やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

当直医マニュアルセミナー 取材レポート

当直医マニュアルセミナー会場の様子

2017年3月4日(土),宇治徳洲会病院(京都府宇治市)にて,同院および京都民医連中央病院の初期研修医を対象に「当直医マニュアル・セミナー2017」が開催された.本セミナーは好評書「当直医マニュアル」の編集会議に端を発した初期研修医向けの救急実習セミナー.
編集委員が自ら講師・インストラクターを務め,当直帯の実践力の向上を目指してもらおうという「当直医マニュアル」としては初めての試みとなった.

3つのミニレクチャー(発熱・失神・呼吸困難)

乗井達守先生(ビデオ出演)の写真 井上賀元先生の写真 竹田隆之先生の写真
[写真左より 乗井達守先生(ニューメキシコ大学附属病院)(ビデオ出演),井上賀元先生(京都民医連中央病院),竹田隆之先生(宇治徳洲会病院)]

前半は発熱,失神,呼吸困難について,当直医マニュアル編集委員による10分ずつの集中講義が行われた.「発熱」は乗井達守先生,「失神」は編集代表の井上賀元先生,「呼吸困難」は竹田隆之先生が担当.
症候・身体所見からいかに当該疾患を見逃さないようにして的確な鑑別診断を行うかなど,「当直医マニュアル」に記載されているポイント・チェックリストを活用した分かりやすい解説がなされた.

4つのシナリオステーション(模擬実習)

後半は4つのブースに分かれてそれぞれ異なるシナリオに基づいた救急シミュレーション実習が行われた.
救急現場を想定し,「ショック」「外傷」「胸痛」「腹痛」の4つのシナリオを用意.
各ブースには高機能シミュレータ(腹痛ブースは模擬患者)が並び,受講者は4人1組になって各ブースをローテーションした.
1セット30分.はじめの20分で実習を行い,その後,編集委員による評価とフィードバックが行われた.

シナリオ1:ショック 「『血圧が低いからショック』では素人と同じ」

ブース1の様子
[担当講師:自閑昌彦先生(宇治徳洲会病院)× 加藤なつ江先生(太田協立診療所)]

普段は指示を受けることが多い初期研修医が自ら現場を指揮し,できるだけ先を読んでオーダーを出せるように,意識付けを高める指導が行われた.
講師を務めたのは自閑昌彦先生と加藤なつ江先生.
「簡単な身体診察で早期にショックを認知することが重要.あるショックへの処置が,他のショックだった場合に毒となってしまうことがある.思い込みを避けて他の可能性も疑いつつ診療にあたってほしい」と最後にフィードバックがされた.

シナリオ2:外傷 「現場での優先順位を意識した学習を」

ブース2の様子
[担当講師:小出正樹先生(彩の国東大宮メディカルセンター)× 奥永 綾先生(いしいケア・クリニック)]

20歳男性がバイク転倒事故により救急搬送されてきたとの想定で実習開始.本番さながらの臨場感に現場はつつまれシミュレーション教育が行われた.
「待ったなしの緊急の疾患については,絶対に頭にいれておかなければ間に合わない.何が優先順位が高いか.逆算して何をまず身につけるべきかを意識してほしい」 濃淡をつけた学習の必要性を担当講師の小出正樹先生はこう説明する.
同じく講師を担当した奥永 綾先生は「まずは救急隊の処置をしっかり引き継ぐこと」を指摘.フレイルチェストであれば挿管が必要だが,今回のシナリオ設定であった緊張性気胸に対して挿管をおこなった場合,CPA(心肺機能停止)に陥る可能性を指摘するなどフィードバックがなされた.

シナリオ3:胸痛 「患者さんの尊厳への配慮とスピードの両立を」

ブース3の様子
[担当講師:中村琢弥先生(弓削メディカルクリニック)× 大竹要生先生(同左)]

胸痛ブースは中村琢弥先生と同病院の大竹要生先生が担当.救急外来Walk in,76歳男性,胸痛で観察ベッドに寝ている状況設定での実習となった.
患者(シミュレータ)の状況は刻一刻と変化する.急変する患者の容態に臨機応変な対応が求められるなかで,必死に処置にあたる受講者の姿が印象的であった.
迅速で的確な検査・診断・処置だけでなく「チームに的確な指示を出せているか」「患者さんへの接し方は適切か」など,コミュニケーションに関する項目も設けられていた.
フィードバック時に中村琢弥先生は「ACLSの患者対応の際にリーダーとしての自覚を持ってCPRにあたらなければ,目の前の患者さんを失うことになる」と強調した.

シナリオ4:腹痛 「緊急性のある疾患をどれだけ除外できるか」

ブース4の様子
[担当講師:城 嵩晶先生(宇治徳洲会病院)× 碓井太雄先生(同左)× 小野安希先生(明和病院)]

骨盤内炎症性疾患(PID)――すぐに診断がつけにくい疾患であり,患者が若い女性=産科婦人科領域の疾患の可能性を頭に入れなければ診断できない.
実際に受講者自身ではなかなか診断がつかず,途中でヒントや助言を受ける場面が何度かみられた.
「鑑別にどうやってあげるかが非常に大事.あがらなければまったくはじまらない」と城 嵩晶先生.
診断までに緊急性のある疾患をしっかり除外していくことや,漏れのない問診・診察ルーチン,的確な検査オーダーの重要性を説いた.
評価を担当した小野安希先生は「若い女性患者への問診での配慮の必要性」や「専門的なことは全部自分で完結させる必要はなく,婦人科の先生にスムーズにつなぐことも大切」と語りかけた.

今回のセミナーは,研修医にとって当直帯の実践力を磨く貴重な経験・情報共有の場となったようだ.
こうした実際の現場に近づけたシミュレーション教育の形でセミナーを開催する背景には「書面では伝わりにくい診療の要点を生の言葉でダイレクトに伝えることで,当直・救急の現場に役立ててもらいたい」という編集委員の思いがある.
新たな学びの場を提供し,より実践的に教育・訓練することで,当直の第一線を担う研修医の育成につなげたいという考えだ.
参加した研修医たちも編集委員の意図をしっかり受けとめていたようで「今後も他院の研修医や先生方と交流できる,刺激し合える場にしてほしい」,「フィードバックがもっとほしい」,「時間をかけてもう少し難しいシナリオも挑戦したい」との意見が寄せられた.
今回のセミナーの内容は,次の当直医マニュアル編集会議の場にフィードバックされ,さらなる「ユーザー目線」のマニュアル作りに反映される.