やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 広く知られているように,近代史の世界大戦を経ていわゆるcrush syndromeに伴う急性腎不全(ARF:acute renal failure)の病態がクローズアップされたが,この腎臓機能の破綻を主体とした生命の危機的状況に対して,明確な改善効果を有する治療法である血液浄化療法は,目覚ましいスピードで発展を遂げた.その中でも集中治療領域で主に用いられている持続的腎代替療法(CRRT:continuous renal replacement therapy)は,日本と欧米とでは異なった様式で進化している部分がある.それは恐らく日本が繊維・機械技術に優れ,また一方では保険医療機関への診療報酬支払いの機構が各国と異なる状況が関与していると考えられる.このような背景の中で欧米とは独立して形成された日本のCRRTであるが,EBMが重視される時代が到来したのとは対照的に,expert opinionあるいはexperience based medicineに基づいた治療が主体であること,十分な疫学的検討がなされ欧米を含めて世界的に認知されている日本発の臨床研究の少なさなどが,批判的に論じられることが多い現状である.
 それでは,日本の標準的なCRRTをとりまく集中治療は,種々の診療報酬査定等の縛りのために欧米との比較で劣っているのであろうか?これに対して明確に回答できる臨床研究がいまだ日本には存在しておらず,日本においてCRRTに従事しているものの大きな課題と考えられる.東大病院は国内有数の臨床研修病院であり,複雑な背景を有した重症な症例が数多くICUにて治療されている.その規模は年間ICU入室症例約800例,平均在室日数約7日,死亡率約5%である.これら数値は,欧米の一般的なICUにおける臨床疫学研究の基礎データとほぼ同等である.また,国立大学医学部附属病院の中にあってもCRRT施行件数は常にトップ5に入るレベルで,CRRTの処方は日本のほぼ標準的プロトコルと考えられるものを採用しているが,治療成績の向上に大いに貢献している.
 本書は,近年巷間でみかけなくなったCRRT標準プロトコルをわかりやすくまとめて普及を図ると同時に,日本のCRRTにおける新たなエビデンスを確立していくための基礎固めを念頭において企画した.
 私は,日本の医療はCRRTにおいても,慢性血液透析と同様に欧米に遜色のない高い臨床力を示せているのではないかと思う.そして,日本のexpert opinionに反映されるseedは確実にあり,手順に沿って示していくことが医療と産業の醸成に必要であると考えている.
 2011年5月
 野入英世
総論
I.すぐ治療開始するために
 1.CRRTはだれに行うか?(花房規男)
  Renal indicationとnon-renal indication/腎機能のサポートを必要とする患者(renal indication)/腎機能のサポート以外の疾患(non-renal indication)
 2.何を:モードの選択(山口大介)
  はじめに/モードの選択の前に/モードの種類/モードと分子量/モードの選択/CHDFの妥当性について
 3.どのように:処方の決め方(土井研人)
  CRRTの処方とは/CRRT処方の実際
II.医療用器材
 1.補充液・透析液(根岸康介)
  組成/安全性に配慮した製剤設計/血液透析用透析液の組成と補充液との比較/酢酸フリー透析液
 2.ヘモフィルタの選択(片桐大輔)
  はじめに/膜のサイズ/膜の材質/使用時,使用後の注意/そのほか考慮するべき点
 3.バスキュラーアクセス(岡本好司)
  CRRTにおける既存バスキュラーアクセスの位置づけ/カテーテルの種類/挿入箇所/挿入時トラブル/メンテナンストラブル
 4.抗凝固剤の選択とモニタリング(虎戸寿浩)
  抗凝固剤の必要性/抗凝固剤のモニタリング/CRRTで用いられる抗凝固剤の種類と特徴/まとめ
 5.CRRT装置に表示される数値(渡邊恭通)
  各種測定値の概要/各種測定値の変化/各種設定値
III.トラブルシューティング
 1.施行中のトラブルシューティング:機器操作(山本裕子)
  アラーム発生時の基本/各種アラームとトラブルシューティング
 2.合併症:血圧低下(野入英世)
  血圧低下のメカニズムとCRRT/全身状態の把握/血圧低下と病態/治療上の注意
 3.合併症:出血(鵜沼 智)
  出血の原因/出血を認める場合のCRRT/まとめ
 4.合併症:電解質異常(花房規男)
  低下しやすい電解質/そのほか注意が必要な電解質/モニタリングの重要性
IV.よりよい理解のために
 1.CRRTの原理(花房規男)
  拡散と限外濾過/治療法/その他の治療法
 2.CRRTの治療量の考え方(花房規男)
  補液・透析液の流量を決める原則/ヘモフィルタにおける物質の除去/体内からの物質の除去/疫学的・介入試験の結果による設定/保険診療上の問題点
 3.CRRT終了のタイミング(土井研人)
  間欠的治療への移行/RRTからの離脱
各論
V.CRRTの適応
 1.腎疾患:AKIに対するCRRT(土井研人)
  いつCRRTの適応と判断するのか?/CRRTか間欠的血液透析か?/まとめ
 2.腎疾患:ESRDに対するCRRT(根岸康介)
  対象/CRRTのモダリティ選択/CRRT施行時のバスキュラーアクセス/ESRD症例でのCRRT施行時の留意点
 3.循環器疾患:CCUでのCRRT(片桐大輔)
  心不全に対するCRRT/心臓外科手術とCRRT/慢性腎不全,末期腎不全に対する治療/まとめ
 4.敗血症および高サイトカイン血症(土井研人)
  サイトカイン,敗血症,non-renal indication/CRRTによるサイトカイン除去の理論/CRRTによるサイトカイン除去の実際
 5.多臓器不全(井上 剛)
  MOFとAKI/多臓器不全・重症患者における腎代替療法の開始基準/腎代替療法のモダリティ選択/腎代替療法の浄化条件
 6.急性肝不全・劇症肝炎(野入英世)
  急性肝不全・劇症肝炎/患者状態の把握/治療上のポイント/治療の効果と目標
 7.急性膵炎(中村元信)
  急性膵炎の定義と診断/治療
 8.急性肺傷害,ALI/ARDS(石津智子)
  急性肺傷害(ALI)と急性呼吸窮迫症候群(ARDS)/肺腎連関/ALI・ARDSとCRRT/ALI・ARDSに合併する呼吸性アシドーシスをCRRTで補正する場合の注意点
 9.周術期のCRRT(片桐大輔)
  周術期AKIの要因/周術期のCRRT/抗凝固薬の選択/まとめ
 10.頭蓋内疾患(本田謙次郎)
  頭蓋内疾患でCRRTを要する疾患/頭蓋内圧に関する病態生理/頭蓋内疾患と腎代替療法
 11.その他:代謝障害,薬物中毒など(中村謙介)
  代謝障害に対する血液浄化の適応/原因物質の除去が可能か/血液浄化法の選択(CRRTでよいのか?)/原因物質の除去を目的として血液浄化が適応となる中毒
 12.小児・乳幼児のCRRT(和田尚弘)
  適応となる病態/開始時期/CRRT施行の具体的条件/まとめ
VI.CRRT施行中の検討項目
 1.輸液(花房規男)
  考え方/実際の輸液/維持期/術後/その他の電解質
 2.栄養(深柄和彦)
  栄養サポートチーム(NST)が遭遇する困難/腎不全患者へのエネルギー・蛋白質投与量/CRRTを必要とする病態の代謝の特徴/急性腎不全における栄養不良の発生/CRRTに伴う体内の栄養素の変化/CRRT時の栄養療法
 3.薬剤(山本武人・大野能之)
  CRRT導入患者への薬物投与の問題点/CRRTによる薬剤除去の原則/CRRT導入患者に対する抗菌薬の投与量設計/CRRT導入患者に対する薬物の投与量調節のチェックポイント
 4.海外大規模臨床研究,国内治療の現状と方向性(土井研人)
  CRRTにおける至適な条件設定/今後のCRRTにおける臨床研究の方向性

 索引

 サイドメモ目次
  Surviving Sepsis Campaign GuidelineにおけるCRRTの推奨項目
  諸外国におけるCRRTのモードの選択について
  CRRTのモードの用語について
  心臓カテーテルの発明から思うこと
  ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)
  メシル酸ガベキサート(FOY)は抗凝固剤として使えるか?
  海外における抗凝固剤の使用状況
  心臓外科手術におけるAKIのバイオマーカー
  SOFAスコア
  血漿交換に必要な血漿量の求め方
  劇症肝炎に対する肝移植適応基準
  AKIに合併する肺障害の機序
  透析患者の大腸穿孔
  脳浮腫
  循環動態の不安定な児に対する対応
  CRRTによる薬物のクリアランス(CLCRRT)
  分子量による篩係数の違い
  薬物除去率(fd)
  分布容積(Vd)
  Pharmacokinetics/Pharmacodynamics(PK/PD)理論