姿勢制御
   (1)映像解析からみた立ち上がり動作の姿勢制御 (2)下肢活動からみた立ち上がり動作の姿勢制御 (3)運動力学からみた立ち上がり動作の姿勢制御 (4)足圧中心点の移動軌跡からみた立ち上がり動作の姿勢制御
  3)立位身体重心移動動作
   (1)身体の重心点と圧中心点 (2)立位身体重心移動動作の動作分析 (3)立位身体重心側方移動動作の動作分析からみた姿勢調節
  4)立位からの一歩踏み出し動作の動作分析
   (1)ステッピング動作の圧中心点からみた姿勢調節--高齢者の場合 (2)ステッピング動作の圧中心点からみた姿勢調節--骨折患者の場合
 3 臨床的評価
  1)理学療法における姿勢調節評価
   (1)姿勢調節障害とバランス能力およびバランス能力のとらえ方 (2)バランス能力評価の目的
  2)バランス能力の臨床的評価指標
   (1)姿勢保持時間の測定 (2)姿勢保持や動作時の転倒の有無および身体動揺や動作の円滑性 (3)静的・動的なアライメントの観察 (4)課題遂行時間の測定 (5)動作遂行範囲の測定 (6)心理的または内的評価
  3)バランス能力評価課題選択の基準
   (1)力学的安定性 (2)調整力的視点 (3)運動発達的視点 (4)日常生活活動的視点 (5)情報的視点 (6)外乱的視点
  4)種々のバランス能力評価法
   (1)直立検査 (2)座位姿勢によるバランス検査 (3)体幹・下肢機能ステージ (4)functional reach test (5)timed up and go test (6)balance and mobility assessment(Tinetti) (7)Berg balance scale (8)fall efficacy scale
  5)バランス能力低下の臨床的な分析方法
   (1)姿勢の安定性の評価(座位,立位の姿勢) (2)椅子からの立ち上がり動作におけるバランス能力の評価 (3)歩行におけるバランス能力の評価
  6)バランス能力低下を中心とした理学療法評価の進め方
   (1)バランス能力低下が予測される段階 (2)バランス能力の評価 (3)問題点の明確化 (4)理学療法介入の目標設定 (5)理学療法プログラムおよび理学療法の実施,再評価

■5 疾患・病態別にみた理学療法
 1 小脳・脳幹病変
  1)病 態
  2)障害特性
   (1)小脳病変による姿勢・運動調節障害 (2)脳幹病変による姿勢・運動調節障害
  3)理学療法評価
   (1)自律神経症状 (2)前庭神経核および伝導路症状 (3)眼球運動障害 (4)感覚障害(体性感覚障害) (5)錐体路症状 (6)体幹機能 (7)小脳性運動失調 (8)筋緊張異常 (9)小脳遠心路系症状(企図・姿勢時振戦)(10)不随意運動(11)協働収縮運動(運動の解体)(12)座位・立位バランス(13)歩行障害
  4)運動療法の選択
   (1)PNF (2)重錘負荷 (3)弾性緊縛帯 (4)視覚的フィードバック (5)装具・補装具
  5)理学療法の展開
   (1)小脳病変による姿勢調節障害と理学療法 (2)脳幹病変による姿勢調節障害と理学療法 (3)Wallenberg症候群と理学療法
 2 脊髄小脳変性症
  1)病型分類
  2)障害特性
  3)理学療法の目的
  4)理学療法評価
   (1)重症度分類 (2)運動失調の評価 (3)運動失調症以外の機能障害の評価 (4)活動レベルの評価
  5)おもな障害に対する理学療法の展開
   (1)運動失調 (2)運動の自由度 (3)筋力維持の重要性 (4)体力(全身持久性)維持の重要性 (5)パーキンソニズム (6)起立性低血圧 (7)呼吸障害 (8)安定性を高める補助的手段 (9)家族指導および環境整備
  6)進行ステージ別の理学療法の展開
  7)症 例
 3 感覚性運動失調
  1)病 態
  2)障害特性
  3)理学療法評価
   (1)体性感覚検査 (2)姿勢・動作
  4)運動療法の選択
   (1)フィードバックとその強化 (2)足底感覚刺激 (3)フレンケル体操 (4)その他
  5)理学療法の展開
 4 パーキンソニズム
  1)病 態
  2)障害特性
  3)理学療法評価
   (1)姿勢,動作分析からみられる特徴 (2)正常姿勢調節機構(立ち直り反応,平衡反応)の視点からの分析 (3)固縮と過緊張による関節,軟部組織の柔軟性低下とアライメント
  4)運動療法の実際
   (1)寝返りのなかでの立直り反応の促通 (2)座位での立ち直り反応の促通 (3)下肢のアライメントと可動性の改善 (4)立位バランスの促通 (5)歩行の促通

■6 高齢者の姿勢調節障害と理学療法
 1 高齢者の姿勢調節機構
  1)姿勢調節機能の加齢変化
   (1)視 覚 (2)前庭覚 (3)体性感覚 (4)神経系 (5)筋組織 (6)骨・アライメント (7)高次神経機能
  2)高齢者における外乱刺激時の姿勢調節機構
  3)姿勢バランス機能の臨床的検査方法とその解釈
   (1)高齢者に検査を行うときの注意点 (2)静的姿勢保持力検査 (3)外乱負荷応答検査 (4)随意運動中のバランス機能検査 (5)総合的バッテリー検査 (6)臨床的バランス検査値の解釈
  4)高齢者における姿勢調節機能に対する理学療法の展開
   (1)高齢者に対する理学療法実施上の留意点 (2)転倒予防に対する理学療法 (3)高齢者の姿勢調節機能に対する運動介入
 2 高齢者と転倒
  1)転倒の疫学と要因
   (1)転倒の定義と発生頻度 (2)老化との関連 (3)慢性疾患との関連 (4)環境的要因 (5)関連した2,3の要因 (6)要因の組み合わせ
  2)転倒と骨折
   (1)骨折の影響 (2)骨折の原因
  3)転倒リスクの評価法
  4)転倒と薬剤の影響
  5)転倒の予防
   (1)転倒のきっかけ (2)転倒のプロセス (3)転倒の衝撃 (4)骨の構造
 3 高齢者の体力と運動指導
  1)高齢者の生活体力
  2)高齢者の健康づくり長期介入研究
   (1)対象者 (2)健康づくりプログラム (3)介入効果
  3)姿勢調節機能と生活体力との関連
 4 高齢者に対する環境調整
  1)高齢者に対する環境調整の重要性
  2)転倒を予防する住居環境(総論)
   (1)視覚機能の低下への配慮 (2)段差の解消 (3)手すりの設置 (4)温熱環境への配慮 (5)その他の環境への配慮
  3)転倒を予防する住居環境(各論)
   (1)アプローチ (2)玄 関 (3)廊 下 (4)階 段 (5)トイレ (6)洗面・脱衣室 (7)浴 室 (8)寝 室 (9)居間・食堂(10)住宅改修の事例
 5 高齢者の理学療法
  1)高齢者の理学療法の視点
   (1)高齢者の理学療法のパラダイムシフト (2)高齢者の歩行状態から捉えた理学療法方略 (3)高齢者の歩行機能と下肢筋力 (4)高齢者の姿勢制御から捉えた理学療法方略 (5)姿勢調整の向上を目的とした日常生活活動指導(立位・歩行指導の再考) (6)高齢者の足指機能と運動機能,転倒との関連性
  2)臨床実践のためのブレイク・スルー

索引