やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 アフェレシス(Apheresis)はギリシャ語由来で,英語では“taking away”,日本語では“分離”を意味する医学専門用語である.アフェレシスは,血液中のターゲットを定めてそれを特異的に除去する手法で,ターゲットは血球成分でも蛋白成分でも,免疫グロブリンでも,抗体でも,ウイルスでもよい.一方,広く普及している血液透析は,尿毒症性物質除去を目指した手法で,そのターゲットがいくつかについては定説がない状況である.またアフェレシスのなかで恐らく最も多く用いられている血漿交換は,不足成分の補充療法という立場が主流と考えるべきではあるが,時に病態を惹起する要因が特定できずに血清毒の除去を目指すというかなりアバウトな発想で処方されている現状がある.そのような視点で振り返ってみると,アフェレシスは照準を定めた治療法で,血液浄化療法が目指している究極の姿であると言っても過言ではないであろう.即ち,サイエンスの進歩にともない,様々な病態を形成している要因を血中で特定できれば,将来的にそれらを特異的に除去することを目指すことができる非常に頼もしい治療法である.より現実的には,多数の難治性の病態において改善へ向けた種々の治療法が試行錯誤するなかで,それらが奏功するまでの間の“橋渡し治療”として生命予後改善をサポートする重要かつ有効な治療法としての位置づけが確立している.アフェレシスは,日本のお家芸ともいえる世界屈指の繊維産業の最先端技術に負うところが大きく,特に二重濾過血漿分離交換法やLDLコレステロール吸着法,顆粒球吸着療法は,先達が開発した日本発の優れた治療法であることは言を待たない.今回,基幹病院の使命としてアフェレシス治療の整備は必須であると考える中で,実践のためのコンパクトなマニュアルが乏しい状況を鑑み,近年この分野での臨床にgiant stepを踏み出しつつある東大病院のプロトコルを本書にまとめた.本書は実践使用を最優先としており,アフェレシスの歴史的考察は割愛した.本企画がアフェレシス治療の質の向上と,わが国の医療の発展に大きく寄与することを期待して止まない.
 2012年3月
 野入英世
技術編
1章 アフェレシスとは
 1.アフェレシスによる物質除去の理論的根拠
  A.アフェレシスとは(花房規男)
   アフェレシスによる物質の除去/アフェレシスによる物質の補充
  B.物質除去にかかわる治療側の特性(花房規男)
   アフェレシスの原型(拡散,濾過,吸着,遠心)
  C.除去される物質側の特性(花房規男)
   分子量/吸着に影響を及ぼす特性/遠心法に影響を及ぼす特性
 2.病因物質の除去方法
  A.膜分離(市村 理)
   膜分離の特色/具体的な膜分離の例/分離器
  B.吸着(長江祐吾)
   灌流方法による分別/吸着様式/各吸着材の特性
  C.遠心法(佐久間伸博)
   概念/特徴/対象となる疾患
 3.血漿交換
  A.血漿交換療法(PE・DFPP・PA)の使い分け(山本裕子)
   単純血漿交換/その他の血漿交換療法
  B.単純血漿交換(黒澤秀郎)
   必要な回路とプライミング/病態による補充液の選択/FFP補充に伴う問題点:低カルシウム血症とナトリウム負荷/実際の処方内容/抗凝固剤/合併症/治療中の注意点
  C.二重濾過血漿分離交換(茂木佳奈)
   基本原理/治療中の注意点/治療終了時の注意点/副作用
  D.血漿吸着療法(渡邊恭通)
   回路構成プライミング/注意点/各血漿成分吸着器の特徴と注意点
  E.クリオフィルトレーション(山本裕子)
   概念/対象患者/方法/操作上の注意点/臨床効果/他の治療法との比較
  F.加温式リサキュレーション法(DFサーモ)(金野好恵)
   DFサーモとは/加温の効果/回路構成/血漿成分分画器の選択/DFサーモに必要な装置と機能/操作条件設定とモニタリング/置換液/適応疾患と治療の指標,治療回数/抗凝固薬法/患者観察の留意点
  G.Plasma Diafiltration(PDF)(中永士師明)
   回路構成・プライミング/PDFのオプション
 4.直接血液吸着(三輪真弓)
   直接血液吸着とは/治療法共通の注意点/活性炭吸着/エンドトキシン吸着(PMX-DHP)/β2ミクログロブリン吸着
 5.血球成分除去療法(白血球除去療法)(伊藤友紀)
   血球成分除去療法とは/各医療材料の特徴/有効性・副作用/プライミング方法/バスキュラーアクセス/抗凝固剤/治療中の注意点/返血の注意点
 6.腹水濾過濃縮再静注法(花房規男)
   概念/対象患者/方法/操作上の注意点/臨床効果/合併症
治療編
2章 治療方法
 1.血液浄化器の選択(野入英世)
   各種アフェレシスの考え方と処方
 2.治療量・頻度の決定法(花房規男)
   IgGの除去/治療量を決めるために重要な項目
 3.バスキュラーアクセス(岡本好司)
   バスキュラーアクセスの種類とその特徴/急性血液浄化療法における既存バスキュラーアクセスの位置づけ/直接穿刺/バスキュラーアクセスカテーテル
 4.抗凝固剤(虎戸寿浩)
   抗凝固剤の種類/抗凝固剤のモニタリング/抗凝固剤の種類と使い分け
3章 合併症
 1.血圧低下(井上 剛)
   血圧低下の原因および病態/アフェレシス時低血圧への実際の対応
 2.出血傾向凝固因子の低下(花房規男)
   抗凝固剤の使用によるもの/凝固因子の除去によるもの/原疾患による出血
 3.アレルギー(中村元信)
   血漿交換/吸着療法(血液吸着・血漿吸着)/抗凝固剤/アレルギー出現時の対応/アレルギーの予防
 4.電解質異常(中村元信)
   カルシウム/ナトリウム/代謝性アルカローシス/カリウム/リン
 5.アフェレシス・トラブルシューティング(山本裕子)
   器械側に発生する現象/患者側に発生する症状
 6.感染症(山崎 修)
   アフェレシスにおける感染のリスクとは
4章 対象疾患
 1.自己免疫関連疾患
  A.神経疾患(根岸康介)
   (1)総論
   (2)重症筋無力症
   (3) Lambert-Eaton筋無力症症候群
   (4) Guillain-Barre症候群
   (5)慢性炎症性脱髄性多発神経炎
   (6)多発性硬化症
  B.皮膚疾患(根岸康介)
   天疱瘡・類天疱瘡,中毒性表皮壊死症
  C.腎疾患(根岸康介)
   巣状糸球体硬化症,急速進行性糸球体腎炎
  D.リウマチ・膠原病(神田浩子)
   (1)関節リウマチ
   (2)悪性関節リウマチ
   (3)全身性エリテマトーデス
   (4)抗リン脂質抗体症候群
   (5)ANCA関連血管炎
  E.血液型不適合妊娠(花房規男)
   対象となる物質および病態/実際の施行方法/注意すべきポイント
  F.多発性骨髄腫(井上 剛)
   多発性骨髄腫/過粘稠症候群
  G.心疾患(濱崎敬文)
   対象となる物質および病態/効果/実際の施行方法
 2.大分子の除去
  A.LDL吸着療法(本田謙次郎・土井研人)
   適応疾患/実際の施行方法/注意すべきポイント
  B.エンドトキシン吸着療法(土井研人)
   適応疾患:敗血症/効果/実際の施行方法/注意すべきポイント
 3.凝固因子の補充も重要な疾患
  A.肝疾患
   劇症肝炎と急性肝不全,術後肝不全(土井研人)
    対象となる物質および病態/効果/実際の施行方法/注意すべきポイント
  B.TTP/TMA(土井研人・本田謙次郎)
   対象となる物質および病態/効果/実際の施行方法/注意すべきポイント
 4.炎症性腸疾患(井上 剛)
   潰瘍性大腸炎/クローン病
 5.HCV感染症(● 石・野入英世)
   VRAD/VRADのプロトコル
 6.薬物中毒(中村元信)
   対象となる物質および病態/血液浄化の選択肢と効果/おもな薬物中毒における血液浄化法の適応
 7. 同種腎移植(河原崎宏雄)
   術前アフェレシス/術後アフェレシス/アフェレシスとともに重要な治療
 8. 末梢血幹細胞採取(大河内[渡辺]直子)
   末梢血幹細胞移植/末梢血幹細胞採取
5章 小児のアフェレシス
 1.小児のアフェレシス(服部元史・相馬 泉)
   小児疾患とアフェレシス/実施上の留意点/PEの実際
6章 保険適応
 1.アフェレシスの保険適応(花房規男)
   血漿交換療法/吸着式血液浄化法/血球成分除去療法/胸水・腹水濾過濃縮再静注法/そのほかの規定
 2.付録 疾患別適用治療法一覧(野入英世)

 索引
 
 サイドメモ目次
  生物学的特性を利用した物質除去
  バフィーコート層
  血液透析併用療法血液濾過透析併用療法
  Plasma Diafiltrationの治療成績
  The Model for End-Stage Liver Disease(MELD)スコア
  吸着療法の対象となる物質
  関節リウマチに対するLCAPの有効性
  体内血漿量の推定方法
  カテーテル開発の変遷
  ヘパリン起因性血小板減少症
  (heparin-induced thrombocytopenia)
  アフェレシスによる凝固因子第13因子の低下
  抗N-methyl-D-aspartate受容体(NMDAR)
  脳炎に対するアフェレシス
  Miller-Fischer syndromeに対するアフェレシス
  MGUSに伴う末梢神経障害
  視神経脊髄炎(NMO)に対するアフェレシス
  MPO-ANCA関連血管炎に対する白血球除去療法の有効性
  難治性下腿潰瘍
  IAPPによる児の先天性心伝導障害の予防
  抗PP1PK抗体/抗D免疫グロブリン(RHIG)による未感作妊婦の管理
  LDL吸着療法の適応拡大
  呼吸器疾患に対するエンドトキシン吸着療法
  敗血症の病態とエンドトキシン吸着の作用機序
  ALSの新たな方法─アルブミン透析
  TTPの病態とADAMTS-13の関わり
  白血球系の細胞を除去する治療の今後
  MARS療法(Molecular Adsorbent Recirculating System:MARSR)
  ABO血液型不適合移植/抗HLA抗体の評価/抗体関連拒絶の定義