2016年版の序
感染症の歴史を見ると,新たな感染症(新興感染症)の出現や,すでに解決済みと考えてきた感染症がふたたび息を吹き返す現象(再興感染症)が繰り返されており,現在も感染症の脅威に対する戦いが続いています.
2013年末,西アフリカのギニアを起点として拡大したエボラ出血熱は,予期せぬ大流行となり,周辺のシエラ・レオーネ,リベリアも巻き込み,2015年末までにこの3か国に発生した患者数は28,637人となりました.患者発生は,西アフリカにとどまらず,スペイン,アメリカ合衆国を含む先進国にも広がりました.WHOを中心に先進諸国の協力により2016年1月までに,流行は終息したと考えられましたが,その後シエラ・レオーネで新しい患者が確認され,今後とも小規模な流行が発生する可能性がでてきました.
また,2012年9月にサウジ・アラビアで確認されたMERSコロナウイルス感染による患者は,2016年1月の時点で,サウジ・アラビアを中心に26か国で1,626人の患者が発生しました.隣国の韓国では,中東バーレーンから帰国した1人の患者を起点として,11月25日までに186人の患者が発生したことを考えると,わが国でも同じような状況がいつ起きても不思議ではないと考えなければなりません.
2016年1月中旬より,中南米を中心に新たな感染症「ジカ熱」が流行しています.ジカ熱は,蚊を媒介とする感染症で,比較的症状が軽い疾患でありますが,妊婦の感染と新生児の小頭症との関連が疑われており,2月に入ってWHOはジカ熱の流行に対して,「緊急事態宣言」を発しました.このように世界ではつぎつぎと新しい感染症が発生しています.交通機関のグローバル化により48時間あれば,世界の隅々まで移動できる状況では,わが国においても常に未知の病原体による感染症侵入の危険に曝されていることを認識し,注意深い防備体制を整えておく必要があります.
平成27年度に管理栄養士の国家試験出題基準の改訂があったので,第9版(2016年版)では,若手の新しい執筆者にも加わってもらい,新基準に沿った形で大幅な改訂を行いました.さらに,編集に当たっては管理栄養士だけでなく,保健師,看護師など,保健医療分野の専門職を目指す学生諸君の教科書として,第一線で公衆衛生活動および健康管理業務に従事している方々には活動の手引き書として役立つことを考慮しました.今回の改訂で特に注意したことは,国内外の新しい動きをできるだけ見逃さないようにするとともに,毎年変わる統計数字についてもできるだけ新しいものに差し替え,読者の皆様方にタイムリーな正しい情報が提供できるように努めました.
本書の内容については,まだまだ不十分な点もあると思います.何とぞ皆様方の忌憚のないご意見,ご批判をいただきたく,また,不正確な記述などを指摘していただければ幸いです.
最後に,改訂に当たり煩わしい仕事を快く引き受けてくださった医歯薬出版株式会社のスタッフ各位に厚く御礼申し上げます.
2016年2月
編集者を代表して 柳川 洋
第1版の序
公衆衛生といえば,かつては乳幼児を筆頭にすべての人びとの延命を第一の目標としたものであったが,わが国では今やその目標はほぼ達成されて,世界でも有数の低乳児死亡率や高平均寿命を享受できるような時代となってきた.当然のことながら,公衆衛生の目標も高齢化対策や人生の質(quality of life)の向上などに向けられつつあるわけで,問題はこのような目標の変化に公衆衛生従事者がいかに適切に対応するかということであろう.
公衆衛生学とは,公衆衛生活動の理論的根拠となるべきものであるが,上述したような意味では公衆衛生学も日々新たでなければならないし,事実これほど変動の激しい学問も珍しいかもしれない.今日の公衆衛生が多くの職種の人たちのチームワークによって支えられていることは周知の通りであるが,共通の学問である公衆衛生学をそれぞれの立場から勉強していただき,変貌する公衆衛生の目標にどう対応すべきかを考えてほしいというのが本書を出版した編著者らの願いである.
本書は,主として栄養士ならびに管理栄養士をめざす人たちを対象に編さんされており,その内容構成は厚生省が定めた栄養士・管理栄養士養成カリキュラム(昭和62年改正)に忠実に従っている.すなわち,全体を15の大項目(章に相当)に分け,1項目平均3時間の講義で合計45時間,4単位となるように配列した.中項目(節に相当)は当初の予定より増えて全体で63項目となったが,いずれにしても大項目間あるいは中項目間で記述の長さにアンバランスのある点は今後改訂する必要があるかと考えている.今回は,講義時間の配分などで調整していただければ幸いである.
本書は,もともと医歯薬出版から同じ目的で昭和43年以来出版されていた「公衆衛生学」(曽田長宗・重松逸造・黒子武道著)を全面改訂する意図で準備が進められていたが,公衆衛生分野の急速な変化と進展を考えて,それにふさわしい新著者による新著ということに方針を切換えたものである.現在,公衆衛生の第一線で活発に活躍しておられる3著者の執筆になる本書は,読者各位のご期待に十分そいうるものと確信している.本書について,忌憚のないご意見をお寄せいただければ幸いである.
1990年3月
重松逸造