2008(第11版)推薦のことば
初版から20年,わが国の医書で11回改版して「成人」を迎えることは極めて貴重であり,記念すべきことである.2004年に始まった新臨床研修では内科・外科とともに救急医療も基本必修科に位置づけられた.本書は「救急マニュアル」でなく『当直医マニュアル』と銘うっているが,急性疾患診療の実践の場である1人当直を念頭に置いて書かれている.従ってまず生命にかかわる致死的疾患(critical)を,主訴とバイタルサインから優先的に除外しなくてはならない.経験に裏打ちされた正しい蘇生処置,素早い全体の病態把握が最初のステップである.次に最初の1時間(golden one hour)で症状からの鑑別診断,初期病名の想定,簡単な検査の実施を行って,common,curableのステップを進め臨床推論,問題解決へ至る過程はすべての臨床に共通する醍醐味がある.
本書は見落しを最少にするのにdo'sやdont's,pitfalls,ポイントが随所に列挙されている.当直の第一線にいる研修医が本マニュアルの使い勝手を試してEBMのあるガイドラインを紙面に反映させ,有用性を高めている.新たに,小児の蘇生(PBLS,PALS)やNOMIへの言及が追記され充実した.当直帯で疲れていたり多忙であったり,経験が未熟であったりして,医師は誰でもエラーを犯す危険がある.常に謙虚に最新の知見,患者の病状から学ぶ姿勢で診療に当たりたい.
高度専門医療はますます医師と患者の情報非対称性を拡大させるが,信任の時代に働いている私たち医師は情報開示や医療安全の努力を通してその役割を常に果たさなくてはならない.当直医は近接性,包括性,協調性,説明責任といった役割が求められている意味でプライマリケアの5つの特徴のうち4つを提供している病院内でも非常に大切な仕事である.リスクマネジメントの観点でいえば当直医は病院長を代行するものである.
本当は,このような当直医業務をすべての病院で救急医が指導できる体制が理想である.北米では25,000人の救急医がその理想をめざしているが,わが国では2,700人といまだ不足している.本書は表紙にERをかかげている.当面はわが国の第一線の医療機関で経験を重ねた医師が作りあげた本書を導きとして,みずからの病院の救急外来がより適切により安全に運用されるようにマネジメントしてもらいたい.
EBMに基づいたガイドラインも整い,ACLSのような普及コースが開催されている.医療の標準化は院内のクリニカルパス,電子カルテ化,第三者評価,DPCといった形で進んでいる.患者,市民から信任を受けた医師として診療のプロセス,アウトカムを含めた情報の透明性を高める努力を求められている.このようななかで,1人当直に代弁されるように苛酷な診療環境で院内の数少ないジェネラリストの役割を果たさなければならない当直医業務は臨床医を鍛える機会の一つである.
白衣のポケットに入る小冊子ながらclinical pearlsのつまった宝箱が,12版,13版と発展し,研修医や自分の専門外もカバーしなくてはならない当直医を支え,日本型ERの誕生にも寄与することを期待している.
2008年2月
聖マリアンナ医科大学救急医学教室教授/
救命救急センター長/臨床研修センター長
箕輪良行
2008(第11版)の序文
本マニュアル創始時のメンバーがgeneral physicianを目指し,市中病院の初期研修の場に飛び込んで四半世紀が過ぎました.我々が臨床医への初期研修の場として象牙の巨塔が相応しくないと考えたように,新臨床研修制度下では,市中病院での卒後研修を選択する医師たちが増えました.第一線臨床の場で生まれた本マニュアルは当直時間帯という限られた局面ではありますが,最初に患者さんに向き合う医師として何をなすべきか?また,臨床研修のminimum requirementとは何か?という問いに対する実践的回答だと我々は考えています.
卒後臨床研修必修化から4年が経ち,新臨床研修制度で研修した医師たちも当直医として現場で働くようになっています.現場で働く医師たちのニーズに応えるべく当直医マニュアル2008年版をここにお届けします.前版に続き新制度の下で研修する若手医師を編集委員に迎え,ユーザー側からの視点も取り入れた改訂に取り組んできました.
今回の主要改訂項目は,(1)救急救命処置の項目で,小児の救急救命に関して「小児の心肺蘇生法(PBLS:pediatric basic life support,PALS:pediatric advanced life support,)を書き加えたこと,(2)創傷処置の基本的考え方が変化して ォており,それを該当項目に反映させたこと,(3)2005年3月に頭痛学会が出した,慢性頭痛診療ガイドラインを反映して大改訂したこと,などです.一方,新たな編集委員のユーザーとしての意見から,各項目のClinical Evidence該当項目であることを示すチェックは,実践向きでないため今回の版から取りやめました.(4)ただし,全薬物に関しては,使用法・副反応・相互作用に関して臨床医と薬剤師のダブルチェックをこれまでどおり行っています.
本書は当直時間帯の短時間で必要な事項を調べる実践的なマニュアルだからこそ,現場で何が必要な情報であるのかを伝えてくれる,ユーザーの視点が重要です.今後とも,多くの方々からご意見・ご批判を頂き,最新の内容を取捨選択しつつ導入して,引き続き救急現場でも大いに役立つコンパクトな実践的マニュアルであることを目指したいと思います.
一般外来については2005年10月に上梓した姉妹版「外来医マニュアル」をご活用下さい.さらに良い臨床医になるには,背景にある病態生理,疫学,治療法をめぐる論議についても学ぶことも不可欠です.それらを約1,800頁にまとめた「臨床医マニュアル第4版」(2008年2月刊行)を併せ,マニュアル三部作をご愛用いただければ幸いです.
最後に,改訂に当たって忌憚なきご意見・ご批判をいただきました読者の皆さん,出版にご尽力くださった医歯薬出版株式会社に深く感謝の意を表したいと思います.
2008年2月
編者・執筆者一同