やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者代表まえがき
 欧米の出版業界のグローバル化の波により,多くの出版社が整理統合されたため,2003年に出版された「The Developing Human;Clinically Oriented Embryology」7th Editionの日本語への翻訳権を獲得するのに手間取ったが,この問題も無事解決し,「ムーア人体発生学」の原著第7版を,やっと皆様のお手許にお届けすることができる運びとなった.この本の原著第1版が出版されたのが1973年で,以来,生物学,特に発生学に関連した分子生物学の進歩は目覚ましく,ヒトの遺伝子配列は既に解析され,クローン技術,組換えDNAやトランスジェニック動物などの遺伝子操作を行い,遺伝子発現ならびにその調節機構の解明が盛んに行われている.これらの発生分化に関する多くの知識,技術を応用して,ヒト胚性幹細胞を用い,発生学とも関連し,種々の難治疾患の治療のため,再生医療へ向けての研究が盛んに行われている.
 本書の原著者,Keith L.Mooreは,この第7版にこれらの多くの発生学に関連する最新の分子生物学的所見を取り込み改訂するとともに,人体発生学をより理解しやすいよう,付図を色づけするとともに三次元表示し,また臨床に関連して,この第7版では多くの超音波診断画像をはじめ,MRIならびにCT画像が付け加えられている.
 このように本書は,発生生物学における分子生物学の最新の進歩を盛り込み,先天異常に関する事項にも重点を置き,記載に工夫を凝らし,人体発生学を理解しやすく学習できるよう考慮されている.また,先天異常については,その発生原因とその予防にまで言及し,臨床にも役立つように構成されている.このように,本書は今や9つの言語に翻訳され,北米のみならず,世界中で医学生のみならず,医療保健衛生などの健康科学全般を学ぶ学生にも利用され,世界での人体発生学の教科書の標準となっている.用語に関しては,国際解剖学用語委員会(Federative International Committee on Anatomical Terminology[FICAT])において,発生学用語ならびに組織学用語について,精力的に検討を加えている最中であり,まだ結論に達していない.それゆえ,これまでと同様に「解剖学用語改訂12版日本解剖学会編」に準拠した.
 本書を翻訳するきっかけとなったのは,本書を第1版から第4版まで翻訳された京都大学名誉教授の星野一正先生のご推薦であるが,京都大学教授としてご帰国になる前は,永年カナダのマニトバ大学で教授として,本書の原著者のKeith L.Mooreとともに解剖学,発生学を教えておられた関係で,お子様,お孫様方がカナダに永住され,星野先生ご夫妻も,一昨年カナダで余生を過ごされるとのことで移住された.また,原著者のKeith L.Mooreとは,FICAT会議で,毎年1,2度はお会いしているが,一昨年80歳の誕生日のお祝いをされ,ますます元気に活躍されておられる.
 本書が医学を学ぶ学生をはじめ,広く医療関係者の参考になるものと期待し,出版の機会を与えてくださった星野一正先生,ならびに本書の編集にご協力いただいた医歯薬出版株式会社の遠山邦男氏をはじめ,関係各位に感謝の意を表する.
 2007年4月神戸にて
 訳者代表
 瀬口春道

第7版のはしがき
 われわれは,いまやまさに分子生物学および人体発生学の領域で,卓越した成果をあげる時代に入ろうとしている.ヒトの遺伝子の配列が明らかにされ,ヒツジがクローン化され,ドリーと名づけられた.科学者はヒト胚性幹細胞を単離し,ある種の不治の疾患の治療に用いようとする提案がなされ,広く議論を巻き起こしている.さらに近年,ヒトの胚子のクローン化が報告された.これらの著しい科学の発達は,すでに,将来の医療に強い影響を与えるであろう人体発生学の研究に,進むべき方向を示している.
 この『人体発生学』の第7版は,胚子の発生を導く,いくつかの分子生物学的事象についての現在の所見を反映するよう改訂した.本書はまた,以前の版より,臨床により関連した記述が含まれている.それらの段落では,これまでの版とは異なり,色付けして強調してある.臨床に関連した発生学的な面に焦点を当てるのに加えて,著者らは,簡明な回答を付けた,臨床に関連した問題を改訂し,発生学が現代の医療の重要な一分野であることを強調するような,症例研究をより多く加えた.
 この版では,(正常ならびに異常の)多くの胚子のカラー写真を付け加えた.付図の多くは三次元表示と,より効果的な色彩を用いて改変した.また,より多くの胚子および胎児の(超音波検査やMRIの)診断画像を付け加え,走査電顕像を胚子の三次元図示に付け加えた.
 異常発生を学ぶことは,危険の評価,異常の原因,およびいかに奇形を予防するかを理解するのに役立つので,先天異常学の記述を増やした.発生生物学の分子生物学的見地における最近の進歩に,特に臨床医療に将来有望と思われる領域,あるいは将来の研究の方向に重要な影響を与えると思われる領域については,全ページを通じて強調してある.アメリカの医学資格審査試験ステップ1のような国家試験では,胚子の発生に関連する分子生物学機構についての知識が,いまや求められている.
 著者らは,出生前のヒトの発生を読みやすいようにしようと,努力を続けてきた.各章は,研究や臨床に意義のある新しい所見を反映するよう,全面的に改訂した.また,各章は,胚子がいかに発生していくかを説明するのに,系統的かつ論理的な筋道を提供できるように組み立てられている.最初の章では,発生学の全体像ならびに重要性,この学問の歴史的背景,および発生の各段階を記載するのに用いられる用語を,読者に紹介している.次の4章は,胚子の発生を網羅し,生殖子の形成で始まり,基本的な器官および器官系の形成で終わっている.各器官および器官系の発生は,胎児期,胎盤と胎膜,およびヒトの先天異常の重要事項について,順に各章に系統的に記載されている.各章の終わりには,古典的な論文から最近の研究論文までを含む文献があげられている.この最新の文献は,真面目で熱心な学生,および本書を参考図書として用いようとする研究者に真価が認められている.
 Keith L.Moore
 Vid Persaud
 訳者代表まえがき
 第7版のはしがき
 謝辞
 第1版のはしがき

第1章 発生学序論
 1.発生の期間
 2.発生学の意義
 3.歴史的重要事項
 4.発生学で用いられる記述用語
  臨床に関連した問題
第2章 ヒトの発生の初期
 1.生殖子形成
 2.子宮,卵管および卵巣
 3.女性の生殖周期
 4.生殖子の輸送
 5.精子の成熟
 6.生殖子の生存能力
 7.受精
 8.接合子の卵割
 9.胚盤胞の形成
 10.発生第1週の要約
  臨床に関連した問題
第3章 二層性胚盤の形成
 1.着床の完了と胚子発生の継続
 2.絨毛膜の発生
 3.胚盤胞の着床部位
 4.着床の要約
 5.発生第2週の要約
  臨床に関連した問題
第4章 胚葉の形成と初期組織器官の分化
 1.腸胚形成:胚葉の形成
 2.神経胚形成:神経管の形成
 3.体節の発生
 4.胚内体腔の発生
 5.心臓血管系の初期発生
 6.絨毛膜絨毛の発生
 7.発生第3週の要約
  臨床に関連した問題
第5章 器官形成期
 1.胚子発生の段階
 2.胚子の折り畳み
 3.胚葉由来の構造物
 4.胚子発生の調節
 5.第4〜8週における重要点
 6.胚子齢の推定
 7.第4〜8週までの要約
  臨床に関連した問題
第6章 胎児期
 1.胎児齢の推定
 2.胎児期の重要点
 3.分娩予定日
 4.胎児の発育に影響を及ぼす因子
 5.胎児の状態を把握する方法
 6.胎児期の要約
  臨床に関連した問題
第7章 胎盤と胎膜
 1.胎盤
 2.分娩(出産)
 3.羊膜および羊水
 4.卵黄
 5.尿膜
 6.多胎妊娠
 7.胎盤と胎膜の要約
  臨床に関連した問題
第8章 ヒトの先天異常
 1.先天異常の分類
 2.先天異常学teratology−発生異常の研究
 3.遺伝要因による異常
 4.環境要因による異常
 5.多因子遺伝による異常
 6.ヒトの先天異常の要約
  臨床に関連した問題
第9章 体腔,腸間膜および横隔膜
 1.胚子の体腔
 2.横隔膜の発生
 3.先天性横隔膜ヘルニア
 4.体腔の発生の要約
  臨床に関連した問題
第10章 咽頭器官
 1.咽頭弓
 2.咽頭
 3.咽頭溝
 4.咽頭膜
 5.甲状腺の発生
 6.舌の発生
 7.唾液腺の発生
 8.顔面の形成
 9.鼻腔の発生
 10.口蓋の発生
 11.咽頭器官の要約
  臨床に関連した問題
第11章 呼吸器系
 1.喉頭の発生
 2.気管の発生
 3.気管支および肺の発生
 4.呼吸器系の要約
  臨床に関連した問題
第12章 消化器系
 1.前腸
 2.脾臓の発生
 3.中腸
 4.後腸
 5.消化器系の要約
  臨床に関連した問題
第13章 泌尿生殖器系
 1.泌尿器系の発生
 2.副腎の発生
 3.生殖器系の発生
 4.鼠径管の発生
 5.泌尿生殖器系の要約
  臨床に関連した問題
第14章 心臓循環器系
 1.心臓および血管の初期発生
 2.心臓のさらなる発生
 3.心臓と大血管の異常
 4.大動脈弓からできる構造物
 5.大動脈弓奇形
 6.胎児循環と新生児循環
 7.リンパ系の発生
 8.心臓循環器系の要約
  臨床に関連した問題
第15章 骨格系
 1.骨と軟骨の発生
 2.関節の発生
 3.軸骨格の発生
 4.付属肢骨格の発生
 5.骨格系の要約
  臨床に関連した問題
第16章 筋系
 1.骨格筋の発生
 2.平滑筋の発生
 3.心筋の発生
 4.筋系の要約
  臨床に関連した問題
第17章 体肢
 1.体肢発生の初期段階
 2.体肢発生の最終段階
 3.体肢の皮膚の神経支配
 4.体肢に分布する血管
 5.体肢の奇形
 6.体肢発生の要約
  臨床に関連した問題
第18章 神経系
 1.神経系の起源
 2.脊髄の発生
 3.脊髄の先天異常
 4.脳の発生
 5.脳の先天異常
 6.末梢神経系の発生
 7.自律神経系の発生
 8.神経系の要約
  臨床に関連した問題
第19章 眼と耳
 1.眼およびその関連構造物の発生
 2.耳の発生
 3.眼の発生の要約
 4.耳の発生の要約
  臨床に関連した問題
第20章 外皮系
 1.皮膚の発生
 2.毛の発生
 3.爪の発生
 4.乳腺の発生
 5.歯の発生
 6.外皮系の要約
  臨床に関連した問題
 
臨床に関連した問題の回答

 付録
  ・ヒトの出生前期間における発生の進行過程−第1週から第6週まで
  ・ヒトの出生前期間における発生の進行過程−第7週から第38週まで
  ・ヒト発生の危険期

 索引
  和文索引
  欧文索引