やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

特集にあたって
 近年,リハビリテーション医学の分野において,神経科学的なアプローチに基づく治療法の開発と応用が急速に進展している.中でも,経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation;TMS)は,非侵襲的に脳の特定の領域を刺激し,その活動性を調節することで,運動機能や高次脳機能の回復を促す,重要なツールとして注目されている.本特集では,リハビリテーションにおけるTMSについて深く掘り下げ,リハビリテーション医療に携わるすべての医療者が知っておくべき知識と技術を提供することを目指した.
 TMSの原型となる技術は,電気刺激による神経筋の興奮を調べるという形で古くから存在していたが,現代的で非侵襲的なTMSが開発されたのは1980年代半ばである.この技術が登場して以来,リハビリテーション医学,特に神経リハビリテーションの領域では,TMSがもつ2つの大きな側面に着目し,その臨床応用が精力的に追求されてきた.
 1つは,脳機能の評価としての側面である.TMSを用いて運動野を刺激し,誘発される筋電図(MEP)を解析することで,中枢神経系から末梢神経系に至る運動経路の興奮性や伝導速度を非侵襲的に計測できる.これにより,脳卒中や脊髄損傷等の疾患における運動路の障害程度を客観的に評価し,予後予測や治療効果判定に役立てることが可能となった.
 もう1つは,脳機能の変調,すなわち治療としての側面である.TMSは,刺激頻度や強度を調整することで,脳皮質の興奮性を一時的または持続的に高める,あるいは抑制する作用をもっている.この特性を利用し,脳卒中後の麻痺側と非麻痺側の皮質間抑制のアンバランスを是正することで,運動機能の回復を促すという試みが,リハビリテーションの現場で古くから積極的に行われてきた.これは,リハビリテーションが目指す「脳の可塑性の促進」を,より直接的かつ定量的にコントロールする画期的な方法論として期待されてきた.
 これらの長年にわたる基礎研究と臨床試験の蓄積の結果,TMSはついにその有効性が広く認められ,わが国の『脳卒中治療ガイドライン』においても明確に推奨される治療法の1つとして位置づけられるに至った.TMSがガイドラインの推奨を得て,リハビリテーション医療におけるその役割がますます大きくなる今,リハビリテーションにかかわるすべての医療者,すなわち医師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士にとって,TMSに関する正しい知識と最新の臨床応用を学ぶことは喫緊の課題となっている.
 TMSは,単独で効果を発揮するものではなく,集中的なリハビリテーション治療と組み合わせることで,その効果を最大限に引き出すことができると考えられている.そのため,単にTMSの技術的な側面にとどまらず,「誰に,いつ,どのようなリハビリテーションと組み合わせて,どのくらいの頻度で実施すべきか」という,個別化された治療戦略を構築するための臨床推論能力が求められている.
 本特集では,TMSの基礎的な作用機序から,脳卒中後の運動障害,高次脳機能障害,さらには疼痛等の多様な病態に対する最新の臨床応用,そして安全な実施方法と注意点に至るまで,第一線の研究者・臨床家による包括的かつ実践的な解説を収録している.
 (編集委員会 企画担当:川上途行)
特集 経頭蓋磁気刺激とリハビリテーション
 特集にあたって(川上途行)
 経頭蓋磁気刺激(TMS)のパラメータ:初学者のためのガイド(諌山玲名 補永 薫・他)
 中枢性運動麻痺(上肢)に対する経頭蓋磁気刺激療法(川上途行)
 中枢疾患の歩行障害に対する経頭蓋磁気刺激療法(川上紗輝 小金丸聡子)
 パーキンソン病に対する反復経頭蓋磁気刺激治療の治療効果(山田一貴 濱田 雅)
 高次脳機能障害(失語・半側空間無視)に対する反復性経頭蓋磁気刺激療法(rTMS療法)(田中政貴 中村拓也・他)
 慢性疼痛に対する反復経頭蓋磁気刺激治療(奥山航平 篠原佑太)
 コラム:経頭蓋直流電気刺激(tDCS)と経頭蓋磁気刺激(TMS)の比較(金子文成)

新連載 医療機関における運転指導
 1.交差点はなぜ右折事故が多いか(渡邉 修)

新連載 AIと医療DX
 1.リハビリテーション医学におけるAIと医療DX(和田義敬 大高洋平)

連載
巻頭カラー デジタルフロンティア:次世代技術の展望
 8.アシスティブ・テクノロジーの最新動向と普及への課題(髙尾洋之)

最新版! 摂食嚥下機能評価―スクリーニングから臨床研究まで
 20.筋力(舌圧,握力)(大橋美穂 青柳陽一郎)

ニューカマー リハ科専門医
 (新谷可恵)

神経・筋疾患治療の最前線
 2.パーキンソン病(関 守信)

Muscle Health―多職種連携で拓く包括的介入の最前線
 4.サルコペニア:GLIS/AWGS2025基準の臨床応用(吉村芳弘)

支援機器の現在と未来-普及に向けた取り組み
 6.食事支援(中川正己)

“こんなときどうする?” リハビリテーション臨床現場のモヤモヤ解決! 令和版
 リハビリテーション科専門医取得後のキャリアアップ編(5)留学(原 仁美)

回復期リハビリテーション病院・チームでキャリアアップ―私たちの院内研修
 8.臨床倫理(小口和代)

リハビリテーション関連学会に行ってみよう!
 8.日本ペインリハビリテーション学会(松原貴子 坂本淳哉・他)

学会報告
 第9回日本リハビリテーション医学会秋季学術集会~Let's unite toward our dreams~(及川 欧 澁谷 匠・他)

臨床研究
 要因が有意になるか否かは重回帰分析の説明変数によって変わり得る(徳永 誠 三宮克彦・他)

 開催案内
 2026年 国内リハビリテーション関連学会案内
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