監訳者の序
運動学はリハビリテーション医療にかかわる者すべてにとって決して避けては通れない不可欠な学問の一つである.特に理学療法士や作業療法士にとっては障害評価や専門的治療介入の「準拠の枠組み」なる重要な学問領域である.しかし,これら専門職を養成する大学・専門学校で教授される運動学の内容はほとんどが機能解剖学に重点を置いたものであり,障害者の日常生活活動やその代償運動の運動学・バイオメカニクス的分析を基に専門的治療への示唆を与えることに重点を置いたものは今までほとんどなかった.その意味で本書はまさに日常生活活動の視点から運動学を取り扱っており,それを初めて手にした私にとって「眼からうろこ」の出会いであった.
本書は2部構成からなり,第1部では運動学・バイオメカニクスの意義から力学・物理学的概念まで人間の運動を理解するうえで不可欠な基礎知識が,第2部では筋骨格系の運動解析に適用される基礎概念が頭部・体幹から下肢のそれぞれの部位ごとに簡潔かつ明確に述べられている.
本書の最大の特徴は,何といってもリハビリテーション医療実践において運動学的問題解決を行う場面ごとに,障害を持った多くの人々を具体的モデルとしてフィクションの形式で登場させ,これらクライエントにかかわるリハビリテーションスタッフの臨場感や実践的イメージを高めていることであろう.本書の中で提示された問題の多くは読者に運動学やバイオメカニクス的原則を日常生活活動の解析に積極的に応用するのを奨励している.そのため読者が臨床的問題を解決するためにたどるであろう順序で情報を入手できるようにそれぞれの筋書きは論理的経過に従って書かれているのが特徴である.また各章のトピックス的事項を“Closer Look”で取り上げ,読者の理解を助けるように工夫されているのも特徴である.なお章末は「まとめ」として,読者に解答・解析を求める応用問題で締めくくってある.
本書のもう一つの大きな特徴は,全部で12部の付録が付いていて,読者の便宜を図っていることである.これには登場人物個々の状況の要約をはじめ,各章で出題された応用問題の解説,簡単な数学的知識の復習,バイオメカニクスで用いる一般的な公式,手指と手根モデルの作成イラスト,学習目標および実習活動それに本書で用いた用語解説などが収録されている.
本書はもともと作業療法士を目指す学生を対象に書かれたものであるが,内容からしてリハビリテーションのみならず医療・保健にかかわるすべての専門職・学生も十分利用できるものである.特にベテランのセラピストにとってはクリニカルリーズニングの参考書として座右の書の一つに加えていただける価値ある書と信じている.
監訳にあたり語句や文体・語調の統一をはかり,文章は簡潔にし,できるだけ日本語としての読みやすさを優先した.また原著の理解を助け,それを補う意味で必要に応じ訳注を入れた.なお,誤訳や不適切な語句があれば広くご教示願えれば幸いである.
本書がリハビリテーション医療の場で直面する多くの問題解決に運動学やバイオメカニクスの知識を応用し,その論理的考察をすすめる上で広く活用されることを望んでやまない.
最後に本書出版に労をいとわれなかった医歯薬出版株式会社編集担当者,および関係者の方々に深甚なる謝意を表する.
2002年3月
監訳者 嶋田智明
はしがき
作業(occupation)は作業療法実践の基本である.仕事,生産的活動,遊びやレジャー,それに日常生活活動などはすべて作業を構成するその遂行領域に該当する.作業の意味を理解することは,変化をもたらすために与える治療機序としてのその利用に大いに貢献する.作業療法では,変化とは過程そのものである.セラピストは他者における変化を支持する.われわれは変換(transformation)としての変化について述べている.
本書は,作業にとって不可欠な一つの要素,すなわち人間の運動をよりよく理解するための素晴らしい方策をもたらす.David GreeneとSusan Robertsが本書の中で達成したものは,作業療法を学ぶ学生や臨床従事者に対して人間と環境との関係という視点から人間運動の理解にかみ合うアプローチを提供したことである.著者らは,本書で上下肢の運動学を検証するとともに,手根と手の正常運動学および病態運動学の両面からそれら機能の明確な説明を行っている.運動学やバイオメカニクスの学習が本書では,継続して登場するビネット(肖像画と背景の関係)の形をかりて臨床問題と関連づけられることにより理解しやすいものとなるよう工夫されている.著者らはまた理解を損なわないように代数や三角関数を明確にしつつも,それにあまり重点を置きすぎないようにした…….これは簡単にはできない妙技である!
わたしは,本書は学生の運動学やバイオメカニクスの理解を高める上で特に成功を収めたものであろうと信じている.それぞれの章には,まずその内容の概要,キーとなる用語のリスト,それに問題解決型の応用問題が含まれている.Closer Bookでは,より複雑で理解困難と思われるトピックスをとりあげ,それをより深い視点で捉えられるような便宜を図った.さらにおのおのの章では教材が多くのイラストを通じて生き生きと活用されている.
能力があり,倫理的で,かつ技巧的なセラピストになるために要求される厳しさというものは,われわれが日々絶えず変化し続けながらも複雑なヘルスケア環境を改善し,さらに根拠に基づいた治療効果(evidence-based outcomes)を支える作業療法理論やモデルを発展させていくことにあるように思える.
この本をわれわれに提供してくれた著者らに賞賛を送りたい.本書は,学生の蔵書に加える重要な書籍の一つになるであろうし,また臨床で働く人達にとっては,きっとその生涯にわたり高い専門的能力を維持する一助となることだろう.
ボストン大学作業療法学部臨床助教授
Karen Jacobs,EdD,OTR/L,CPE,FAOTA(マサチューセッツ州,ボストン)
著者序文
運動学やバイオメカニクスは,人間の動作を解析するために使用されうる準拠の枠組となるものである.これらの学問は,常に作業療法実践の基礎となってきた.しばしば臨床で働く人々は,運動学やバイオメカニクスを彼らが援助を求めている事柄を損ねるほどに,ただ唯一の準拠の枠組として利用しようとしてきた.本書では,運動学の込み入った内容を作業療法実践と関係づけることにより探求してみる.各章ごとにわれわれは,長い人生経験を背景に詳細な記述と関連する意義が示す総体的なものの見方を一貫させることに重点をおいている.臨床的問題は本書を通じて個人の遭遇する問題として提示されている.問題の焦点は主にバイオメカニクス的観点におかれているが,問題に直面する個々のケースについてはより全体論的観点より提示されている.
付録Hでは,これら個人個人の状況が物語の形式で端的に要約されている.キャラクターはわれわれの知っている人々をフィクション化して寄せ集めたものであり,本書では何回も登場する.これらの人々は付録Hに五十音順に紹介されていて,おのおののケースの“より詳しい人物像”を即座に参照できるように工夫が凝らしてある.われわれは個々のキャラクターに年齢,人種および民族的な背景が偏らないよう配慮した.
本書で登場するクライエントや医療スタッフは,さまざまな作業療法の場面を反映したものである.ビネットの中では,セラピストと助手が代わる代わる登場し,現実の臨床的役割を描き出している.多くの場合,その役割は相互に変換できるものであるが,ただ評価作業に関しては助手よりはセラピストが行うのが普通である.なぜなら,評価はセラピストの主たる業務であるからである.本書では助手をセラピスト助手と称しているが,作業療法業務に関わるセラピストも助手も個人を指す場合にはどちらもセラピストという名前で呼んでいる.
各章の概観
本書の第1部は5つの章からなり,哲学的問題に関連する他の領域からの基礎的情報を提供し,作業療法の運動学的側面へ寄与している.第1章では最近の作業療法実践における運動学とバイオメカニクスの役割を位置づけている.第2章では人間の筋骨格系および力学的な物理学の議論に必要な基本的語句や概念が述べられている.第3章では,重力がいかに運動に影響を及ぼすかをとりあげる一方で,第4,5章では並進・回転力および運動を検証している.
最後の4つの章が第2部を構成し,本書の最初の半分を割いて提示された概念を人間の筋骨格系領域へと適用している.第6章は頭部と体幹を扱っている.第7,8章では上肢の近位および遠位関節を検証し,第9章は読者に下肢を紹介している.
それぞれの章は概要とキーとなる用語で始まる.Closer Lookには本書でとりあげたさまざまなトピックスを解説し,読者の理解を助けるように配慮した.またおのおのの章は解答・解析を求める応用問題形式で締めくくった.すべての解答や関連する論考は付録Cで取りあげている.読者は是非応用問題に ァ戦し,最善を尽くしてそれぞれの問題を解き,その後に付録Cの解答を参照してほしい.
本書では,その最後に全部で12の付録が付いている.すでに述べた登場人物のリスト(付録H)や応用問題の解答(付録C)に加え,これらの付録には,英国式度量衡の変換表,体分節パラメータ,数学の簡単な復習,三角関数表,バイオメカニクスで用いる一般的な公式,雑誌の論文,図を使った筋の解剖学の簡単な復習,手指と手根モデルの作製のためのイラスト,学習目標および実習作業が含まれる.用語解説によりまた複雑な用語理解を助ける便宜を図った.
運動学をもとにいかに問題を解くか
本書の中で提示された問題の数々は,読者に運動学やバイオメカニクス的原則を人間の動作の解析に応用するのを奨励している.読者はセラピストが臨床的問題を解決するためにたどるであろう順序で情報を得られるようそれぞれの筋書きは論理的経過に従っている.これらの問題解決には,読者が情報をまとめたり,いくつかの数学の方程式を解くために図を通常描くことが不可欠となる.これは作業療法の学生とセラピスト両方をはじめとする多くの読者に親しんでもらえる点でもある.
詳細な記述や長めの解析は,三角関数による解析に興味をもつ人達のために付録Cの中で解説されている.セラピストはエンジニアとともに働きうるし,また一緒に仕事をする機会がある.エンジニアの力学に関する知識や理解のおかげで,複雑な適応機器,補装具,それに人間工学的な産業用具のデザインを行う上で必要とされる数学をより的確に利用できるようになる.バイオメカニクスの中でいかに数学が役立つかを理解することはセラピストが臨床的問題を解決するために必要とされる関連データを特定するのを助けてくれる.これは,バイオエンジニアや義肢装具士とのチームワークを必要とするセラピストに特にいえることである.
この科目を長年教えてきた経験を通じて,われわれは多くの学生がより複雑な数学に基づいた解析を行おうとしないことを認識している.それどころかこの複雑な段階がしばしばあきらめへの引き金となって,多くの学生は代数公式での正弦や余弦を見たとたん,常識的に考えればできそうなことからも逃げ出すようになる.運動学に対する伝統的アプローチでは,問題を解くために三角関数の利用に重きをおいている.このことはセラピスト間でも運動学の教育課程で彼らが学習したものは学校でのみ通用するものであって,日常の実践では非現実的であるという一般的な意見に達している.
事実,本書で提示されたあらゆる状況や,日常の作業療法実践におけるほとんどのバイオメカニクス的挑戦では正弦や余弦を利用せずとも確かな運動学的思考を通じてその理由づけが得られるものである.われわれは,すべての読者が提示された問題を一貫して考え抜くことができる一方で,あまりなじみのない事柄によって脱線しないよう鼓舞することに努め,代数や三角関数をあまり重要視しないように心がけてきた.図を用いた解析はこのテキストの中で利用されているが,数学は絶対必要な時に限ってのみ使われている.
われわれは応用問題の提示の際,力の単位としてニュートンの代わりにキログラムを使用してきた.これは見すごしとか誤りではない.なぜなら第3章でこれらの単位の違いを説明しているし,これら単位の適切な変換のための例を提示しているからである.力の単位としてキログラムを用いているのは,読者やセラピスト,それにその助手らがフィールドワークを通じての観察や経験に近い,一般的な形で情報を提供するというわれわれの意図に基づいている.
この非伝統的アプローチは,明確な考え方を打ち出すために必要な道具を提供するとともに,これらの道具が臨床的実践の中で日常の基本となる真のクライエントの状況を完全に理解するのに重要な概念や思考の過程であることを強調するために利用されてきた.これは学校においてのみあなた方が行っているようなこととは別個のものである.
David Paul Greene
Susan L.Roberts
運動学はリハビリテーション医療にかかわる者すべてにとって決して避けては通れない不可欠な学問の一つである.特に理学療法士や作業療法士にとっては障害評価や専門的治療介入の「準拠の枠組み」なる重要な学問領域である.しかし,これら専門職を養成する大学・専門学校で教授される運動学の内容はほとんどが機能解剖学に重点を置いたものであり,障害者の日常生活活動やその代償運動の運動学・バイオメカニクス的分析を基に専門的治療への示唆を与えることに重点を置いたものは今までほとんどなかった.その意味で本書はまさに日常生活活動の視点から運動学を取り扱っており,それを初めて手にした私にとって「眼からうろこ」の出会いであった.
本書は2部構成からなり,第1部では運動学・バイオメカニクスの意義から力学・物理学的概念まで人間の運動を理解するうえで不可欠な基礎知識が,第2部では筋骨格系の運動解析に適用される基礎概念が頭部・体幹から下肢のそれぞれの部位ごとに簡潔かつ明確に述べられている.
本書の最大の特徴は,何といってもリハビリテーション医療実践において運動学的問題解決を行う場面ごとに,障害を持った多くの人々を具体的モデルとしてフィクションの形式で登場させ,これらクライエントにかかわるリハビリテーションスタッフの臨場感や実践的イメージを高めていることであろう.本書の中で提示された問題の多くは読者に運動学やバイオメカニクス的原則を日常生活活動の解析に積極的に応用するのを奨励している.そのため読者が臨床的問題を解決するためにたどるであろう順序で情報を入手できるようにそれぞれの筋書きは論理的経過に従って書かれているのが特徴である.また各章のトピックス的事項を“Closer Look”で取り上げ,読者の理解を助けるように工夫されているのも特徴である.なお章末は「まとめ」として,読者に解答・解析を求める応用問題で締めくくってある.
本書のもう一つの大きな特徴は,全部で12部の付録が付いていて,読者の便宜を図っていることである.これには登場人物個々の状況の要約をはじめ,各章で出題された応用問題の解説,簡単な数学的知識の復習,バイオメカニクスで用いる一般的な公式,手指と手根モデルの作成イラスト,学習目標および実習活動それに本書で用いた用語解説などが収録されている.
本書はもともと作業療法士を目指す学生を対象に書かれたものであるが,内容からしてリハビリテーションのみならず医療・保健にかかわるすべての専門職・学生も十分利用できるものである.特にベテランのセラピストにとってはクリニカルリーズニングの参考書として座右の書の一つに加えていただける価値ある書と信じている.
監訳にあたり語句や文体・語調の統一をはかり,文章は簡潔にし,できるだけ日本語としての読みやすさを優先した.また原著の理解を助け,それを補う意味で必要に応じ訳注を入れた.なお,誤訳や不適切な語句があれば広くご教示願えれば幸いである.
本書がリハビリテーション医療の場で直面する多くの問題解決に運動学やバイオメカニクスの知識を応用し,その論理的考察をすすめる上で広く活用されることを望んでやまない.
最後に本書出版に労をいとわれなかった医歯薬出版株式会社編集担当者,および関係者の方々に深甚なる謝意を表する.
2002年3月
監訳者 嶋田智明
はしがき
作業(occupation)は作業療法実践の基本である.仕事,生産的活動,遊びやレジャー,それに日常生活活動などはすべて作業を構成するその遂行領域に該当する.作業の意味を理解することは,変化をもたらすために与える治療機序としてのその利用に大いに貢献する.作業療法では,変化とは過程そのものである.セラピストは他者における変化を支持する.われわれは変換(transformation)としての変化について述べている.
本書は,作業にとって不可欠な一つの要素,すなわち人間の運動をよりよく理解するための素晴らしい方策をもたらす.David GreeneとSusan Robertsが本書の中で達成したものは,作業療法を学ぶ学生や臨床従事者に対して人間と環境との関係という視点から人間運動の理解にかみ合うアプローチを提供したことである.著者らは,本書で上下肢の運動学を検証するとともに,手根と手の正常運動学および病態運動学の両面からそれら機能の明確な説明を行っている.運動学やバイオメカニクスの学習が本書では,継続して登場するビネット(肖像画と背景の関係)の形をかりて臨床問題と関連づけられることにより理解しやすいものとなるよう工夫されている.著者らはまた理解を損なわないように代数や三角関数を明確にしつつも,それにあまり重点を置きすぎないようにした…….これは簡単にはできない妙技である!
わたしは,本書は学生の運動学やバイオメカニクスの理解を高める上で特に成功を収めたものであろうと信じている.それぞれの章には,まずその内容の概要,キーとなる用語のリスト,それに問題解決型の応用問題が含まれている.Closer Bookでは,より複雑で理解困難と思われるトピックスをとりあげ,それをより深い視点で捉えられるような便宜を図った.さらにおのおのの章では教材が多くのイラストを通じて生き生きと活用されている.
能力があり,倫理的で,かつ技巧的なセラピストになるために要求される厳しさというものは,われわれが日々絶えず変化し続けながらも複雑なヘルスケア環境を改善し,さらに根拠に基づいた治療効果(evidence-based outcomes)を支える作業療法理論やモデルを発展させていくことにあるように思える.
この本をわれわれに提供してくれた著者らに賞賛を送りたい.本書は,学生の蔵書に加える重要な書籍の一つになるであろうし,また臨床で働く人達にとっては,きっとその生涯にわたり高い専門的能力を維持する一助となることだろう.
ボストン大学作業療法学部臨床助教授
Karen Jacobs,EdD,OTR/L,CPE,FAOTA(マサチューセッツ州,ボストン)
著者序文
運動学やバイオメカニクスは,人間の動作を解析するために使用されうる準拠の枠組となるものである.これらの学問は,常に作業療法実践の基礎となってきた.しばしば臨床で働く人々は,運動学やバイオメカニクスを彼らが援助を求めている事柄を損ねるほどに,ただ唯一の準拠の枠組として利用しようとしてきた.本書では,運動学の込み入った内容を作業療法実践と関係づけることにより探求してみる.各章ごとにわれわれは,長い人生経験を背景に詳細な記述と関連する意義が示す総体的なものの見方を一貫させることに重点をおいている.臨床的問題は本書を通じて個人の遭遇する問題として提示されている.問題の焦点は主にバイオメカニクス的観点におかれているが,問題に直面する個々のケースについてはより全体論的観点より提示されている.
付録Hでは,これら個人個人の状況が物語の形式で端的に要約されている.キャラクターはわれわれの知っている人々をフィクション化して寄せ集めたものであり,本書では何回も登場する.これらの人々は付録Hに五十音順に紹介されていて,おのおののケースの“より詳しい人物像”を即座に参照できるように工夫が凝らしてある.われわれは個々のキャラクターに年齢,人種および民族的な背景が偏らないよう配慮した.
本書で登場するクライエントや医療スタッフは,さまざまな作業療法の場面を反映したものである.ビネットの中では,セラピストと助手が代わる代わる登場し,現実の臨床的役割を描き出している.多くの場合,その役割は相互に変換できるものであるが,ただ評価作業に関しては助手よりはセラピストが行うのが普通である.なぜなら,評価はセラピストの主たる業務であるからである.本書では助手をセラピスト助手と称しているが,作業療法業務に関わるセラピストも助手も個人を指す場合にはどちらもセラピストという名前で呼んでいる.
各章の概観
本書の第1部は5つの章からなり,哲学的問題に関連する他の領域からの基礎的情報を提供し,作業療法の運動学的側面へ寄与している.第1章では最近の作業療法実践における運動学とバイオメカニクスの役割を位置づけている.第2章では人間の筋骨格系および力学的な物理学の議論に必要な基本的語句や概念が述べられている.第3章では,重力がいかに運動に影響を及ぼすかをとりあげる一方で,第4,5章では並進・回転力および運動を検証している.
最後の4つの章が第2部を構成し,本書の最初の半分を割いて提示された概念を人間の筋骨格系領域へと適用している.第6章は頭部と体幹を扱っている.第7,8章では上肢の近位および遠位関節を検証し,第9章は読者に下肢を紹介している.
それぞれの章は概要とキーとなる用語で始まる.Closer Lookには本書でとりあげたさまざまなトピックスを解説し,読者の理解を助けるように配慮した.またおのおのの章は解答・解析を求める応用問題形式で締めくくった.すべての解答や関連する論考は付録Cで取りあげている.読者は是非応用問題に ァ戦し,最善を尽くしてそれぞれの問題を解き,その後に付録Cの解答を参照してほしい.
本書では,その最後に全部で12の付録が付いている.すでに述べた登場人物のリスト(付録H)や応用問題の解答(付録C)に加え,これらの付録には,英国式度量衡の変換表,体分節パラメータ,数学の簡単な復習,三角関数表,バイオメカニクスで用いる一般的な公式,雑誌の論文,図を使った筋の解剖学の簡単な復習,手指と手根モデルの作製のためのイラスト,学習目標および実習作業が含まれる.用語解説によりまた複雑な用語理解を助ける便宜を図った.
運動学をもとにいかに問題を解くか
本書の中で提示された問題の数々は,読者に運動学やバイオメカニクス的原則を人間の動作の解析に応用するのを奨励している.読者はセラピストが臨床的問題を解決するためにたどるであろう順序で情報を得られるようそれぞれの筋書きは論理的経過に従っている.これらの問題解決には,読者が情報をまとめたり,いくつかの数学の方程式を解くために図を通常描くことが不可欠となる.これは作業療法の学生とセラピスト両方をはじめとする多くの読者に親しんでもらえる点でもある.
詳細な記述や長めの解析は,三角関数による解析に興味をもつ人達のために付録Cの中で解説されている.セラピストはエンジニアとともに働きうるし,また一緒に仕事をする機会がある.エンジニアの力学に関する知識や理解のおかげで,複雑な適応機器,補装具,それに人間工学的な産業用具のデザインを行う上で必要とされる数学をより的確に利用できるようになる.バイオメカニクスの中でいかに数学が役立つかを理解することはセラピストが臨床的問題を解決するために必要とされる関連データを特定するのを助けてくれる.これは,バイオエンジニアや義肢装具士とのチームワークを必要とするセラピストに特にいえることである.
この科目を長年教えてきた経験を通じて,われわれは多くの学生がより複雑な数学に基づいた解析を行おうとしないことを認識している.それどころかこの複雑な段階がしばしばあきらめへの引き金となって,多くの学生は代数公式での正弦や余弦を見たとたん,常識的に考えればできそうなことからも逃げ出すようになる.運動学に対する伝統的アプローチでは,問題を解くために三角関数の利用に重きをおいている.このことはセラピスト間でも運動学の教育課程で彼らが学習したものは学校でのみ通用するものであって,日常の実践では非現実的であるという一般的な意見に達している.
事実,本書で提示されたあらゆる状況や,日常の作業療法実践におけるほとんどのバイオメカニクス的挑戦では正弦や余弦を利用せずとも確かな運動学的思考を通じてその理由づけが得られるものである.われわれは,すべての読者が提示された問題を一貫して考え抜くことができる一方で,あまりなじみのない事柄によって脱線しないよう鼓舞することに努め,代数や三角関数をあまり重要視しないように心がけてきた.図を用いた解析はこのテキストの中で利用されているが,数学は絶対必要な時に限ってのみ使われている.
われわれは応用問題の提示の際,力の単位としてニュートンの代わりにキログラムを使用してきた.これは見すごしとか誤りではない.なぜなら第3章でこれらの単位の違いを説明しているし,これら単位の適切な変換のための例を提示しているからである.力の単位としてキログラムを用いているのは,読者やセラピスト,それにその助手らがフィールドワークを通じての観察や経験に近い,一般的な形で情報を提供するというわれわれの意図に基づいている.
この非伝統的アプローチは,明確な考え方を打ち出すために必要な道具を提供するとともに,これらの道具が臨床的実践の中で日常の基本となる真のクライエントの状況を完全に理解するのに重要な概念や思考の過程であることを強調するために利用されてきた.これは学校においてのみあなた方が行っているようなこととは別個のものである.
David Paul Greene
Susan L.Roberts
監訳者序
はしがき
著者序文
謝辞
第1部 人の運動の理解に必要な基礎知識
第1章 バイオメカニクス,運動学および作業療法―良い適合とは
考え方(信念)と定義
機械論的哲学と変形哲学
バイオメカニクス的準拠枠
バイオメカニクス的アプローチの限界
バイオメカニクスと実践モデルとの統合
まとめ
第2章 人間の運動の研究―関連分野からの概念
医学からの概念
中枢神経系
末梢神経系
運動の調節
骨
関節
筋肉
筋活動
筋力
筋緊張
筋骨格の運動
運動障害のための医学的診断
物理学と工学からの概念
スカラー量
空間の測定
時間の測定
質量の測定
ベクトル量
身体運動の測定
重量の測定
力の測定
ストレスの測定
摩擦の測定
仕事量の測定
まとめ
応用問題
応用問題2-1 質量と重量の識別
応用問題2-2 活動筋の確認
第3章 重力:1つの定常力
重力および運動の発生
重力と人体
重心
質量,重さおよび加速度
まとめ
応用問題
応用問題3-1 モビールの作成
応用問題3-2 仲間の人体縮尺図を描いてみよう
応用問題3-3 洗濯かごに働く重力の作用を示すベクトル
応用問題3-4 スプーンに働く重力
応用問題3-5 異なった重さのスプーンに働く重力
応用問題3-6 前腕に働く重力
第4章 並進力と運動
外力
慣性の法則
加速度の法則
作用・反作用の法則
力のつり合い
法線力
剪断力
ストレス
内力
力の大きさと方向
力の方向
筋収縮のタイプ
筋力
滑走距離
多数の力
同一線上の力
力の合成
多数の力の合成
まとめ
応用問題
応用問題4-1 力を加えて平衡を保つこと
応用問題4-2 力の追加
応用問題4-3 合力を求めること
応用問題4-4 方向と大きさで力を分析する
応用問題4-5 力の合成
応用問題4-6 合力を求めるために力ベクトルを合成する
応用問題4-7 筋の出力性を調べる
応用問題4-8 筋の滑走距離を調べる
応用問題4-9 筋収縮を表すベクトルを描く
第5章 回転力,トルクおよび運動
回転運動
回転能
トルクのつり合い
テコ
日常のテコ
筋骨格系のテコ
外部トルクと内部トルク
トルク値
トルクの変化因子
まとめ
応用問題
応用問題5-1 水道の栓を開閉するのに必要な力
応用問題5-2 バーベルによる外部トルク
応用問題5-3 上腕二頭筋によって生じる力
応用問題5-4 金テコで岩を上げるのに必要な力
応用問題5-5 料理盆を保つのに必要なバランス
第2部 筋骨格系の運動解析に必要な基礎知識
第6章 頭部と体幹
背景
病的弯曲
腰椎弯曲
側弯
体幹の運動
両側性および一側性の筋収縮
脊柱起立筋
横突棘筋
胸鎖乳突筋
屈筋(腹筋)
開放および閉鎖連鎖運動
体幹のポジショニング
固定
頭部と体幹に作用する力
頸部
脊柱起立筋
L5椎間板
シーティングとポジショニング
安定の原則
一般的な抑制帯系
まとめ
応用問題
応用問題6-1 上肢のリーチ
応用問題6-2 開放および閉鎖連鎖での股関節運動
応用問題6-3 スタンス
第7章 上肢近位部
肩複合体
関節
筋
閉鎖連鎖での肩甲骨下制
肩甲骨の固定
挙上対外転
肩甲上腕リズム
腱板
肩甲上腕関節の亜脱臼
筋の機能と運動軸
肘複合体と前腕
関節
屈曲と伸展
上腕二頭筋の抑制
回内と回外
回外筋の分離
機能と適応
ハンドバックをさげる
肘を伸ばす
まとめ
応用問題
応用問題7-1 筋機能のシミュレーション
応用問題7-2 筋機能 描く
応用問題7-3 制限された肩の力
応用問題7-4 上肢の関節にかかる負荷
第8章 上肢遠位部
手関節
関節
筋
腱移行術後の筋バランス
手
アーチ
関節
母指
手関節と手指の協調
筋の自動および他動的機能不全
テノデーシスによる把握とリリース(解き放ち)
手指の運動を生じる筋
骨間筋と虫様筋
手外筋と手内筋の機能
母指の動きにおける筋の働き
つまみ(pinchi)
把握(grasp)
病理学的状況
ボタンホール変形
尺側偏位
弓の弦
関節拘縮と腱の癒着
トルク可動域
つかみの人間工学(エル Sノミックス)
まとめ
応用問題
応用問題8-1 手首のバランス機能
応用問題8-2 手の短い縦のアーチ
第9章 下肢
筋活動
バランス
体重負荷
股関節でのバランス
重力と筋活動
膝と足関節でのバランス
重力と筋活動
安定性の要因
脳血管障害
バランスを脅かすもの
トランスファー(移乗)
トイレでのトランスファー
車いす
セミリクライニング型車いす
車輪
切断後の不安定性
安定性と圧迫に関する調節機構
正常歩行とそのバリエーション
走行
ジャンプとホップ
這うこと,そして登ること
バイオメカニクス的分析
まとめ
応用問題
応用問題9-1 股関節屈曲の際の筋短縮
応用問題9-2 開放および閉鎖連鎖の股関節外転
応用問題9-3 車いすの不安定性
付録
A 英国式度量衡からメートル法への変換
B 体分節パラメータ
C 章 末の応用問題の解答
D 関連する数学の復習
E 三角関数
F バイオメカニクスで一般に使用される公式
G 機能のバイオメカニクス分析
H 登場人物の紹介
I 筋解剖の概観
J 手指と手根のためのワーキングモデル
K 学習目標
L 実習活動
用語解説
索引
はしがき
著者序文
謝辞
第1部 人の運動の理解に必要な基礎知識
第1章 バイオメカニクス,運動学および作業療法―良い適合とは
考え方(信念)と定義
機械論的哲学と変形哲学
バイオメカニクス的準拠枠
バイオメカニクス的アプローチの限界
バイオメカニクスと実践モデルとの統合
まとめ
第2章 人間の運動の研究―関連分野からの概念
医学からの概念
中枢神経系
末梢神経系
運動の調節
骨
関節
筋肉
筋活動
筋力
筋緊張
筋骨格の運動
運動障害のための医学的診断
物理学と工学からの概念
スカラー量
空間の測定
時間の測定
質量の測定
ベクトル量
身体運動の測定
重量の測定
力の測定
ストレスの測定
摩擦の測定
仕事量の測定
まとめ
応用問題
応用問題2-1 質量と重量の識別
応用問題2-2 活動筋の確認
第3章 重力:1つの定常力
重力および運動の発生
重力と人体
重心
質量,重さおよび加速度
まとめ
応用問題
応用問題3-1 モビールの作成
応用問題3-2 仲間の人体縮尺図を描いてみよう
応用問題3-3 洗濯かごに働く重力の作用を示すベクトル
応用問題3-4 スプーンに働く重力
応用問題3-5 異なった重さのスプーンに働く重力
応用問題3-6 前腕に働く重力
第4章 並進力と運動
外力
慣性の法則
加速度の法則
作用・反作用の法則
力のつり合い
法線力
剪断力
ストレス
内力
力の大きさと方向
力の方向
筋収縮のタイプ
筋力
滑走距離
多数の力
同一線上の力
力の合成
多数の力の合成
まとめ
応用問題
応用問題4-1 力を加えて平衡を保つこと
応用問題4-2 力の追加
応用問題4-3 合力を求めること
応用問題4-4 方向と大きさで力を分析する
応用問題4-5 力の合成
応用問題4-6 合力を求めるために力ベクトルを合成する
応用問題4-7 筋の出力性を調べる
応用問題4-8 筋の滑走距離を調べる
応用問題4-9 筋収縮を表すベクトルを描く
第5章 回転力,トルクおよび運動
回転運動
回転能
トルクのつり合い
テコ
日常のテコ
筋骨格系のテコ
外部トルクと内部トルク
トルク値
トルクの変化因子
まとめ
応用問題
応用問題5-1 水道の栓を開閉するのに必要な力
応用問題5-2 バーベルによる外部トルク
応用問題5-3 上腕二頭筋によって生じる力
応用問題5-4 金テコで岩を上げるのに必要な力
応用問題5-5 料理盆を保つのに必要なバランス
第2部 筋骨格系の運動解析に必要な基礎知識
第6章 頭部と体幹
背景
病的弯曲
腰椎弯曲
側弯
体幹の運動
両側性および一側性の筋収縮
脊柱起立筋
横突棘筋
胸鎖乳突筋
屈筋(腹筋)
開放および閉鎖連鎖運動
体幹のポジショニング
固定
頭部と体幹に作用する力
頸部
脊柱起立筋
L5椎間板
シーティングとポジショニング
安定の原則
一般的な抑制帯系
まとめ
応用問題
応用問題6-1 上肢のリーチ
応用問題6-2 開放および閉鎖連鎖での股関節運動
応用問題6-3 スタンス
第7章 上肢近位部
肩複合体
関節
筋
閉鎖連鎖での肩甲骨下制
肩甲骨の固定
挙上対外転
肩甲上腕リズム
腱板
肩甲上腕関節の亜脱臼
筋の機能と運動軸
肘複合体と前腕
関節
屈曲と伸展
上腕二頭筋の抑制
回内と回外
回外筋の分離
機能と適応
ハンドバックをさげる
肘を伸ばす
まとめ
応用問題
応用問題7-1 筋機能のシミュレーション
応用問題7-2 筋機能 描く
応用問題7-3 制限された肩の力
応用問題7-4 上肢の関節にかかる負荷
第8章 上肢遠位部
手関節
関節
筋
腱移行術後の筋バランス
手
アーチ
関節
母指
手関節と手指の協調
筋の自動および他動的機能不全
テノデーシスによる把握とリリース(解き放ち)
手指の運動を生じる筋
骨間筋と虫様筋
手外筋と手内筋の機能
母指の動きにおける筋の働き
つまみ(pinchi)
把握(grasp)
病理学的状況
ボタンホール変形
尺側偏位
弓の弦
関節拘縮と腱の癒着
トルク可動域
つかみの人間工学(エル Sノミックス)
まとめ
応用問題
応用問題8-1 手首のバランス機能
応用問題8-2 手の短い縦のアーチ
第9章 下肢
筋活動
バランス
体重負荷
股関節でのバランス
重力と筋活動
膝と足関節でのバランス
重力と筋活動
安定性の要因
脳血管障害
バランスを脅かすもの
トランスファー(移乗)
トイレでのトランスファー
車いす
セミリクライニング型車いす
車輪
切断後の不安定性
安定性と圧迫に関する調節機構
正常歩行とそのバリエーション
走行
ジャンプとホップ
這うこと,そして登ること
バイオメカニクス的分析
まとめ
応用問題
応用問題9-1 股関節屈曲の際の筋短縮
応用問題9-2 開放および閉鎖連鎖の股関節外転
応用問題9-3 車いすの不安定性
付録
A 英国式度量衡からメートル法への変換
B 体分節パラメータ
C 章 末の応用問題の解答
D 関連する数学の復習
E 三角関数
F バイオメカニクスで一般に使用される公式
G 機能のバイオメカニクス分析
H 登場人物の紹介
I 筋解剖の概観
J 手指と手根のためのワーキングモデル
K 学習目標
L 実習活動
用語解説
索引