やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 臨床経験豊かな達人といわれる医療人には,この人なら頼りになると思われる何か魅力的なものを感ずる.大学で,医学,医療についての教育をうけ,課程を経て,国家試験に合格,医療人として医学,医療の現場で,仕事を始めたばかりのいわゆるフレッシュのうちは,まだ臨床経験が少なく,何となく頼りなさがある.このことは,以前からよく言われてきたことで,医療では,やはり何と言っても実地の臨床で,どれくらい経験を積んでいるかどうかということが,物を言うわけで,年期が入っているかどうかということであろう.ここでいう臨床のセンスといわれるものと何らかの関連があると思われる.医系大学の課程を卒業したばかりの医療人には,まだ本当の意味での臨床のセンスが身についていない.
 医療人には,あるいは臨床では,センスといわれる何物かがあると思われるが,その中身や実態は何かといわれるとなかなかむつかしく,すぐにこれだと規定しにくいものがある.しかし,確かに臨床の現場では,センスといわれる何かを感ずる.医療では,難しい局面に遭遇することも多く,そんな時,的確な判断を下すためには,先を見る,先見性が必要で,見通しが効かねばならない.それは一朝一夕に出来ることではない.経験豊かで,いつも様々な経験症例を通して,内容を整理分析し,自分の考えを確固たるものにしているかどうかによるわけで,なかなかそうした境地に到達することは難しい.努力の積み重ねが必要で,そうした過程を経て臨床のセンスが作られていく.
 最近,医療過誤が多く,新聞紙上を賑わせている.医学,医療に対する信頼感が失われ,医療に携わっている多くの医療人にとっては,何ともやり切れない気持ちである.その背景には,注意不足,配慮不足,全体感の欠如,モラルの低下,医学,医療についての知識,経験の未熟さ,勇み足,組織,運営管理の不備など,様々の要因があげられる.臨床におけるセンス水準の低下もその要因の一つであろう.広い意味では,臨床のセンスの低さ,センスの悪さが大きく影響していると思われる.
 臨床のセンスとは何かが問われる時代である.臨床のセンスを見直す必要に迫られている.医療遂行の上で,重要な課題であるが,これまであまり深い分析が行われていない.本書では,臨床のセンスとはなにか,臨床のセンスを形成する要素となるもの,臨床のセンスを支えるもの,臨床のセンスを高めるためにはどうすればよいか,などについて著者の考えをまとめてみた.医学,医療の実践,教育の上でも,臨床のセンスは中核的なものである.医療に携わる多くの医療人に何らかの参考になり役立てば望外の喜びである.
 本書の出版にあたっては,医歯薬出版株式会社の深いご理解,ご支援をいただき,特に同社板橋辰夫氏には一方ならぬお世話になった.心から感謝の意を表する.
 平成十六年春 著者記す
臨床のセンス 目次

まえがき

I 社会人のセンスと医療人のセンス
 センスということ
 センスを身につける
 期待される医療人像といわれるもの

II 臨床のセンス――要素となるもの
 臨床能力といわれるもの
 臨床の姿勢―医の心
 知、技、心のバランス
 疾病予後の追跡
 疾病と病者
 局所と全身
 心理・自律神経・内分泌・免疫系への理解
 QOLについての理解
 全体的、包括的考え方とその体験
 保健、医療、福祉統合への理解

III 臨床のセンスを支えるもの
 旺盛な好奇心
 洞察する能力、推理力
 鋭い観察力
 豊かな感性
 論理的基礎と理解
 柔軟な協調性
 細かな気配り、配慮
 決断する勇気
 自己評価能力
 強固な使命感

IV 臨床のセンスを高めるために
 経験を豊かにする
 先人に学ぶ
 幅広いベースに立った専門性を養う
 ストーリー性を身につける―点と線の連絡
 気づきの感覚を培う
 臨床のヒント、コツを大切に
 いつも疑問をもつ
 診る、考える
 間のおき方を心得る