2015年版の序
抗菌薬をはじめとする有効な医薬品とワクチンの開発・普及により,人類は多くの致命的な感染症を制圧してきました.しかし,歴史を振り返ると,予期せぬ新たな感染症(新興感染症)の出現や,すでに解決済みと考えてきた感染症がふたたび息を吹き返す現象(再興感染症)が繰り返されており,現在も感染症の脅威に対する戦いが続いています.
昨年は,アフリカ西海岸のギニア,リベリア,シエラレオネを中心に,エボラ出血熱(エボラウイルス病)が,これまでに経験しない大規模な流行をおこし,2014年12月の時点で17,000人の患者が発生し,6,000人が死亡しています.患者発生はアフリカ西海岸にとどまらず,アメリカ合衆国,スペインにも波及しています.人々のグローバルな移動を考えると,発症前の潜伏期に日本に入ってくる可能性もあり,水際作戦はもとより,発症後の国内での対応についての具体的なマニュアルの策定を急ぐとともに,指定医療機関がいつでも感染疑い者を受け入れられるよう準備を整えなければなりません.
また,2012年9月以降アラビア半島を中心に多数の患者が発生し,とくに2014年4月以来アラビア半島諸国での急増がみられるMERSコロナウイルスによる中東呼吸器症候群についても,同様に輸入症例の発生の恐れがあり,わが国では指定感染症として取り扱うこととし,関連する検疫法の施行令も改正したところです.
日本国内に目を向けると,1940年代の前半以来,国内での発生がみられなかったデング熱が流行しました.昨年8月に海外渡航歴がない患者が発症し,以後10月末までに代々木公園を中心に160人の患者発生がみられました.海外の流行地で感染し,帰国後に発症する例(輸入症例)は,わが国でも毎年200例前後報告されていることから,国内でデング熱に感染する経路としては,輸入症例の患者から蚊を介して感染することが考えられます.地球温暖化により,感染源といわれるネッタイシマカの分布が国内にも広がり,近い将来デング熱がわが国に常在する時期がくることを危惧しています.
今回の改訂にあたっては,管理栄養士,保健師,看護師など,保健医療分野の専門職をめざす学生諸君には教科書として,第一線で公衆衛生活動および健康管理業務に従事している方々には活動の手引き書として役立つことを考慮しました.とくに,国内外の新しい動きをできるだけ見逃さないようにするとともに,毎年変わる統計数字についてもできるだけ新しいものに差し替え,読者の皆様方にタイムリーな正しい情報が提供できるように努めました.本書の内容については,まだまだ不十分な点もあると思います.何卒皆様方の忌憚のないご意見,ご批判をいただきたく,また,不正確な記述などを指摘していただければ幸いです.
最後に,改訂にあたり煩わしい仕事を快く引き受けてくださった医歯薬出版株式会社のスタッフ各位に厚く御礼申し上げます.
2015年1月
編集者を代表して 柳川 洋
第1版の序
公衆衛生といえば,かつては乳幼児を筆頭にすべての人びとの延命を第一の目標としたものであったが,わが国では今やその目標はほぼ達成されて,世界でも有数の低乳児死亡率や高平均寿命を享受できるような時代となってきた.当然のことながら,公衆衛生の目標も高齢化対策や人生の質(quality of life)の向上などに向けられつつあるわけで,問題はこのような目標の変化に公衆衛生従事者がいかに適切に対応するかということであろう.
公衆衛生学とは,公衆衛生活動の理論的根拠となるべきものであるが,上述したような意味では公衆衛生学も日々新たでなければならないし,事実これほど変動の激しい学問も珍しいかもしれない.今日の公衆衛生が多くの職種の人たちのチームワークによって支えられていることは周知の通りであるが,共通の学問である公衆衛生学をそれぞれの立場から勉強していただき,変貌する公衆衛生の目標にどう対応すべきかを考えてほしいというのが本書を出版した編著者らの願いである.
本書は,主として栄養士ならびに管理栄養士をめざす人たちを対象に編さんされており,その内容構成は厚生省が定めた栄養士・管理栄養士養成カリキュラム(昭和62年改正)に忠実に従っている.すなわち,全体を15の大項目(章に相当)に分け,1項目平均3時間の講義で合計45時間,4単位となるように配列した.中項目(節に相当)は当初の予定より増えて全体で63項目となったが,いずれにしても大項目間あるいは中項目間で記述の長さにアンバランスのある点は今後改訂する必要があるかと考えている.今回は,講義時間の配分などで調整していただければ幸いである.
本書は,もともと医歯薬出版から同じ目的で昭和43年以来出版されていた「公衆衛生学」(曽田長宗・重松逸造・黒子武道著)を全面改訂する意図で準備が進められていたが,公衆衛生分野の急速な変化と進展を考えて,それにふさわしい新著者による新著ということに方針を切換えたものである.現在,公衆衛生の第一線で活発に活躍しておられる3著者の執筆になる本書は,読者各位のご期待に十分そいうるものと確信している.本書について,忌憚のないご意見をお寄せいただければ幸いである.
1990年3月
重松逸造