はじめに
―歯科材料・加工技術の変遷と歯科補綴装置の潮流
わが国においては,江戸時代に仏像彫刻家が高貴な身分の人の要請を受けて,比較的軟らかなツゲの木を削って口腔内の粘膜に合わせ,人工歯部には蝋石を使用して総入れ歯を製作した(図1).その後は,仏像彫刻家は「入れ歯師」ともよばれるようになり,義歯は「木彫義歯」として広められた.一方海外では,わが国に200年ほど遅れて入れ歯を製作するようになったが,それは「スプリングデンチャー」と呼ばれるような,上下顎の義歯をスプリングで顎堤に押しつけて安定させる仕組みのものであった(図2).すなわち「総義歯」のオリジナルは日本人によって製作されたもので,おそらく口腔内に合わせながら木材に彫刻を行ったものと思われる.当時から日本のアナログ的な技術力は高度なものであったと想像される.
その後は,外国人歯科医師が来日し,西洋的な歯科医療を広め,材料の開発も行われ,現在の義歯製作の基盤を確立させた.歯科医師法,歯科技工士法の制定によって,歯技分業が行われ,歯科医師の指示によって,歯科技工士が補綴装置を製作するようになった.補綴装置の製作法においては,アメリカで歯科技工材料が開発され,歯冠修復は「鋳造法」,義歯製作は「埋没法」の術式が定着し,現在に至っている 1).
一方,1980年初頭から欧米の研究者らによって,自動車産業に端を発したCAD/CAMテクノロジーを歯科領域に適用する試みが開始され,口腔内スキャナーを用いてインレーの製作が行われた 2).当初はカメラやPCの技術が伴わず,口腔内に装着されたインレーの適合性は十分でなかったようである.その後,光学技術やPC機能の急速な発展によって現在の口腔内スキャナーに進化している.日本においては,2000年初めに歯科用CAD/CAMシステムが導入され,20年ほどの間に急速に,また確実に歯科医療に取り込まれてきた(図3).
歯科用CAD/CAMシステムの導入当初は,チタンの性能を活かすべく,チタン素材の切削加工によるチタンクラウンの製作が行われた 3).さらに,ジルコニアやガラスセラミックスの切削加工が普及するとともに,これまでに使用されてきた歯科用素材のほとんどが,歯科用CAD/CAMシステムの切削用材料としてブロックやディスクとする開発が行われてきた.特にジルコニアはセラミックスのなかでも高強度,高機能性があり,歯科用材料としては望まれる性能を有していたが,従来の「鋳造」という概念では取り扱うことができなかった.しかし,歯科用CAD/CAMシステムの開発によって,半焼結体のジルコニアを切削加工し,その後焼結することによって本来のジルコニアの性状を発揮する方法で修復物などに応用することが可能になった.
その後は,新たにハイブリッド型コンポジットレジンの開発,さらに医療界では実績のあるスーパーエンジニアリングプラスチックの切削加工用ブロックも開発され,医療保険に収載されるようになった.
このように,国民皆保険制度のなかで保険診療にハイブリッド型コンポジットレジンが安定的に導入され,一方では自費診療としてジルコニアやガラスセラミックスによる高価値の補綴装置が製作できるようになってきた.これまでの保険診療では,最終的な補綴治療には金銀パラジウム合金が多用されてきたが,最近では,審美不良,金属イオンの溶出による歯や歯肉の着色,高剛性による歯根破折,貴金属の時価高騰,金属アレルギーなどが注目されるようになり,口腔内から金属修復物の排除,すなわち「メタルフリー治療」が推進されてきた.
1)大野粛英:明治期における歯科治療の変遷.日本顎咬合学会雑誌,52(1):24-30.2021.
2)Duret,F.and Preston,J.D.:CAD/CAM imaging in dentistry.Curr.Opin.Dent.,1(2):150-154,1991.
3)内山洋一:歯科医療にとって必須のCAD/CAMシステム開発の経緯と現状及び将来展望.日補綴会誌,45(3):381-396.2001.
―歯科材料・加工技術の変遷と歯科補綴装置の潮流
わが国においては,江戸時代に仏像彫刻家が高貴な身分の人の要請を受けて,比較的軟らかなツゲの木を削って口腔内の粘膜に合わせ,人工歯部には蝋石を使用して総入れ歯を製作した(図1).その後は,仏像彫刻家は「入れ歯師」ともよばれるようになり,義歯は「木彫義歯」として広められた.一方海外では,わが国に200年ほど遅れて入れ歯を製作するようになったが,それは「スプリングデンチャー」と呼ばれるような,上下顎の義歯をスプリングで顎堤に押しつけて安定させる仕組みのものであった(図2).すなわち「総義歯」のオリジナルは日本人によって製作されたもので,おそらく口腔内に合わせながら木材に彫刻を行ったものと思われる.当時から日本のアナログ的な技術力は高度なものであったと想像される.
その後は,外国人歯科医師が来日し,西洋的な歯科医療を広め,材料の開発も行われ,現在の義歯製作の基盤を確立させた.歯科医師法,歯科技工士法の制定によって,歯技分業が行われ,歯科医師の指示によって,歯科技工士が補綴装置を製作するようになった.補綴装置の製作法においては,アメリカで歯科技工材料が開発され,歯冠修復は「鋳造法」,義歯製作は「埋没法」の術式が定着し,現在に至っている 1).
一方,1980年初頭から欧米の研究者らによって,自動車産業に端を発したCAD/CAMテクノロジーを歯科領域に適用する試みが開始され,口腔内スキャナーを用いてインレーの製作が行われた 2).当初はカメラやPCの技術が伴わず,口腔内に装着されたインレーの適合性は十分でなかったようである.その後,光学技術やPC機能の急速な発展によって現在の口腔内スキャナーに進化している.日本においては,2000年初めに歯科用CAD/CAMシステムが導入され,20年ほどの間に急速に,また確実に歯科医療に取り込まれてきた(図3).
歯科用CAD/CAMシステムの導入当初は,チタンの性能を活かすべく,チタン素材の切削加工によるチタンクラウンの製作が行われた 3).さらに,ジルコニアやガラスセラミックスの切削加工が普及するとともに,これまでに使用されてきた歯科用素材のほとんどが,歯科用CAD/CAMシステムの切削用材料としてブロックやディスクとする開発が行われてきた.特にジルコニアはセラミックスのなかでも高強度,高機能性があり,歯科用材料としては望まれる性能を有していたが,従来の「鋳造」という概念では取り扱うことができなかった.しかし,歯科用CAD/CAMシステムの開発によって,半焼結体のジルコニアを切削加工し,その後焼結することによって本来のジルコニアの性状を発揮する方法で修復物などに応用することが可能になった.
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Special Article
緊急解説 近年の保険改定にみるこれからの補綴治療・補綴装置の潮流
─口腔内スキャナーの保険導入にあたって
(末瀬一彦)
Complete Articles
特別企画 IOSのメリットを活かしたパーシャルデンチャーの臨床例
(高橋良介,衣笠辰雄)
Overseas Report 広州デンタルショーおよび歯科技工所視察報告
─中国における歯科技工の現状と考察
後編 広州デンタルショー視察
(陸 誠,渡邉政樹,滝沢琢也,宗村裕之,宗村政明,増山崇俊,松田正彦)
Serial Articles
補綴物の再製を減らす!表面ステインテクニック実践講座
第8回 審美的な評価が患者と術者で一致しなかったケース
(横田浩史)
歯科技工士立ち会いハンドブック
第5回 歯科医師と歯科技工士のコミュニケーション(1)
(平野哲也/松田謙一(監修))
サステナブルデンタルラボラトリー 小規模100年ラボ発 次世代につなぐ・次世代を創る歯科技工
第3回 小規模ラボにおけるデジタル技工システムの導入(1)
(小松弘幸,小松邦幸,小松幸太,小宮一浩,播磨裕道)
患者満足度が得られる「失敗しない」補綴装置を求めて
第33回 前歯人工歯の排列見本『SET-UP MODEL』の追思と追試(Main Body)
(堤 嵩詞)
ほのぼの技工LIFE
(Vol.29 藤弘和正)
簡単! ラボ・ヨガ教室
110th lesson 脱力ヨガのポーズ
(楠原史子)
Congress & Meeting Report
「日本スポーツ歯科医学会認定研修会」に参加して
(山本征子)
「Wクリック特別講演会」に参加して
(山口 貴)
「YDT(Training of Young Dental Technicians)」に参加して
(石川 成)
Information
「第22回歯型彫刻コンテスト『ほるほる』」のご案内
Others
日技生涯研修
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