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歯科麻酔学 第8版

(第8版第4刷:2022年2月20日発行)

補足情報

2022年3月29日更新

■2020年心肺蘇生法ガイドライン(第15章 心肺蘇生法 補遺)


 2021年7月12日に日本の心肺蘇生法ガイドラインが変更された.2020年ガイドラインなのでG2020と呼ばれる.『歯科麻酔学』第8版第4刷は最新のG2020に改訂済みであるが,以下,一部補足する.

1.心肺蘇生法の歴史の補足
 日本の心肺蘇生法ガイドラインは,日本蘇生協議会(JRC)がCoSTRを基に作成する.JRCは国内の救急蘇生関係学会・団体を包括した組織で,歯科からは日本歯科麻酔学会が参加している.本来はCoSTR改訂に合わせて毎年,蘇生ガイドラインを改訂するのであるが,上部団体であるアジア蘇生協議会は,アジア各国は5年ごとにガイドライン改訂すると取り決めており,日本もこれに従っている.
 日本では2015年のガイドライン改訂後より2020年版の作成作業を始め,COVID-19の影響で作業が遅れたものの2021年7月12日にG2020の最終版が確定した.これが本書に記載しているものである.JRCは次のガイドライン改訂作業を始めており,2025年秋にはG2025が発表される予定である.

2.一次救命処置の補足
 G2020では,消防署の通信指令員による口頭指導の重要性が強調された.119番通報後は電話を切らずにスピーカーモードにしておき,消防署と常に通話できるようにする.通信指令員は電話を通じた心停止の判断とCPRについての口頭指導ができるので,スタッフが通信指令員の有用な援助を受けることもできる.

3.呼吸の確認と心停止の判断の補足
 呼吸の確認と心停止の判断は,G2020で大幅に変更となった.
 呼吸の確認は胸部と腹部の動きを確認する.G2015では呼吸の確認時に「頭部後屈あご先挙上法」を行うことになっていたが,G2020では削除された.
 脈拍の確認はG2020ではすべての医療者が行うことになった.成人では頸動脈の拍動を触れる(図1).乳児は上腕動脈の拍動を触れる.頸動脈は,示指(人差し指),中指,環指(薬指)の3本,あるいは示指,中指の2本の指先を気道の位置(頸部の正中)に置き,そこから手前に滑らせて気管と胸鎖乳突筋の間の溝で触知する.拍動が触知できない時は,自分の指の位置が悪いのか,それとも心停止なのか判断に迷うことが多い.そこで3本ないし2本の指を用いることで,自分の指の位置が多少悪くても,いずれかの指が頸動脈を短時間でキャッチできるようにする.強く押さえると術者自身の拍動を指先に感じ,患者の拍動と誤解することがある.母指(親指)を用いないのは,母指は他の指に比べて動脈拍動が大きく,患者の脈拍と混同するからである.


図1 頸動脈の確認
示指,中指,環指の3本(あるいは示指,中指の2本)を気道の位置に置き,そこから手前に滑らせて気管と胸鎖乳突筋の間の溝で触知する.

4.胸骨圧迫の補足
 胸骨圧迫時は患者の胸を完全に露出させる.歯科診療室のようなオープンスペースでは,適切な胸骨圧迫の位置がわかるなら患者プライバシーに配慮して露出しない選択肢もありうる.大きめのバスタオルなどをあらかじめ準備しておき,プライバシー保護に用いるのも一法である.
 胸骨圧迫の圧迫部位の目安は乳頭を結んだ線上の正中で,ここに手根部を置く.なおスマートホンの無料アプリにメトロノームがあるのでダウンロードしておき,緊急時には毎分110回で鳴らせるように準備しておくとよい.

5.AEDの補足
 2021年秋より,新機種は電気ショックボタンを押さなくても充電後,自動的に電気ショックを行う「オートショックAED」が主流となった.オートショックAEDにはショックボタンがない.

6.電気ショックの補足
 電気ショックには,同期と非同期がある.非同期電気ショックは単に「電気ショック」と略すことが多く,本書の記述もそうなっている.同期電気ショックは本書では「(同期下)カルディオバージョン」と記述している.非同期電気ショックは電気ショックボタンを押すと同時に通電する.同期電気ショックはR波の直後に通電する.

(佐久間 泰司)

■新型コロナウイルス感染症対応の救急蘇生法(第15章 心肺蘇生法 補遺)


1.はじめに
 本稿は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をふまえ,日本蘇生協議会(JRC)が2021年3月23日に公開した「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版 補遺 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対策」1)を参考に,まとめたものである.
 COVID-19対応は新知見の蓄積により日々アップデートされている.最新の情報に基づいた救急蘇生法を行うことが求められる.
2.COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点
 世界中で毎年100万人以上の人々が院外心停止を起こしている.CPRと電気ショックの実施は,このような院外心停止の傷病者に唯一生存できるチャンスを与える.COVID-19流行下であっても,救急蘇生法は必要な医療行為である.
 COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点として,1)救急蘇生法によりエアロゾルが発生する危険性があること,医療者が感染する危険性があること,2)個人防護具(personal protective equipment:PPE)がCPRの質に影響する可能性があること,があげられる.
1)エアロゾル発生・医療者感染の危険
 救急蘇生法には,胸骨圧迫や陽圧換気,高度な気道確保器具の挿入といったエアロゾルが発生する可能性のある手技が多く含まれる.WHOは,CPRをエアロゾルが発生する処置としてあげている.エアロゾルは飛沫と異なり,より遠くに飛散し長時間にわたり空気中に浮遊するため,医療者に吸入される可能性がある.救急蘇生時のエアロゾル発生による感染(COVID-19ではないが)が2件報告され,また遺体を用いた実験で胸骨圧迫によるエアロゾル発生が報告されている.もっとも救急蘇生で医療者がCOVID-19に感染したかについては,エビデンスの確実性が高い報告はない.
 COVID-19確定例や疑い例,否定することが困難な例に対して救急蘇生法を行う際は,「空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策」が求められる.胸骨圧迫や陽圧換気を実施するに当たっては,エアロゾル対応PPEを着用することと気道を密閉してエアロゾルの飛散を防止することの2点が重要である.電気ショックがエアロゾルを発生させる,または発生させないというエビデンスは確認できていない.もし発生するとしても,エアロゾルが生じる時間は短時間と考えられる.
2)PPEがCPRの質に影響
 PPEは装着するまでCPRが開始できず,CPRの開始遅れにつながる可能性がある.またPPEを装着することでCPRの質が低下する可能性がある.
 小児の心停止を対象とした研究で,気管挿管や骨髄路の確保などの4つの重要な処置を完了するまでの時間が,PPEなしだと平均261秒であるが,フルフェイスマスク装着だと平均275秒に延長したと報告されている.また別の研究では,初回圧迫までの時間が標準ガウン装着だと71秒であるのがガウンなしだと39秒に短縮したと報告されている.CPRの質に関しては,PPEの種類間で質の違いがあるという研究がある.いずれの研究もエビデンスの確実性は高くない.
 国際蘇生連絡委員会(ILCOR)は,医療従事者はPPEを使用するのが容易であり,PPEの使用について訓練を受けている可能性が高く,患者の傍らに到着する前にPPEを着用することができるため,CPRの開始や継続の遅延を最小限に抑えることができるとしている.
3.病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法は,文献1のほか,「病院における新型コロナウイルス感染症対応救急蘇生法マニュアル」2)をJRCが発表している.COVID-19が流行している状況においては,感染が否定的な患者とそれ以外の患者は分けて考える.
 一般病棟に一定期間入院しているCOVID-19対応を受けていない患者(個室感染管理をされていない患者)は感染が否定的と考えられる.標準予防策(スタンダード・プリコーション:standard precautions)のもとでの通常の救急蘇生法を行ってよい.具体的な標準予防策は,サージカルマスク,眼の保護,エプロン(半袖でもよい),手袋である.
 一方,COVID-19の確定患者や疑い患者に加え,すべての施設外心停止患者,COVID-19の否定が困難な施設内心停止患者(病院外来部門,玄関ホール等に突然訪れた患者,緊急入院後まもなく急変した患者など)は,「感染があるもの」として,空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められる.
 医療者はエアロゾル対応PPE(N95かそれ以上の規格のマスクまたはPAPR,眼の保護具,手袋,液体非透過性ガウンまたは長袖エプロン)を着用する.PAPRとはpowered air purifying respiratorの略で,顔面全体を覆い,電動ファンで清浄な空気を送り込むマスクである.
 人工呼吸はHEPAフィルター(high efficiency particulate air filter,粒子捕集率が高く呼吸抵抗の少ないフィルター)またはウイルス防護力が十分に備わったHMEフィルター(heat and moisture exchanger filter,人工鼻)を装着したバッグバルブマスクを用い,高濃度酸素投与下に,両手法で患者の口・鼻をきちんと密閉したうえで実施する.
 患者の顔にあまり近づかないようにする,呼吸の観察には気道確保を行わない,患者の口・鼻をサージカルマスクで覆うなども求められる.具体的なアルゴリズムや要点は文献2,特に「COVID-19アルゴリズムと図説」を参照されたい.
 エアロゾル感染防護策すべてを講じてからCPRを開始することは,CPRの遅延による転帰の悪化という患者の不利益に繋がる.医療者側の安全上のメリットと,CPR開始遅延という患者側のデメリットのバランスを考慮した結果,低リスクであれば,応援者が集結するまでの短期間に限り,第一対応者がサージカルマスクや手袋といった最低限度の感染防護で救命処置を開始することは容認される.
4.歯科診療所でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 COVID-19流行下での歯科診療所での救急蘇生法は,上記病院の基準をそのまま適用するのは困難である.その理由は,歯科診療所での急変患者は全員が「感染があるもの」として空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められるところであるが,N95マスクや液体非透過性ガウンをはじめとしたエアロゾル対応PPEが必ずしも十分に揃っていないことがあげられる.もし揃えたとしても日常的に着脱をしていないので,装着に時間がかかったり,使用法を間違える可能性もある.また病室のような個室ではなくオープンスペースで救急蘇生が行われること,歯科医師を含むスタッフが日常的に蘇生業務に携わっていないことにも留意しなければならない.同様の事情は中小病院や医科診療所,介護施設などでも一部妥当する.
 JRCのCOVID-19対策ガイドライン1)には,病院での対応のほかに「市民が行う一次救命処置」の項目がある.市民用の一次救命処置(basic life support:BLS)は,病院での対応に比べて感染防護が簡素化されており,N95マスクなどエアロゾル対応PPEの着用を前提としていない.そこで歯科診療所では市民用BLSで対応するのが現実的である.なお二次救急処置は感染リスクが上昇するので上記病院での対応に準じる.
 具体的には以下の通りである.
1)医療者はN95マスクなどエアロゾル対応PPEがなければ,手袋,サージカルマスク,眼の保護具など,可能な範囲でPPEを使用する.
2)患者がマスクを装着していればそのままとし,マスクを装着していなければ患者の口・鼻をマスク,ハンカチやタオル,衣服などで覆う.これは胸骨圧迫時のエアロゾル対策として重要である.
3)反応の確認,通報,患者に触れずに行う呼吸確認,AED操作など感染危険性が低い行為は直ちに行う.この際,患者にあまり近づきすぎないようにする.
4)人工呼吸は感染対策が十分にできなければ実施しない.この場合,AED操作中以外は胸骨圧迫を継続する.
5)胸骨圧迫は手袋,サージカルマスクを装着した上で上記2.の患者エアロゾル対策を行ったうえで実施する.
6)救急隊に引き継いだ後はPPEを適切に処理し,また医療者自身の手指消毒を徹底する.
 以上を文献2の図説なども参照し,院内で情報共有しておく.
5.簡素化された感染防護で救急蘇生を行うことの問題点
 歯科診療所では完全なエアロゾル対応資機材を揃えることが困難である.簡素化された感染防護で心肺蘇生を行うことで,医療従事者が感染する可能性がないわけではない.しかし救急隊の現場到着時間が平均8.7分(総務省2019年統計)であることより,心肺蘇生を行わないことが患者の救命率に大きく影響しうることにも留意しなければならない.また心肺蘇生には感染危険性が低い行為〔上記4.3)参照〕もあり,これらのみを行うという選択肢もある.
 この点について統一した見解はない.職員の感染防護と迅速な心肺蘇生の併存を求め,施設内で十分な話し合いのもとコンセンサスを形成した上で,院内の救急対応マニュアルを決めておくことが望まれる.
6.今後のCOVID-19対応の救急蘇生法の改訂
 COVID-19対応の救急蘇生法マニュアル等は,日々新知見により更新されており,JRCのマニュアルも数か月を待たずに改訂にされている.ワクチン接種の効果や変異株の蔓延,治療法の進歩等により,今後もマニュアル等はこまめに改訂されるであろう.
 その都度,本欄を改訂し最新情報を提供する予定である.

(佐久間 泰司)


文献
1)https://www.japanresuscitationcouncil.org/jrc-g2020/#chapter-11
2)https://www.japanresuscitationcouncil.org/inhos-cov19-manual/


(第8版第3刷:2021年2月20日発行)

正誤表

 この度は,上記書籍をご購入下さいまして誠にありがとうございました.
 以下の箇所に関して誤りがございましたので,ここに訂正するとともに深くお詫び申し上げます.

2021年3月8日更新

182 左段17行目 プレフィルドシリンジとして500mL中に200μg プレフィルドシリンジとして50mL中に200μg

補足情報

2021年4月6日更新

■2020年心肺蘇生法ガイドライン(第15章 心肺蘇生法 補遺)


 2020年3月末に日本の救急蘇生ガイドラインが変更された.
 『歯科麻酔学 第8版(以下,教科書)』p.534左段4行目に最新のCoSTRは「ILCORが発表した2015CoSTR」とあるが,2017年よりILCORは重要なトピックをその都度CoSTR として公開し,また1 年毎にCoSTR 集として公表することになった.2020年CoSTRは2020年10月21日にResuscitation誌上で公表された(156巻A1-A282)1).CoSTRをもとに各国がガイドラインを改訂した.
 日本のガイドラインは日本蘇生協議会(JRC)が作成するが,上部団体であるアジア蘇生協議会は,アジア各国は5年ごとにガイドライン改定すると取り決めており,日本も2020年 CoSTR公表と同時(2020年10月21日)にJRCが「JRC蘇生ガイドライン2020」を公表する予定であった.しかし新型コロナウイルスにより委員の多くがコロナ治療に駆り出されたために作業が遅れ,5か月後の2021年3月末にJRCホームページ上で公表された2).同年4月末をめどにパブリックコメントを募集(広く医療者等から意見を募り,その意見をもとに内容の修正が必要かを検討する制度)している.この作業終了後,6月頃に最終版が紙媒体で出版される予定である.本稿は3月末に公表された「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版」をもとに教科書の変更点をのべる.パブリックコメント募集中のため,最終版では一部が変更される可能性があるが,わかり次第この補遺に反映させたい.
 なお米国の2020年ガイドライン(米国心臓協会作成)は2020年 CoSTRと同日にCirculation紙上で公表され(142巻16号suppl 2)3),ヨーロッパの2020年ガイドライン(ヨーロッパ蘇生協議会作成)は同協議会のホームページで公表されている4).読者諸氏にはこれらのガイドラインと日本の「JRC蘇生ガイドライン2020」を混同しないようにご注意頂きたい.
1.おもな変更点
 「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版」を新ガイドライン,「JRC蘇生ガイドライン2015」を旧ガイドラインとする.
1)医療用BLSアルコリズム表の変更
 教科書p.536の図15-V-1「医療用BLSアルゴリズム」は,文献2の「第2章 二次救命処置(ALS)」p.13の表と差し換える.文献2の第1章は一般市民向けで医療者向けではないので注意すること.
2)安全確認の強調
 文献2の第2章p.13にボックス1が追加され安全の確認が強調された.医療者が危険に巻き込まれないことは,ひいては救助者および患者の安全を守ることにつながる.
3)心停止の確認方法の変更 @脈の触知
 心停止の確認は,旧ガイドラインでは反応と呼吸の有無であったが,新ガイドラインでは脈の有無が加わった.文献2の第2章p.13ボックス4は「正常な呼吸・確実な脈拍があるか?」となった.旧ガイドラインでは,呼吸の確認は全員が行っていたが,脈の触知は熟練救助者のみで,歯科医師・歯科衛生士など日常的に蘇生業務に携わっていない医療者が行う必要はなかった(教科書p.535 右段下から15行目).新ガイドラインでは全ての医療者(すなわち,歯科医師・歯科衛生士も)が行うこととなった.脈の触知は成人では頸動脈で行う.呼吸と脈の確認は10秒以内なので,脈が触知できるか迷う場合,呼吸があるか迷う場合は,10秒経過したらボックス5に進む.脈の触知はこれまで歯科衛生士教育等には十分取り入れられていなかったので,今後は教育内容を変更する必要があろう.
4)心停止の確認方法の変更 A気道確保の廃止
旧ガイドラインでは文献2の第2章p.13ボックス4に相当するボックスでは,頭部後屈あご先挙上法による気道確保を行って呼吸を確認することになっていた(教科書p.535 右段上から15行目)が,気道確保が不要になった.気道確保は人工呼吸時には必要な手技であるが,呼吸の確認には必ずしも必要ではないからである.もとより脈を触れつつ気道の確保を行う技術を持った医療者が気道確保を行うことを禁じるものではない.またボックス5の人工呼吸時には,気道確保(頭部後屈あご先挙上法あるは下顎挙上法)は必ず行う.
5)気道異物
 旧ガイドラインでは成人の上気道異物で声が出ないか強い咳ができない場合は,腹部突き上げ・胸部突き上げ・背部叩打を組み合わせて繰り返し行うこととなっていた.このため教科書では腹部突き上げを中心に記載している(教科書p.542-543).新ガイドラインでは,まず背部叩打を行い,背部叩打が有効でない場合は腹部突き上げを行うこととなった.背部叩打は背中を約1秒につき1回、繰り返し叩く.腹部突き上げは臓器損傷が多いことから,このようになったと思われる.
また口腔内に異物がみえる場合には,可能なら指で異物を取り除くこととなった.

(佐久間 泰司)


文献
1)https://www.resuscitationjournal.com/issue/S0300-9572(20)X0010-4
2)https://www.japanresuscitationcouncil.org/jrc-g2020/
3)https://www.ahajournals.org/toc/circ/142/16_suppl_2
4)https://onl.tw/A3spBJj

■新型コロナウイルス感染症対応の救急蘇生法(第15章 心肺蘇生法 補遺)


1.はじめに
 本稿は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をふまえ,日本蘇生協議会(JRC)が2021年3月23日に公開した「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版 補遺 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対策」1)を参考に,まとめたものである.
 COVID-19対応は新知見の蓄積により日々アップデートされている.最新の情報に基づいた救急蘇生法を行うことが求められる.
2.COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点
 世界中で毎年100万人以上の人々が院外心停止を起こしている.CPRと電気ショックの実施は,このような院外心停止の傷病者に唯一生存できるチャンスを与える.COVID-19流行下であっても,救急蘇生法は必要な医療行為である.
 COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点として,1)救急蘇生法によりエアロゾルが発生する危険性があること,医療者が感染する危険性があること,2)個人防護具(personal protective equipment:PPE)がCPRの質に影響する可能性があること,があげられる.
1)エアロゾル発生・医療者感染の危険
 救急蘇生法には,胸骨圧迫や陽圧換気,高度な気道確保器具の挿入といったエアロゾルが発生する可能性のある手技が多く含まれる.WHOは,CPRをエアロゾルが発生する処置としてあげている.エアロゾルは飛沫と異なり,より遠くに飛散し長時間にわたり空気中に浮遊するため,医療者に吸入される可能性がある.救急蘇生時のエアロゾル発生による感染(COVID-19ではないが)が2件報告され,また遺体を用いた実験で胸骨圧迫によるエアロゾル発生が報告されている.もっとも救急蘇生で医療者がCOVID-19に感染したかについては,エビデンスの確実性が高い報告はない.
 COVID-19確定例や疑い例,否定することが困難な例に対して救急蘇生法を行う際は,「空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策」が求められる.胸骨圧迫や陽圧換気を実施するに当たっては,エアロゾル対応PPEを着用することと気道を密閉してエアロゾルの飛散を防止することの2点が重要である.電気ショックがエアロゾルを発生させる,または発生させないというエビデンスは確認できていない.もし発生するとしても,エアロゾルが生じる時間は短時間と考えられる.
2)PPEがCPRの質に影響
 PPEは装着するまでCPRが開始できず,CPRの開始遅れにつながる可能性がある.またPPEを装着することでCPRの質が低下する可能性がある.
 小児の心停止を対象とした研究で,気管挿管や骨髄路の確保などの4つの重要な処置を完了するまでの時間が,PPEなしだと平均261秒であるが,フルフェイスマスク装着だと平均275秒に延長したと報告されている.また別の研究では,初回圧迫までの時間が標準ガウン装着だと71秒であるのがガウンなしだと39秒に短縮したと報告されている.CPRの質に関しては,PPEの種類間で質の違いがあるという研究がある.いずれの研究もエビデンスの確実性は高くない.
 国際蘇生連絡委員会(ILCOR)は,医療従事者はPPEを使用するのが容易であり,PPEの使用について訓練を受けている可能性が高く,患者の傍らに到着する前にPPEを着用することができるため,CPRの開始や継続の遅延を最小限に抑えることができるとしている.
3.病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法は,文献1のほか,「病院における新型コロナウイルス感染症対応救急蘇生法マニュアル」2)をJRCが発表している.COVID-19が流行している状況においては,感染が否定的な患者とそれ以外の患者は分けて考える.
 一般病棟に一定期間入院しているCOVID-19対応を受けていない患者(個室感染管理をされていない患者)は感染が否定的と考えられる.標準予防策(スタンダード・プリコーション:standard precautions)のもとでの通常の救急蘇生法を行ってよい.具体的な標準予防策は,サージカルマスク,眼の保護,エプロン(半袖でもよい),手袋である.
 一方,COVID-19の確定患者や疑い患者に加え,すべての施設外心停止患者,COVID-19の否定が困難な施設内心停止患者(病院外来部門,玄関ホール等に突然訪れた患者,緊急入院後まもなく急変した患者など)は,「感染があるもの」として,空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められる.
 医療者はエアロゾル対応PPE(N95かそれ以上の規格のマスクまたはPAPR,眼の保護具,手袋,液体非透過性ガウンまたは長袖エプロン)を着用する.PAPRとはpowered air purifying respiratorの略で,顔面全体を覆い,電動ファンで清浄な空気を送り込むマスクである.
 人工呼吸はHEPAフィルター(high efficiency particulate air filter,粒子捕集率が高く呼吸抵抗の少ないフィルター)またはウイルス防護力が十分に備わったHMEフィルター(heat and moisture exchanger filter,人工鼻)を装着したバッグバルブマスクを用い,高濃度酸素投与下に,両手法で患者の口・鼻をきちんと密閉したうえで実施する.
 患者の顔にあまり近づかないようにする,呼吸の観察には気道確保を行わない,患者の口・鼻をサージカルマスクで覆うなども求められる.具体的なアルゴリズムや要点は文献2,特に「COVID-19アルゴリズムと図説」を参照されたい.
 エアロゾル感染防護策すべてを講じてからCPRを開始することは,CPRの遅延による転帰の悪化という患者の不利益に繋がる.医療者側の安全上のメリットと,CPR開始遅延という患者側のデメリットのバランスを考慮した結果,低リスクであれば,応援者が集結するまでの短期間に限り,第一対応者がサージカルマスクや手袋といった最低限度の感染防護で救命処置を開始することは容認される.
4.歯科診療所でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 COVID-19流行下での歯科診療所での救急蘇生法は,上記病院の基準をそのまま適用するのは困難である.その理由は,歯科診療所での急変患者は全員が「感染があるもの」として空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められるところであるが,N95マスクや液体非透過性ガウンをはじめとしたエアロゾル対応PPEが必ずしも十分に揃っていないことがあげられる.もし揃えたとしても日常的に着脱をしていないので,装着に時間がかかったり,使用法を間違える可能性もある.また病室のような個室ではなくオープンスペースで救急蘇生が行われること,歯科医師を含むスタッフが日常的に蘇生業務に携わっていないことにも留意しなければならない.同様の事情は中小病院や医科診療所,介護施設などでも一部妥当する.
 JRCのCOVID-19対策ガイドライン1)には,病院での対応のほかに「市民が行う一次救命処置」の項目がある.市民用の一次救命処置(basic life support:BLS)は,病院での対応に比べて感染防護が簡素化されており,N95マスクなどエアロゾル対応PPEの着用を前提としていない.そこで歯科診療所では市民用BLSで対応するのが現実的である.なお二次救急処置は感染リスクが上昇するので上記病院での対応に準じる.
 具体的には以下の通りである.
1)医療者はN95マスクなどエアロゾル対応PPEがなければ,手袋,サージカルマスク,眼の保護具など,可能な範囲でPPEを使用する.
2)患者がマスクを装着していればそのままとし,マスクを装着していなければ患者の口・鼻をマスク,ハンカチやタオル,衣服などで覆う.これは胸骨圧迫時のエアロゾル対策として重要である.
3)反応の確認,通報,患者に触れずに行う呼吸確認,AED操作など感染危険性が低い行為は直ちに行う.この際,患者にあまり近づきすぎないようにする.
4)人工呼吸は感染対策が十分にできなければ実施しない.この場合,AED操作中以外は胸骨圧迫を継続する.
5)胸骨圧迫は手袋,サージカルマスクを装着した上で上記2.の患者エアロゾル対策を行ったうえで実施する.
6)救急隊に引き継いだ後はPPEを適切に処理し,また医療者自身の手指消毒を徹底する.
 以上を文献2の図説なども参照し,院内で情報共有しておく.
5.簡素化された感染防護で救急蘇生を行うことの問題点
 歯科診療所では完全なエアロゾル対応資機材を揃えることが困難である.簡素化された感染防護で心肺蘇生を行うことで,医療従事者が感染する可能性がないわけではない.しかし救急隊の現場到着時間が平均8.7分(総務省2019年統計)であることより,心肺蘇生を行わないことが患者の救命率に大きく影響しうることにも留意しなければならない.また心肺蘇生には感染危険性が低い行為〔上記4.3)参照〕もあり,これらのみを行うという選択肢もある.
 この点について統一した見解はない.職員の感染防護と迅速な心肺蘇生の併存を求め,施設内で十分な話し合いのもとコンセンサスを形成した上で,院内の救急対応マニュアルを決めておくことが望まれる.
6.今後のCOVID-19対応の救急蘇生法の改訂
 COVID-19対応の救急蘇生法マニュアル等は,日々新知見により更新されており,JRCのマニュアルも数か月を待たずに改訂にされている.ワクチン接種の効果や変異株の蔓延,治療法の進歩等により,今後もマニュアル等はこまめに改訂されるであろう.
 その都度,本欄を改訂し最新情報を提供する予定である.

(佐久間 泰司)


文献
1)https://www.japanresuscitationcouncil.org/jrc-g2020/#chapter-11
2)https://www.japanresuscitationcouncil.org/inhos-cov19-manual/


(第8版第2刷:2020年2月20日発行)

正誤表

 この度は,上記書籍をご購入下さいまして誠にありがとうございました.
 以下の箇所に関して誤りがございましたので,ここに訂正するとともに深くお詫び申し上げます.

2021年3月25日更新

124 左段20行目 600 mg 以上の投与でメトヘモグロビン血症を起こす. メトヘモグロビン血症の患者には禁忌である
128 右段6行目 フェリプレシン含有% フェリプレシン含有3
131 左段7行目 α1C α1D
142 左段3行目 眼窩下溝 眼窩下
177 左段下から2,5行目 急性狭隅角緑内障患者 急性閉塞隅角緑内障患者
280 右段下から5行目 APVC APCV
286 左段2行目 不整脈にはリドカインを投与し 不整脈にはCa拮抗薬以外の抗不整脈薬を投与し
329 表6-U-3 収縮期血圧(mmHg)列 140 ≧/135 ≧/130 ≧/135 ≧/120 ≧ 140/135/130/135/120
351 左段下から15行目 上限と下限ともに右方移動している.高血圧患者,〜 上限と下限(平均動脈圧の25%の低下)ともに右方移動している.神経生理学的機能不全や障害を予防するためには,高血圧患者,〜
362 左段1行目 これらの治療薬は 抗甲状腺薬やヨード
407 右段5行目,12行目 Le Fort 型骨切り術 Le Fort T型骨切り術
412 左段5行目 生後〜4か月 生後3〜4か月

(第8版第1刷:2019年2月20日発行)

正誤表

 この度は,上記書籍をご購入下さいまして誠にありがとうございました.
 以下の箇所に関して誤りがございましたので,ここに訂正するとともに深くお詫び申し上げます.

2020年2月27日更新

11 表1-U-2 ・・・第93回2015 年 ボストン(会長:山崎信也).毎年開催. ・・・第93回2015 年 ボストン(会長:山崎信也).第95回2017 年 サンフランシスコ(会長:藤澤俊明).毎年開催.
102 右段 20行目〜 排卵期は低く黄体期は高くなる(0.3〜0.5℃) 月経前期は低く月経後期(排卵日から次の月経開始までの黄体期)は高くなる(0.3〜0.5℃)
139 表3-W-3 文献番号 ( 金子,199657)より改変) ( 金子,199658)より改変)
204 右段 19行目 表5-V-1に気道確保に関する術前評価項目を示す(図5-V-1). 表5-V-1に気道確保に関する術前評価項目を示す(図5-V-1).また,気管挿管の難易度の評価には,直視型喉頭鏡(Macintosh型)のブレードによる喉頭展開時の視認度を基準とした Cormack & Lehane 分類(C-L分類)も用いられている(図5-V-2).
205 図5-V-2 を追加
420 左段 下から7行目 小児では輪状軟骨部であり, 小児では輪状軟骨部(声門下との報告もある)であり,
474 左列 下から1行目 異常感覚,錯感覚,知覚過敏,知覚鈍麻,無感覚など 異常感覚,錯感覚,覚過敏,覚鈍麻,無感覚など
476 左列 16行目〜 神経中脳路核を通って,延髄,中脳,視床,そして大脳知覚野と連絡される.末梢神経障害の原因が特定できない場合や広範囲で多様な症状を呈する場合,三叉神経節より上位中枢の障害の可能性がある.その原因には,脳腫瘍や多発性硬化症がある. 神経中脳路核を通って,視床そして大脳と連絡される.末梢神経障害の原因が特定できない場合や広範囲で多様な症状を呈する場合,上位中枢の障害の可能性がある.その原因には,脳腫瘍や多発性硬化症がある.
476 左段 下から15行目 2.末梢性三叉神経感覚障害(三叉神経ニューロパチー) 2.末梢性三叉神経感覚障害(外傷性三叉神経ニューロパチー)
476 左段 下から11行目 知覚鈍麻 覚鈍麻
477 右段 9行目 知覚鈍麻 覚鈍麻
478 図12-W-4 【誤】



【正】
478 図12-W-5 【誤】



【正】
478 左段 下から2行目 知覚鈍麻 覚鈍麻
479 左段 1,8,21行目
右段 1,16行目
知覚鈍麻 覚鈍麻
513 表13-U-1
ブリックテスト
上腕の腹側の皮膚に薬液をおいて,23〜26G の針を用いて,皮膚に対してベベルを45度にし,皮膚が持ち上がる程度の深さで刺す.薬液は希釈しないものを用いる.15〜30 分後に判定し,5 mm 以上の膨疹,または10 mm 以上の発赤で陽性とする. 前腕の掌側皮膚にプリックテスト専用針であるバイファーケイテッドニードル(東京エム・アイ商会)を用いて,小さな穴を開けた後,局所麻酔薬の原液を滴下する.判定は15〜20分後に行い,膨疹の直径がnegative controlより3mm大きいか,あるいはpositive controlの半分以上の場合を陽性とする.
513 表13-U-1
皮内テスト(intradermal test: IDT)
テスト用診断液(100倍希釈)0.1 mLを皮内に注射し,1〜2mmの膨疹をつくる.15〜20 分後に判定する.10 mm 以上の持続性の膨疹,または20 mm以上の発赤で陽性と判定する.生理食塩液によるnegative controlと0.01%ヒスタミン溶液によるpositive controlとの比較も必要である.IDTの陽性率は60〜70%であり,偽陽性率は10〜15%にも達する.IDTの臨床的意義が疑問視されている. 10倍に希釈した局所麻酔薬0.02〜0.05mlを真皮内に注入し,直径4mmまでの膨疹を作る.注入20分後の紅斑性の膨疹(しばしば掻痒性)の直径が薬剤注入後と同等から2倍以上の大きさであれば陽性とする.
513 表13-U-1
補注として表下に追加
- 生食をnegative control,10mg/mLヒスタミン二塩酸塩を1000倍に希釈した溶液をpositive controlとして用いる.
514 左段 2〜12行目  in vitroの検査には,T型アレルギー反応を調べる検査として,アレルゲン特異的IgE 抗体の測定や抗原刺激による好塩基球からのヒスタミン遊離を測定するヒスタミン試験(HRT)がある.また,W型アレルギー反応をみるリンパ球幼若化試験(LST)などがあり,局所麻酔薬のアレルギー診断にも用いられる.しかし,これらの検査が皮膚テストやチャレンジテストの結果と一致するとは限らない.したがって,アレルギー診断は複数の検査から総合的に行う必要がある.  in vivo検査には,T型アレルギーを調べる検査として,好塩基球活性化試験(basophil activation test: BAT)がある.T型アレルギーでは,マスト細胞と同様に好塩基球細胞も活性化される.マスト細胞は血液中に存在しないため,同様の反応を示す末梢血中の好塩基球をターゲットとする.アレルギー反応を患者自身の細胞で直接とらえるため,臨床症状との一致性が高いとされている.アナフィラキシーショックなどのハイリスク症例で,生体内(in vitro)試験を行わずに抗原診断を行うための補助検査として有用である.BATでは,検査したい抗原を任意に選択できる利点がある.
 W型アレルギーを調べる検査として,薬物によるリンパ球刺激試験(drug-induced lymphocyte stimulation test: DLST)と白血球遊走試験(leucocyte migration test: LMT)があるが,原因薬剤の検出率は低く,偽陽性も多い. in vitro試験の結果が,皮膚テストやチャレンジテストの結果と一致するとは限らない.アレルギー診断では,何種類かの検査を組み合わせ,臨床症状も加味して,総合的にアレルギーの有無を判断する必要がある.

(第8版第4刷:2022年2月20日発行)

補足情報

2022年3月3日更新

■2020年心肺蘇生法ガイドライン(第15章 心肺蘇生法 補遺)


 2021年7月12日に日本の心肺蘇生法ガイドラインが変更された.2020年ガイドラインなのでG2020と呼ばれる.『歯科麻酔学』第8版第4刷は最新のG2020に改訂済みであるが,以下,一部補足する.

1.心肺蘇生法の歴史の補足
 日本の心肺蘇生法ガイドラインは,日本蘇生協議会(JRC)がCoSTRを基に作成する.JRCは国内の救急蘇生関係学会・団体を包括した組織で,歯科からは日本歯科麻酔学会が参加している.本来はCoSTR改訂に合わせて毎年,蘇生ガイドラインを改訂するのであるが,上部団体であるアジア蘇生協議会は,アジア各国は5年ごとにガイドライン改訂すると取り決めており,日本もこれに従っている.
 日本では2015年のガイドライン改訂後より2020年版の作成作業を始め,COVID-19の影響で作業が遅れたものの2021年7月12日にG2020の最終版が確定した.これが本書に記載しているものである.JRCは次のガイドライン改訂作業を始めており,2025年秋にはG2025が発表される予定である.

2.一次救命処置の補足
 G2020では,消防署の通信指令員による口頭指導の重要性が強調された.119番通報後は電話を切らずにスピーカーモードにしておき,消防署と常に通話できるようにする.通信指令員は電話を通じた心停止の判断とCPRについての口頭指導ができるので,スタッフが通信指令員の有用な援助を受けることもできる.

3.呼吸の確認と心停止の判断の補足
 呼吸の確認と心停止の判断は,G2020で大幅に変更となった.
 呼吸の確認は胸部と腹部の動きを確認する.G2015では呼吸の確認時に「頭部後屈あご先挙上法」を行うことになっていたが,G2020では削除された.
 脈拍の確認はG2020ではすべての医療者が行うことになった.成人では頸動脈の拍動を触れる(図1).乳児は上腕動脈の拍動を触れる.頸動脈は,示指(人差し指),中指,環指(薬指)の3本,あるいは示指,中指の2本の指先を気道の位置(頸部の正中)に置き,そこから手前に滑らせて気管と胸鎖乳突筋の間の溝で触知する.拍動が触知できない時は,自分の指の位置が悪いのか,それとも心停止なのか判断に迷うことが多い.そこで3本ないし2本の指を用いることで,自分の指の位置が多少悪くても,いずれかの指が頸動脈を短時間でキャッチできるようにする.強く押さえると術者自身の拍動を指先に感じ,患者の拍動と誤解することがある.母指(親指)を用いないのは,母指は他の指に比べて動脈拍動が大きく,患者の脈拍と混同するからである.


図1 頸動脈の確認
示指,中指,環指の3本(あるいは示指,中指の2本)を気道の位置に置き,そこから手前に滑らせて気管と胸鎖乳突筋の間の溝で触知する.

4.胸骨圧迫の補足
 胸骨圧迫時は患者の胸を完全に露出させる.歯科診療室のようなオープンスペースでは,適切な胸骨圧迫の位置がわかるなら患者プライバシーに配慮して露出しない選択肢もありうる.大きめのバスタオルなどをあらかじめ準備しておき,プライバシー保護に用いるのも一法である.
 胸骨圧迫の圧迫部位の目安は乳頭を結んだ線上の正中で,ここに手根部を置く.なおスマートホンの無料アプリにメトロノームがあるのでダウンロードしておき,緊急時には毎分110回で鳴らせるように準備しておくとよい.

5.AEDの補足
 2021年秋より,新機種は電気ショックボタンを押さなくても充電後,自動的に電気ショックを行う「オートショックAED」が主流となった.オートショックAEDにはショックボタンがない.

6.電気ショックの補足
 電気ショックには,同期と非同期がある.非同期電気ショックは単に「電気ショック」と略すことが多く,本書の記述もそうなっている.同期電気ショックは本書では「(同期下)カルディオバージョン」と記述している.非同期電気ショックは電気ショックボタンを押すと同時に通電する.同期電気ショックはR波の直後に通電する.

(佐久間 泰司)

■新型コロナウイルス感染症対応の救急蘇生法(第15章 心肺蘇生法 補遺)


1.はじめに
 本稿は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をふまえ,日本蘇生協議会(JRC)が2021年3月23日に公開した「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版 補遺 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対策」1)を参考に,まとめたものである.
 COVID-19対応は新知見の蓄積により日々アップデートされている.最新の情報に基づいた救急蘇生法を行うことが求められる.
2.COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点
 世界中で毎年100万人以上の人々が院外心停止を起こしている.CPRと電気ショックの実施は,このような院外心停止の傷病者に唯一生存できるチャンスを与える.COVID-19流行下であっても,救急蘇生法は必要な医療行為である.
 COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点として,1)救急蘇生法によりエアロゾルが発生する危険性があること,医療者が感染する危険性があること,2)個人防護具(personal protective equipment:PPE)がCPRの質に影響する可能性があること,があげられる.
1)エアロゾル発生・医療者感染の危険
 救急蘇生法には,胸骨圧迫や陽圧換気,高度な気道確保器具の挿入といったエアロゾルが発生する可能性のある手技が多く含まれる.WHOは,CPRをエアロゾルが発生する処置としてあげている.エアロゾルは飛沫と異なり,より遠くに飛散し長時間にわたり空気中に浮遊するため,医療者に吸入される可能性がある.救急蘇生時のエアロゾル発生による感染(COVID-19ではないが)が2件報告され,また遺体を用いた実験で胸骨圧迫によるエアロゾル発生が報告されている.もっとも救急蘇生で医療者がCOVID-19に感染したかについては,エビデンスの確実性が高い報告はない.
 COVID-19確定例や疑い例,否定することが困難な例に対して救急蘇生法を行う際は,「空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策」が求められる.胸骨圧迫や陽圧換気を実施するに当たっては,エアロゾル対応PPEを着用することと気道を密閉してエアロゾルの飛散を防止することの2点が重要である.電気ショックがエアロゾルを発生させる,または発生させないというエビデンスは確認できていない.もし発生するとしても,エアロゾルが生じる時間は短時間と考えられる.
2)PPEがCPRの質に影響
 PPEは装着するまでCPRが開始できず,CPRの開始遅れにつながる可能性がある.またPPEを装着することでCPRの質が低下する可能性がある.
 小児の心停止を対象とした研究で,気管挿管や骨髄路の確保などの4つの重要な処置を完了するまでの時間が,PPEなしだと平均261秒であるが,フルフェイスマスク装着だと平均275秒に延長したと報告されている.また別の研究では,初回圧迫までの時間が標準ガウン装着だと71秒であるのがガウンなしだと39秒に短縮したと報告されている.CPRの質に関しては,PPEの種類間で質の違いがあるという研究がある.いずれの研究もエビデンスの確実性は高くない.
 国際蘇生連絡委員会(ILCOR)は,医療従事者はPPEを使用するのが容易であり,PPEの使用について訓練を受けている可能性が高く,患者の傍らに到着する前にPPEを着用することができるため,CPRの開始や継続の遅延を最小限に抑えることができるとしている.
3.病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法は,文献1のほか,「病院における新型コロナウイルス感染症対応救急蘇生法マニュアル」2)をJRCが発表している.COVID-19が流行している状況においては,感染が否定的な患者とそれ以外の患者は分けて考える.
 一般病棟に一定期間入院しているCOVID-19対応を受けていない患者(個室感染管理をされていない患者)は感染が否定的と考えられる.標準予防策(スタンダード・プリコーション:standard precautions)のもとでの通常の救急蘇生法を行ってよい.具体的な標準予防策は,サージカルマスク,眼の保護,エプロン(半袖でもよい),手袋である.
 一方,COVID-19の確定患者や疑い患者に加え,すべての施設外心停止患者,COVID-19の否定が困難な施設内心停止患者(病院外来部門,玄関ホール等に突然訪れた患者,緊急入院後まもなく急変した患者など)は,「感染があるもの」として,空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められる.
 医療者はエアロゾル対応PPE(N95かそれ以上の規格のマスクまたはPAPR,眼の保護具,手袋,液体非透過性ガウンまたは長袖エプロン)を着用する.PAPRとはpowered air purifying respiratorの略で,顔面全体を覆い,電動ファンで清浄な空気を送り込むマスクである.
 人工呼吸はHEPAフィルター(high efficiency particulate air filter,粒子捕集率が高く呼吸抵抗の少ないフィルター)またはウイルス防護力が十分に備わったHMEフィルター(heat and moisture exchanger filter,人工鼻)を装着したバッグバルブマスクを用い,高濃度酸素投与下に,両手法で患者の口・鼻をきちんと密閉したうえで実施する.
 患者の顔にあまり近づかないようにする,呼吸の観察には気道確保を行わない,患者の口・鼻をサージカルマスクで覆うなども求められる.具体的なアルゴリズムや要点は文献2,特に「COVID-19アルゴリズムと図説」を参照されたい.
 エアロゾル感染防護策すべてを講じてからCPRを開始することは,CPRの遅延による転帰の悪化という患者の不利益に繋がる.医療者側の安全上のメリットと,CPR開始遅延という患者側のデメリットのバランスを考慮した結果,低リスクであれば,応援者が集結するまでの短期間に限り,第一対応者がサージカルマスクや手袋といった最低限度の感染防護で救命処置を開始することは容認される.
4.歯科診療所でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 COVID-19流行下での歯科診療所での救急蘇生法は,上記病院の基準をそのまま適用するのは困難である.その理由は,歯科診療所での急変患者は全員が「感染があるもの」として空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められるところであるが,N95マスクや液体非透過性ガウンをはじめとしたエアロゾル対応PPEが必ずしも十分に揃っていないことがあげられる.もし揃えたとしても日常的に着脱をしていないので,装着に時間がかかったり,使用法を間違える可能性もある.また病室のような個室ではなくオープンスペースで救急蘇生が行われること,歯科医師を含むスタッフが日常的に蘇生業務に携わっていないことにも留意しなければならない.同様の事情は中小病院や医科診療所,介護施設などでも一部妥当する.
 JRCのCOVID-19対策ガイドライン1)には,病院での対応のほかに「市民が行う一次救命処置」の項目がある.市民用の一次救命処置(basic life support:BLS)は,病院での対応に比べて感染防護が簡素化されており,N95マスクなどエアロゾル対応PPEの着用を前提としていない.そこで歯科診療所では市民用BLSで対応するのが現実的である.なお二次救急処置は感染リスクが上昇するので上記病院での対応に準じる.
 具体的には以下の通りである.
1)医療者はN95マスクなどエアロゾル対応PPEがなければ,手袋,サージカルマスク,眼の保護具など,可能な範囲でPPEを使用する.
2)患者がマスクを装着していればそのままとし,マスクを装着していなければ患者の口・鼻をマスク,ハンカチやタオル,衣服などで覆う.これは胸骨圧迫時のエアロゾル対策として重要である.
3)反応の確認,通報,患者に触れずに行う呼吸確認,AED操作など感染危険性が低い行為は直ちに行う.この際,患者にあまり近づきすぎないようにする.
4)人工呼吸は感染対策が十分にできなければ実施しない.この場合,AED操作中以外は胸骨圧迫を継続する.
5)胸骨圧迫は手袋,サージカルマスクを装着した上で上記2.の患者エアロゾル対策を行ったうえで実施する.
6)救急隊に引き継いだ後はPPEを適切に処理し,また医療者自身の手指消毒を徹底する.
 以上を文献2の図説なども参照し,院内で情報共有しておく.
5.簡素化された感染防護で救急蘇生を行うことの問題点
 歯科診療所では完全なエアロゾル対応資機材を揃えることが困難である.簡素化された感染防護で心肺蘇生を行うことで,医療従事者が感染する可能性がないわけではない.しかし救急隊の現場到着時間が平均8.7分(総務省2019年統計)であることより,心肺蘇生を行わないことが患者の救命率に大きく影響しうることにも留意しなければならない.また心肺蘇生には感染危険性が低い行為〔上記4.3)参照〕もあり,これらのみを行うという選択肢もある.
 この点について統一した見解はない.職員の感染防護と迅速な心肺蘇生の併存を求め,施設内で十分な話し合いのもとコンセンサスを形成した上で,院内の救急対応マニュアルを決めておくことが望まれる.
6.今後のCOVID-19対応の救急蘇生法の改訂
 COVID-19対応の救急蘇生法マニュアル等は,日々新知見により更新されており,JRCのマニュアルも数か月を待たずに改訂にされている.ワクチン接種の効果や変異株の蔓延,治療法の進歩等により,今後もマニュアル等はこまめに改訂されるであろう.
 その都度,本欄を改訂し最新情報を提供する予定である.

(佐久間 泰司)


文献
1)https://www.japanresuscitationcouncil.org/jrc-g2020/#chapter-11
2)https://www.japanresuscitationcouncil.org/inhos-cov19-manual/


(第8版第3刷:2021年2月20日発行)

正誤表

 この度は,上記書籍をご購入下さいまして誠にありがとうございました.
 以下の箇所に関して誤りがございましたので,ここに訂正するとともに深くお詫び申し上げます.

2021年3月8日更新

182 左段17行目 プレフィルドシリンジとして500mL中に200μg プレフィルドシリンジとして50mL中に200μg

補足情報

2021年4月6日更新

■2020年心肺蘇生法ガイドライン(第15章 心肺蘇生法 補遺)


 2020年3月末に日本の救急蘇生ガイドラインが変更された.
 『歯科麻酔学 第8版(以下,教科書)』p.534左段4行目に最新のCoSTRは「ILCORが発表した2015CoSTR」とあるが,2017年よりILCORは重要なトピックをその都度CoSTR として公開し,また1 年毎にCoSTR 集として公表することになった.2020年CoSTRは2020年10月21日にResuscitation誌上で公表された(156巻A1-A282)1).CoSTRをもとに各国がガイドラインを改訂した.
 日本のガイドラインは日本蘇生協議会(JRC)が作成するが,上部団体であるアジア蘇生協議会は,アジア各国は5年ごとにガイドライン改定すると取り決めており,日本も2020年 CoSTR公表と同時(2020年10月21日)にJRCが「JRC蘇生ガイドライン2020」を公表する予定であった.しかし新型コロナウイルスにより委員の多くがコロナ治療に駆り出されたために作業が遅れ,5か月後の2021年3月末にJRCホームページ上で公表された2).同年4月末をめどにパブリックコメントを募集(広く医療者等から意見を募り,その意見をもとに内容の修正が必要かを検討する制度)している.この作業終了後,6月頃に最終版が紙媒体で出版される予定である.本稿は3月末に公表された「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版」をもとに教科書の変更点をのべる.パブリックコメント募集中のため,最終版では一部が変更される可能性があるが,わかり次第この補遺に反映させたい.
 なお米国の2020年ガイドライン(米国心臓協会作成)は2020年 CoSTRと同日にCirculation紙上で公表され(142巻16号suppl 2)3),ヨーロッパの2020年ガイドライン(ヨーロッパ蘇生協議会作成)は同協議会のホームページで公表されている4).読者諸氏にはこれらのガイドラインと日本の「JRC蘇生ガイドライン2020」を混同しないようにご注意頂きたい.
1.おもな変更点
 「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版」を新ガイドライン,「JRC蘇生ガイドライン2015」を旧ガイドラインとする.
1)医療用BLSアルコリズム表の変更
 教科書p.536の図15-V-1「医療用BLSアルゴリズム」は,文献2の「第2章 二次救命処置(ALS)」p.13の表と差し換える.文献2の第1章は一般市民向けで医療者向けではないので注意すること.
2)安全確認の強調
 文献2の第2章p.13にボックス1が追加され安全の確認が強調された.医療者が危険に巻き込まれないことは,ひいては救助者および患者の安全を守ることにつながる.
3)心停止の確認方法の変更 @脈の触知
 心停止の確認は,旧ガイドラインでは反応と呼吸の有無であったが,新ガイドラインでは脈の有無が加わった.文献2の第2章p.13ボックス4は「正常な呼吸・確実な脈拍があるか?」となった.旧ガイドラインでは,呼吸の確認は全員が行っていたが,脈の触知は熟練救助者のみで,歯科医師・歯科衛生士など日常的に蘇生業務に携わっていない医療者が行う必要はなかった(教科書p.535 右段下から15行目).新ガイドラインでは全ての医療者(すなわち,歯科医師・歯科衛生士も)が行うこととなった.脈の触知は成人では頸動脈で行う.呼吸と脈の確認は10秒以内なので,脈が触知できるか迷う場合,呼吸があるか迷う場合は,10秒経過したらボックス5に進む.脈の触知はこれまで歯科衛生士教育等には十分取り入れられていなかったので,今後は教育内容を変更する必要があろう.
4)心停止の確認方法の変更 A気道確保の廃止
旧ガイドラインでは文献2の第2章p.13ボックス4に相当するボックスでは,頭部後屈あご先挙上法による気道確保を行って呼吸を確認することになっていた(教科書p.535 右段上から15行目)が,気道確保が不要になった.気道確保は人工呼吸時には必要な手技であるが,呼吸の確認には必ずしも必要ではないからである.もとより脈を触れつつ気道の確保を行う技術を持った医療者が気道確保を行うことを禁じるものではない.またボックス5の人工呼吸時には,気道確保(頭部後屈あご先挙上法あるは下顎挙上法)は必ず行う.
5)気道異物
 旧ガイドラインでは成人の上気道異物で声が出ないか強い咳ができない場合は,腹部突き上げ・胸部突き上げ・背部叩打を組み合わせて繰り返し行うこととなっていた.このため教科書では腹部突き上げを中心に記載している(教科書p.542-543).新ガイドラインでは,まず背部叩打を行い,背部叩打が有効でない場合は腹部突き上げを行うこととなった.背部叩打は背中を約1秒につき1回、繰り返し叩く.腹部突き上げは臓器損傷が多いことから,このようになったと思われる.
また口腔内に異物がみえる場合には,可能なら指で異物を取り除くこととなった.

(佐久間 泰司)


文献
1)https://www.resuscitationjournal.com/issue/S0300-9572(20)X0010-4
2)https://www.japanresuscitationcouncil.org/jrc-g2020/
3)https://www.ahajournals.org/toc/circ/142/16_suppl_2
4)https://onl.tw/A3spBJj

■新型コロナウイルス感染症対応の救急蘇生法(第15章 心肺蘇生法 補遺)


1.はじめに
 本稿は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をふまえ,日本蘇生協議会(JRC)が2021年3月23日に公開した「JRC蘇生ガイドライン2020ドラフト版 補遺 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対策」1)を参考に,まとめたものである.
 COVID-19対応は新知見の蓄積により日々アップデートされている.最新の情報に基づいた救急蘇生法を行うことが求められる.
2.COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点
 世界中で毎年100万人以上の人々が院外心停止を起こしている.CPRと電気ショックの実施は,このような院外心停止の傷病者に唯一生存できるチャンスを与える.COVID-19流行下であっても,救急蘇生法は必要な医療行為である.
 COVID-19流行下での救急蘇生法の留意点として,1)救急蘇生法によりエアロゾルが発生する危険性があること,医療者が感染する危険性があること,2)個人防護具(personal protective equipment:PPE)がCPRの質に影響する可能性があること,があげられる.
1)エアロゾル発生・医療者感染の危険
 救急蘇生法には,胸骨圧迫や陽圧換気,高度な気道確保器具の挿入といったエアロゾルが発生する可能性のある手技が多く含まれる.WHOは,CPRをエアロゾルが発生する処置としてあげている.エアロゾルは飛沫と異なり,より遠くに飛散し長時間にわたり空気中に浮遊するため,医療者に吸入される可能性がある.救急蘇生時のエアロゾル発生による感染(COVID-19ではないが)が2件報告され,また遺体を用いた実験で胸骨圧迫によるエアロゾル発生が報告されている.もっとも救急蘇生で医療者がCOVID-19に感染したかについては,エビデンスの確実性が高い報告はない.
 COVID-19確定例や疑い例,否定することが困難な例に対して救急蘇生法を行う際は,「空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策」が求められる.胸骨圧迫や陽圧換気を実施するに当たっては,エアロゾル対応PPEを着用することと気道を密閉してエアロゾルの飛散を防止することの2点が重要である.電気ショックがエアロゾルを発生させる,または発生させないというエビデンスは確認できていない.もし発生するとしても,エアロゾルが生じる時間は短時間と考えられる.
2)PPEがCPRの質に影響
 PPEは装着するまでCPRが開始できず,CPRの開始遅れにつながる可能性がある.またPPEを装着することでCPRの質が低下する可能性がある.
 小児の心停止を対象とした研究で,気管挿管や骨髄路の確保などの4つの重要な処置を完了するまでの時間が,PPEなしだと平均261秒であるが,フルフェイスマスク装着だと平均275秒に延長したと報告されている.また別の研究では,初回圧迫までの時間が標準ガウン装着だと71秒であるのがガウンなしだと39秒に短縮したと報告されている.CPRの質に関しては,PPEの種類間で質の違いがあるという研究がある.いずれの研究もエビデンスの確実性は高くない.
 国際蘇生連絡委員会(ILCOR)は,医療従事者はPPEを使用するのが容易であり,PPEの使用について訓練を受けている可能性が高く,患者の傍らに到着する前にPPEを着用することができるため,CPRの開始や継続の遅延を最小限に抑えることができるとしている.
3.病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 病院でのCOVID-19流行下での救急蘇生法は,文献1のほか,「病院における新型コロナウイルス感染症対応救急蘇生法マニュアル」2)をJRCが発表している.COVID-19が流行している状況においては,感染が否定的な患者とそれ以外の患者は分けて考える.
 一般病棟に一定期間入院しているCOVID-19対応を受けていない患者(個室感染管理をされていない患者)は感染が否定的と考えられる.標準予防策(スタンダード・プリコーション:standard precautions)のもとでの通常の救急蘇生法を行ってよい.具体的な標準予防策は,サージカルマスク,眼の保護,エプロン(半袖でもよい),手袋である.
 一方,COVID-19の確定患者や疑い患者に加え,すべての施設外心停止患者,COVID-19の否定が困難な施設内心停止患者(病院外来部門,玄関ホール等に突然訪れた患者,緊急入院後まもなく急変した患者など)は,「感染があるもの」として,空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められる.
 医療者はエアロゾル対応PPE(N95かそれ以上の規格のマスクまたはPAPR,眼の保護具,手袋,液体非透過性ガウンまたは長袖エプロン)を着用する.PAPRとはpowered air purifying respiratorの略で,顔面全体を覆い,電動ファンで清浄な空気を送り込むマスクである.
 人工呼吸はHEPAフィルター(high efficiency particulate air filter,粒子捕集率が高く呼吸抵抗の少ないフィルター)またはウイルス防護力が十分に備わったHMEフィルター(heat and moisture exchanger filter,人工鼻)を装着したバッグバルブマスクを用い,高濃度酸素投与下に,両手法で患者の口・鼻をきちんと密閉したうえで実施する.
 患者の顔にあまり近づかないようにする,呼吸の観察には気道確保を行わない,患者の口・鼻をサージカルマスクで覆うなども求められる.具体的なアルゴリズムや要点は文献2,特に「COVID-19アルゴリズムと図説」を参照されたい.
 エアロゾル感染防護策すべてを講じてからCPRを開始することは,CPRの遅延による転帰の悪化という患者の不利益に繋がる.医療者側の安全上のメリットと,CPR開始遅延という患者側のデメリットのバランスを考慮した結果,低リスクであれば,応援者が集結するまでの短期間に限り,第一対応者がサージカルマスクや手袋といった最低限度の感染防護で救命処置を開始することは容認される.
4.歯科診療所でのCOVID-19流行下での救急蘇生法
 COVID-19流行下での歯科診療所での救急蘇生法は,上記病院の基準をそのまま適用するのは困難である.その理由は,歯科診療所での急変患者は全員が「感染があるもの」として空気感染防止策に準じたエアロゾル感染防護策が求められるところであるが,N95マスクや液体非透過性ガウンをはじめとしたエアロゾル対応PPEが必ずしも十分に揃っていないことがあげられる.もし揃えたとしても日常的に着脱をしていないので,装着に時間がかかったり,使用法を間違える可能性もある.また病室のような個室ではなくオープンスペースで救急蘇生が行われること,歯科医師を含むスタッフが日常的に蘇生業務に携わっていないことにも留意しなければならない.同様の事情は中小病院や医科診療所,介護施設などでも一部妥当する.
 JRCのCOVID-19対策ガイドライン1)には,病院での対応のほかに「市民が行う一次救命処置」の項目がある.市民用の一次救命処置(basic life support:BLS)は,病院での対応に比べて感染防護が簡素化されており,N95マスクなどエアロゾル対応PPEの着用を前提としていない.そこで歯科診療所では市民用BLSで対応するのが現実的である.なお二次救急処置は感染リスクが上昇するので上記病院での対応に準じる.
 具体的には以下の通りである.
1)医療者はN95マスクなどエアロゾル対応PPEがなければ,手袋,サージカルマスク,眼の保護具など,可能な範囲でPPEを使用する.
2)患者がマスクを装着していればそのままとし,マスクを装着していなければ患者の口・鼻をマスク,ハンカチやタオル,衣服などで覆う.これは胸骨圧迫時のエアロゾル対策として重要である.
3)反応の確認,通報,患者に触れずに行う呼吸確認,AED操作など感染危険性が低い行為は直ちに行う.この際,患者にあまり近づきすぎないようにする.
4)人工呼吸は感染対策が十分にできなければ実施しない.この場合,AED操作中以外は胸骨圧迫を継続する.
5)胸骨圧迫は手袋,サージカルマスクを装着した上で上記2.の患者エアロゾル対策を行ったうえで実施する.
6)救急隊に引き継いだ後はPPEを適切に処理し,また医療者自身の手指消毒を徹底する.
 以上を文献2の図説なども参照し,院内で情報共有しておく.
5.簡素化された感染防護で救急蘇生を行うことの問題点
 歯科診療所では完全なエアロゾル対応資機材を揃えることが困難である.簡素化された感染防護で心肺蘇生を行うことで,医療従事者が感染する可能性がないわけではない.しかし救急隊の現場到着時間が平均8.7分(総務省2019年統計)であることより,心肺蘇生を行わないことが患者の救命率に大きく影響しうることにも留意しなければならない.また心肺蘇生には感染危険性が低い行為〔上記4.3)参照〕もあり,これらのみを行うという選択肢もある.
 この点について統一した見解はない.職員の感染防護と迅速な心肺蘇生の併存を求め,施設内で十分な話し合いのもとコンセンサスを形成した上で,院内の救急対応マニュアルを決めておくことが望まれる.
6.今後のCOVID-19対応の救急蘇生法の改訂
 COVID-19対応の救急蘇生法マニュアル等は,日々新知見により更新されており,JRCのマニュアルも数か月を待たずに改訂にされている.ワクチン接種の効果や変異株の蔓延,治療法の進歩等により,今後もマニュアル等はこまめに改訂されるであろう.
 その都度,本欄を改訂し最新情報を提供する予定である.

(佐久間 泰司)


文献
1)https://www.japanresuscitationcouncil.org/jrc-g2020/#chapter-11
2)https://www.japanresuscitationcouncil.org/inhos-cov19-manual/


(第8版第2刷:2020年2月20日発行)

正誤表

 この度は,上記書籍をご購入下さいまして誠にありがとうございました.
 以下の箇所に関して誤りがございましたので,ここに訂正するとともに深くお詫び申し上げます.

2021年3月25日更新

124 左段20行目 600 mg 以上の投与でメトヘモグロビン血症を起こす. メトヘモグロビン血症の患者には禁忌である
128 右段6行目 フェリプレシン含有% フェリプレシン含有3
131 左段7行目 α1C α1D
142 左段3行目 眼窩下溝 眼窩下
177 左段下から2,5行目 急性狭隅角緑内障患者 急性閉塞隅角緑内障患者
280 右段下から5行目 APVC APCV
286 左段2行目 不整脈にはリドカインを投与し 不整脈にはCa拮抗薬以外の抗不整脈薬を投与し
329 表6-U-3 収縮期血圧(mmHg)列 140 ≧/135 ≧/130 ≧/135 ≧/120 ≧ 140/135/130/135/120
351 左段下から15行目 上限と下限ともに右方移動している.高血圧患者,〜 上限と下限(平均動脈圧の25%の低下)ともに右方移動している.神経生理学的機能不全や障害を予防するためには,高血圧患者,〜
362 左段1行目 これらの治療薬は 抗甲状腺薬やヨード
407 右段5行目,12行目 Le Fort 型骨切り術 Le Fort T型骨切り術
412 左段5行目 生後〜4か月 生後3〜4か月

(第8版第1刷:2019年2月20日発行)

正誤表

 この度は,上記書籍をご購入下さいまして誠にありがとうございました.
 以下の箇所に関して誤りがございましたので,ここに訂正するとともに深くお詫び申し上げます.

2020年2月27日更新

11 表1-U-2 ・・・第93回2015 年 ボストン(会長:山崎信也).毎年開催. ・・・第93回2015 年 ボストン(会長:山崎信也).第95回2017 年 サンフランシスコ(会長:藤澤俊明).毎年開催.
102 右段 20行目〜 排卵期は低く黄体期は高くなる(0.3〜0.5℃) 月経前期は低く月経後期(排卵日から次の月経開始までの黄体期)は高くなる(0.3〜0.5℃)
139 表3-W-3 文献番号 ( 金子,199657)より改変) ( 金子,199658)より改変)
204 右段 19行目 表5-V-1に気道確保に関する術前評価項目を示す(図5-V-1). 表5-V-1に気道確保に関する術前評価項目を示す(図5-V-1).また,気管挿管の難易度の評価には,直視型喉頭鏡(Macintosh型)のブレードによる喉頭展開時の視認度を基準とした Cormack & Lehane 分類(C-L分類)も用いられている(図5-V-2).
205 図5-V-2 を追加
420 左段 下から7行目 小児では輪状軟骨部であり, 小児では輪状軟骨部(声門下との報告もある)であり,
474 左列 下から1行目 異常感覚,錯感覚,知覚過敏,知覚鈍麻,無感覚など 異常感覚,錯感覚,覚過敏,覚鈍麻,無感覚など
476 左列 16行目〜 神経中脳路核を通って,延髄,中脳,視床,そして大脳知覚野と連絡される.末梢神経障害の原因が特定できない場合や広範囲で多様な症状を呈する場合,三叉神経節より上位中枢の障害の可能性がある.その原因には,脳腫瘍や多発性硬化症がある. 神経中脳路核を通って,視床そして大脳と連絡される.末梢神経障害の原因が特定できない場合や広範囲で多様な症状を呈する場合,上位中枢の障害の可能性がある.その原因には,脳腫瘍や多発性硬化症がある.
476 左段 下から15行目 2.末梢性三叉神経感覚障害(三叉神経ニューロパチー) 2.末梢性三叉神経感覚障害(外傷性三叉神経ニューロパチー)
476 左段 下から11行目 知覚鈍麻 覚鈍麻
477 右段 9行目 知覚鈍麻 覚鈍麻
478 図12-W-4 【誤】



【正】
478 図12-W-5 【誤】



【正】
478 左段 下から2行目 知覚鈍麻 覚鈍麻
479 左段 1,8,21行目
右段 1,16行目
知覚鈍麻 覚鈍麻
513 表13-U-1
ブリックテスト
上腕の腹側の皮膚に薬液をおいて,23〜26G の針を用いて,皮膚に対してベベルを45度にし,皮膚が持ち上がる程度の深さで刺す.薬液は希釈しないものを用いる.15〜30 分後に判定し,5 mm 以上の膨疹,または10 mm 以上の発赤で陽性とする. 前腕の掌側皮膚にプリックテスト専用針であるバイファーケイテッドニードル(東京エム・アイ商会)を用いて,小さな穴を開けた後,局所麻酔薬の原液を滴下する.判定は15〜20分後に行い,膨疹の直径がnegative controlより3mm大きいか,あるいはpositive controlの半分以上の場合を陽性とする.
513 表13-U-1
皮内テスト(intradermal test: IDT)
テスト用診断液(100倍希釈)0.1 mLを皮内に注射し,1〜2mmの膨疹をつくる.15〜20 分後に判定する.10 mm 以上の持続性の膨疹,または20 mm以上の発赤で陽性と判定する.生理食塩液によるnegative controlと0.01%ヒスタミン溶液によるpositive controlとの比較も必要である.IDTの陽性率は60〜70%であり,偽陽性率は10〜15%にも達する.IDTの臨床的意義が疑問視されている. 10倍に希釈した局所麻酔薬0.02〜0.05mlを真皮内に注入し,直径4mmまでの膨疹を作る.注入20分後の紅斑性の膨疹(しばしば掻痒性)の直径が薬剤注入後と同等から2倍以上の大きさであれば陽性とする.
513 表13-U-1
補注として表下に追加
- 生食をnegative control,10mg/mLヒスタミン二塩酸塩を1000倍に希釈した溶液をpositive controlとして用いる.
514 左段 2〜12行目  in vitroの検査には,T型アレルギー反応を調べる検査として,アレルゲン特異的IgE 抗体の測定や抗原刺激による好塩基球からのヒスタミン遊離を測定するヒスタミン試験(HRT)がある.また,W型アレルギー反応をみるリンパ球幼若化試験(LST)などがあり,局所麻酔薬のアレルギー診断にも用いられる.しかし,これらの検査が皮膚テストやチャレンジテストの結果と一致するとは限らない.したがって,アレルギー診断は複数の検査から総合的に行う必要がある.  in vivo検査には,T型アレルギーを調べる検査として,好塩基球活性化試験(basophil activation test: BAT)がある.T型アレルギーでは,マスト細胞と同様に好塩基球細胞も活性化される.マスト細胞は血液中に存在しないため,同様の反応を示す末梢血中の好塩基球をターゲットとする.アレルギー反応を患者自身の細胞で直接とらえるため,臨床症状との一致性が高いとされている.アナフィラキシーショックなどのハイリスク症例で,生体内(in vitro)試験を行わずに抗原診断を行うための補助検査として有用である.BATでは,検査したい抗原を任意に選択できる利点がある.
 W型アレルギーを調べる検査として,薬物によるリンパ球刺激試験(drug-induced lymphocyte stimulation test: DLST)と白血球遊走試験(leucocyte migration test: LMT)があるが,原因薬剤の検出率は低く,偽陽性も多い. in vitro試験の結果が,皮膚テストやチャレンジテストの結果と一致するとは限らない.アレルギー診断では,何種類かの検査を組み合わせ,臨床症状も加味して,総合的にアレルギーの有無を判断する必要がある.